第113話 鯨
俺はホリスターから銃剣型の魔法の杖を受け取ったわけだが、有難いことにサバイバルナイフまで作ってくれていた。クララが使うダガーは両刃だが、サバイバルナイフは片刃。もう片方はのこぎり状だ。そして普通のサバイバルナイフよりもやや大きく刃渡りが二十センチほどあり、バヨネットでもある。バヨネットとは銃剣用のナイフ。魔法の杖の先端のナイフは厚みのある片刃の鉈のような物なので、壊れる心配もそうないが、いざとなればこのサバイバルナイフと交換できる。いや、むしろ外してしまい二本のナイフとして両手持ちに出来るかもしれない。
面倒なので、今後、この変形魔法の杖は『銃剣』と呼ぶことにしよう。着剣できるナイフが二本あるならば、一本はほとんど着けっ放しだろう。剣が着いてないのに銃剣とは、これいかに?とは、なるまい。
小銃のように銃床の先の肩当てを右肩に当て、両手で床に水平に構えるとしっくりくる。銃口に相当する部分に魔法陣を浮かべてみた。ヘキサグラムもペンタグラムもスムーズに出て来る。やはり実際に形のあるモノを持っているとイメージしやすい。
これならば、自動小銃のように火力を何発も連続で撃つ呪文があると便利になる。魔導書にないか調べてみよう。『銃剣』の先端のナイフを着けたり外したりしながら、漠然と考えていたところ、マチコから声を掛けられた。
「はいはい、クッキー。ご飯にするわよ。」
「あ、はい。」
「さあさあ、新しい武具が手に入って嬉しいのはわかるけど、しまっちゃいなさい。」
席に着くと、今度はサキから。
「夕飯を食べながらだが、大事な話をするからな。」
いつも通りシルヴァホエールの滞在場所。今や一番リラックスできるクララの実家。四人で食卓を囲む。マチコは料理上手だし、クララも一通りの家事はできる。食事は日本にいたときと比べても悪くない。食材などの違いはあるが、住めば都という言葉もある。今日の食事は豚の生姜焼き。取調室でもメニューに加えるそうだ。実は、この街に来ている冒険者たちで取調室はけっこう混むので、クランでの会合がなければ、こうして四人で家で食べることが多い。
それに、今回は、AGI METALを抜きでシルヴァホエールだけで話すことがある。ゴードン王子には秘密にしなければならない。オズボーンファミリーには、明日知らせることになるが、あちらでは火炎奇書の解読をしているので、忙しい。
「レイチェルとジーン。孤児の姉弟が引き取ってもらえるのは、まずは良かったな。それから、その姉弟がだいぶ活躍してくれているようで。まあ、正確には契約精霊になるのだろうが。間者をつきとめるとは、大手柄だ。」
「その間者は、ケイ卿とダゴネット卿。でも、まだ他にもいるかもしれない、と。」
「それでゴードン王子も間者ではないとは言い切れないから、ここだけの話になるということだな?」
「そういうこと。」
俺は、クライテン奪還作戦のときにはケイ卿に助けられた。正直なところケイ卿がバルナックのスパイだとは信じたくないし、残念でならない。いや、ケイ卿でなくとも、皆、共に戦った戦友だ。
「近く、ジャカランダの軍が打って出るらしい。クラブハウスを奪還するために。ただ、その作戦もバルナック軍に情報が筒抜けかもしれない。そこで、バルナック軍には知り得ない動きをすれば良いということで、秘密裡にクランSLASHに作戦に加勢して欲しいそうだ。」
「なるほどな。ゴードン王子はAGI METALのメンバーだから、AGI METALは動かない方が良い。我々だけで行動しよう、と。」
「その通り。さすがサキ。話が早い。」
「では、具体的にどう動くか、だな。オズマ達には、上空で飛行型ゴーレムを警戒してもらおうか。ブライアン隊の手引きでバルナックに侵入して飛行型ゴーレムを封じてきたわけだが、バルナック軍は、もう次の手を打ってるかもしれん。滑走路を必要としない新型だとか、飛行型ゴーレムでなくとも、空飛ぶ魔物を使役するかもしれない。それに対抗できるのはフェザーライトとオズマだからな。」
「サキ。あたしたちはどうするの?」
マチコが質問。
「まあ、ララーシュタインのインヴェイドゴーレムを相手にすることになるだろうが・・・。
おそらく、まだクラブハウスには五体ほど残ってるはずだな。
バルナック軍はどうすると思う?」
クララが答えた。
「戦力を補強するはず。」
「そうだな。兵士なら、領域渡りで済むだろうが、ゴーレムだったら?」
今度は俺が答える。
「ゴーレムなら、海上輸送。」
「ああ。ジャカランダの軍も当然考えているだろうな。しかし、前回の水軍は、まるっきり敵わなかったな。リザードマン型のゴーレムにコテンパンにやられた。」
「じゃあ、あたしたちは水軍の加勢に行く?」
「それが良かろう。またゴーレムを陸揚げされて数が増えるのは堪らない。」
クララが何故か笑顔でいる。
「じゃあ、久しぶりに水中戦ね~。」
「えっ?水中戦?」
まさか鋼鉄のゴーレムで水中戦?沈んで終わりなんじゃ?
「どしたの?クッキー。キョトンとした顔して。」
「いや、まさか、タロスが水中戦?」
「水中戦がどうかしたの?敵さんのリザードマン型だって泳いでるじゃない?」
「まあ、そう言われれば、確かにそうですけどね。」
ここからは、サキが説明する。
「我々のパーティ名はなんだ?」
「シルヴァホエール。」
「意味は?」
「銀の鯨・・・、あ!」
「そう。タロスのことだ。」
タロスは最初っから水中戦対応で創られているそうだ。そして、サキもマチコもクララも水泳は得意。
「鯨というのは、単に大きな物という意味合いもあるが。大型の獲物は、陸より海のほうが多いからな。」
「そうそう。クラーケンとかリバイアサンとかね。海の討伐のクエストは報酬がいいのよ。漁業ギルドとか海運会社あたりがスポンサーになってくれるから~。」
「まあ、今は報酬が目当てではない。侵略に抗戦しているんだ。邪な考えは捨てる事。」
「はあい。でも、サキ~、邪はひどいんじゃなーい?」
「ああ、悪かった。」
「それはそうと。クララ~。ちょっと気になってるんだけど。ヤンマだっけ?あんたの風の精霊。精霊と契約したんなら呪文使えるようになったんじゃないの?」
四枚の羽根が音をたて、蜻蛉のスプライトのヤンマが顔を出した。
「え、俺を呼んだかい?」
「あら。ちっちゃいけど、よく見たら、なかなかのイケメンじゃないの。」
「あんがとさん。で、何か用事か?」
「クララは魔法の呪文使えるようにならないのかしら?普通、精霊が憑いたら呪文使えるようになるんでしょ?」
「あー、何事にも例外はある。それに本人が呪文を使おうと思わないことにはなあ。」
そういえば、確かにそうだ。クララは魔法の呪文を使わない。魔法具の事には詳しいようなのに。何か理由があるのだろうか?
その頃、南東部の軍港ホリーから、外輪式蒸気船メイフラワーが出航した。西へ進みコーンフロール半島を周り、北へ転進、クラブハウスを目指すことになっている。船室には、水軍南東部が誇る魔法兵団が乗り込んでいた。旗艦のグリーンノアに合流するため、帆も上げて、最大航速で走る。総舵手のガレスは、これから兄アグラヴェインの仇を討てるのだと気持ちが昂っていた。