第103話 ブーケ
マリアの指の太さのサイズを計り、明日の結婚式でのマリアの衣装についての打ち合わせが済んだ。ガラハドが白い百合の花をマリアに贈ったことにちなんで、全体に百合の花をモチーフとしたデザインで統一して作ることになった。
女性陣は、まだ細かい装飾などの部分を話し合いたいようだが、ガラハドとホリスターは取調室の個室を出て、並んで取調室の廊下を歩く。
「なあ、ホリスターさんよ。指輪型のアーティファクトってあるんだろ?」
「ああ、あるとも。守備力を上げる物や、幸運度を上げる物はよく知られてるな。」
「作るのは、手間が掛かるんだろうな。」
「いや、そうでもないぜ。効果のでかいものなら、それなりに掛かるが。質のいいトークンがあれば、いける。今はなまじ戦争のために、トークンを多く集めてるだろ。」
「そうか。じゃあ、うちのギルドに寄って、好きなだけ持って行ってくれ。」
「で、どんな効果を指輪につけたいんだね?」
「細かいことは俺も分からないので、任せるが。守備力でも幸運度でも。いざってときにマリアを守れるものを。」
「そうだなあ。平時なら、売って金にできる高額な物ってことになるだろうがなあ。検討してみるよ。明朝までに作ろう。」
「有難い。頼みます。」
ホリスターは、冒険者ギルドの買い取り倉庫からトークンのできるだけ大きな物を十色すべて一片ずつ持ち帰った。何が出来るか、まだ決めかねているが、必ず良い物にすると言い残していった。
レイゾーは、留守中にバルナック軍が押し掛けてきたらどうするのか、投石器などの配置をロジャーと話した。サキはストーンゴーレム一体を召喚して街の護衛に就けた後、マチコの手伝いをさせられている。オズボーンファミリーは、なにやら込み入った話し合いをずっと続けているようだが、明日には揃って出席。ドワーフの職人たちは、セントアイブスで作業を続けるが、いざとなれば街の守りに就く。あと忙しいのはタムラか。式に出席しつつ、明日夕方の結婚パーティの準備だ。俺はというと、クララと一緒に街の北側の森に入り花の採集。
出掛けるときに、クララが両手の指を組み、祈るようなポーズをしていた。珍しい。綺麗な花が見付かるように、神に願い事だろうか。
(マリアさん、ガラハドさん、ヒントをありがとうございます。了ちゃんをこの世界に留まらせるには、あたしたち結婚しちゃえばいいんだわ。一緒に花を摘みに行って、一気にふたりの距離を縮めます。神様、味方してください。)
二人で行動するのは、変異したダンジョンの地図を作製しに入って以来か。クララは、サキとマチコが合流する前に一人でミスリルの鉱石を探して歩いたとのことで、だいたいの地形と植物の群生地は把握しているらしい。
バルナックの侵略軍ではないが、バルナックにデーモンがいるせいで、マナの循環が促進され、海峡を隔てただけのミッドガーランド西部では魔物の活動が活発になっている。そのためにセントアイブスにも冒険者たちが集まってきているのだが、それでも処理しきれず、花の採集の間にも魔物とちょくちょく遭遇する。
大根に手足が生えて歩いているような植物の魔物マンドレイク。引っこ抜くと大声で叫び、その声を聞いた者は発狂して死んでしまうともいわれる。これは、単に大きな声に驚いた気弱な人の話が大袈裟に伝わっているらしいが、クララは斥候、遊撃手としてこういう事には詳しいので、間違って抜くようなヘマはない。大根の腹に開いた大きな口で噛みつこうとするが、刃物であっさりと斬れるので、槍で軽くいなせる。ちなみに仕留めると緑色のトークンと一緒にドロップアイテムとして葉を残す。これが麻酔薬の素材になるそうで、しっかり持ち帰る。
だが、このマンドレイクによく似たアルラウネというのが少し厄介だった。そんなに強力な魔物というわけではないが、別の意味で厄介である。
この魔物、半分人型。なぜか大きな花の中にたたずむ美女の姿をしており、その容姿と甘い匂いで男を引きつけ、長い蔦で搦めて絞め殺し、養分とする。男だけを狙う理由は分からないそうだ。
シドのダンジョンから出没する食人植物との戦闘経験で、蔦の攻撃には馴れたし、どうという事もないのだが。こいつが現われるとクララの機嫌が悪くなる。どうせマンドレイクと同様サクッと斬れるので槍の一突きで済むのだが、俺がアルラウネに近づくことをクララが許さない。まあ、それなら遠くから魔法で火力を撃つだけだが。ついでなので、迫撃砲のような火力呪文曲射弾道弾の命中率を上げるべく練習。クララがアルラウネに近づくと、これでもかと幾度も短槍で突いて斬り刻んでいる。何か恨みでも?
