第107話 延焼
ガラハドとマリアの結婚祝いのパーティが始まった。基本的にセントアイブスの者だけの内輪のパーティだ。職場である冒険者、探索者の各ギルドの職員にこの街を活動拠点とする冒険者に商人たちがほとんど。一部例外的にガウェイン達がおり、そのガウェインの隣にはペネロープが座っている。反対側にはケーヨ。向かい側にパーカー。レイゾーからの指示でガウェインに三人から無言の圧力を掛けるようにしてある。本来新郎の家族縁者が囲むテーブルにガウェイン達が、新婦のそれの席には領主のページ公と官僚、騎士たち数名。
仕切っているのはレイゾーなので、日本の居酒屋のような雰囲気である。結婚式と同じ衣装で二人がホールに入場し、中央に空けた通路を抜けて上座に向かうと高砂の並びに二段重ねのホールケーキがあり、そのまま拍手の中、新郎新婦でケーキに入刀。ファーストバイトとして二人がお互いにケーキを一口食べさせあい、また拍手。
主役の二人が着席すると一旦ケーキは下げられ、シャンパンが給仕される。このパーティの仕切り、店のオーナー、二人が所属するクランのマスターであるレイゾーが音頭を取って乾杯すると、レイゾーとタムラが考案した日本の家庭料理に近い、あまり畏まらないメニューが運ばれてきた。わかめスープ、ポテトサラダ、鶏のから揚げ、オムライス、トンカツとエビフライ、コーヒーに二人が入刀したケーキ。
タムラがメニューの説明をしている間にレイゾーがガウェインにワインのボトルを持って行った。手渡しながら、ガウェインに釘を刺す。
「ガウェインから行けよ。二人のグラスに祝いの酒を注ぐなら自然な動作でしょ。」
「ガウェイン卿。わたくしが一緒にいって差し上げますわ。」
ペネロープ王女が背中を押す。するとパーカーとケーヨも後押し。
「ここまでお膳立てされてやらなかったら男が廃るというものですぞ。騎士団長。ガラハド殿との立場の違いからギクシャクするのもわかりますが、どちらも非はないのです。騎士として先輩のガウェイン卿から打ち解けないと。」
「そうですよ。しっかりやり遂げたらチューしてあげますから。」
「あら、ケーヨ。もうできあっがていますの?」
観念したガウェインが籍を立ち、ボトル片手に上座へと進む。本当はパーティが始まる前に控室に行ければ良かったのだが、王女一行が取調室に到着したのは開始時間ギリギリだった。ペネロープ王女の支度が遅かったためだ。バツの悪さからか、ペネロープから先に新郎新婦に声を掛けてガウェインを助けた。
「ガラハド。マリアさん。おめでとう。わたくしも嬉しいですわ。」
「有難うございます。王女様。」
「恐縮です。ペネロープ王女から祝いの言葉をいただくなど勿体ない。」
「二人とも、おめでとう。さあ、ガラハド。盃を。」
「はい。ガウェイン卿。謹んでお受けします。」
「いや、祝いの席だ。まして君は主役だ。そう堅い口の利き方をしなくても良いだろう。ささ、マリアさんも。」
ガウェインが二人のグラスにワインを注ぐのを見て、ペネロープ王女はホッとした。遠目にレイゾーも見ている。パーカーはケーヨに話し掛けた。
「ケーヨ。チューしないといけませんな。帰りには、二人で何処かへ寄りますか?」
「パーカーさん。からかうなら、私よりもガウェイン卿のほうが面白いわよ。」
「ほっほ。そうですな。」
「でも、どうしてパーカーさんは、ガウェイン卿とガラハドさんの仲を心配するんです?」
「私はラーンスロット様にお世話になりました。ラーンスロット様がとても高く評価していたガウェイン卿とラーンスロット様のご子息のガラハド様。そのお二人の仲が良くなければ、それは残念でなりません。」
「ラーンスロット卿ってご立派な方だったのですね。」
「ええ、それはもう。」
このパーカーという壮年の男、実は昔は盗賊だった。手下を数人抱える名うての盗賊だったのだが、調子に乗り王城へと侵入した。その過ちで、ラーンスロットに見つかりボコボコにされ縛に就いた。直ぐに処刑されるものと覚悟したのだが、ラーンスロットはアルトリウス王と騎士たちの下へ連れて行き、パーカーはアルトリウス王に諭された。王城に侵入するだけの度胸と技術があるのなら、それを世のため人のために使うようにと。それ以来二十年、パーカーはミッドガーランド王家に仕え、今は衛兵としてペネロープ王女のボディーガードを務める。
