第115話 作戦開始
出張仕事から帰りましたので、通常運転に戻ります。
タロスのコックピット内の壁面はモニターのように外の様子を写し込むのだが、視覚だけで索敵するのか?タロスが水中戦をやるということは、ソナーのような物をもっているんだろうか?それも魔法で行われるのか?疑問だったが、考える間もなくクララが告げる。
「サキ、左前方に反応。左右にブレるから、おそらくワニ型が尻尾を振って泳いでますよ~。二分ちょっとで接触しまーす。」
「マチコ、首をへし折ってやれ。」
「了解。まっかしといてー。」
普通に人間が素潜りしているように、タロスは両脚を交互に前後に振って進んでいく。日が出たらしく海面がキラキラと光り始めると思わず見とれてしまうような美しさがあるが、これは、奪還作戦が開始したという事だ。
クラブハウスの東側の砦。日没から夜明けまでの間に突貫で造られた、云わば一夜城。住民に化けて侵入していた斥候たちが戻ると、中心街の商業ギルドの庁舎が接収され、バルナック軍の本陣になっていることが報告された。
指揮官のガウェインが合図すると、馬車に載せられた投石器が一斉に動き出す。クラブハウスの周囲に張られた馬防柵に投石が打ち付けられた。当然、柵なので、隙間を抜けてしまい当たらずに効果のない物も多い。ただし柵は木の棒を縄で網目状に組んだ物なので、石が当たりさえすれば、そこそこのダメージを与える。また、柵の内側にいるバルナックの狙撃兵も無傷では済まない。
ジャカランダの主戦力の弓騎兵が前進すると弧を描いた大量の矢が塹壕にいるバルナック兵を頭上から襲い、外堀の守りを沈黙させた。そして、この反攻作戦の目玉である攻城兵器、釣井楼の出番である。これは戦車計画の一案で、四頭立ての馬車を台車とし、その上に柱を立て物見櫓を設えた物だ。この上から指揮官が指示を出すのは勿論、狙撃手が敵を上から狙い撃つのにも使用するが、今回の作戦では、そのまま前進させて押し込み、敵の塹壕の上に前のめりで倒す。櫓を使い捨てで橋を架けるようにしてしまう。
この後は魔法兵団が土の属性の魔法で穴を埋め、工兵部隊が浅くなった塹壕の上に丸太や板を渡す。
一番前衛に構えた重装甲冑に大盾を持つ密集部隊が一糸乱れぬ動きで前進し、渡された櫓や丸太の上を歩いて進み、馬防柵をなぎ倒す。
勿論バルナック軍も指を咥えて見ている訳ではない。この間に柵の内側からは小銃が撃ち込まれ、双方とも大きな被害を出している。物量ではジャカランダが勝るが、銃の弾道は見えず、銃声が聞こえたかと思えば、すでに撃たれており銃弾が甲冑を貫通して兵たちは倒れていくのだ。その上に、負傷兵を担いで運ぶ衛生兵までもが撃たれる。
「酷いな。衛生兵まで狙っているのか、それとも狙わずに当たっているのか・・・。」
大きな被害をガウェインが嘆くが、益々大きくなっていく。どちらの陣営も早くも消耗戦の様相だ。
銃の利点の一つとしては、弓矢よりも射程距離が長いことなのだが、これはジャカランダ軍の投石器の性能が思ったよりも高かったこと、前衛の重装甲冑と盾が予想以上に弾丸を防いだことにより、ジャカランダ側に軍配が上がった。鎧の隙間に銃弾を受ける者もいるが、これは運が悪かったと諦めるしかないだろう。
塹壕を乗り越え、馬防柵をなぎ倒したジャカランダの兵たちがクラブハウスへとなだれ込む。正面から歩兵、両翼から騎兵が突撃。乱戦だ。
クラブハウスの南側のリスターの一夜城からも投石器での攻撃が始まっている。こちらは海に近いため海路からの補給、インヴェイドゴーレムの上陸、艦砲射撃を警戒し、兵士の前進はまだ命じられていない。
だが、飛び道具を持つ戦力は二分され、半分は上空のエイ型のゴーレムの迎撃に当たっていた。しかし簡単には撃ち落とせない。このエイ型の『シュミット』は、これまでの飛行型ゴーレムの『メッサーシリーズ』に比べて頑丈だ。水空の両用として、水圧に耐えねばならないこと、水上を滑走してから飛び立つことで多少の重量があっても離水可能なことが理由となっている。
