第108話 仇
盗賊や犯罪者の首に懸賞が掛けられる場合、クエストとして騎士団や自警団の詰め所の他、冒険者ギルドでも扱われるようになるため、シンビジウム王国のファレノプシス修道院に放火され多くの人が亡くなり、その犯人の元冒険者のオーギュストとカミーユがギルドの登録をすでに抹消されており、今回賞金首としてその額が跳ね上がった事は、直ぐに広く知られることになった。多くの者がオーギュストとカミーユの命を狙いそうなものだが、そのクエストを受ける条件が、ソロならばランクA、パーティならば評価ランクB以上という厳しいものだった。
これはセントアイブスでも受けられるパーティは数組しかいない。クランSLASHに所属する中でも、レイゾーのAGI METAL、サキのシルヴァホエール、オズボーンファミリーとレストラン取調室の食材調達班二組、それにロジャーを中心とした騎士の一部隊くらいだろう。
俺は、ガラハドに呼ばれ冒険者ギルドに来ていた。クララも一緒だ。一番奥の受付席で、ガラハドとカウンターテーブルを挟んで話した。
「ガラハドさん、新婚早々によく働きますね。お祝いのパーティやったばっかりなのに。マリアさんと二人で旅行とか行かないんですか?」
「戦争やってんのにか?マリアだって探索者ギルドのマスターの仕事やってるぜ。俺達の仕事が人の生死にも関わるからなぁ。」
「まあ、それはそうですが。」
「でな。クッキー。レジスターカード出せよ。ランキングの評価が変動したから書き換えだ。」
「あ。はい。」
レジスターカードは探索者や冒険者に限らず、農家、酪農家、漁業、商人、職人などギルドに登録すればエンチャントにより持てる社員証明書のような物だ。職業、職能とクランやパーティ、職場などが記入されている。それをマスターであるガラハドに手渡し、暫く待っていると評価ランクが上がって返ってきた。
「今日から個人評価Bランクな。この戦争中の戦果からすれば、Aランクにしてもいいような気はするんだが。探索者冒険者としてクエストをこなしたりドロップアイテムの売買をしたりって実績が足りてないからBランクだ。パーティのランクはAでクランがSだから、まあ上がったところで、どうってこたねえけどな。ソロで動くときには多少の制限が掛かることもあるから。まあ、高ランクでないと受けられないクエストなんて滅多にない。」
「ガラハドさん。あるじゃないですか~。ほら、これ~。」
俺の背後に唐突に現れたクララ。いつもより低い声を出すので何事かと思い振り返ると、クエストの申し込み用紙を持っている。クエストの表示蘭をみてきたようだ。
「クララ、ここへお座り。」
俺が隣の丸椅子の座面をポンポンと叩くと、椅子ではなく俺の膝の上に座った。カウンターテーブルの上に書類を置く。
「このクエスト、パーティならばBランク以上。個人ならAランク以上ですね。私Aランクなので受けようと思いますが。」
「あ。これか。まあ、さっさと解決して欲しい事案ではあるが、大陸での話だ。冒険者ギルドのシンビジウム王都支部の発行になってるよな。このお尋ね者、ガーランドにいるとは思えないぞ。」
「お尋ね者?犯罪者を捕まえるとか?」
俺もその書類をクララの肩越しに見て、驚愕した。そのお尋ね者二人の名前はオーギュストにカミーユ。これは、クララの親の仇の名だ。
「あっ!ク、クララ!ひとまず落ち着こう。深呼吸しよう。な。」
俺はクララの背中からおなかの前に手をまわしてウエストあたりをグッと抱きしめた。クララは後ろに反ってもたれ掛かってくるが、深呼吸などはしない。
「了ちゃん。手伝ってくれるよね?」
「そりゃ、手伝うけども。今は戦争やってるよ。まずはサキに相談しような。」
「どうかしたのか?」
ガラハドも不思議に思っている。が、詳細を知っているわけもない。
「ああ、クララは大陸の、スパティフィラム王国の出身なんで。そのお尋ね者のことを聞いたことがあるんじゃないですかね。」
「そうか。いや、コイツはな、俺とマリアで受けようと思ってるクエストなんだよ。戦争さえ終わればな、大陸へ行きたい。」
「は?ギルドマスターが直接?」
「別にルール違反にはならない。クエストには、お縄にしろ、生死問わずと書かれてるだけだがな。どんな罪を犯したか、理由は書かれてないだろう?」
クララがカウンターテーブルの上に身を乗り出して訊いた。鼻息荒いな。
「報酬が高額だから、おかしいと思ったんです。この二人、何をやらかしたんです?」
「俺も後で騎士団の詰め所に詳しく訊きに行くつもりなんだがな。大きな声じゃ言えん。小さい声で話すぞ。」
俺達三人は顔をよせてヒソヒソと話す。かえって怪しい気もするが、一番奥の受付カウンターだから、まあ大丈夫か。
「お前たちも来てくれた、あの結婚式の会場な、ファレノプシス修道院だけどよ。子供も修道士も殺されて、火を着けられた。」
「なんですって?そんな!酷い!」
「静かに。一言で言って虐殺だ。さらに気になるのはな、その賊ども、サリバン先生の遺品をよこせと言ってたらしい。」
それには、俺も思い当たった。サリバン院長の遺品とは、マリアが受け取ったはず。
「まさか、魔導書?」
「おう。それだよ。見過ごせないだろう?