ガラハドとマリアの結婚だけでなく、ガウェインとガラハドの距離が縮まったことは、レイゾーやペネロープ、パーカーにとって、さらに明るいニュースとなった。アルトリウス王は親子の対立によって急逝し、ジェフ王の治世となったが、パーカーは長くミッドガーランド王家に仕えてきて良かったと思えた出来事だった。
しかし、この喜ばしい事の裏で、残虐非道ともいえる事件が起こっていた。大陸のシンビジウム王国、ファレノプシス修道院に男女の侵入者がいた。長い髭を蓄えた筋骨隆々の大男は黒魔導士であり、魔法で毒をばら撒いた。美貌の持ち主でありながら、けたたましく奇声をあげる女はショーテルという非常に珍しい弧状の湾曲刀を二本振るい、物陰に隠れる女子供の頸を狩った。この男女が修道院で暮らす孤児たちを殺戮し、修道士を脅した。
「魔女サリバンが何かを残さなかったか?それをよこせ。」
「ま、魔女だと?亡くなった院長のことか?尊いお方のことを魔女などと、無礼な!」
「お前ら、何も知らねえのかよ?」
「ギャハハハハハ!お笑い種ねえ!教えてやったら?」
「十年、いや、もうちょい前だったか?魔女狩りで、ここの小娘が捕まったよなあ?ワルプルガっていったか?」
「あれは誤解だ。聖女様だ。」
「ああ、そのとおりだ。本物の魔女は、院長のシンディ。間違われて小娘が捕まったんだよ、なあ?」
「ふん!お前らのことは知っているぞ。スパティフィラム王国へ派遣されたときに見た憶えがある。お尋ね者のオーギュスト・ジダンとカミーユ・メンデルだろう。下級貴族から盗賊に堕ちぶれた輩めが。僧侶が何人もいる修道院に黒魔導士が入り込むとは、間抜けだな。」
修道士は、胸の前に手を組み呪文を唱えた。白魔導士や高僧が使う攻撃魔法を防ぐ手段。
「絶対魔法防御!」
「ほう。一定の範囲内で全ての魔法を無効にする難易度の高い呪文だな。」
オーギュストは拍手しながら、前に出る。魔法を封じられても何とも思っていないらしい。
「残念だったなあ!」
修道士をサンドバッグのように殴りつけた。カミーユは顔を歪め大声でケラケラと笑っている。オーギュストは修道士に質問をしながら殴り続けた。
「魔女サリバンの遺品はどうしたよ?あのババアが魔法のアイテムや魔導書を持ってなかったか?その遺品をよこせ。どこにある?」
修道士は痛みに耐え、叫びながらも質問には答えない。それを見かねた別の修道士が震えながら答えた。
「もう止めなさい。遺品のことならば教えるから、酷いことは止めなさい。遺品ならば、聖女マリア様が整理しているはずです。」
「聖女マリアだと? そりゃ、魔女ワルプルガじゃないか。お前ら、本当に何も知らねえのか?魔女シンディが一時期、自分の後継者にって望んだのが、その聖女様だ。」
「いい加減な事をいうのはよしなさい。あなた方には神の罰が下るでしょう。」
「ふん!頭の堅い僧侶どもめ。」
オーギュストは法衣が血で赤く染まった修道士の胸にブロードソードを突き立て止めを刺した。さらに大量の血が流れた。
「ああっ、なんてことを!」
「さて、術者が死んじまったから、もうアンチマジックシェルの効果はないな。カミーユ。結局、戦争でガーランドを侵略するのが早いのかもしれんな。」
「そうねえ。マリアがセントアイブスにいるのは分かってるけど、あそこに押し込むのはリスクが高いわね。戦争で漁夫の利ねらいが賢いかしら。」
絶対魔法防御の効果が消えたのをいいことに、オーギュストは火の呪文を放ち、修道院の建物が燃えた。それなりの歴史のある建物だけに建材の木も乾燥しており、火の回りが早い。あっという間に建物全体に延焼し、瓦解した。数名の修道士、修道女が命は助かったが、孤児院としての側面を持つ修道院である。幼子を含む子供たちが焼け死に、中には刀傷のある遺体もあった。
この火事、惨事は国中、また隣のスパティフィラム王国でも大きな話題となり、オーギュストとカミーユの悪名は轟き、多額の懸賞金が掛けられることになった。




