第105話 再編
今回から新章に入ります。
サリバンの遺品、蔵書をしまいつつ、どんよりと重い空気が流れる。すると、ガラハドが言った。
「さっさと片付けてセントアイブスへ帰ろうぜ。今此処でウジウジしてたって始まらねえ。取調室に集まってクランで相談しよう。」
「ああ、そうですね。そうしましょう。」
オズワルドが同意した。おそらく、火炎奇書の怖さを知っているんだろう。
「ただ、なあ。マリア。サリバン先生はお前に託したんだ。最終的には、お前が決定するんだ。勿論、責任は俺が一緒に負うからよ。」
さすが、サバサバとした発言。この辺り、ガラハドは男気がある。
その頃、レイゾーはガウェインと話していた。ガウェインは式に参列したものの形ばかりの挨拶をしただけで、ほとんどガラハドと話していない。レイゾーは、ガウェインとガラハドの間のわだかまりを気にかけている。
そのわだかまりとは、亡くなったスコット王子とラーンスロット卿に関わることだ。すでに過去の事と言っても良い。もともとガウェインは地方の弱小貴族の出身だが、先代アルトリウス王に取り立てられ王都に呼ばれ、宮廷騎士となった。
ミッドガーランドは以前は盗賊などが跋扈する辺境といっても良い地域が多かった。その盗賊どもを取り締まり治安維持に努めたのがアルトリウス王で、兵を纏めたのが王の親友でありガーランド最強の騎士との誉れ高いラーンスロット卿だ。自らあちこちに遠征し盗賊団を討伐するアルトリウス王は、遠征の途中でガウェインら四兄弟とダゴネットを見出し、ジャカランダ騎士団に入れさせた。アルトリウス王もラーンスロットもガウェインら四兄弟とダゴネットを重用し、どこの戦場にも同行した。
ところが、アルトリウス王の嫡男である王子モードレッドが反乱を起こし、親子対決となったときに、ラーンスロットは親友のアルトリウス王ではなくモードレッド側に付き、激しい内乱となった。
結局、共倒れとなって内乱は終わり、どちらの陣営にも付かず仲裁の道を探ったベテラン騎士のジェフ・グレイシー卿が次の国王に収まった。ジェフ王はどちらの陣営にいた家臣もお咎めなしとしたのだが、人間の感情はそう簡単に割り切れない。
また、王宮騎士団の魔法兵団が独断でレイゾーたち四人の異世界人を日本から呼び出してしまい、ジェフ王の嫡男スコット王子が、せめて異世界人の手助けをしたいと申し出た際に、ジェフ王はラーンスロットをスコット王子の護衛につけたのだが、ラーンスロットは、それを果たせずスコット王子は戦死してしまった。ラーンスロットもスコット王子の後を追うように戦死してしまうのだが、後味の悪い出来事であり、その頃、大陸からガーランドに戻り騎士となっていたガラハドも肩身の狭い思いをした。かつて最強の騎士と呼ばれていた父ラーンスロットが、内戦の責も有耶無耶なままスコット王子も守り切れず、騎士の間で評価を堕としているのは間違いなく、アルトリウス王の世が続いていたら次の騎士団長だったかもしれない実力の持ち主のガラハドはいたたまれず騎士団を抜けた。
「ガラハドには何の落ち度もないよ。それは分かってるだろう?」
「勿論、分かっている。だから、こうして式にも出た。」
「年齢も十歳以上離れているから、お友達ってわけにもいかないだろうけど、もう少し仲良くできないもんかい?いや、仲悪いわけでもないけどさ、ずーっと余所余所しいままじゃないか。」
「そうだ。なにも争っているわけではない。放っておいてくれ。今はバルナックへの反撃計画の最中なんだ。まだ詳しく話す段階ではないが、リスターに砦を築く。私も戦のことで頭がいっぱいなのだ。」
「明日、取調室で二人の結婚パーティをやるんだ。良かったら来てくれ。」
「ああ、前向きに考えておく。」
バルナック領。ララーシュタインの居城。四極魔術の菱形を含む魔法陣の真ん中に身長三メートルほどの貴族級悪魔の大きな身体が浮かび上がった。マッハ男爵だ。領域渡りとは別の移動手段。空間魔法を使った転移だ。
「戻ったか。ノッポよ。」
「はっ、総統閣下。ご命令通りに。」
「では、補強ができるな。どれほどだ?」
「上級悪魔が三体、デーモンが六体、準級悪魔が十二体でございます。間もなく城下に転移してまいります。下位悪魔は四十八体ですが、これは戦力として、それほど期待して良いものかどうか。」
「レッサーは他の魔物と同様に歩兵として扱うとしよう。英雄のパーティとは戦えまいが、並の騎士どもなら駆逐できよう。悪魔たちとの交渉、まずは良くやった、マッハ。」
マッハ男爵はララーシュタインの命令で、赤い月の裏側の『霧の国』へ出向いていた。新しい戦力とするべく、手足となって働く悪魔をかき集めてきた。
もともとバルナックはウエストガーランドの一地方に過ぎず、それほど大きな国力、戦力があるわけではない。それが三年前の第一次侵略戦争で敗北している。攻め込む側だったため、本土が戦場になることはなかったが、ただでさえ足りない兵を召喚した魔物を使役することで補っていた。軍は疲弊し人間の兵の大半を失った。
今回の第二次侵略戦争でも、人間の兵が足りないのを他で補っている。魔物もそうだが、魔物は知性の低いものも多いため御しがたく、複雑な作戦、命令には対応できない。古代生物の恐竜はマナを捕食してしまうという理由で捨てられたが、これも御しがたいのは変わらない。
