第114話 前哨戦
ガーランド群島で一番大きな島、ミッドガーランド島。その大半と東側のイーストガーランド島がミッドガーランド王国の領地である。王都ジャカランダはミッドガーランド島の東海岸にあり、其処からほぼ真西の方角、中央山地を挟んで西海岸にあるのが商業都市クラブハウス。
通常ならば、移動するのに山を越えねばならない。しかし、魔法の発展したこの世界では、領域渡りなどの手段を使えば瞬時に移動できる。もちろん魔法が使えることが前提であり、また他の制約もある。
ジャカランダの軍は、その制約をのり超えてバルナック駆逐作戦を遂行するため、様々な工夫をして兵站を運ぶ手筈を整えていた。まずは、陣地形成の為のテントの軽量化、帆布を流用して幌を雨に強い物に改良し、戦中食も新しいメニューを作った。そして据え置き型の弩砲や投石器を解体して組み立て式とした。装備を持つ手段としてはアイテム保管庫があるが、個人個人の魔力に依存する為、やはり限界がある。馬も数が揃わないため、荷物を運搬するための馬車は農家のロバを徴用し、騎馬の一部は天馬や双角獣、身分の高い騎士が騎乗するものには、鷲と獅子を掛け合わせたようなモンスターのグリフォンが混ざっている。
夜明けと共に攻撃を仕掛けるため、日没後に作戦行動を開始。真っ暗な中で移動して荷物を運び、陣地の形成をした。白魔術士、呪術師とで協力して作ったアーティファクト暗視ゴーグルを使用しての作業だ。この状況で、ジーンは、光の精霊、蛍のスプライトのマメゾウの加護をうけているお陰で夜目が利き、何不自由無く活動し大いに役に立った。
かくしてクラブハウスの東側、ジャカランダ寄りと、南側の漁師村リスター寄りの二か所にクラブハウス奪還作戦の陣地が出来上がった。所謂『一夜城』だ。通常ならば、とんでもない奇襲となる。だが、トリスタンとパーシバル、それにトリスタンから相談を受けた俺達シルヴァホエールとオズボーンファミリーからすれば、ジャカランダにいる間者がバルナック側に情報を流し、作戦が筒抜けになっている事が予想される。ここからは総力戦、力技で作戦を遂行する事を覚悟しなければならないだろう。
この作戦の指揮官であるガウェインは、これまでの戦闘の記録を検討し入念な作戦を立案している。ジャカランダの魔法兵団にゴーレムを使役させることにしたのだった。塹壕を掘った土からクレイゴーレム、ストーンゴーレムを造り、突撃軍の前衛に配置した。兵を守る壁として機能し、またララーシュタインのインヴェイドゴーレムと直接対峙する主戦力ともなる。アイアンゴーレムと戦うには戦力不足といえるが、このゴーレムの後方には盾となる重装密集部隊、主力となる正騎士団、さらに弓隊、馬車に弩砲や投石器を乗せた戦車部隊、魔法兵団に加え、側面や上空から攻撃を加える騎馬隊、弓騎兵、天馬とグリフォンの航空戦力を用意した。
バルナック軍がインヴェイドゴーレムを前面に押し出してきた場合には、ある程度まで陣地で防衛し、適当なタイミングで攻めに出る手筈となっている。前面に立つ重装密集部隊の甲冑に関しては、ウィンチェスターの銃にも耐えられるかの実験をしたうえでの運用だ。魔法を使われる心配もあるが、そのために騎兵や弓隊が控えている。
さて、俺達シルヴァホエールは、新しいインヴェイドゴーレムが投入されるのを防ぐため、漁港クライテン付近でタロスに乗り込み、海中へ。ガーランド海峡を北上しクラブハウスの港を目指して航行している。タロスは海中を泳ぐ姿勢で前傾、海面と平行、または水平のうつ伏せ状態だが、タロス胸部のコックピットは回転可能な筒の中に納まっており、横に倒れれば別だが、前後には転んでも最適な角度に保たれるようになっている。クロール泳法のときのバタ足の要領で海底近くを進むが思ったよりも揺れが少ない。
「どうだ、クッキー。意外と快適だろう?」
「ああ、驚いた。タロスって本当に特別なんだなあ。」
「あとは空を飛べれば完璧よねえ。」
「マチコが両腕をバタバタ上下に動かせば飛ぶさ。」
「サキ~。やめてよ~。」
(オズマが乗れば飛べるんだがな。まあ機密事項だ。)
「クッキー、魔法でタロスを飛ばせるか?」
