第104話 挙式
いよいよ、ガラハドとマリアの結婚式。
俺がロッキングチェアを揺らしながら魔導書を読んでいる傍で、クララは夜遅くまで花籠に花を詰め、ブーケやブートニアを作っていた。その下の階の居間では、マチコがウエディングドレスを仕立てている。サキは手伝わされ型紙を切っていたそうだ。
「やれやれ、慣れないことをするものではないな。」
「サキも余所行き用の服装を準備しておいてよ。」
「はいはい。昔の仕事は、基本的にいつも余所行き用の服装だったから大丈夫だ。」
翌朝、皆眠そうな目をしながら朝食を摂り、早めにシンビジウム王国のファレノプシス修道院へ出掛けた。花を飾ったり、マリアにドレスを着させたりと女性陣は大忙しだ。まあ、俺達男どももテーブルや椅子を移動したりの雑用はあるが。
孤児院として此処からガラハドやマリア同様に巣立った元孤児たちや、修道院としての宗教関係者など、急な式にも関わらず、多くの来賓があった。院長の葬儀ならば当然かもしれないが、タイムテーブルとしてはガラハドとマリアの結婚式を終えてから、葬儀である。葬儀だけの参加でも良いだろうに。先に結婚式を挙げるのは、サリバンの前で挙式をと強く願うマリアの希望に沿ったものだ。
特に驚いたのが、ガーランド王室から、ペネロープ王女とゴードン王子、それに騎士団長ガウェイン卿の出席である。三年前の第一次バルナック侵略戦争を英雄レイゾーの冒険者パーティがバルナック本陣を突いて終戦させたわけだが、そのレイゾーのパーティのメンバーが壮観だったのだ。第一期がレイゾーのバンド四人とミッドガーランド王家長男スコット王子、騎士団長ラーンスロット、その二人が次々戦死して、代わりに加わったのが、四男のゴードン王子と、次期騎士団長ガウェイン卿。ジェフ王の意向でゴードン、続いてガウェインが王都ジャカランダに連れ戻され、第三期メンバーとして入ったのが、ラーンスロット卿の息子の『怪力のガラハド』と、高僧として大陸の国々に知られる『聖女マリア』だった。
ただし、父ラーンスロットはスコット王子を守れなかったとして、騎士としての評判を落とし、ガラハド本人も爵位を返上して王宮騎士団を退団していた。マリアもワルプルガと名乗っていた頃、あまりにも強い魔力を持つせいで魔女と疑われて魔女裁判に懸けられ、まるで前科者の扱いとなってしまっていた。
ちなみに、異世界人のレイゾーのバンドのメンバーも、ゴードンとガウェインが連れ戻される切っ掛けとなった軍事作戦で一人が戦死。最終決戦で攻め込んだバルナック軍の本陣で二人も帰らなかった。
終戦後、バルナック軍の敗残兵が巣くっていたコーンスロール半島で落ち武者狩りをするためにセントアイブスに定住したレイゾーたちにタムラが加わって四人パーティとなっていた。落ち武者狩りを終えて、魔物から街を守っていたところに俺がまた異世界人として現れ、現在に至る。
そして、ミッドガーランドとしては、先代アルトリウス王がサリバン修道院長と懇意であり、ファレノプシス修道院の運営を経済面で支えていた。ラーンスロット卿の家庭の事情からガラハドが修道院に預けられたのも、この縁からだ。現在、ガーランド王室と修道院との窓口になっているのが、ペネロープ王女。
「ガラハド。おめでとう。久しいわね。息災ですか?」
「はっ、お蔭様で風邪ひとつ引きません。ペネロープ様もご機嫌麗しゅう。この度のご参列、誠にありがとうございます。」
「マリアさん。おめでとう。お美しいわね。ジャカランダ城にもお茶を飲みにでもいらっしゃって。」
社交辞令のようでもあるが、マリアの耳元に顔を寄せて、もう一言。
「ガラハドが一緒じゃなくてもよろしいわ。おひとりでも、是非。女子会しましょう。その素敵なドレスのお話もうかがいたいわ。」
ペネロープはマリアににっこりと微笑みかける。ウェーブのかかった金髪を揺らしながらしゃなりしゃなりと歩き上座に着席した。
やはり、この世界のドレスと異世界人で日本人のマチコが仕立てたものでは、意匠が異なるのだろう。プロレスラーのマチコはリング上でのコスチュームのようにタイトでボディラインの出るドレスを作ったが、ウエストには帯のような装飾。袖は着物の振袖のごとくレースを長く引き、水墨画の掛け軸を垂らしているかのように見えた。クララが作ったブーケも袖にあわせて上下に長いデザイン。全体に白で纏めながら、帯と襟には赤橙色の刺し色が入っている。マリアの身体の線を強調しつつ、長い裾、花を織り交ぜたやや短めのベールと和風の袖で独特のアクセントが付いていた。
一方のガラハドは騎士としての正装。マントも羽織っている。たらればの話をしても仕方がないが、ジャカランダの王宮騎士団の団長になっていたかもしれない人物である。とても立派な出で立ちであった。