百合の花を見つけると、白を中心に黄色、オレンジ色なども摘んではストレージャーにしまう。明るい雰囲気になるよう、白以外の花も挿し色として欲しいのだそうだ。森の百合の花を全て取り尽くすかのような勢いで摘んでいく。花鋏とかよく持ってるなぁ。
「沢山摘んでるけど、ブーケ作るのって、そんなに要るの?」
「ブーケだけじゃないのー。小さいのではガラハドさんの胸につけるブートニアがあるし、式場の神殿も、パーティのお店のテーブルもお花でいっぱいにしたいでしょ?」
「ああ、そうか。女の子らしい発想だね。言われてみれば、そのとおりだ。」
「でしょー?ついでだから、家にも欲しいし。」
(了ちゃんとあたしのベッドの脇にも花を生けるのよ。マチコ姐さんとサキの寝室にも。)
花を摘んで機嫌がよくなったらしい。一安心だ。しかし、頭の上から獣のような声が響く。ハーピーだ。人と鳥を掛け合わせた魔物だが、女性型。女性の上半身に鳥の翼と脚を持つ。上半身というのは、いつかの蜘蛛型のアラクネーのように乳房が丸出しなのだが、またクララの機嫌が悪くなった。
「了ちゃんは、見ちゃ駄目よ!」
クララがダガーを構えると、たちまち逃げて行った。ハーピーとは、警戒心が強いので丸腰の人間は襲うが、武器を持っているのが見えると近づかない。
その逃げるハーピーに対し矢を放つ者がいた。二体のグリフォンが北の空から向かってくる。グリフォンの背に甲冑を身に着けた人影。
「あれは…、ジャカランダの騎士ですね。」
遠いのにクララは良く見えるな。俺も視力は1.5なんだが、人が乗ってるとしか分からない。
グリフォンの一体が、鷲のような前脚でぐったりしたハーピーを掴み降りて来る。近くに来ると盾にグレイシー王家の紋章が入っているのが見えた。グリフォンがデザインされた五角形の紋。それが、グリフォンを手懐けて騎馬のようにのり回しているということは、ひょっとして王家の御方?
グリフォンというのは鷲の後ろに獅子の胴体、後ろ脚、尻尾がくっ付いた怪物。空を飛ぶ上に鷲の足の爪は鉤になっていて鋭く、陸に降りてもめっぽう強い。空と陸の王者の生き物を掛け合わせたようなモノなので、いかにも王家とか好きそうな推しモンスター。ついでに言っておくと、魔物生物でも人間や亜人に懐く種はあり、だからこそ使い魔や召喚術などというものが存在する。
「了ちゃん、跪いて。王家の方よ。おそらく爵位で言えば公爵ね。」
やはり、そうか。あわてて身を低くした。右手は槍を置き、膝の上に。
「お怪我はありませんよね?ジャカランダ騎士団です。見廻りの最中でした。」
「はい、怪我はありません。お助けいただき有難うございます。」
俺が応えたが、声を掛けて来た御仁は家来だろうな。
「セントアイブスの御方ですか?バルナックが凝りもせず、また攻め込んできて、最近の暮らし向きはいかがですか?お困りではないですか?」
「私は最近転移してきた異世界人ですので。戦争前のことはあまり存じませんが、街の者は、皆協力して慎ましく暮らしております。」
「異世界人?最近...、では、貴公は、朽木了殿?」
これには王家らしい御仁が反応した。俺の事を知っている。いや、報告はあがっているだろうから、知っていること自体は、そんなに驚くことでもないだろう。感心をもっているらしいことが驚きだ。
「はい。いかにも。」
「ははあ、では、私の後輩ということだな。先輩風を吹かせても良いかな?」
「先輩?」
「私はゴードン・グレイシー。一応王家の四男だが、そんなことよりも、元AGI METAL
のメンバーだ。レイゾーのパーティの。」
「あ! し、失礼いたしました。」
「いやいや、初めましてだな。クッキーと呼ばせてもらって良いかな?」
「はい、勿論です。」
「私のことはゴードンと呼んでくれ。同じパーティのメンバーだ。」
「い、いえ、滅相もない。」
一緒にいた供の者は騎士のダゴネット卿。バルナック軍への反撃の準備のため、上空から地理を把握する視察だった。領事館やギルドを通して伝わっているのだろうが、昨日今日の出来事なので、念のため、サリバン修道女が亡くなったこと、ガラハドとマリアの結婚、明日式を行うことも含めて、マリアに持たせるブーケの話などをした。すると。
「すぐに戻って姉に伝えねばならない。クッキー、明日は私も参列したい。できれば姉のペネロープと騎士団長ガウェインも連れて行く。ガラハドとマリア、他の人たちにも、くれぐれも宜しく。おめでとうと伝えてくれ。」
慌ただしく二人と二体のグリフォンは颯爽と飛び去った。忙しいお方だな。
ミッドガーランド王家のグレイシー家の名前はサンダーバードから。
四男ゴードンは潜水艇のサンダーバード4号に乗ってますね。




