第116話 水中戦
銀の鯨の名前に相応しくタロスの水中戦が始まった。元々タロスの主であるサキが、地と水の系統の魔法が得意なため、サキ、マチコ、クララの三人のパーティだった頃にも、数多くの水中戦をこなしているそうだ。まあ、海には大型の生物や魔物も数多い。
『ワニ型』と呼ばれているが、俺から見れば某怪獣王みたいな形のゴーレム『ワルター』が速度を上げてタロスに突進して来る。ワルターはタロスの肩口に噛みつこうと大口を開けてクネクネと左右に身体をよじって泳ぐが、マチコの方が反応が速い。上下の顎先を掴むと、そのまま大きな口を無理矢理閉じさせた。タロスはそのまま身体の向きを変え、脚を回してワルターの脇の下を蹴り上げると、そのまま膝を伸ばし、ワニの片腕と首を挟み、両脚で締め上げる。海中三角締め。足を組むとさらに強く締まった。
ワルターは尻尾を左右に振ることで推力を得ているので、三角締めが極まったまま泳ぎ回り、上下左右に暴れてタロスを振り払おうとするが、接近戦の得意なマチコが一度締め技を極めたら簡単に逃がすわけがない。タロスの左手がワニの大口を塞ぐと右の拳で目の周りをボコボコに殴る。
たまらず、ワルターが魔法を使う。打撃系の魔法だが、水中では振動がビリビリと伝わってくるばかりで、あまりダメージにはならない。ましてやタロスは希少金属のミスリルで出来ており、他の金属製ゴーレムよりも数段頑丈だ。
お返しとばかりにサキが氷の槍の呪文を唱えるとタロスの右掌から伸びた氷柱がワルターの首に刺さった。マチコはすかさず、首に刺さった氷の槍を両手で掴み捻くり回すとワルターの首が捥げた。
「ナイス!サキ!」
「さすがだな、マチコ!」
「すげえな。姐さん。俺、出番なし。」
「待って、待って。まだ来ますよ~。」
火力呪文が飛んできた。ワルターと取っ組み合っている間にバルナックの軍船が近づいてきたらしい。タロスはびくともしないが、揺れる。タロスの手足は円筒形で断面が円いのだが、これで水圧や爆風にも耐えうるのだろう。ミスリルという希少金属がどれくらい頑丈なのかは、俺には分からないのだが。戦車の装甲と比べても仕方がないし。
その爆発に隠れてもう二体の『ワルター』が近づき、タロスの両腕に噛みついた。タロスのミスリルのボディには歯が立たずタロスの腕には傷もつかないが、『ワルター』はタロスの腕を引きちぎろうと咥えたままグルグルと回り始める。ワニのデスロールというヤツだ。しかしタロスは人型といっても人ではない。骨格も筋肉も人の身体とは構造が違う。ワルターが回っても、同じようにタロスも前腕のパーツを回すだけ。ワルターもタロスを模倣して人員、魔法使いを乗せているのなら、続ければむしろワルターの方が不利になるだろう。中の人間が目を回すからだ。しかし、両手が塞がっては振り払うのも面倒だと思ったマチコは魔法に頼ることにする。
「クッキー、やっちゃって!」
「はい!五指烈火弾!」
ワルターに噛まれた、その口の中へ火力呪文を撃ち込んだ。指先から発射される五発ずつの火力。二体のワルターはタロスの手を放し、口から火花と白い泡をボコボコと吐き出しタロスから離れていく。藻掻くように尻尾を大きく振るので大波が起きる。
それに紛れて強い水流と大きな音が響き海上には波飛沫が上がった。上空からの魔法攻撃。次から次へと新手が来る。
「クララ、何だ?!」
「空から!魔法での爆撃!飛行型ゴーレムみたいです。でも、影が人型じゃない。スカーフが風にフワフワ漂ってるみたいな四角い影。何かしら?」
「ちょっとぉ!飛行型ゴーレムはフェザーライトが相手してるはずだったじゃない?」
「いや、新手だろう。リュウに調べさせるか。」
「それじゃあ時間が掛かりそうね。海面に出るわよ。魔法を喰らうけど、一時の我慢よ。サキ、魔法防御宜しく。」
マチコは手っ取り早く、直接確かめるようだ。それなら俺としてもやる事は決まる。サキもすぐに魔法防御の結界を張った。『結界』って元々仏教用語のはずだが、この世界でも結界って言葉なのか?エンチャントの翻訳の関係なんだろうか?海面にタロスが顔を出すと、上空に細長い尻尾が付いた座布団のような物が飛んでいるのが見えた。すぐに応戦だ。
