第10話 前兆
なんとかテオのダンジョンを抜け出した。災難だとも思えるが、子供二人を救助したのだ。自衛官としての達成感のようなものを味わえたことを感謝している。
もう一つ、良い事としてはジーンが戦利品のトークンを幾つか拾って持ってきてくれた。こっちはそれどころじゃなかったからな。よくやってくれた。
「それじゃあ、探索者ギルドへ行こうか。」
まずは戦利品のトークンの買い取りをしてもらった。姉弟に会う前に1階層で活動した分だ。ツリーフォークと接触してからジーンが拾ったトークンについては、姉弟のものとして買い取ってもらった。
「本当にいいんですか、クッキーさん。」
「いいんだよ。拾ったのはジーンだ。二人の生活費は必要だろう?」
そして、この3階層での行方不明者は見つけられなかった事を告げ、逆にこの姉弟の両親についての情報はないか尋ねたが、無駄だった。それから、この日ダンジョンの中で何があったか報告すると、なにやら様子がおかしい。
「ツリーフォークなんて、あのダンジョンでは、もう少し深い階層でないと出ないはずです。何よりも階層をまたいで移動したというのが妙ですね。これはオーバーランの前兆かもしれません。組合長を呼んできましょう。」
(オーバーラン・・・。ラビリンスからモンスターが外に出てくるってことだったっけ?)
そういえば、あのダンジョンの1階層でオークやゴブリンが出てくるのも、ちょっと珍しいことだとタムラさんが言っていた。階層が進んだとはいえ、1階層から2階層へ行っただけで、途端に剣で斬りつけてもほとんど効果がないツリーフォークに苦戦した。1階層では単独でも楽々進んだのに。考えても仕方がないが、考えるほど引っ掛かるものがある。
「すみません。お待たせしました。マスターもオーバーランを警戒しているようですが、後ほど『取調室』でお会いしたいとのことです。探索者だけでなく冒険者のギルドマスターとも話す必要があるだろうと。」
「なるほど。思ったより重大な事なんですね。」
「あの・・・。ギルドマスターは二人とも取調室の常連、というか、レイゾー様のパーティのメンバーですから、クッキーさんが、そう構えなくとも良いのではないかと思いますが。」
「え、そうなの?」
「左様でございます。」
「3人はどういう関係なんですか?」
「ご存じありませんでしたか?3年前の戦争のときに活躍した英雄のパーティですよ。主力の騎士団が王都の近くの砦で戦っている間に、隙をついて5人だけで敵の本拠地に潜入して戦争を終わらせたんです。決戦前に滞在したこの街に定住なさって、今も街を守ってくださってます。」
英雄と呼ばれているのは、そういう事だったのか。なるほど。店の勝手口が街の外側に向いているのは、この街を守るため、すぐに出られるように備えているのだな。
「そうですか。ありがとう。」
探索者組合を出ると、歩きながらダンジョンで会った姉弟と話しをする。食材の胡麻の仕入れ。クララが鉱石を探す手伝い。魔法やこの世界での武器の扱い、戦い方を試すこと。テオのダンジョンのオーバーラン。幾つか並行してやらなければならない仕事があるが、喫緊には、この子たちをなんとかしてやらないと。
両親が行方不明とはいえ住む家はあるそうだ。3週間が過ぎて、両親はもう帰らないと覚悟を決めたが、生活費はない。親の仕事を継ぐつもりではあったが、素潜りでの漁は無理。レイチェルは、泳ぎは得意だそうだが、それで安全に漁ができるわけではない。牡蠣の養殖は出荷できるまでに時間が掛かる。2隻ある船の片方を売ろうとしたが、まだ年端もいかないので、商人が相手にしなかった。今日トークンを売って得た小銭で2~3日は食いつないでも、それでは何も解決しない。
「とりあえず、俺の下宿先へ行こうか。さっきギルドでの話題にあった『取調室』に。冒険者たちの溜まり場だけど、まだ昼間だから、冒険者たちが酒飲んで管を巻いてることもないだろう。腹減ってないか?ラーメンでも食べよう。」
