第110話 四男
ブルーノアの同型船、グリーンノア。三番艦はないので、ブライトノアとかは出てきませんよ。悪しからず。
レイゾーの冒険者パーティAGI METALの元メンバーでありジャカランダの騎士団長を務めるガウェインには三人の弟がいる。水軍東南方面の司令官で大型帆船グリーンノアに座上する将軍ガヘレス卿。同じく水軍の北西方面のアグラヴェイン卿。アグラヴェインはガーランド海峡での戦闘で、北西方面の旗艦ブルーノアと共に海に沈んだ。そして末の弟がガレス。
本来なら東の大陸に睨みを利かせるための水軍東南方面艦群だが、西の島の南端に位置するバルナックの軍と戦うためグリーンノアをはじめ多くの軍船が出航し、大半の桟橋が空いてしまったホリー港に残ったガレスは肩を落としている。彼が操舵士として乗り込む新型船は調整が間に合わず出港できないからだ。
ガレスとしては、長兄で英雄レイゾーのパーティのメンバーであり、ジェフ王にも頼りにされる騎士団長のガウェインを誇りに思っている。次兄ガヘレスと共にアグラヴェインの仇であるバルナック軍との戦に臨むのは騎士としての誉れであると受け留めていた。
その新型船『メイフラワー』は、船体の前半分に二本のマスト、帆を持ち、後方には煙突がある。そして両弦に最も特徴的な大きな外輪。推進器として水車のような魯を二つ持つ、所謂外輪式蒸気船だ。
ガーランド群島では、あちこちで石炭や泥炭が産出されるため、ミッドガーランドとノースガーランドでは蒸気機関が研究されてきたが、大抵の事柄は魔法で解決するため遅々として技術が発展しない。メイフラワーはどれも中途半端であるが、風があれば帆を張り、凪や風向きの悪いときには蒸気機関で外輪を回し、急加速するには蒸気機関の代わりに火と水の魔法を使う。どれも拙いが、ハイブリッドという考え方については進んでいた。三つの推進法の組み合わせでどのような条件の海でも走ることができるはずの船が、調整不足で外輪が上手くが回らない。
バルナック領の西海岸にある造船ドック。あんな物は船ではない、と悪態をつきながら工房の端で酒を浴びるように飲む船乗りが転がっている。人間に擬態したマッハ男爵はウィンチェスターに呼び出され新型輸送船の甲板と船橋を眺めていた。脇にはウィンチェスターの手下の技術者が畏まっている。まったく新しい概念の船であり、これまでの常識に囚われない物だと説明していた。
「帆がないな。」
「あんな物は飾りです。頭の堅い船大工には、それが分からんのです。」
「まだ付けていないのではないのか?」
「必要ありません。」
「いやいや、帆どころか帆柱もないが?魯を漕いで進めと?」
「ウィンチェスター様の凄さがお分かりいただけませんか?本当に要らないのです。船尾にスクリューという物がありまして…。」
魔法により船尾に二本あるスクリューを回し進む。魔法で船に推進力そのものを持たせるわけではなく、魔法によってスクリューを回転させる。風や海流の影響を受けにくく、船の運用が今までとは大きく変わる。活躍の場が狭いバルナック海峡だとしても、いや、だからこそ波風の影響を受けないことは有利である。あくまでも輸送船なので戦闘をするものではないが、すぐに逃げられることは大事だ。戦闘は水中型や飛行型のゴーレムに任せれば良い。
「マストがなく背が低いのは、それだけで敵に見つかりにくいですし。風に煽られて横転しなくなりますよ。」
「そうなのか?ふむ。」
続いて、これらの輸送船で運ぶ新型のインヴェイドゴーレムの説明になった。こちらのほうがマッハが驚く内容だった。海軍と空軍を統合するのは、単にガンバ男爵の失脚というだけではないと分かった。ガンバが陸軍にまわることで陸軍の補強になる。
ジャカランダ城、内務大臣の執務室。内務大臣のジョン、外務大臣のバージル、騎士の中でも今や重鎮と云えるゴードン、三人のミッドガーランドの王子と王女ペネロープが集まってガーランドの未来について話し合っている。