「ええっ?いや、俺は火力担当じゃないの?水中での砲手としての役目は考えてきたけどさー。」
当然、水の中では火の魔法は使いにくい。だが、俺の役目は「火の魔法」ではない。要は遠隔攻撃とマチコの格闘の補助だ。
「大丈夫。どんな相手も姐さんがぶん殴って勝ちます。」
「ちょっと、クララ。あたしは狂戦士じゃないわよ。暴漢かなにかみたいに言わないの。」
「はあい。でも姐さんなら絶対勝ちます。」
サキは冷静だ。淡々と話しを本題へ持って行く。
「さて、確認だ。前回水中戦のできるリザードマン型のゴーレム『ワルター』は一体倒したが、額の『emeth』の文字を潰しただけだ。今頃は修復されているだろう。同様に二足歩行型の『ハイルV』も二体は健在と思われる。『ハイルV』が水中戦に対応できるかは分からないが、少なくともワニ、いや、リザードマン型の三体は海中で相手にするものだと覚悟しておけ。海中でゴーレム同士で戦いながら、新しい別のゴーレムが運ばれてくるのを阻止すること。新しいゴーレムが上陸すればジャカランダ軍がピンチになるだろうからな。
クララ、バルナックの船を見つけたら、すぐに知らせろ。真っ先にそれを沈める。」
オズマ、オズワルド、メイのオズボーンファミリーが乗ったフェザーライトは、クラブハウスの上空を旋回していた。バルナック軍の航空戦力を無力化させていたのだが、サキから念のため警戒するように出動を請われた。メイが捕虜を尋問し、次々と飛行型ゴーレムを造っていることが分かっていたので、オズマもすぐに了解し、場合によっては、バルナック軍の地上のインヴェイドゴーレムをフェザーライトから攻撃することも視野に入れていた。
ゴーレムというのは地の属性の魔物なので、本来空を飛ぶような代物ではない。だが、ウインチェスターという博物学者がララーシュタインの参謀となり余計な入れ知恵をしたことで、主力ではないにしても重要な戦力として空飛ぶゴーレムを開発、採用した。基本形のヒト型のゴーレム『ハイル』を徹底的に軽量化し、気流に乗って飛び上る帆翔で、両腕代わりに着いた翼を羽ばたいて飛ぶ『メッサー』と、それを改良し、腕と翼を分け、有人化して風の属性の魔法を使う魔法使いが乗って操る『メッサーV』。この二つのタイプは実際に遭遇しているが、まだ改良型があるとの情報を訊きだしていた。名称は『メッサーV2』。レイゾーがバルナックの本土で滑走路と思われる施設の真ん中に大穴を開けてきたが、滑走路はその離発着用なのではないかとの想像がつく。『メッサー』と『メッサーV』は、ソアリングするために、崖などの高い場所から飛び降りるようにして離陸するからだ。
もし短時間に滑走路を修復していれば、『メッサーV2』は当然出て来る。滑走路の建設自体がそう長い期間ではなかったのだろうから、修復も早いだろう。
そしてサキが危惧する通りだった。『メッサーV』は乗り込んだ魔法使いの魔力を推進力として利用するのだが、『メッサーV2』では、さらに推進力が増している。予想外に修繕された滑走路から飛び立ってきたが、乗り込む魔法使いとは別に、外側から魔法使いが魔力を与えることで滑走せず離陸が可能。偵察の任務を与えられ飛来した。
「さすが、サキの読み通りだな。ちょっと遊んでやるか。」
ここのところ火炎奇書の解読作業で机に向かっていることが多く、身体を動かしたいと思っていたオズマには、インヴェイドゴーレムは「飛んで火にいる夏の虫」の言葉通りだった。船室から船の舳先へ走って出て行くと氷の矢を飛ばす呪文を唱え、すぐさま攻撃を仕掛けた。
「喧嘩は先手必勝!極夜の弓矢!」
『メッサーV2』にも魔法使いが乗っているため、魔法で対抗し、氷の矢を防ぎつつ反撃しようとするが、オズマの矢は次々とゴーレムを目指して突っ込んで行く。メッサータイプは改良を重ねただけあり始めの数本は矢を避けて飛ぶが、途中からは命中する。軽量化され装甲の脆い飛行型ゴーレムは、通常の弓矢ならば弾くが、オズマの魔法ではそうはいかない。翼に当たると錐揉み状態となり落下していった。
「オズワルド!索敵しろ!今までの例だと、ララーシュタインのインヴェイドゴーレムは三体で一つの単位として行動してる。きっと、まだあと二体いるぞ。メイ、旋回半径を大きくしろ。もっと広い範囲を探すんだ。」