「暗器!」
「魔力探知!」
俺が二つの追尾式火球を飛ばす呪文を唱えれば、サキはマナの動きから敵を探る魔法を使う。俺の火球は|敵を自動で追いかける魔法の矢なので、当選のように座布団に命中するが、存外頑丈らしく落ちてこない。その様子も含めてマナから戦況を分析するサキは、現状を把握したらしい。これまでに捕虜を尋問して得た情報なども含めた総合的な判断で、こういう時のサキの頭脳の冴えは本当に頼りになる。
「あれは新型のゴーレムだ。海と空、両用のな。すでに人の形は捨てている。開き直って機能を優先したんだ。ある意味機能美だな。エイをモチーフにしたようだな。」
「海中のワニ型、洋上の艦船、上空のエイ型。数の上では不利だなあ。クララ、エイ型の『emeth』の文字、どこにあるか見えたか?」
俺は、まず上空のエイを落とすために、効率良く『emeth』の文字を焼いてやろうと考えた。制空権を取られているのは癪だ。戦車乗りの習性として、地上攻撃機やヘリコプターが上空から攻撃してくるのは、どうしても避けたい。
「文字は見えないわねえ。人型じゃないから、何処が額なのかもよく分からないもの。でも、此処から見えないんだから、多分、上の面にあるんじゃないかしらー。」
「うん、そうだよな。」
最近憶えたばかりの、あの呪文を使うか。上手く文字に当たってくれれば良し。文字を外れても、単純に攻撃力で押せるかもしれない。やってみよう。
「それじゃあ、これだ!曲射弾道砲!」
主力戦車の戦車砲というのは基本的に真っ直ぐ前に弾が飛ぶ。それに対して迫撃砲や榴弾砲は、弧を描いて飛ぶので、より遠く、障害物の向こうなどでも攻撃できる。今回は、遠くでもなく、障害物があるわけでもないのだが、エイ型のゴーレムよりも高い位置へ火砲を飛ばし、弧を描いて降りてくれば、エイの上面へ当てることが出来ると考えてのことだ。
「なるほどねー。了ちゃん、うまい。」
エイ型ゴーレムの上面に命中。『emeth』の文字がどうなったかは分からないが、パワーで押し切ったようで、エイ型が紐の切れた凧のように揺れながら高度を下げる。もう一押し。
「火葬!」
火が消えにくい火力呪文を撃ってとどめとした。海に落ちれば火も消えるだろうが、魔法によるものなので、暫くは船舶の海上火災のように燃え続けた。しかし、同型のゴーレムがまだもう一体いる。そして、作戦上はゴーレムよりも輸送船の動きを封じることが大事だ。
「クララ、船の動きは?」
「中型の高速帆船が三隻。こちらを取り囲もうとして動いてるんじゃないかしら。」
「大型船は?」
「船影なし。」
「むっ、やられたか。」
俺もハッとした。すでにバルナック軍の兵站や新しいゴーレムがクラブハウスに運び込まれているという事だろう。周りにいる高速船も動きが速いので、おそらくすでに何も積んではいない。荷を下ろした高速船が応戦しに来た、と。今頃大型輸送船はゴーレムを陸揚げしているに違いない。
「サキ、いつの間にやられたんだろうか?」
「分からん。魔法かもしれない。こちらが思いつかないような手段で、だ。」
あとで判明したことだが、この高速帆船よりも、新型の大型輸送船のほうがさらに速い。帆がなくスクリューで推進する輸送船は逆風もお構いなく進む。こちらが予想したよりも早くバルナック軍は援軍を得ていた。
ミッドガーランドの水軍の南東方面隊が出張り、この西のガーランド海峡で警戒していたにも関わらず、それさえもすり抜けていたわけだ。水軍のお偉方も怒り心頭だろう。
「さっさとこの場を片付けよう。上陸して地上のゴーレムを叩くぞ。」
「マチコ姐さん。火力撃ちまくるから、潜らないで水面に出ててくれ。」
「了解。派手にやっちゃっていいわよ。」
「ワニ型もまだ生きてますよ~。」
追尾式の魔法の矢を連発した。高速帆船には一発命中させてしまえば、船員たちは大慌てなので、あとは放っておき、ワニとエイには火力呪文たたき売りで何度も撃ち込み、完全に葬ってやった。
水軍の船も集まって来たが、ほとんど出番はなし。これは水軍から逆恨みされるかもしれないと思ったが、あとの祭りだ。




