第100話 密偵
今回は王都ジャカランダでの話です。
本人が望んだわけもなく右も左も分からない異世界に飛ばされ、剣と魔法が支配する危険な世界で戦争に巻き込まれた。異世界人の立場からしたら、たまったものではない。それは分かってはいるのだが。クララは不安で仕方がない。レイゾーもタムラもマチコも俺も、元の世界に帰りたがっている、いや帰るとしたら。
レイゾーがいなければ、この戦争に勝てず、故郷がバルナックに侵略されてしまうのではないか。タムラには第一次バルナック戦争の前から、親切にしてもらった。自分の家族とも顔見知りである。大陸で姉とはぐれて困っていたときに声を掛けてくれたマチコ。マチコのおかげでサキに会い、その冒険者パーティのためにとった行動が、俺に会う切っ掛けにもなった。
(みんな大事だけど。とくに了ちゃんとだけは、何があってもお別れしたくない。)
虚偽ではあるがトリスタン卿の親戚が預けられているということ、まだ二人とも成人前の子供であることからレイチェルとジーンは警戒されることなく、騎士団の詰め所などを出入りできた。レイチェルは水系統の魔法の使い手で回復士として、ジーンは槍を振るう思い切りの良さから、将来の騎士団の一翼を担う若手の候補として期待された面もある。
座学でも実習でも若手たちを指導する指南役の中堅以上の騎士たちに近づき、様子を探る。ジャカランダの情報をバルナックに流す内通者を捜すためだ。
クランSLASHがジャカランダの軍本部とは連携せず独自の判断で行動し、占領された商業都市クラブハウスのインヴェイド・ゴーレムを押さえつつバルナック領に侵入、飛行型ゴーレムが発進する拠点を襲ったことは、予想外だったはず。内通者も焦っているに違いない。
もし単純に金などで買収された者が情報を売っているのなら発見は難しいが、現国王ジェフ・ガーランド・グレイシーの即位を背景とした裏切りならば、トリスタンが危惧するように前国王アルトリウスに仕えていた古参の騎士たちが怪しい。レイチェルとジーンは、ことあるごとに騎士たちに質問をし、直接の指導、手ほどきを請い、特にジーンは剣でも槍でも徒手空拳でも乱取りを願い出た。
実を言うと、それで一番刺激を受けていたのは、レイチェルが気になってしかたがないアラン王子だった。また、ジーンとしては、アラン王子が自分の姉にちょっかいを出そうとするのは気に入らない。ジーンはよくアラン王子に乱取りを申し出た。ジーンとしてはアランを病院送りにするくらいの気迫で打ちまくったのだが、年齢も上で代々騎士の家系の出であるアランには、さすがに敵わない。そうこうしているうちに二人とも腕が上がり古参の騎士たちにも高い評価を受けた。
ただ、アランもレイチェルに気があるとはいっても騎士道に悖るようなことはしない紳士であるし、レイチェルも王子であるアランを羨望のまなざしで見ていた。そのうちにジーンにアランのことを訊くようになっていた。
セントアイブスの漁師であった両親が副業の探索者としてラビリンスに入って帰ってこなくなり、この先どうなるのかと不安であったが、レストラン取調室のスタッフらに助けられ、現在はトリスタンとイゾルデが本当の親子のように接してくれる。
(ああ、この侵略戦争さえ早く終わってくれればいいのに。)
レイチェルとしては、幸せにさえ思っていた。負傷者の世話などで間接的にでも国の勝利のために働きたいと本気で考え、密偵としての役目もキッチリ果たすつもりでいる。
クランSLASHがクラン独自の判断でクラブハウスのゴーレムと戦いバルナックに侵入した、その翌日。レイチェルが水の魔法で回復薬を作り出し、乱取りを終え、細かい生傷が絶えないアランとジーンを手当していた頃、レイチェルと契約している水の精霊のアゲハが、とうとう内通者を絞り込んできた。精霊スプライトのアゲハは気配を隠すと魔力のない人間には虫、蝶にしか見えない。植物の茂みなどに隠れて密偵として働いていた。
「アラン王子、こちらに座ってください。今回は肘ですか?」
レイチェルがアランの腕をとって、ベンチに引いて行くのを見て、ジーンが不機嫌になる。ついつい大声が出る。
「姉ちゃん!俺だってけがしてんの!弟が大事じゃないのかよ!」
「王子様の方が優先です。自分で唾でもつけときなさい。貴方もあとでちゃんと看ます。」
「あー、レイチェル。弟さんにそんな冷たくしなくても。」
アランはレイチェルに腕を触られているのが内心嬉しいのだが、ジーンが憎いわけでもなし。まして剣や槍の腕も認めている。ちょっとジーンに同情していた。
「良いのです。あの子は、どうせ放っておいても何処かで暴れて生傷ばかりですから。」
「そうは言ってもなあ。」
アゲハは、すぐにでもレイチェルに報告したいのだが、レイチェルやジーンに精霊が憑いている事は秘密なので、アランの前に姿を現すことができない。この様子を見て痺れを切らしたアゲハは自分の魔力を使い、アランとジーンの傷を治してしまった。
(これは、アゲハがやったのね。何かあったの?)