ギルドマスターたちが何時頃に訪ねてくるのか、もとの世界、日本のように正確な時間ではないだろうから、店で待っているのが良いだろう。それに、店の従業員にこの子たちの事を相談できるかもしれない。
取調室に帰ると、営業中だが、まだ早いため店はすいていた。オーナーもシェフも在勤。丁度良かった。
「ただいま帰りました。レイゾーさん、タムラさん、お話ししたいことが。ちょっと良いですか?」
「ああ、お帰り。思ったより早かったね。良かったよ。無理なトレーニングとかしてるんじゃないかと心配だったんだよ。」
「おう。かわいいお連れさんじゃねえか。何があった?」
このお二人は、本当に話が早い。戦場でも即断即決なのだろう。
6人掛けのテーブルに大人3人。4人掛けのテーブルに姉弟が向かい合っている。豚骨ラーメンを食べて恍惚の表情の姉弟に、早速注文を出す。
「新しいメニューを開発中でなあ。食べられる海藻と二枚貝を取ってきてくれ。ハマグリとか、カラス貝とか、ムール貝。ちゃんとした値段で買うぞ。」
「深く潜ったりしなくていいんだよ。ボートも使わなくて済むかな。」
驚いて顔をあげるレイチェルとジーン。こっちもうれしいし、ほっとした。
「「ありがとうございます!」」
微妙に揃わない俺と姉弟の三人の声。だが気持ちは伝わるだろう。
「メニューがハッキリ決まるまでは、無理せず獲れるだけでいいぞ。とりあえず最初のは、明日の昼前くらいに持ってきてくれ。早くメニューを作りたい。」
「クッキーは胡麻を探してくるの、ヨロシク。どこで仕入れられるかわかんないけどね。うちの食材の調達も充実してきそうだね。うんうん、いいことだ。」
「さあ、もう面倒な話はいいな。それより若いもんは、しっかり食べな。育ち盛りなんだ。」
俺は自衛隊の仕事に誇りを持っているし、正直もとの世界に帰りたいが、こっちの世界も悪くないのでは、と思い始めている。同郷の人だけじゃなく、皆親切じゃないか。
そして大人三人で魔法とダンジョンについて、先程のギルドでの件も含めて話していると、来客があった。二人のギルドマスター。良いタイミングだ。
入るなり、前髪をツンツンにあげた大男が握手を求めてきた。アメフトのフォワードみたいな体躯。
「よお、君がクッキーかい。噂は聞いてるよ。俺はガラハド。冒険者組合セントアイブス支部のマスターだ。もうひとつ言うとAGI METAL のパーティメンバーだよ。前衛職だ。宜しくな。」
そしてもう一人は、インテリっぽい女性だ。スラリと背筋を伸ばして姿勢良く、長い髪を三つ編みにしている。代わるがわる握手。
「私はマリア。探索者組合のセントアイブス支部長。同じく AGI METAL の後方支援担当の高僧。レイゾーやタムさんと同じ転移者なんですってね。この世界へようこそ。ギルドの資料は拝見したわ。いいわね。簡単に死にそうもない魔法使いって。期待してるわ。」
席に着いて紅茶が運ばれてきたところで、マリアが切り出した。さっきよりも声が低い。深刻な状況なのでは。気が引き締まる。マリアはレイチェルとジーンの姉弟にも目配せして、気を使っているようだ。無駄に怖がらせる必要はないが、危険は知らせないといけない。
「この数日、他の探索者からの情報なども精査したんだけど、テオのダンジョンでオーバーランが起きるわね。かなり高い確率で。出入口のモノリスの大きさを測ったら1割大きくなってたわ。高さ5メートルくらいね。前回、5年前の記録だと、ほぼ同じ大きさで牛頭族や蜥蜴亜人が出てきてるのよ。」
皆真剣に聞いている。ガラハドが続ける。
「大きいヤツで、それくらいってことで、小さいサイズの魔物は、それにくっついて沢山出てくるだろうな。領主のページ公と騎士団にはすでに伝えた。協力体制はできてる。Dランク以上の冒険者パーティには、招集を掛けようと思う。まあ、逆に言えばEランクから下は足引っ張るから、わざわざ死にに来るなってことだな。集まるか分からないが。」
そしてレイゾーが答える。普段の優しい顔からは考えられない無表情。
「まあ、そのときには、僕たちだけでやるよ。それだけのことだね。」