第102話 指輪
サリバンの葬儀、ガラハドとマリアの結婚、しかも一緒にとなると大変だった。急いでセントアイブスへ戻り、クランSLASHの事務局でもあるレストラン取調室へ。レイゾーとタムラへ話したが、上を下への大騒ぎだった。昨夜サリバンが亡くなったことを朝知らされたばかりだったのに、昼にはガラハドとマリアが結婚すると。
「お悔やみ申し上げますとおめでとうございますの口上を一緒に言うのか?お前さんたちは、人騒がせだなあ。」
タムラは半分呆れ顔だが、もう頭の中では、二人に食べさせる料理のことを考えている。
「式は向こうの修道院の神殿でやるんだよな。じゃあ、こっちに帰ったら結婚パーティでいいよな。」
「明日かあ。式に参列するのは・・・、名簿作った?」
レイゾーは、街を守ることも忘れていなかった。式の間に皆出払ってセントアイブスを空にしてしまうわけにもいかないだろう。そこに現れたのは、取調室に食事に来ていた街の騎士団長のロジャー。
「レイゾーさん、この街の防衛は気にしないでください。そのために我々騎士団がいます。
皆さんで行ってきてください。」
「そうかい?ありがとう!ロジャー、恩に着るよー。」
「旦那、うちの店の連中もいるからよ。一日や二日、放っておいても大丈夫だろ。そこいらの冒険者よりも、よっぽど強いだろうよ。自分で育てたんだ。まかせてみようや。」
「ああ、そうだね。ランクでいえば、BやCがゾロゾロいるんだよねえ。」
その高ランクの冒険者の一人が、ガラハドのもとへ慌てて走って来た。取調室の厨房で働くシーナだ。
「ギルドマスター!ガラハドさん!」
「おう、どうしたい、シーナ。珍しい魔物でも見つけたかい?」
「違いますよ。ちょっと、こちらへ。」
シーナはガラハドのみを厨房の奥へ連れて行くと、女性従業員で取り囲んだ。お祝いの言葉がガラハドの四方八方から浴びせられた後、いろいろと質問責めにされたが。一番大きな問題だったのが、指輪についてだった。
「ギルマス!指輪は?あまりに急ですけど、指輪は用意してあるんですよね?」
「あ。」
「ちょっとちょっと!何よ、今の『あ』はー。信じらんなーい!」
「ひょっとして、ないんですか~?」
いつの間にやら、クララも混ざっている。どこから湧いて出た?しかもマチコまでいる。
「うふふーん、あたし達がなんとかしてあげてもいいわよーう。」
「え?マジか?」
「指輪だけじゃないわ。このお姐さんが、ドレスもブーケも一手に引き受けるわよ~。あたしに不可能はないわ~。ホーッホッホッホ!」
このクレイジーな女子プロレスラーは、リング上で使う物ならコスチュームでも小道具でも、外注ができない、間に合わないとなれば、自前でなんとかしてしまっていた。健康や身体を作るための料理だけでなく、裁縫やDIYなども得意である。
「あー。じゃあ、お願いしていいか?」
ガラハドにとっては、戸惑うことばかりだが、渡りに船でもある。
「合点承知よ!」
「皆さん、頑張りましょう!」
「「おー!」」
戦時中に結婚式。人々は暗い雰囲気の中で娯楽に飢えていた。珍しく明るい話題に女性従業員全員ノリノリである。
「クララ!メジャースケールは持ってるわね?」
「ハイ!マチコ姐さん。ストレージャーの中にたいていの物は揃ってますよ~。」
「よろしい。では、シーナ!二階の端っこの個室を抑えて。カーテンやブラインドで窓を塞ぐこと。」
「イエッサー!」
「よし!残りの者ども!マリアを捕まえて個室に連行するわよ~。」
「「おー!」」
厨房を出た集団は、ドタバタとホールに押しかけ、半ば人さらいのようにマリアを捕まえて店の二階の個室へ人質と共に立て籠もったのだった。ガラハドは目が点になっていたが、サキと俺は、またマチコが何か暇つぶしを思いついたな、くらいにしか思っていなかった。こちらでは街の防衛策として、サキがストーンゴーレムを一体置いていこうか、などと話していたのだから。
個室の奥で両腕を捕まえられて、恐れおののくマリア。決して敵意は感じないものの、全員顔見知りの者たちが楽しそうに笑っているのが、不気味でならなかった。
「さあ、マリア。ガラハドに許可はもらったわ。幸せの独り占めはしないことね。あたし達にも幸せを分けてもらうわよ~。」
「ああ、マチコ姐さん、すっかり悪役になってますよ~。」
「あんた、その悪役とタッグ組んでるんだからね。」
「てへぺろ。」
クララはウインクしながら、頭を掻き舌を出した。
(クッキーもしょうもないことをクララに教えてるわね~。)マチコは苦笑い。
グローブの、しかも日本の風習を知らなければ、まったく分からない会話だ。「賢者」や「聖女」の称号を持つマリアも例外でなく。
「マチコ、いったい何をするつもりなの?」
「明日のために。」
「ジャブ?」
「それは、ガラハドの正拳突きの鍛錬でしょ?クッキーもやってるの?」
また、クララがしょうもない古いネタを引っ張り出す。これを知っているマチコも好き者だが。格闘技ネタということで見逃しておこう。
「勿論、明日の結婚式と、その後のパーティのためですよ~。」
「さあ、採寸させてもらうわよ。みんな、マリアの服を脱がせなさい。」
「「はーい!」」
クララとマチコの悪ノリに女性陣全員付いていく。マリアの来ている服に手を掛けた。
「え、ええっ!ちょ、ちょっと!やだやだ!」
あっと言う間にあられもない姿にされてしまい、慌てふためく。が、両腕を抑えられ隠すこともできず。もうされるがままに全身のサイズをくまなく計られた。
「もう、シーナまで一緒になって、なにすんのよ、ホントに。」
「採寸できたから、もう服着ていいわよ。それとも着る前にガラハド呼んでくる?」
「ちょっと!マチコ!」
「結婚するって男女が何恥ずかしがってるのよ?まさか、まだなの?」
「もう!それこそ、呪いかけるわよ!」
「まあまあ。明日の朝までには、とっておきのドレスを仕上げるわよ。さっさと服着てね。ガラハド呼んできたら、素材やデザインの打ち合わせするから。」
マリアは肌着を着けながら目をパチクリさせて、質問する。まだ信じられない様子だ。
「まさか、本当にマチコがドレスを仕立てるの?」
「やるわよー。あたしにできるのは、これくらいだもの。お祝いさせてよー。」
「マリアさん。マチコ姐さんは、料理も裁縫も格闘技も、ほんとになんでもできるんですよ~。使えないのは、魔法くらいのものですー。」
「そういうクララは、ブーケ頼むわよ。植物については一番詳しいんだから。」
「はいー。もちろん頑張ります。あと、他にも大事な、アレは?」
「ああ、そうだったわ。誰かガラハドと一緒にホリスターを呼んできてくれない?」
ドワーフの職人は金属加工の専門家だ。ホリスターならば、細かい装飾がなければ、指輪などすぐに作ってしまうだろう。
計ったな、シャア!