第111話 相談
そろそろ熱中症だとかを気を付けないといけない季節ですね。
皆さん御自愛ください。
両脚を揃え横向きに馬に乗っているイゾルデが、後方にいるゴードンに気が付いた。トリスタンに知らせる。
「あなた、後ろにゴードン王子がいらっしゃいます。」
トリスタンは狼狽した。バルナックの間者に後をつけられたのかと思ったからだ。それがゴードン王子となればなおさらだ。後ろを振り向いて見ると、たしかにゴードン王子がそこにいる。馬はなく、共の者もおらず、ただ一人で渡りのポータルの前に立っている。自分が通ってきたポータルとは別の物。王子という身分の者が、あまりに不自然ではないか。トリスタンは、いざとなれば斬り捨てることまで覚悟した。するとゴードンの方から声を掛けてきた。
「やあ、トリスタン。奥方もご一緒とは。こんなところで会うとは思わなかったよ。」
ゴードンの明るい声に、拍子抜けした。剣の柄に手を掛けようとしていたが止めた。イゾルデを巻き込みたくなかったので、その点はホッとした。だが、ゴードンがバルナックに情報を流す間者だとの疑いが晴れたわけではない。セントアイブスへ来た目的を悟られてはならない。イゾルデと共に馬を下りた。
「ゴードン王子。まさか御一人で?」
「ああ、兄上たちには承諾してもらった。私だってAGI METALのメンバーだよ。クランSLASHの一人として活動したい。レイゾーの居場所を知っているかい?」
「ええ、私もレイゾー殿に会いに参りましたので。」
「へえ、レイゾーに何か用事?」
トリスタンは、次回は大きな戦になるかもしれないので、それまでに妻の実家に顔を出したい、此処へ寄ったのは、そのついでだと説明した。三年前の第一次戦争の英雄であり、先日のバルナック空軍を叩く奇襲戦の指揮者であるレイゾーには、誰でも会いたいと思うだろう。三年前の第一次戦で一緒に戦っているし、何も不自然なことはない。それにトリスタンはガラハドとも年齢が近い。ガラハドがジャカランダの騎士であった頃には、良い間柄であった。
「では、一緒にレイゾーに会いに行こう。」
「そういたしましょう。レストラン『取調室』、噂になっているのでゴードン王子もご存知でありましょう。そろそろ開店時間です。」
ゴードン王子が間者だと決まったわけでもない。それとなく様子を探りながら、ゴードンの居ないところでクランSLASHのメンバーに話す機会が得られれば、今回セントアイブスへ来た目的は達成されるはず。馬を引きながら三人は肩を並べて歩いた。
取調室の前に着くと従業員が出てきて馬を預かり、エントランスのドアを開け店の中へ招き入れた。まるでホテルのフロントのようなサービスだが、窓の外にゴードンをみつけたレイゾーが指示したのだった。王子とは知らない従業員も、戦争が始まってからは、常連客は減り、冒険者の客が多くなっているので、見るからに身なりのしっかりした来客はうれしいようである。また、開店時間を迎えたばかりで、本日の来客第一号なので余計に接客態度が丁寧だった。
「ありがとう。さすがにレイゾーの店だね。」
店内ではレイゾーが出迎えた。隣にはタムラが立つ。
「やあ、ゴードン。久しぶり。メンバーに復帰が決まったのに、来るの遅いよ。」
「いらっしゃいませ。奥の広いテーブルにご案内します。」
「父が離してくれなくってね。遅くなってすまない。食べながら話せるかな?」
「勿論。」
三人は豚骨ラーメンとカツ丼を堪能した。イゾルデが特に気に入ったようで、しきりに料理を褒めていた。
「レイチェルとジーンが此処の料理がおいしいと言うのが、よく分かりました。次はあの二人も一緒に参りましょう。」
「ああ、あの二人には、貝や海藻といった食材を納めてもらって、メニューにない賄い料理も食べさせてますので。」
タムラが答えると、その話にイゾルデが食いついた。イゾルデも一通りの料理はするようだ。
「賄い料理ですか。それなら家庭でも作れますか?あの子たちに食べさせたいので、教えていただけませんか?」
