49.トレント
私は領主館で執事として働く使用人です。
突然出てくるなと。そんな悲しい事仰らずに。
まあ、お聞きください。
アレは何年前の事でしょうか。
貧民街で物乞いをしておりました。
元の仕事は暗殺です。任務に失敗しましてね。
貴族に左手を切り落とされまして。
貯金を食いつぶし貧民街へ流れ着きました。
ええ、いずれ死ぬことも解っていました。
でもいざとなると死にたくないのですよ。
生きたいのです。
物乞いしたら生きていけるか?
無理に決まっておりました。何日も食べられない。
炊き出しに頼る。残飯漁りをする。道端の草すら食べました。
惨めでした。本当に。
そんな生活を何年もしていると貴族のような若者が近づいてきました。
家畜の餌ならたらふく食わせてやる。
貴族の戯れ。暇つぶし。奴隷として売りさばく。
色々考えましたがこの老いぼれなんか売り物になるのでしょうかね?
当然付いて行く事を決めました。牛車と呼ばれる荷台に乗せられた者達を見れば似たような者ばかりでした。
数ヶ月という長い旅でしたが、毎日パン粥が食べられました。消化に良い物をとの事です。
牛車のおかげで体力的に不安はありませんでした。
たどり着いたバーナ領。
ええ、あとは皆さんご存知の例のプスっとです。
そして与えられた仕事は雑用。公務員という仕事だそうです。
ただ、私は老いぼれは体力が無いだろうと直ぐに呼び出され使用人として働くことになりました。
主な仕事は話を聞いて使用人に伝える。ロイ様の手荷物を受け取る。
手渡す。ドアを空ける。この程度です。
ですがなんとかして役に立ちたい。上司であるエマ様にそう伝えると。礼儀作法というものをまず学びました。
そして護衛術。片手が無くとも肉壁となって少しでも時間を稼げと。
ええ、ええ、それこそ私の望みです。
ある時ロイ様が魔物を狩ってきました。獲物はトレントと呼ばれる魔樹です。
胴体部分がスッパリと切られております。
悲痛な表情で絶えているトレント。
このトレントの可動部で義手が作れないか実験するから付き合えと。
ロイ様が打ち立てた理論は。
トレントは魔物。木が動く。何で動く。魔力に違いない。
ならそのトレントで作った義手は義足は魔力で動かせないのか?と
可動部、顔で作られた手。魔力を通す。微妙に動きました。修練次第でいけるか?それとも刻印術で補助が出来ないか試すか?
動けませんでした。涙で前が見えません。答えられませんでした。
私が動けない事に気付いたロイ様は数度私の肩を叩くと。黙って出ていかれました。
手が使える様になるかもしれない。
他の者達も身体を取り戻せるかもしれない。
感謝の思いしかありません。
一言目には平民は働け。二言目には税金を納めよ。出来れば献金してねと。そういう方なのに。いや、そういう方だからこそ。普通に働けと、、、普通に。
依頼書を窓口の娘に手渡す。トレント探索依頼と可動部採取依頼。可能で有れば可動部が繋がった状態が望ましい。
探索報酬大銀貨5枚、採取依頼少金貨1枚、可動部が繋がったままなら大金貨1枚。
物凄く高額です。今日は領民冒険者に仕事を与えよという事でやってきました。
ええ、例の義手実験用の材料獲得。金額を見たらおわかりでしょうが物凄く高額です。
普通トレントの討伐報酬は大銀貨1枚と少し程度で不人気な仕事です。
領民冒険者が次々と依頼書を確認すると狩りに出ていきました。
なかなか実験が上手くいかないと嘆いておられます。現在私達領主館の使用人を含め殆どの欠損者達が義手義足を付けて訓練しながら生活しております。
嘆いている。全員分が集まらない。全員がすぐには使いこなせていないから実験は必要だという建前による費用捻出。
貴族とは難儀なものなのですね。
何をするにも建前。ヴィル様が肩をすくめておられます。
既に工房が完成し、トレントによる義手義足生産は開始されております。
技術も確立済みなのを知っているのです。
なんせロイ様の意図を正確に読み取り、サバート様が速攻で工房建設の手配。
フェイ様が職人に声をかけ、ヴィル様が資金を動かしました。
あっという間の連携。本当に仲が良い。そして後はロイ様が常に実験は終わらないと嘆くだけで資金は保たれる。
たらふく食え!家畜の餌だがな!平民にはお似合いだ。
義手があるのだから働け。義足があるのだから働け。
笑いながら声をかけます。税金をおさめよ。
いったいこのバーナ以外のどこで欠損者が働けるというのでしょうか。
普通欠損者は仕事がなく。働けず。賃金も得られず。
明日食うものを探すのさえ必死なのだ。
あん?義手がスムーズに動くようになった?ならもっと働けるな?
