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9.叙爵

アルト王国


王国歴486年


この年王国が時代の転換点だったのかもしれない









王宮内を少年を筆頭にぞろぞろと謁見の間へ向かって数十名が大移動していた。


彼らは小声で談笑しながらこれからの事を話し合う。


すれ違う者は目をギョッとする。爵位等を考えると異様な集団にしか見えないからだ。




侯爵1名、辺境伯3名、伯爵5名、後は現侯爵達の弟達だ。貴族家の当主ではないその弟達はほとんど爵位を持っていない。


スペアのスペアと呼ばれる場合が多い。仕事はしていない訳ではない。


領地のどこかで代官をしていたり。領主代行や法位貴族となって文官や武官として王宮に勤めたりしている。




反乱か。と訝しむ者までいるが筆頭にいる少年。無位無官の少年。それが先頭を歩いているのだ。意味がわからない。


彼等が謁見の前の廊下に陣取る。入場の順番立ち位置の確認。当然少年が一番後ろへ。


謁見の準備が整ったらしい。小走りにやってきた騎士が門前の騎士に耳打ちする。




「23代国王アルフレッド・アルトの名においてロイナート・イバーナを騎士爵に命ずる!」


30代後半だろうか。それでも威厳に満ちたその声は謁見の間を響かせた。ちょっと疲れ気味だが。


大集団の叙爵。相当人数がいたのだ。無理もない。最後の子供だと一番大きい声な気がした。




「我が知と武の全てをもって王国の為に生きる!」


少年には少し長い剣を鞘ごと立てて宣言する姿は微笑ましい。


時期の外れた叙爵式。全てはこの集団の為だけに行われた。


高位貴族集団の要求の為に国王ですら無碍にはできなかった。




元宰相経由でなければ反乱かと疑いもしたかもしれない。


領地持ち貴族の当主達が領地に引っ込む。代わりに次男より下の弟達を当主代理として王城に勤めさせる。無官じゃ当主代理としては当然駄目だから法位で良いからある程度の階級の爵位をよこせ。