「え?痛みがない。いつの間に?ポーションや呪文を使ったようには・・・。」
「あ、アラン様、傷はたいしたことないようですね。」
「不思議だが、そのようだね。」
「では、ジーンの番です。」
レイチェルはアランから離れると、ジーンの腕を掴み、駆け足でこの場を去ってしまった。王城の中へそそくさと消えて行ってしまった。
「なんだ、残念だなあ。」
ひとり寂しくアラン王子だけが、鍛錬場に残された。次はわざとジーンに勝たせて、軽い傷を大袈裟に騒いでみせようかと、ふと思ったが、それは騎士らしからぬ行為だと反省、自重するのだった。
人のいない部屋に入り込み、ドアを閉めるとアゲハが姿を見せ、ジーンを加護する妖精マメゾウも出てきた。アゲハはレイチェルの肩に乗り、ジーンとマメゾウにも聞こえるように、声の大きさをほどほどにして話す。
「裏切者を見つけたの。やっぱり古参の騎士だったけど、意外な人だったの。」
「アゲハ、ありがとう。よくやってくれたわね。」
「二人いるの。二人で話してた。クランSLASHが余計なことをしてくれたって。」
「SLASHが余計なことって、クッキー兄ちゃんたちのことか?ジャカランダの外で、AGI METALやシルヴァホエールが戦ったのか?」
「うん、そうらしいの。ララーシュタインのゴーレムを何体も壊したって。」
「すっげえな。やっぱクッキー兄ちゃんやレイゾーさんたち、やるなあ。」
「アゲハちゃん、で、誰なの?」
「ケイさんとダゴネットさんなの。」
「「!」」
「ケイ卿って、クライテンの作戦でクッキーさんを助けてくれたって人だよね。ダゴネット卿も騎士のおじ様たちの中で、一番優しそうな顔した人じゃないの。」
古参の騎士の中でもお人好しで通っている二人だった。姉弟は驚いたし、悲しかった。どうしてあんないい人たちが、国を裏切るのだろうかと。
マメゾウがジーンに釘を刺した。大人しくしているようにと。
「ジーン、今までどおりにしててよ。もしばれるとしたら、ジーンからだもんね。」
「うっさいなー。そんなヘマしないって。」
トリスタンかパーシバルに、このことを伝えねばならない。急いで走って帰宅し、レイチェルはイゾルデに抱きついて泣いた。
夕刻、トリスタンが王城から戻り、その事を話すと、彼もショックを受けていた。下を向きテーブルに両肘をついて頭を抱えた。
「意外なところから軍の情報が漏れていたものだな。しかし、報告したところでジェフ王も騎士団長のガウェイン卿も信じないだろう。証拠を掴まないといけないだろうな。」
「あなた、あまり思い詰めないでね。私も出来る限り協力するわ。今度差し入れを作って持って行きましょうか。少しでもケイ卿やダゴネット卿と話す機会ができるといいわね。」
直接的な戦闘ではなくとも、それぞれが戦っていた。自分たちの国を守るために。
そのうちに、レイゾーやマリアの持つ精霊のことも書くつもりです。