19.塩を求める者達
海水から塩を得る。
海水から得られた海水塩はエグくて使えたもんじゃない。
それが今迄の常識だ。
領主館から牛車で2、3日。早馬で1日位の直線距離。海まで半日位の距離。
新たに切り開かれた場所では木造の建物が立ち並び、領民達や冒険者、警備兵がうろついている。
活気が良い。だが別に街を作って居るわけじゃない。勝手に出来てしまった。
兄上が来るから整備しとけ。
という指示の後、兄上からの連絡で今年は来ないと言う事が発覚した。王都か学園で面白いものでも見つけたのだろうか。
いつかという言葉を付け忘れたかもなぁなんて独り言を言ってみる。
塩田作成。その為の施設を作る。当然森切り開くよね?
漁港を作りたくてもまだシーサーペントの驚異はある。手が出ない少し奥地を切り開こう。
そこを基地にしてまずは塩田作成だ。
森を切開けば木が倒れる。木材が出来る。大量に出来る。使わない手はない。
資材があれば建物がたくさん建てられる。建物を立てるなら人手がいる。仕事だ。
公共事業だ。塩田の作成に製塩の研究施設。休む為の施設も要る。領主様の為のだ。
人手がどんどん投入される。金が回る。幸い領民が増えまくっている。
既に2000人を超えた。換金用の麦だって増産し続けられている。
だから金の心配はない。
なんか麦納税の時に祭壇みたいなのが作られて納税と言うよりは貢物?
捧げられているって雰囲気が怖いんだけど。
顔役の新たに役人となった公務員?元村長によるとそれで良いらしい。
それってなんだよ!ちゃんと売った2割は返すから。
まあ実際には2割は領の商人に売って領公営のパン屋に卸されるだけなんだが。
商人が元値でスルーしようとするのでちゃんと高値で売ってこっちに献金しろと言ったら本当に金持ってきた。
今回も似た雰囲気がある。新たに出来た俺の宿泊施設兼兄上出迎え用。海用領主館?の前に着いた時だった。
何故か自分を見た者達が一度立ち止まり。手を組み目を瞑って頭を下げた。祈るような姿だ。
違うだろ!俺貴族!敬え!跪け!別に良いけどなんか違う気がする。
塩田が完成したらしい。一月かかって無いぞコレ。なんでそんな早いの?
領民が入れ替わり立ち替わり総出で手を割いてくれた?
ヴィル君なんでドヤ顔で肯いてんの?
ロイ様が求めたと言えば当然の反応?どういう意味よ。
海水塩求めてんのはヴィル君達じゃないか。
塩利権は莫大。自分達の貴族への近道だって?
どうしよう。言い忘れていた。この間陞爵が決まった文が実家に届いてたんだ。
んでヴィル君を騎士爵。残り9名を名誉騎士爵。そのお付きの従者20人を名誉准騎士爵とするって名簿で提出したんだった。
「ヴィル君。僕と共に年末の王宮のパーティーに参加決定したから。」
取り敢えず言ってみる。参加資格は騎士爵以上。強制ではないが騎士爵は名誉が付かない永代だ。
挨拶の必要が有るためイバーナ下の爵位と言えど初回は挨拶伺いの必要が有る。
それを任命し認めるのが国王の仕事だ。
「え?は?いや。え?それって。」
「おめでとうヴィルハルト・シュバルト騎士爵殿」
そもそも初年度から大金貨100枚納め続けるって献金を5年もしたんだ。水車ブーストで。
なんで皆気付かなかったんだろう。
手持ち大金貨1000枚スタートで半分使えば俺男爵。時間の問題だっただけなんだけど。
「あ、あ、あああああああああああああああああ!!!!」
泣き崩れた。
え?あれ?跪いて俺の手を額に当てている。
ドヤ顔どこいった。
喜んで貰えると思ったんだけど。なんか思ってた喜び方と違う。
他の者達が集まって来てヴィルに祝福の声をかけている。
長かった。長かったが仲間が本物の貴族に成れたのだ。
「気付いて無いみたいだから一応言うけどセバート達は名誉だけど騎士爵。従者の皆は名誉准騎士爵で提出しといたから。」
静まり返る周り。ん?もっとこう喜びを体現してだな。
給料アップですぜ?俺が払うんだけど。従士従者として貴族に仕える者としての給金じゃない。
貴族に仕える貴族としての俸給だよ?俸禄ですよ?
プルプル震えてんな。泣いてんの?