内容を聞けば王家の権威を損なう行為だ。


当主がほとんど御機嫌伺いに来ないという宣言。国王の発言力が落ち領地に力を与える。王宮内は荒れるのではないか。


国王の疑問に対する答えとして出されたのは血判状。当主達が弟を代理とし共に署名した血判状。


内容は国王の身に危機が迫った時は即座に呼応し救出する事を誓う。




国王の前で行われた血判状への拇印。国王の身は何が何でも守る。もし王が討たれた場合には生涯をかけて仇討ちする。それを自身の血を持って誓った。


この血判状は王国史において今迄存在しなかった。せいぜい署名程度。何故血なのか。血は鑑定魔法に反応する。


少年の実験結果によってもたらされた技術である。貴族の矜持を用いた決意の証。信じるしか無い。


また内容を確認すると国王に取っても利がある。この集団は国王自身の命の盾であり、権力の後ろ盾であり、疑う必要のない派閥なのだ。


王宮内で未だにドロドロとした権力闘争、利権獲得に奔走する貴族達とは違う集団の作成。


当然王宮内にも王族派はいる。しかし結局は利権を求めてだの何々家出身の側室の王子が云々と心落ち着かない。あちらを立てればこちらが立たず。


仕事や爵位の要求。国王自身も王族内から要求される。本当に疲れる。




即座に国王の要求に答える。現状では問題が多すぎた。









当主と当主代理の有能無能問題でよくある責任の所在問題。




領地で代理が反乱した。信じたくは無いだろうが可能なのだ。


だって基本領主代理がその時の領地の最大の権力者。兵の命令権を有している。


不作続きで税収減。当主が金よこせと言えば逆らえない。民衆の不満を抑え込む領主代理。


どうしようもなくなって当主を討つなんて事件も有ったようだ。


分家の問題も同時に抱えている。


弟を分家として独立させ領内の代官や当主代理を勤める。


今までがそうだった。しかし親戚という分家が先祖代々の高位貴族にはいる。


だが当主の血筋に違いはないから無下には出来ない。


そうは言っても当代当主にだって兄弟はいる。


爵位をあげたい。当代当主よりも遠い血筋の者が邪魔になる。


そうするとその分家から爵位を取り上げる。


代償として1代貴族の名誉貴族で我慢してくれれば良いが分家筋はやはりプライドが高く絶対に折れない。


名誉貴族だって貴族家の資産から俸給が出るからいくらでも任命出来るとはいえ乱発だってしたくない。


結果家は混乱。当主が王都にいる間に策を弄し当主家を追い落としたなんて事件も存在した。


もし国王が謀反に気付き協力をそんな貴族家に要請しても、混乱している貴族家が意思の統一に時間がかかり間に合わない可能性が高い。








移動時間問題やそれに伴う対応速度問題。




高位貴族ほど大きな領地を持っているが逆に王都からは位置がかなり遠い。


伝令だけでも早くて10日。領地で何かあっても決定権のある領主の意向が反映されるのに半月を要する。


当主自身で対応しなければならないといった場合一ヶ月はかかる計算になる。色々な要求には簡単に答えられない。


高位貴族の移動は金がものすごくかかる。


貴族本人が馬でもしくは馬車単独でなんてよほど金の無い貴族か下級貴族位だ。


本来は護衛や家族と共に宿泊。通る貴族の領への挨拶。貴族家としての体裁。高位貴族で有れば無視出来なく、それに余計な金がかかるのだ。


指揮系統の伝令問題もある。


伝令の爵位が低いと信じて良いか判らない可能性がある。


金にしろ兵にしろ動かすにはより金がかかる。


金よこせが間者だったら?兵送れが間者の陽動だったら?


切羽詰まった内容で有れば有るほど領主代行はその間者の情報に踊らされるかもしれない。


しかし当主自身がいれば話は簡単だ。現状を把握して動けば良い。無い袖は振れないし責任だって取れる。




結論。現状の体制では反乱贈賄の温床であると。







そこで少年が提案してみた。


イバーナ家いう金のない中級貴族家が馬車で片道一ヶ月という辺境に有るために行う苦肉の策。


現当主の弟に手持ちの最高爵位を与え王都に詰めさせる。


必ずその当代の弟、もしくは継承権が高い者がそれを引き継ぐ。


その貴族家が持つの爵位で当代限り、次世代には名誉騎士爵を恩賞として与える。


孫は知らない。だから働いている間に王都でその子等はなんとかしてくれ。


つまり当主家当代以外の家を完全に排除し継承権2位の者を王都側へ配し領内の領主権限を確立してきたのだ。


だって金が無いんだもん。




必ず当代一族であるので王宮側としても信頼が出来る。


次いでに王宮に出仕して金を稼ぎ、実家からの俸給も貰える。


両方を使えば金のかかる王都での家の体裁も整える事が出来た。


お披露目等のどうしても当主や本人が前に出なければならない時は入れ替わる。そうしてやりくりしてきたのだ。




少年はそれだけでは足りない。


兵士が務める早馬の伝令に加え家族の一員を正規の伝令の二段構えとして爵位持ちにする。


王宮と貴族間の情報の信用度を上げるのだ。


爵位持ちの伝令は余裕を持って移動できるし、一段目の伝令がかなり疑わしい内容なら二段目を待てば良いのだ。


体裁だけで良いのだから法位でも良い。王宮勤めも出来るし官司として領地の運営の情報も得られる。


家族の継承権の低いスペア、やがては代官となり継承権のない貴族となりしだいに平民として落ちぶれていく。


そういった者にその仕事に付いて貰うというのはどうだろうかと。その内容で国から爵位が取れないかと。


そうすればその者たちに結婚への体裁が整えられる。名目的にも問題ない。










王宮内が平和ボケしている。


王国軍が最大規模?馬鹿なのアホなの?