二人が神殿に入場しバージンロードを歩くと、皆が感嘆して見惚れた。そして音楽にも。レイゾーが華麗にオルガンを弾いている。そういえばロックミュージシャンだった。たしか冒険者の職能にも吟遊詩人があるはず。結婚行進曲のようだが、アレンジされているうえに、元々この世界にはない曲らしく、誰もが驚きうっとりしている。なんだか格好いいな。あれが、グローブでの本来の姿なんだろうか。
隣に座るクララは頬を赤くしてマリアを見ている。俺の腕を掴んで独り言のように小声で話す。
「あー、いいわあ。次はサキとマチコ姐さんかしらー。その次は…。」
実は、吟遊詩人のレイゾーがオルガンの曲に乗せて魅惑の魔法をかけており、列席者ほぼ全員が酒にほろ酔いしたように、この結婚式を最高のものだと感じている。俺が気付いたのだから、高い魔力を持つマリア、サキ、オズボーンファミリーは分かっているだろう。やたらに魔法耐性の強いガラハドやタムラも然り。しかし、これがレイゾーからの結婚祝いのプレゼントだ。なかなか粋である。
「これから先、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、お互いを愛し助け合うことを誓いますか?」
「はい、誓います。」
結婚証明書にサインし、指輪の交換をする。ホリスターの傑作であるプラチナの指輪の表面には百合の花の模様が彫られているが、内側の面には百合ではなく蓮である。蓮の花は花びらにマナを溜め込みやすいといわれており、いざという時には、この指輪がマナを供給する。賢者マリアが一番困る状況というのをホリスターが想像してみたら、マナが足りないことだろうとの考えに至り、タロスのボディとよく似たマナ・コンデンサーを指輪の形にした。ガラハドから頼まれた件をホリスターは見事に叶えた。なんだか俺だけ役にたってない気がするぞ。
そしてガラハドがマリアのベールを上げてキスし、またレイゾーがオルガンを弾く。バージンロードを退場する二人に色とりどりの薔薇の花びらを投げかけ、つつがなく終了。いつも毅然としている二人だが、ガラハドが緊張気味、マリアが泣いていたのが印象的だった。
「了ちゃん、素敵な式だったねー。」
「うん。クララもマチコ姐さんも頑張ったなあ。ドレスもブーケも綺麗だったなあ。」
「あら。クッキーも認めてくれるのね。夜なべ仕事した甲斐があったわねえ。」
「そうだな。まさか私まで手伝わされるとは思わなかったが、やって良かった。」
この後、準備のためのしばしの時間をはさみ、サリバンの葬儀が行われ、修道院の裏にある墓地に遺体は埋蔵された。マリアとガラハドは勿論だが、オズワルドの落ち込みようが酷く、誰よりも長い時間手を組んで祈っていた。
喜ばしい事、悲しい事がジェットコースターのように押しかける日だったが、この後、またさらに驚くことがあった。マリアがサリバンから託された『魔法の知識』だ。使い魔のカササギのヴェルダンディから渡された書庫の鍵。
遺品の整理としてマリアがサリバンが使っていた院長室の執務机の背中にある書庫を開けると、大量の魔導書や歴史書、古い地図などがあった。ひとまずストレージャーに入れて持ち帰ることにしたのだが、一人では、どうにもならない。
ストレージャーは探索者、冒険者のジョブに就けば、ギルドの神殿でスキルとして付けてもらえるが、その容量は術者本人の魔力量に大きく左右される。魔力のない者では、財布一つくらいの量しか使えない。魔力の強いマリアは、相当な大きさになるはずだが、それ以上にサリバンの蔵書が多い。結婚式のための荷物もあり、マリアのストレージに入りきらない。
オズワルドとメイ、クララ、俺が助っ人に呼ばれ、手分けしてセントアイブスの新郎新婦の新居、というかマリアの家まで持ち帰ることになった。大まかに仕分けをするが、その蔵書の中に、とんでもない物があった。
何年前の物やら見当もつかない古い羊皮紙の巻物が何巻かあるのだが、その一つは、一番外側の巻き、表紙の外題に『火炎奇書』と書かれている。それを見たマリアは、驚いて素っ頓狂な声をあげた。その声に集まってみると、皆が同様に声をあげた。
これは、遠い昔、神話の時代に地上を火の海にしたという禁断の火の呪文について書かれた魔導書ではないのか? しかも魔王を名乗るララーシュタインと魔女シンディを繋ぐ取引の道具。
表紙を確認したオズワルドは、これは、同じパイロノミコンでも別の巻だと言う。どんな魔導書にも写しが何巻かあるはずで、ララーシュタインの持物がここにあるはずはない、と。
「これは、どう転んでも、たいへんな物です。所有権はマリアさんだとしても、セントアイブスに帰ったらすぐに、どうすべきか話し合いの機会を持ちましょう。」
どうやらオズワルドは何かを知っているのではないか?何巻かの写しが存在するならば、元の世界グローブでの核兵器みたいなものを、誰が持っているのかも分からずに、びくびくしながら恐怖と戦い生きて行くのか?
ペネロープの名前のネタは、勿論サンダーバードからですよ。