リスター砦指揮官のベネディア卿は額の『emeth』の文字を狙うように指示を出すが、異形の『シュミット』は何処が額なのか分からない。通常の矢よりも攻撃力の高いマナアローだが、アイアンゴーレムの鉄のボディの表面に焼けこげを付けるくらいで、たいして効果がなかった。コーンスロール半島の東海岸で漁と牡蠣の養殖をやっていた水産業者の子供であるレイチェルとジーンは、アランに具申した。
「アラン殿下。エイの形をしたあれは、おそらく上面が額です。上に向いて『emeth』の文字があるはずです。いくら射掛けても下の面に当てていたら『emeth』の文字は焼けません。」
「アラン王子、魔法を使おう。俺達のコンボでやれるよ!」
「何をやる気だい?」
「ひっくり返せばいいんだ!ひっくり返せば撃てるよ。」
「そうか。よし、やろう。」
アランと兄のゴードンは騎士として万能タイプ。剣、槍、弓に加えて馬術も達者。そして魔法も使う。四大元素でいえば、火や風の魔法の素養を持っている。
「さて、具体的にはどうするか。」
「殿下。殿下の爆発呪文で下から突き上げて転覆させたらどうでしょうか?」
「そこまで効き目があるかな?」
レイチェルとジーンが相談し呪文を使う組み合わせと順番を決めた。ジーンが隙を作り、アランがエイをひっくり返す。ジーンは光の精霊の加護がある。目眩ましの魔法を使う。
「閃光!」
「科戦大爆発!」
ジーンの呪文で大きな閃光が一つ、小さな閃光が幾つか散発。『シュミット』が速度を落としたところで、アランの呪文がエイの尻尾の根本近辺を下から爆風で煽り、座布団のようなボディが前のめりに回転した。
歓声が上がり、弓を持った兵たちが一斉にエイを狙うが、動いている的だけに上手くは当たらない。『シュミット』は体勢を崩しながらも魔法で火力を撃って反撃してきた。タロスを模倣して操縦と砲手、複数の魔法使いが乗り込んでいるためだ。『シュミット』からすれば、目をつぶっても当たる状態であり、塹壕や置き盾も上からの攻撃では避けられず、被害は甚大なものとなる。
「怯むな!高度が下がった今がチャンスだ。魔法兵団も魔力が尽きるまで撃ちまくれ!」
ベネディア卿は経験豊富な歴戦の騎士だけに戦術を良く理解しており、ここで守備に回れば、かえって被害が大きくなると考え、攻め続けるようにと声を荒げている。自らも大弓を持ち応戦中。
「ジーン!何度でも行くぞォ!」
「はい!アラン王子!」
二度三度と繰り返すうちに『シュミット』のボディも焼けこげだらけになってきた。ジャカランダの兵も倒れていくが、四度目にはやや後方、離れた位置から放たれたマナアローがエイの頭に命中。『emeth』の文字を焼き消した。矢が飛んできた方を見ると、そこにいたのはトリスタンだった。
「遅くなってしまい、すまない。たった今合流した。」
妻のイゾルデを実家に預け、戦場に駆け付けたトリスタンは、フィールドウォークのポータルから出た途端に弓を構えて状況を判断し、一発で不規則に飛び回るゴーレムの額を射抜いたのだった。弓の名手として名高いトリスタンが戦力に加わったことは、兵たちの士気を揚げることに繋がった。この時、一番ホッとしていたのはパーシバルであったが。
ベネディア卿は陣形の再編成と負傷者の搬送を指示し、直ちに攻勢に転じた。海岸寄りと内陸寄りの二部隊にわけ、内陸寄りの部隊を率いて前進させた。海岸寄りの部隊はトリスタンに任せた。トリスタンの部隊はバルナックの増援を断つための海岸の守備となる。
トリスタンはレイチェルにケイ卿とダゴネット卿をマークするようにと伝え、パーシバルは何も言われずとも黙って頷きアラン、レイチェル、ジーンを護るために行動する。アラン王子たちは、ベネディア卿の部隊の最後尾についてクラブハウスの中心街を目指して進軍していった。
「パーシバル、王子や子供たちを頼むぞ。私は、海からのバルナックの援軍が来れば、ここでくい止める。」
次回更新は今週末あたりでしょうかね。急な仕事が入らなければ。