貴族子弟の雇用先で法位准騎士爵。なんて聞こえは良い。


他国との小競り合いだって未だあるのだ。


他国と戦争になったとして王都が先端ではない。


国境線が、領地持ちの領地が戦場の最先端なのだ。


戦争は金がかかる。兵の運用が鈍重であれば負ける。領地の金がなければ軍は維持できない。


領地に兵が少ないのは王宮で利権確保の贈賄やら取引の為に無駄に金を使うからだ。




王都まで攻め上げられて王都から反抗なんて馬鹿らしい。


戦場跡地に元の税収見込めるか?答えは否だろう。


それこそ王都までとは行かないがそれなりに占領されてしまっては目も当てられない。


だが領軍がある程度有れば別だろう。


隣領から遠方まで順次兵を送るだけで良い。




王国軍が睨んでいるから貴族がおとなしい。


それ王が倒れたら?王族内で争ったら継承権問題そこにも有るよね?間に合うの?


それこそ荒れませんかね?力を持った領地持ちの貴族が現代の王の背後にいる。それで十分じゃないの。


後ろ盾になる貴族は文字通りの王の手下だ。


殴り込み上等!王の言うことを聞かない?てめえ、ウチのオジキなめてんのか!コラ!


チンピラ上等!暴力で黙らせる。そういう脅しで良いのだ。


王が倒れても敵討ち上等集団が王国軍以上にいる。


その事実が王宮内の王の発言力の上昇。


他の王族と貴族への牽制。


他国への牽制となる。









ロイナートがパーティーに出席したあの日の後日。


宰相はイバーナ家を呼び出した。先述の貴族達を交えたお茶会と称した話し合い。


打ち合わせ。喧々諤々。


ロイの発言には正直否定すべき内容もあった。


だが領主が領地いなくて領民の信頼得られるか?


一揆って有るよね?刺し違えてもってなったら包丁でも人ヤレルで?当主って代え効くよね?




王宮で遊んでる暇あるの?


他国もいるよね?領内の荒廃管理だって当主のさじ加減一つだよね?


無責任なやつに任せて良いの?


領民が領主慕ってれば国から無為な命令来たとしても、領民自身が領主守るために全員が鍬を持って参戦。


数の暴力って恐ろしいよね。


国の無為な命令なんて無視できるじゃん。




国の権力は絶大?貴族として?王国軍が最大?


ここにいるのって結構な貴族集団だと思いますが徒党を組んでは?


最大権力は名目上王様なんだから取り入っちゃえば?


その間に自力の増強。


戦争準備で他国に警戒されないか?


そんなの賊が増えたとか魔物氾濫の予知有りって商人に流させれば良いよ。


例え相手が一時的に国境に軍を集めてもいずれ戦争の気無しとなれば引くでしょ?


なんなら攻め込んできたら大義名義は十分じゃない。




次点で王様と裏で方針の打ち合わせ。見せしめの選別。


これは集団が王の忠実な家臣であるって事実宣伝かな。


理由は軽い方が良い。王の些細な言う事に従わなかった。


自分達の頭、旗を舐めているのか?って脅し。


王都に全家から騎士を出させて大掛かりに囲む。


領ではその家々が出兵準備の兆し有りってなれば慌てるでしょ。




年に1,2回やれば事実として印象付けられますよ。


「やり過ぎな気もするが。」


一人の辺境伯が顎を撫でながらロイに問いかける。


「印象大事。噂や話なんて信用できない者からすれば信じない。否定すれば良い。でも現実に起これば?」


「疑いようもない事実か。強力な印象となって来るな。しかも大義はこちらとなる。」



他の貴族達も互いを見て肯いている。


「王族では旗頭としては多過ぎます。意思が複数になると迷いが生じる。国王陛下であれば間違いなく象徴にして唯一無二。」


「王位継承権問題までは味方しないが国王陛下自身には我らは従う。王子達を無視しても大義名分は十分だな。」


そこが重点である。王子の命令。


王様は?となり王命なのそれ、違う?


なら従うわけないじゃん。


従わせたければ王様通せや!


という強気態度が大事なのだ。現在の王様に我らは従うのだという姿勢。


王位簒奪されれば王命で従う?


んなわけ無いじゃん!


自分達が血判状まで出して忠臣したのは現23代目だ!


24代?貴様は王の仇だ!仇討ちするぞ!