「まつりじゃああああああああああああああああああああ!!!」
は?あれ?勝手に騒ぎ出して散っていった。
肉狩って来い。酒もって来い。食い物持って来い。
俺達のおごりだ。騒げと。タダ飯美味いけどさあ。
俺の事忘れてねえか?一応新規事業の塩田の仕事と製塩実験の為にお仕事で全員引き連れてきたのに。
人手が消えた。昇進した途端に仕事を放棄する部下ってどうよ。
いや、良いんだよ?めでたいことだから。
ヴィル君とサバート、それにフェイ、警備隊の1番隊長が付き合ってくれた。
それ以外は祭りの準備で忙しくしている。
「ふーん、立派な塩田だな。」
海岸沿いには防壁。塩田制作時に出土した土と切り開いて整地した時の土で作ったらしい。
「いつシーサーペントが襲ってくるとも限らないので。」
防波堤としても仕えるんじゃないかな。で、段々になった塩田。
一番上段にトンネル。網。で囲って止水出来るようになっていると。
丘の向こうも同じ。
ふんふん。で一番下の濃い白い海水。かなりしょっぱいと。エグいと。
そりゃ濃くしただけだからな。設計図通りだろ?
「海水が塩として使えるようになれば、それこそ貴族への近道だったわけですが。」
それを俺が勝手に貴族にしちゃったから急務でなくなったと。必死になる必要がなくなったと。
勝手に領民を煽ったもののやる気落ちたと。
「む、ヴィル殿それは違うでござる。製塩できれば美味しい物が増える。高い岩塩を仕入れる必要がなくなるでござる。」
「そうですね。製塩技術が確立されれば。皆の敬遠する物でまた領民が喜びます。」
フェイとサバートが製塩技術を欲している。いやここまで作ったから当然やるよ?やるけどさあ。
時間掛かって嫌なんだよなあ。おっさんが面倒そうだ。初回以降は公務員に任せるんだから良いじゃないか。
まったくおっさんには若さが足りない。俺だってうまいもん食いたい!二人の感情がせめぎ合う。
確かにコレは面倒そうだ。そういう思いがある為におっさんの面倒感情が優勢だった。
しかしフェイの美味しい物が増える。というのはあの王宮でのゴミの事件への。おっさんの俺への贖罪でも有ったはずだ。
まずは豆を手に入れろと大枚はたいて苗を手に入れ増産させた。味噌と醤油。その為に大量の豆と塩が要るらしい。
そして麹、米の麹事件の後。同じ様に麦でも培養出来るはずと臭い実験をさせられた。
その実験自体は面白かったが、目的は調味料開発だったはずだ。
肉を食う、米を食う、スープを飲む度におっさんが醤油が有れば味噌が有ればとそれを使った時の記憶が勝手に思い出されロイに押し付けられる。
とんでもない。革命と言える記憶。目の前に出される料理が味薄というよりそっけない気がした。
それをこの数年味合わされたのだ。
菌の培養という時間のかかる物を支援魔法という相手に元気を与える魔法を編み出し。
精力的に訓練して酒を作ってきた。
最後の高価な塩問題で止められる。
おい、おっさん言ったよな。俺がなんとかしてやるから魔法技術だって。
まったく。せめぎ合いながらも壺に塩田一番下の海水を組んでいく。しっかりと革で蓋をして縛る。
俺は塩、海水塩を手に入れる。絶対だ!
まさかの部下の裏切りで一日待機となった。めでたい事だよ?領主として働くよ?
でもさあ。お預けされたこっちの身にもなって欲しい。君らが望んだ塩だよ?
製塩技術だよ?
まったく!、、、やるんじゃなかった!
熱い!臭い!面倒くさい!もうクリーン魔法を昇華させた方が良かったんじゃないかと後悔し始めた。
かまどに入れられた炎。立ち上がる湯気。秘匿技術としてのほぼ密閉空間での実験。
その海水が入った鍋をグルグル。アク取りアク取り。俺何やってるんだろう。
どれ位そうやっていたのかはもうわからない。夜になった気もするし朝になってまた夜になった気もする。
単調作業。アク取ってグルグルかき混ぜるだけのお仕事です。
びっくりした。塩が出来上がった。
ちょっと出来始めたなと思ったらあっと言う間に塩の結晶の塊が大きくなっていった。
おっさんが俺に慌ててなんか移せと言っている。思いに従って布を張った桶にひっくり返す。
出来上がった結晶。おそるおそる触れてみる。岩塩と変わらない結晶だ。少し削って舐めてみる。
塩だ。ちょっと海臭いけど塩ができた。
周りにいた者達も次々と削って舐めている。
領民達が持ち出して入れ替わり立ち替わり確認している。これなら岩塩の代わりになるよね?
建物の外で歓声があがる。海は広大だ。それこそ無尽蔵に塩が得られる。
味噌が作れる。醤油が作れる。だがまずは塩漬けだ!浮かれているとおっさんがなんか慌てている。
桶に残った水を捨てようとしている者を止めろ?ん?この桶の液体は捨てるな?なんで?
取り敢えずその水舐める。途端に口に広がるエグミ。塩っぱくは無いが強烈だ。
毒か、確かに毒としていけるな。魔獣共もこれなら怯むだろう。
そうじゃない?おっさんがなんか伝えてくるが今日はもう良いだろう。疲れた。
その日俺達は塩を手に入れた。
後日食べた塩漬けの野菜とご飯はとても美味しかったです。