資金を得る為の税収やら国庫金の確認。女性や子供老人の避難先の設定。傷病人の手当ての医療品の入手。クランSLASHから提案のあったシャリオ計画の弩砲、投石器の手配数、トークンを仕込む鏃の出来具合。魔法兵団の練度などに加え、砦の工事の進捗、食糧や水の兵站の確保、新設したグリフォンの航空戦力の調整。いくら時間があっても足りない。しかし、そのうちに四男ゴードンの身の振り方の話になった。
「父上は過度な心配性だ。私はレイゾーのパーティの一員なんだ。彼らと一緒に戦いたい。ここを出てもいいだろう、兄上。」
「そうね。スコット兄様が亡くなったときに随分変わりましたね。父上は。とても臆病になった。」
「ペネロープ、言葉が過ぎるよ。スコットは誰よりも優秀だった。父上は後継者としてかなり期待していた。気落ちするのも当然だ。」
ゴードンに迎合する妹をジョンが咎めたが、彼も内心では父ジェフが不甲斐ないと半分は思っている。事実、政に関しては、ジョン、バージルの二人で執行しているし、ジェフは騎士として武術を磨くことも最近はしていない。三年前の第一次バルナックが最後の活躍の機会と言っても良い。
兄弟のなかでも一番スコットと仲が良く一緒に過ごした時間の長いバージルは、スコットを亡くした父ジェフの気持ちも理解できるため、板挟みの状態だが、兵士や冒険者としてならばゴードンも長兄スコットに劣らないと断言できる。三年前の戦争では、ジェフ王は一度はゴードンがAGI METALのメンバーに入ることを認めたのに、暫くゴードンの顔を見なくなると、すぐにゴードンの身を案じ気が変わって、ゴードンを連れ戻すようにと触れを出した。
バージルとしては、せっかくゴードンが手柄を立てる機会をジェフ王が奪ってしまったとさえ思えた。それくらいゴードンは剣も弓も魔法も馬術も達者である。
「父上のことは、まあ、脇に置いておくとして、だ。王族たる者、国や民を守るのは義務だ。まだ成人したばかりのアランはともかく、私達はそれぞれの持ち味を活かして、この戦争を勝ち抜けなければならない。そのためには、ゴードンには騎士として戦ってもらうのが良いと思う。同じ騎士でも経験豊富なガウェインは兵を率いて。若いゴードンには、直接に剣を振るってもらうのが。」
次男ジョンと三男バージルで父ジェフ王を事後報告で説得するので、四男ゴードンはセントアイブスへ行きクランSLASHの役に立ってこいとの意見が纏まった。いや、半ば強引にペネロープが決めてしまった。
「ゴードンは城に籠ってたらいけないわ。外に行って発散してこないと。それとガラハドとマリアがちゃんと仲睦まじくしてるか見てきてほしいのよ。二人とも仕事ばっかりしてるかもしれないもの。」
かくして、ゴードンは、しばしジャカランダを離れ、セントアイブスへ赴くこととなった。ジェフ王には事後報告にするため、だれにも知られないよう単独で出掛けたのだった。
領域渡りは、四極魔法の時間と空間の魔法の応用。冒険者ギルドに神殿にて術者がエンチャント魔法を使い、スキルとして身に付けることができる。スキルというのは、本人の魔力に影響されるものの、職能により魔法が使えない者でも使用が可能になる。
ただし、渡りは磁場の影響を受けるので、鉱床などへは移動できない。砂鉄などの磁性体を撒いておけば、そこには移動されない。また、門と呼ぶが、扉のような物を開くために、地面から垂直近くに起きた平面状の支持体が要る。壁とか、岩肌、太い木の幹などがあれば良い。何も無い中空には出入口が開かないという事だ。
そして、平時ならば、街中の要所要所に門を開ける場所を用意しておくのだが、敵の奇襲、侵入を防ぐため、戦争中の今は、街中へは渡りで移動できない。
ゴードンはセントアイブスの郊外の農作業小屋の外壁に領域渡りの出入口を作り出てみたのだが、そこで見知った後ろ姿を見つけた。馬に乗ったトリスタンとその妻イゾルデだ。
次回はトリスタンとゴードンの話、かな。