義足が馴染んで走れるようになった?よしもっと働け!
かける言葉はいつも通りです。
なぜ悪ぶるのでしょうね。貴族の建前とは本当に。
ある時、それは酷い状態の幼い娘を連れた夫婦が入領してきました。
連れてきたのはS級の冒険者。王都の護衛依頼を受けたそうで。
その帰りにこの家族を拾ったと。
その娘。左足の先が千切れて止血として服が縛られています。右足も骨折しているのでしょう。添え木がされています。
これは普通なら二度と歩くことはかなわないでしょう。
貴族の馬車に引かれたそうです。その馬車は気にせずそのまま走り去ったと。
泣き叫ぶ幼子。泣き崩れる両親。冒険者殿は見捨てられなかったと。
この子は二度と歩けないだろう。今は食べていかせられるだろうが、あなた方が死んだらこの子は食うに困る生活になるのは間違いない。
そうなる位なら、この子をバーナに連れて行ったらどうか?
バーナの領主は家畜の餌ならばたらふく食わせてやると言っている。どんな者であっても。マズイ飯に慣れさえすればこの子は食うに困らないと。
いつもの勧誘ですね。それで親まで来たのは?
マズイ飯でも構わない。一緒に耐えていく。可能な限りこの子の分まで働く。それが親としての責任だと。
立派な親もいるものですねえ。
ロイ様がいつもの仕事を終えると家族を待機所に送らせます。
ロイ様が向う先は工房。ですよね。
だが、、、在庫がない、、、
冒険者が余計な事を、魔の森の奥地ならいるかもだと。
直ぐに動くかと思いましたが。領主館に戻られ執務室に籠もられました。
冒険者達が依頼を受け。必死に探しているが見つからないようです。
例の冒険者も探してくれています。
3日経ちました。ロイ様はずっと仕事をしております。夜中もやっておられます。
4日目の朝。ロイ様の姿が消えていました。
ですよね。我慢出来なかったのでしょう。
ヴィル様が置き手紙を見て苦笑いしております。
『今夜は焼き肉パーティー』
サバート様がため息をつきながら部下に指示を出しています。
さて、私も準備しますか。
領内で笛が鳴り響いております。
「ロイ様が仰られた!今夜は焼き肉だ!!!!」
ヴィル様の号令が響きました。
領民達が武器を片手にヤレヤレと嬉しそうに森へ向かいます。
ええ、農夫や衛兵を最小限に残し。大半の領民が森へ向かいます。
その中には普通の老人や女子供も槍やら機械弓をもっています。
いったい。どこまで潜られたのでしょう。魔物の素材回収班が次々と回収していますが大丈夫でしょうか。結構な数の死体です。
「執事の爺さん、、、と使用人の人達、、、なんで魔の森なんて」
おや例の冒険者と他にも数名いますね。
「ロイ様が今夜は焼き肉との事でしたが領民が味付けで揉めてましてね。味付けの確認をと。」
「クソ!見つけられてさえいれば!なんて腰が軽いんだよ!」
物凄い後悔した表情ですね。ですが今はそれ処ではこざいません。
ええ、死体の方向的にこちらかと、、、音がしましたね。
まったく、本当にお強い。魔法と剣で次々とオークを狩っております。
パッと見まだオーク50頭以上おりますね。おや、ビックベア5頭追加ですか。
「ロイ様、領民が焼き肉の味付けで揉めておりまして。領主様に決めてもらうんだと騒いでおります。」
「む?そうか。この先に大物の気配があってな。ぜひでかい肉を皆に食べさせようと思ったんだが。」
「ではココはお任せを。皆!ここの肉は我等で回収だ!」
使用人達が機械弓を使い次々とオークに射掛けます。
私と冒険者がロイ様に割って入ると。ロイ様は木の上の枝までジャンプし次々と飛び移りオークを無視して奥へと行かれました。
「いやあ、あの人。ロイ様は何者なんだよ。強すぎだろう。」
「領主様ですが。」
「ってか、爺さん両手にナイフで良くオークと戦えるな。」
「修練の賜物です。」
さっさと小奴らを片付けて追わねば。
小一時間かかりました。ヴィル様が助力に来てくれて助かりました。
あのままではいくらかの肉が逃げてしまうところでした。
おや。仕留めたようですな。
ようやく追いついたロイ様は倒れたトレントに腰掛け不服そうな顔をしております。
「でかい肉だと思ったんだけどなあ。そろそろ時間だし。諦めるかあ。」
そういうお方です。
その後本当に焼き肉パーティーが町のいたる所で行われております。
味付けは結局好きにしろと。本当に。
あの騒動のあと、久しぶりにあの家族に見かけました。仲良く全員で教会から歩いて出てくるところです。
ロイ様を見つけるといつも通りに手を組んで頭を下げる姿。領民がよくする姿です。