と何の迷いもなく討伐に打って出られるのだ。


簒奪王子と他の王子の間や派閥間で王国軍がすぐに動けるとは限らない。


討伐軍が確実に打って出るという事実は王国軍の動きにも作用するだろう。


それは現国王自身の身の安全に繋がる。


国王は正当に後継を育て時代に忠臣を繋げば良いのだ。




しかし現状は領軍と王国軍に差が有り過ぎる。


王国軍を減らす為の工作。移動先の用意。


他貴族からの横槍にも注意しなければならない。


下準備にかなり時間を要する。


なんかワクワクしてきだぞ!って顔してますね。宰相は計算中の様だ。




「つまらん時代に生きると思ったが面白くなりそうだな。イバーナ家も入るのだろうな?」


ロイに問いかけるがロイは答えられない。


ヤンナートが当主だからだ。そこはわきまえている。ヤンナートに視線を向ければ。


「当然皆様が動くのであれば、息子が言いだした事です。当家も話に加えていただきたい。」




そういう事に当然なる。


「ロイナート殿はいずれ王都勤めという訳か。」


「既に当家は私の弟が当家の最大可能な叙爵権で男爵位一枠を使い切ってますから。伝令辺りで準男爵をと。」


父の答えはそれだ。まあ当然の運びだが。そんなのつまらない。




「そこは三番めの叔父様でお願いします。自分は南方へ行こうかと。」


ロイの言葉にヤンナートが目を見開く。ランナートも驚いているようだ。


「あそこの開発に成功した者はいない。領内の他の街の代官では駄目なのか?」


イバーナ領の辺境。そこには未開発の領地が有る。一応イバーナの管理ではあるが。


偶に王宮から開発志願者の領主が任命され領地から切り離される。




だが直ぐにイバーナ領に戻る。現状維持すらできない税収。森を切り開こうとすれば魔物による逆襲の大損害。


なら大規模の兵力を注ぎたくても利権が有るのかっていうと不明確な領地に投資する意味がない。金もない。


結果功を焦った領主の突撃。自爆。イバーナ家持ち出しの領地復興。本当に放置したい。


だが人がいなければ魔獣氾濫の察知もできない。肉の防壁という名の完全なお荷物だ。




没落貴族の死地にふさわしいだろう。


「実験地って事かな?領主で有ればやりたい放題だもんね。」


何かを察知したかのようにランナートが面白そうに頷く。そう現状完成された街では好き放題できない。


維持に手間も取られるし意志だってヤンナートやランナートの意向が優先されるのだ。




今迄も好き勝手してきたでは無いかとヤンナートが胡乱な目でロイを見る。


「父上の許可の範囲内。次期である私の意思も無碍にできない。体裁も大事ってところかな?」


ランナートの質問に肯いてみせる。




「幸いイバーナとその寄子で囲まれていますので他家からの横槍に対して鉄壁です。金は兄上に集ります。事実上の継承権放棄ですから可愛がってください。」


金くれ宣言。独立宣言だ。


しかも家の枠ではなく。国から爵位を貰うから事実上は他家。実態は身内という事だ。


失敗しても痛くもない。開発に成功すれば弟や妹にも爵位の枠や仕事当てられる可能性があるという事。




10歳で継承権の手続き。間違いなく継承権2位ですよってくだらない手続きなんかしてられるか。


そんな事より領地貰って引き籠もる。騎士爵程度なら登城する要件などほぼ無いし、できないのだ。


正にやりたい放題。




ランナートとヤンナートは思案する。ロイを他家に出すのはあまりにも勿体ない気がする。


目の届く範囲で好き勝手にさせる方がイバーナ家にとって良い気がするのだ。だが体裁もある。子爵家次男とはそれなりに価値がある。


絶好の良縁となり信頼を得やすい。そして頭も良い。婿に出すのが当然だよねって風潮も有る。




では実際地理的に囲い込んだ領地で領主として独立させればどうか。


開発に成功すれば爵位も上がる。


何らかの技術開発に成功したとしてもその情報を得られるのも早いはず。


情報なぞ囲い込んさえいれば封鎖も可能だ。


隣領だから当家が支援する場合、他家が支援した場合と比べてさほど金がかからない。


次男一人金食い虫として囲っているのと何ら変わりはない。








当然結論的に問題ない。こうしてロイは自由を勝ち取ったのだった。


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