オズワルドは風と空間属性の魔法でゴーレムを探知し、メイはフェザーライトの舵を切る。
いざとなれば一人で操船できるフェザーライトだが、当然役割分担すれば動きは速くなる。
「オズマ!いた!あと五つ!」
「五つだと!一単位じゃないのか。」
「三体で一単位ずつの二単位、だね。三つは速度が速い。また別のタイプだよ。」
「小癪な。ララーシュタイン、直接ぶん殴ってやりてえぜ。」
「伯父様、ララーシュタインは、また別の機会に。まずはゴーレムを堕としちゃおう。」
「ああ、そうだな。」
「オズマ、得物は僕の分も残しておいてくれよ。」
「まあ、早い者勝ちだろ。」
「あー、じゃあ、あたしもやるからねー。」
三人とも魔導士で遠隔攻撃は得意だ。タロスに乗り込んでも砲手として活躍できるだろう。
『メッサーV2』二体と、さらに『メッサーシリーズ』を再設計した『ホッケウラー』というタイプが三体。
偵察として先行していた先程の『メッサーV2』とは違い、両手に爆弾を持っている。五対一の魔法の応酬、派手な空中戦が始まる。
同時刻、今度は海面から平べったい異形のゴーレムが飛び出した。クラブハウスとクライテン村の中間地点、今回クラブハウス奪還のために構築された砦がある漁村リスターを目指し、これまた新型のインヴェイドゴーレムが空襲を掛けようとしていた。バルナック軍としてはクラブハウスの港へ新型の陸軍のゴーレムを届けたい。確実性を上げるよう、海に面したリスターを攻撃し、そこに水軍が潜んでいれば叩き、自軍の輸送船を守る算段である。
ガーランド水軍南東部の旗艦グリーンノアを含む主力船団はガーランド海峡に広く散って配置され、バルナック軍の輸送船の索敵に務めていたが、後方部隊の兵站を積んだ輸送船とそれを護衛するスループ船がリスターに寄港したままで駐留していた。小型の高速船であるスループ船だが、帆船であるため、初動が遅い。異形のゴーレム『シュミット』に的として捉えられた。
『シュミット』はエイに似た外観を持つ新型のゴーレム。菱形の座布団のようなボディで、後ろ側の頂点からは長い尻尾が伸びている。人型を基本とした『メッサーV2』と、同『ホッケウラー』とは違い腕がないため爆弾は持たないが、海空両用。海中を泳ぎ回り、飛行船の要領で、海面を滑走して離水。空を飛び回ることもできる多目的ゴーレム。ウィンチェスターが空軍を海軍に纏めたのは、この『シュミット』の存在が理由の一つになっているのだろう。この空飛ぶエイにも魔法使いが乗り込んでいるため、爆弾は持たずとも上空から魔法攻撃を仕掛けて来る。
このリスターの砦の指揮を執るのは、ベネディア卿。クライテン奪還作戦時には、王都ジャカランダの守備に当たっていたベテラン騎士。先代アルトリウス王から仕えていただけに歴戦の勇士であり、少しくらいのことでは動じない。
「マナアローヘッドを使え。出し渋るな。今が使い時だ!
見たことのないゴーレムだが、飛行型ならば軽量化されているはずだ。そう堅くはない。撃ち落とせる!」
『マナアローヘッド』、タムラが考案してトークンを嵌め込む孔があけてある鏃のことだが、今まで統一した呼び名が無かった。活躍する場が多くなってきたため、いつに間にやら、こう呼ばれる。火矢の魔法を使うならばマナアロー赤、毒矢にするならばマナアロー黒、などと指示をだしているうちに定着したらしい。
「レイチェル、ジーン、僕らも行こう。」
年齢が近く、自然と一緒に行動することが多くなっていたアランとレイチェル、ジーンの三人はパーシバルとアランの護衛の騎士二人とで、半ば冒険者パーティのような編成になっていた。ジーンの夜目が利くことで、陣地形成の手伝いをしながら、そのままリスターの砦に居座り、作戦にも参加していたのだが、パーシバルとしては、どさくさ紛れに間者を炙り出したいとの思惑があった。リスターの陣地にはケイ卿とダゴネット卿がいる。海に近いリスター村ならば、スパイとしてバルナック軍と接触する現場を押さえられるかもしれない。
間もなく夜明け。クラブハウス奪還作戦が開始される。
出張仕事が入りまして。
次回投稿は来週になります。
その分、今回は少し長めです。




