第106話 懸念
今回は緩めです。
ファレノプシス修道院から戻り、ウエディングドレスの出来と評判に満足気なマチコ。クララとメイを連れて取り調べ室へ行き店の女性スタッフを集めて打ち上げのような事をはじめ、ガラハドとマリアの結婚パーティは翌日だというのに、もう浴びるように酒を飲んでいる。
「キャハハハハハハ!なーんか、こんなに楽しいのは久しぶりだわー。」
「マリアさん、綺麗でしたね~。姐さんの作ったドレス最高でしたよー。」
「あらあ、クララのブーケも良かったわよお。」
「本当に皆さんのお陰です。それが、また明日、この店で見られるんですからー。楽しみですね~え。」
タムラは店の割烹着姿で厨房に立っている。出汁の味見をして、職人たちにラディッシュの皮むきやら、魚の酢漬けの指示を出す。
「仕込みの手伝いをしてほしいトコなんだが、まあ、しょうがねえな。最近じゃ珍しく明るい話題だからなあ。女子たちがうかれても当然だろ。」
レイゾーは食器の数の確認作業中。ふと手を止めて感慨深そうだ。
「AGI METALのメンバー、五人も逝っちまったから…。あの二人には幸せになってもらわないとね。」
今日明日と臨時休業、貸し切りの店に突如入店してきたのは、なんとペネロープ王女。供の者は、身辺警護の女性一人だけ。店の外にもう一人、パーカーという手練れの格闘家の警護がいるのだが、馬車の御者でもあるし男性のため外に置いてきた。女子会に男の警備を連れて入るのは無粋だろう。
「マチコさん、クララさん。参りましたわ。」
にこやかに手を振って愛想を振り撒くペネロープ。警護の女性ケーヨは、そそくさとマチコに駆け寄り耳打ちした。
「お忍びで来ております。身分を明かさないようにお願いします。」
「承知しました。多少の失礼には目をつぶってくださいね。」
マチコはすぐに状況に対応するし、どうせ異世界人に身分の差もなにも無いという考えなので臆することもない。ただ、クララは王女の警護を気にしている。
「あの、警護は?保安面はどうなっていますでしょうか?」
「私はBランクの戦士です。暗器も持っております。それに、この店以上に安全な場所はないと伺っております。」
「あ。それは確かにそうですね。店の奥にはSランクの英雄がいるんですから。」
「そういうクララさんも、マチコさんもAランクの冒険者じゃないですかー。」
メイもギルドの評価はともかく、実力はかなり高い魔導士なのだが。マチコもクララも納得し、いざとなれば王女を守ることをアイコンタクトで確認し首を縦に振った。席をずらしてマチコとクララの間にペネロープとケーヨを招き、取調室のスタッフたちには、シンビジウム王国のマリアの友達であると紹介した。
「遠いところ、来てくださったわ。こちらポピーとケーヨちゃん。みんな宜しくね~。」
「ポピーです。皆さま、どうぞ宜しく。」
「ケーヨです。この店のお食事は最高だって評判ですから、今日は本当に嬉しいです。」
レイゾーが人数が増えたらしい声を聞いてホールに出てきたが、ペネロープとケーヨの顔を見て何事か直ぐに察したようだ。タムラに何か話した後、エールのボトルと二つのグラスを持ってきた。
「明日のパーティの準備がありますので、今日は限定的なメニューしかお出しできませんが、空腹ではございませんか?カツ丼でもいかかでしょうか。あとはつまみをお持ちしましょう。」
壁の黒板に定番のメニューが書いてあり、それを見るように促す。そして、注文を受けるふりをしながら、小声で挨拶を交わす。
「姫様、あいかわらずですねえ。来店なさるなら先に知らせてくださいよ。」
「いいじゃない。明日のパーティに出るって知らせにきたんですから。」
「本人が直接来ますか?城を抜け出す口実ですよね。」
「本当なら戦に出たいのを我慢してるんですよ。」
「やはり変わりませんねえ。パーカーもケーヨもたいへんだ。」