解決策としてゴーレムを使役し戦力にすることにしたのだが、シルヴァホエールのゴーレム、タロスに敵わない。普通ゴーレムならば力任せの打撃戦になるはずなのにタロスは魔法を使って攻撃してくる。タロスに対抗するために、インヴェイドゴーレムを有人化して魔法使いを乗せるというアイデアに行きついた。飛行型のゴーレムならば、特に魔法は有効である。
「ゴーレムは足りない兵を補うためのモノでもあったのだがな。そのゴーレムを運用するために人手がいるとは、皮肉なものよ。」
「厄介なのは、あのタロス。タロスさえ斃せれば、勝てましょう。」
「おまえがいない間に、その厄介なモノが暴れてくれてな。また、厄介なのはタロスだけでもなかったわ。」
「あの英雄のパーティでしょうか?おばば様の占いにあった七枚の大アルカナ。」
「そのAGI METALがな、領地に侵入してきおったぞ。同時にタロスがクラブハウスのインヴェイド・ゴーレムの半分を壊した。おばば様の占いは分からんが。」
ララーシュタインの脇に控えていたウィンチェスターが事の詳細と被害状況などをマッハに説明した。レッドもガンバも一泡吹かされたと訊き、憤慨するマッハをウィンチェスターが宥めた。
バルナック軍としては、インヴェイドゴーレムに限って言えば、今は空軍が使えない。ハングライダー式の『メッサーV』が飛び立つ山頂と、新しく開発していた改良型『メッサーV2』が使用するはずの滑走路がAGI METALに破壊された。実戦投入間近だった『メッサーV2』が運用不可。
クラブハウスに駐屯していた戦力も、合計九体のゴーレムが四体となってしまった。二体は額の『emeth』の文字を消されただけなので、高位の魔法使いがいれば修復が可能だが、現在陸軍の装輪型『ティーゲル』は稼働できず、二足歩行型『ハイルV』が二体と海軍のリザードマン型の『ワルター』が二体あるのみだ。
バルナック軍としては、折角占領したクラブハウスを返上するわけにはいかない。追加の戦力を運び込む必要がある。
「ノッポ。進水したばかりの大型船を与える。ウィンチェスターが発案したまったくあたらしい概念の船だ。海軍で新型を含むゴーレムをクラブハウスへ運べ。それから、空軍も海軍への編入を考えている。やはり頼りになるのはお前だ。」
「マッハ男爵。総統閣下は、ガンバ男爵では空軍の指揮を執るのは難しいかとお考えだ。私もテコ入れをするつもりではいるが。貴公も総統閣下を失望させぬように気を引き締めよ。」
マッハは、ララーシュタインとウィンチェスターから活を入れられ、新しい船とインヴェイドゴーレムを様子見に行く。続いてレッドとガンバがララーシュタインに呼び出された。
「お前たちには失望した。タロスはともかくとして、何故悪魔のお前らが人間に勝てぬのだ?デブ!チビ!」
「申し訳ございません。全ては、司令官である私の責任でございます。」
「いえ、制空権を握れぬ我の不甲斐なさゆえ、全軍の士気が落ちております。」
「わざわざニブルヘイムからデーモンを召喚した甲斐がないわ。デーモンを召喚するには贄も必要だというのに。その贄をおばば様に任せてアンデッドにしたほうが効率が良さそうではないか。」
ララーシュタインが目配せすると、ウィンチェスターが話し出した。レッドとガンバにとっては判事から刑を言い渡されるような感覚ではないだろうか。
「組織を再編する。デイヴ・マルムスティンを陸軍大将とし、レッド、ガンバはその指揮下に入れ。陸軍のインヴェイドゴーレムはデイヴの直轄で、十二体のデーモンをデイヴの下に就ける。レッド、ガンバはそれぞれ二十四体のレッサーデーモンを指揮せよ。空軍は海軍に統合し、マッハが指揮する。そして三体のグレーターデーモンも同様にマッハの指揮下に加える。」
レッド、ガンバの降格である。いってみれば、将軍から歩兵部隊の隊長になったわけだ。レッド、ガンバにとっては屈辱的な事であり、マッハには棚から牡丹餅と言えなくもない。
ララーシュタインの意向に沿ってウィンチェスターが決定したような形であるが、実はウィンチェスターとしては、レッドもガンバもそれなりに評価している。レッド男爵に二輪車のアーティファクト『フォロン』を渡したのもそのためであり、これからもそれなりのフォローをして、この悪魔どもを自分の側に引き込むつもりでいる。どうせララーシュタインもウィンチェスターも互いを利用しようとしか考えておらず、今はどちらも都合が良いからこうしているだけのことだ。
ウィンチェスターは異世界グローブでの知識を活かして、この世界で楽に暮らそうとしか思っていない。一方でララーシュタインはガーランド群島からアーナム人を追い出し、ジャザム人の手に土地を取り戻し、自らが治めようとの考えだ。ララーシュタインとしてはウィンチェスターよりは、おばば様と呼ぶ魔女シンディの方がまだ信用できるだろう。魔女シンディもジャザム人だからだ。その点、ウィンチェスターは所詮余所者である。
アーサー王伝説をご存知の方ならば、お分かりだと思いますが、
ガウェイン、ガヘリス、アグラヴェイン、ガレスの四兄弟です。