イゾルデはトリスタンの方を見て微笑んだ。
「では、お食事が済みましたら特別に厨房へご案内します。」
食事が済むとイゾルデはタムラと厨房へ。トリスタンは冒険者ギルドへ向かった。
「ゴードン王子はレイゾー殿といろいろとお話があるでしょう。私はガラハドに会って参ります。」
「ああ、そうか。結婚したんだよね。私も後で行く。」
トリスタンは冒険者ギルドへ赴いたが、そこにガラハドはおらず、ドワーフたちの工房へ案内された。工房といっても空き家を急ぎ改装した作業小屋のようなものだが、反射炉や鞴など鍛冶の設備は珍しい物までもが揃っている。そして、それを使用する職人たちは、さらに一流揃いだった。
ガラハドは自分の武具の調整と、兵士たちが使う弩砲の出来の確認に。俺とクララも一緒だが、俺はホリスターに呼ばれて来た。
「クッキー。こいつはな、所謂魔法の杖ってヤツだ。魔法のパワーを幾らか増幅してくれる。簡単に作れる物じゃあねえからな。貴重で市場にもなかなか出回らない。それをお前さんが望んでた『木銃』とかいう槍の形に加工しなおした。勿論、槍としての強度も申し分ねえ。なにしろ俺が作ったんだからな。刃は新しく打ったが、普通よりも厚さを増した。そこいらの甲冑なら貫くはずだ。」
魔法の杖というのは、普通の武具ではなく、アーティファクトに分類されるらしい。そりゃあそうだ。叩いたり殴ったりするのが目的ではない。魔法の杖というのもいろいろあり、音楽の指揮棒みたいな棒っきれから、細長い棒状のステッキ、格技の棍のようなロッド、はては太い棍棒のようなスタッフと。鈍器として使える物もあるが。主目的は魔法を強力にするための補助具であり、武具としての機能はおまけだ。それなのに、この魔法の杖は槍としての強度を持つ、と云う。
「まあ、お高いんでしょう?ホリスターさん。」
クララがズバリと突っ込んだ。俺の考えを読んでるのか。天然なのか。
「そこは心配すんな。サキからの注文だ。費用のことは、別で相談。基本的にSLASHメンバーからは戴かねえよ。まあ、俺達にもバルナック軍と戦う理由があるんだよ。」
「そうなんですか。よかったね、了ちゃん。」
「え、いやいや。うれしいけど。喉から手が出るほど欲しいけど。そういうわけにも。」
「おいおい、お前のために造ったんだ。他に誰が使うんだよ?こんな特殊な物。」
そう言われると、たしかにそうだ。銃剣だなんて物を使うのは、今このユーロックスに俺ひとりしかいないだろう。
ところで、ホリスターたちドワーフがバルナック軍と戦う理由とはなんだろう?何か恨みでも?それと、サキとは、どんな関係なんだろう?
「クッキー。いいから受け取っておけよ。必ず役に立つ。俺にはメカンダーの盾、レイゾーには魔剣グラム。お前もいざって時に当てにできる道具を持っとけ。あっちの世界では、あったんだろ?」
ガラハドが助言してくれたところで、トリスタンが声を掛けて来た。まずは結婚祝いの挨拶があり、二人は再会を喜んだ。もともとはジャカランダの若手騎士の代表格として互いに切磋琢磨していた仲だ。
そして、トリスタンはガラハドに。イゾルデはタムラに。ジャカランダ古参の騎士にバルナック軍の間者がいる可能性と、その裏をかく為、秘密裡に次回のクラブハウス奪還反攻作戦にクランSLASHが参戦して欲しい旨を伝えた。また、ゴードン王子もその間者でないとの確証はないため、注意深く行動するようにとも。
レイチェルとジーンが子供ならではの立場を活かして、怪しまれずに多くの人に近づき、彼らの持つ精霊が情報を集めて来るという活躍をみせているそうで、うれしい気持ちと危ない目に合わないかという心配が同時に起きた。そのレイチェルとジーンについては、また相談したいことがあるとのことで、後にトリスタンとイゾルデの夫婦二人揃ったところで話すことになった。
次回はレイチェルとジーンの話ですが、また大きな戦闘が近づいてきました。