まあ、結婚式の後、パーティの前、前夜祭みたいなモノだ。他愛もない会話に終始するだろうが、身分を隠した王女とこの戦争の守りの要と言えそうな軍の予備役たちとで親睦を深めた。大いに結構だ。ガヤガヤと喧しい飲み会は遅くまで続き、おかげで酔った勢いでガラハドとマリアの初夜を邪魔しに行くような野暮をする者はいなかった。それでも、翌朝には皆スッキリとして出勤してきたのは流石である。
オズマとオズワルドのオズボーン兄弟が、ドワーフの職人頭ホリスターを交え、ファザーライトの船室で紅茶を飲みつつテーブルを囲んでいる。飛行型ゴーレムに乗り込んでいた魔法使いらに尋問し得た情報を整理して対策を練っているところだ。そのテーブルの中央には、クライテン奪還作戦のときにバルナック軍から接収した小銃が置いてある。
「ウィンチェスターとかいうグローブの学者め。本当に厄介なものを持ち込みやがったなあ。この銃って筒は、分解して構造は分かったんだが、火薬ってのが分からねえ。グローブは魔法の代わりに科学技術が発展してるっていうが、まさか俺達ドワーフやエルフの知識でも太刀打ちできねえとは。」
「これは、魔法の代わり。魔法を使えない者もこれがあれば魔法使いになれる。火力呪文を撃てるのです。普通なら魔法を使えるのは、五人に一人くらいしかいないのに。バルナック軍の兵は全員魔法使いですよ。」
「そして、手の空いたゴーレムを攻城戦とタロスの攻略に全部つぎ込んで来るってこった。メイが捕虜を尋問していろいろ喋らせたが、新しい有人式のゴーレムを次々に造ってるらしいからな。タロスに何体かやられて、有人式ゴーレムの有効性を認めて模倣を始めた。有人式ゴーレムに資産として限られる元々の魔法使いを集中するつもりだろう。」
本来ならば、これはシルヴァホエールとミッドガーランド軍が考えるべきことだった。オズボーンファミリーとしては、フェザーライトの活用について検討すべきだ。
しかし、この三人とサキにとっては、それだけではなく他に懸念することがあった。一つは火炎奇書。それから魔王を名乗るララーシュタインの正体。本当に魔王なのか。魔王ならば斃すのは簡単ではない。それどころか、もっと戦力を増すかもしれない。
さて、女性陣が飲んだくれている間に、俺とサキは家飲みしていた。火炎奇書のことについて、サキが知っていることがあれば教えてもらおうと思っていたが、俺よりもサキの方が酒に強そうだ。酔わせて訊きだすのは無理だろうな。だったらストレートに訊いてしまえ。
「さあな。神話の時代に地上のほぼ全てを焼いた怒れる神の魔法を記しているとはいうが、私も詳しくは知らん。知っていることと言えば、写しが何巻かあるということだな。それから。誰が持っているのかも知らんが、実際にその神の魔法を使った者はいないという事だよ。いま、私たちがこの土地に生きているのだからな。いや、使えないのかも。なんせ神の魔法だからな。ひょっとして読めないんじゃないのか?」
「ああ、なるほど。古文書だから、文字も古くて解読しないといけないのか。」
「伝説とか、大袈裟な物言いをするのは、だいたいそんなもんだ。」
「じゃあ、質問を換えるけど、サキとマチコは結婚は?」
「ああ、マチコは形にはこだわらないタイプなんだが。結婚したいとか、そういう素振りは今まで全くないな。だが、今日のガラハドとマリアの式の様子を見ていると、ドレスだの花だのと嬉しそうにはしている。まあ、この戦争を乗り切ればゆっくり話してみてもいいだろう。」
「サキ自身としては?」
「マチコが望むようにすればいいさ。」
(私には、やるべきことがあるからな…。)
ペネロープ、パーカー、ケーヨの名前は、勿論サンダーバードがネタ元です。
それから、ペネロープのあだ名は、ペニー、ロッピー、等いろいろありますが、
ポピーを選んだのは、ロボット好きとしては、やはり玩具メーカーの名前が気になるからです。
超合金で知られる、あの会社です。