第109話 説法
俺は震災で、水に囲まれた学校の校舎の屋上にいたところを陸上自衛隊に助けられた。自衛官は皆優しくとても頼りになった。それに感銘を受けて、自分自身も自衛官になった。人を助けたい、護りたいと思った。憲法で戦争放棄している日本では、自衛隊は他の国の軍隊とは違う。戦争をするためではなく、国民国土を護るため。
あと、俺の趣味の話をすれば、怪獣を退治するためだな。主に原子力発電所を襲う怪獣。
まあ、詰まるところ、人助けに繋がるのではないかと思い自衛官になった。戦争をするためではない。身体を鍛えたり戦術や兵装を訓練するのは有事のため。むしろ災害派遣、救難とかが専門の組織でいられたらいいのに、くらいに思っている。
サキは、自衛隊について、グローブでの世界のこと、日本という国に関してマチコにそれとなく訊いているのだろう。突っ込んで質問してきた。
「自衛隊というのが、戦争をしない軍隊、といのは分からんでもない。しかしな、ここはグローブではない。戦争があることが前提だ。実際に今やっている。」
そうだ。確かに。俺もその戦争に関わってる。俺達の世界グローブにだって戦争はあり、日本が七十年以上やっていないというだけだ。
「殺すのをためらっていたら、自分が死ぬぞ。生物や魔物は殺せるのに、何故人を殺せない?人だけが特別か?」
禅問答のようになってきたぞ。
「グローブでは、最も多く人間を殺している生物は『蚊』だそうだな。疫病を運んだりするそうで。
ユーロックスではな、人も最も多く殺すのは、人だ。魔物でも、悪魔でも、神でも天使でもない。
パーティのリーダーとして言っておく。お前の考えを尊重しないわけではないし、残酷なようだが、覚悟を決めないと自分自身も仲間も護れない。お前に死んでほしくもない。殺すことを勧めるわけじゃないが、殺されるくらいなら考えを改めてくれ。」
「う…。」
「別の面から話そうか。レイゾーは音楽仲間とともにユーロックスに召喚された。ミッドガーランド王宮の魔法兵団が独断で召喚術の大魔法を使った。これは、こっちの世界の人間の勝手な都合で呼び出されたわけだな。
しかし、お前はそうじゃないな。おそらく、この世界から呼ばれた。なにか理由があるんだよ。『天から与えられた役目』と言っておこうか。マチコもそうだが。マチコはそういうところで悩まない性格だからな。この世界に順応してる。」
「マチコ姐さんは達観していると?いや、俺は俺で、別人格だから比べられてもなぁ。」
「タムラもこの世界に呼ばれたのだと思うが。ちょっと時期がずれる。違う理由なのだろうな。」
おもむろにジラースが喋り出した。聞いているだけじゃないのか。
「サキ・ヴィシュヌよ。お前さんとオズボーン兄弟が話しているのを聞いたが。バルナックの捕虜たちから様々な情報を得ているだろう。ウィンチェスターのことを教えてくれぬか?」
クライテン奪還作戦の時の兵士で、取調室でマリアやレイゾーが聴取した証言。それに先日のクランSLASHの作戦行動で飛行型ゴーレムに乗っていた魔法使いたちをメイとオズマが拷問した成果。そこからバルナック軍の実情や組織図、ララーシュタインのインヴェイドゴーレムの開発中の新型まで、有用な情報が入っている。
その情報に依れば、ウィンチェスターはララーシュタインがグローブから召喚した。国籍はアメリカ合衆国。初老の博物学の学者。どこかの歴史博物館の学芸員をやっていたらしい。
「なるほど。人間の歴史とは戦争の歴史といえる。それに博物学なら、歴史以外にもいろいろと知識をもっているのだろう。」
その博物学者がララーシュタインの参謀として作戦立案やゴーレム以外の武具の手配と開発をしている。このユーロックスに火薬、銃、爆弾をもたらした。飛行型ゴーレムが両手に爆弾を持ってジャカランダを爆撃している。今後はララーシュタインのインヴェイドゴーレムの武装化に絡んでくることが予想される。
「朽木了。ウィンチェスターをどう思う?儂がお前さんよりも先に出会った硝煙の匂いのする男はウィンチェスターに相違ない。国は違うが、お前さんと同じグローブからの異世界人。」
「どうって…、この世界にはいない方がいいんじゃないか。グローブに追い返せないのか?」
「ララーシュタインなら追い返せるかもしれない。呼び出したわけだからな。逆もできるのではないか。」
「そうか。しかし、ララーシュタインが追い返すとも思えないなぁ。」
「そうだろう。では、どうする?」
「ん~。」
「まどろっこしいな、お前さんは。」
サキが腕を組み頷きながら黙って聞いている。ジラースの意見に同意という事か。
「朽木了。グローブの人間同士で落とし前をつけたらどうだ?」
「落とし前?」
この世界に転移したのは何故かとタムラと話した事はあるが。この世界は俺に何を望むというのか?