まあ、今は戦争を終わらせるのが一番だが、ひょっとしたら、マリアを狙ってくるかもしれない。その時は返り討ちにしてやる。」
クララと一緒に帰宅すると、マチコが武具の手入れをしていた。ブーツの手入れは特に念入りにやるそうだ。サキは、オズボーンファミリーと一緒に探索者ギルドに行っている。例の魔導書火炎奇書の解読を進めているらしい。エルフとダークエルフの知識が役立っているのだろう。
サキは不在だが、クララの親の仇がお尋ね者になっており、ガラハド、マリア、オズワルドにとっても共通の仇となったことを話した。勿論、遺品の魔導書のことは、すでに話してあるが。
「自分の手で仇討ちしたいです。あの二人を追えば、生き別れになった姉にも会えるかもしれない。姉も狙っているでしょうから。」
「クララ、思い詰めないでね。力になるわよ。ただ、今はバルナックと戦争中。故郷を守る戦いでもあるのよ。またララーシュタインのインヴェイドゴーレムが、いつ攻めて来るかも分からないわ。この戦争が片付いたら、大陸に戻りましょう。クッキー、当然一緒に来るのよ。」
「はい。それはもう。」
「報酬が高額ということは、あの二人を狙う冒険者も出てきます。私より早くクエストを達成されると困ります。」
「大丈夫だよ。高ランクの冒険者しか受けられないクエストだ。そんなに簡単にクリアーできない。まず居場所も探せないよ。」
「クララ。あたし達の国にはね、『果報は寝て待て』っていう言葉があるの。マリアには悪いけど、マリアを狙ってあっちから来てくれるんじゃない?そのときにガラハドより早く見つければいいのよ。」
なんだか当然のように仇討ちの話をしてるんだけど、それは相手を殺すという事なのでは?まあ、そういう世界なんだよな。しかし俺、いちおう今まで人は殺していないんだ。生物、魔物は何頭も倒したけれど。クララも当たり前のように人を殺すんだろうか。
マチコはやりそうだ。人型のほうが戦いやすいと言っていたな。レイゾー、タムラも三年前の戦争も経験しているわけだし、きっと人を殺した経験はあるはずだ。
クララは静かに寝息を立てているが、俺は寝付けなかった。クララを起こさないように、そっと腕枕を外して二階の部屋を出て、一階の居間に降りて来た。すると、サキが独りでちびちびと酒を飲んでいる。
「クッキー、眠れないのか?」
「ああ、サキ。考え事をしてるうちに眠れなくなっちまって。サキも?」
「そんなところだ。飲むか?クララは寝てるんだろ?」
自分のマグカップを持ってきて、サキの向かい側の椅子に座る。まあ、普段食事のときも、だいたい同じ席だ。サキと飲むのも当たり前のようになってきたか。
「クララは良く寝てる。寝つきの良い娘です。マチコ姐さんも?」
「ああ、可愛がってやったからな。ぐっすり寝てる。」
サキは俺のマグカップに酒を注ぎながら話しを続けた。なみなみと注いでるけど、ウイスキーじゃないか。ストレートで飲んでるのか。酒強いな。
「修道院が焼けてしまったとマチコから聞いたよ。残念だったな。」
「それじゃあ、クララの仇のことも?」
「ああ、勿論それも聞いたさ。なあ、クッキー。お前、クライテン奪還作戦のとき、塹壕にいるバルナックの兵に向かって水霊波の呪文を使ったよな。何故、得意の火力呪文を使わず水攻めにした?」
「え、そりゃあ塹壕にいたから水攻めで動きを止める方が効率いいでしょ。」
「それだけじゃないよな。お前、敵とはいえ人を殺さないようにやったな?いや、殺せないだろ。」
痛いところを突いてきたな。さすがだ、サキ。返答に困っていると、水面を魚が跳ねるようにテーブルの上に火蜥蜴が現われた。見た目はトカゲというよりサンショウウオなんだが。大きさは頭から尻尾まで1メートルくらいか。
「あ、ジラース。」
「おう、クッキー。お前さんがなんと答えるか、儂も興味があるので出てきてやったぞ。」
滅多に出てこないくせに。こんなときに来るのか。『加護』とやらもよく分からないしな。
次回、サキとジラースとの会話の続き。