クランSLASHがララーシュタインの飛行型ゴーレムの動きを封じたことにより爆撃を受けることがなくなった王都ジャカランダでは、続いて商業都市クラブハウス奪還の機運が高まっている。バルナック軍が占領しているクラブハウスを東のジャカランダと南のリスターから攻める作戦の準備が進行していた。
クラブハウスから東北東の方向にジャカランダ、南に漁師村リスターがある。クラブハウスとクライテンの中間に位置するこの村は、多くの村民が逃げ出し王都ジャカランダに身を寄せているが、逆に戦場となっても犠牲者をそれほど出さずに済むと判断された。
王都ジャカランダには、三年前の第一次バルナック戦争の時に築かれた砦が二か所、西と南に残っている。今回はリスターの北側に砦を構築中だ。この三か所の砦から、クランSLASHの発案の戦車を攻城兵器として移動させ、六体残っているであろうゴーレムには、額の『emeth』の文字を狙い撃ちすべく弓と魔法兵団が応戦する。
クランSLASHの独自判断でクラブハウスにタロスが遊撃した当時、ララーシュタインのインヴェイドゴーレムは九体実装されていたと思われる。二足歩行型の『ハイルV』と装輪型の『ティーゲル』、それにリザードマンのような恰好をした水陸両用型の『ワルター』がそれぞれ三体。タロスが五体のインヴェイドゴーレムを退けたが、完全に破壊したのは三体。二体は額の『emeth』の文字を消して行動不可能に追い込んだので、今頃は修復されているだろう。
懸案事項としては、バルナック軍の増援である。バルナック空軍の動きを封じたとはいえ、飛行型ゴーレムは健在だ。なにか新しい手法で飛行型ゴーレムを飛ばしてくるかもしれないし、有翼の魔物を召喚、使役するかもしれない。三軍の長であるデーモンは当然飛行できる。結局、これも弓隊と魔法兵団の活躍を期待すことになる。
そしてもう一つ。海路からの新しいゴーレムや兵の補充だ。三体とも残っていると思われる水陸両用型の『ワルター』には水軍の旗艦ブルーノアも撃沈されており、海でも陸でも、最大の難敵だと思われるが、これを抑え込み援軍を防げるかどうかが勝敗の鍵となりそうだ。
ミッドガーランドには規模の大きな軍港が二つある。一つは北西部のリマー港。陸続きの隣国ノースガーランドと海峡を隔てたウエストガーランドを警戒するための軍備で、ブルーノアが母港としていた。今はわずかな戦力が残るのみ。
もう一つの軍港がミッドガーランド島南東部のホリー。ここを拠点として大陸からの敵襲に備える役目であるはずの東方艦隊が、旗艦グリーンノアを中心にブルーノアの旗下であった残存艦も引き連れ、商業都市クラブハウスの西の海を目指して出港。現在はガーランド群島の南側を航行している。
ただ、ジャカランダの騎士団が綿密に計画しているこの作戦さえも一筋縄にはいかないと警戒する人物がいる。トリスタンだ。彼が何よりも恐れているのは、情報の漏洩。仲間の裏切りにより作戦が見破られることだ。この作戦が上手く履行されたとしてもララーシュタインのインヴェイドゴーレムは強力であるし、予想外の戦力があるかも知れず、油断はできない。
まして、レイチェルとジーンの契約精霊、加護精霊がベテラン騎士がスパイであるらしいとの動きを掴んでいる。バルナック軍はすでに応戦態勢にあるだろう。返り討ちになりかねない。
第一次戦争の英雄で悲劇の中心ともなったレイゾーには、もう頼ることはせず、セントアイブス、コーンフロール半島の守備だけをしてもらうという方針を騎士団長のガウェインを中心とする騎士団と王子たちで決定していた。もともとジェフ王の意向でクエストの依頼を検討していたタロス擁する冒険者パーティ『シルヴァホエール』もレイゾーの主催するクランの一員となったため、依頼は取り下げ、セントアイブスに留まってもらう。
だが、それに逆らってでもレイゾーたちの助けがなければ、この難局は乗り切れないとトリスタンは考えていた。それでなくとも、昨今採用している新しい戦術、戦車やトークンを組み込む魔法の鏃は、レイゾーのクランSLASHからの発案であり、どうせもうSLASHに頼っているのである。
付け加えていえば、クラブハウスを占領されたときの負け戦で評価を下げてしまっているトリスタンにとっては、命令違反などで咎められようとも、いまさらどうでも良いのだった。仮に爵位を取り上げられ、騎士団を追われようとも、探索者や冒険者をやれば生活はしていけるだろうと開き直っている。
トリスタンは、腹心の部下パーシバルとレイチェル、ジーンには引き続きスパイの捜索と見張りをするように指示し、クランSLASHに秘密裡に助けを求めることにした。クランSLASHのことは誰にも知らせない。
(ケイ卿とダゴネット卿、他にもいるかもしれない。間者に悟られないよう私の独断でSLASHに応援を頼めば、バルナック軍側にも情報は洩れない。今回の作戦で勝つには、これが最善だろう。英雄レイゾーらには、すまないが。)
単独行動を怪しまれないためにどうしたら良いかと思案したトリスタンは「戦の前に妻の実家に顔を出して来ようかと思う。」と、イゾルデを連れて馬に乗り、城を出て、郊外の牧場から領域渡りを使いセントアイブスへ向かった。
またジワジワと大きな戦が近づきます。




