18.元盗賊の男
私の名はキンバリー。28歳
最近はキンと呼ばれる元盗賊頭領の男。
転職して警備兵の見回り隊1番隊の隊長になった。
元の名前はバル。名前も職も捨てた。
ここイバーナより北方。その領地で生まれ育った。
家は貧しく主食と言えば草。その辺りに生えている草だった。
自分達が作った小麦は全て貴族様行き。本来戻って来るはずが返って来ない。
貴族様に村長がお願いに行けば追い返された。生首となって帰って来た村長。
ここ数年。ずっとらしい。もうこの村は生きていけない。
自分の父親が村長となり生首で家に帰ってきた時。自分は村民全員を引き連れて村を出た。
村を焼き払った時。心が軽くなったような気がした。
初めての盗賊は必死だった。闇に紛れて馬車を襲った。
荷馬車に乗った荷物これが目当てだ。全員で囲い込み石を投げて牽制。
全員で一気に周囲を囲った瞬間、荷馬車の持ち主は慌てて馬に跨り闇の中をかけていった。
追う体力もない。コレで自分達の犯罪は露見され盗賊として追われるだろう。
荷馬車の中身は小麦と少しのお金だった。塩も少しある。取り敢えず腹が満たせる。
体力の回復。今後も生きるためには力が必要だ。武器も必要だ。
幸いこの集団には歩けない老人はいない。女子供も多いが皆でやれば生き延びられる筈。
盗賊行為は5年続いた。その間には当然失敗も多くかなり仲間が亡くなった。
大半は老人が逃げ遅れた。逃げ遅れたと言うより身代わりになって暴れたのだ。
皆の雰囲気も昔の農民の顔ではない。無精髭は当然、薄汚く汚れ、顔つきも目つきもギラギラしている。
昔父が言っていた悪いやつの顔。なってはいけない者の目つき。当然だ。
だって俺達は犯罪者。盗賊だ。集団で一人を捕まえ袋叩きが当たり前なのだ。
悪いことなのは皆知っている。でももう戻れないのだ。
ただ自分達は生きたかっただけなのだ。
似たような連中が寄ってきて自分達の規模がどんどん大きくなっていった。
500人を超える大集団だ。
マズイこのままではまた食い詰める。全員が戦えるわけじゃない。
討伐隊が組まれて追われる身になるのは時間の問題。しかし一番の問題は食料だ。
これだけの仲間に食わせるには行商人を襲った所でいずれ食い詰める。
次第に体力を失い全滅するだろう。
ある情報が入った。イバーナ領という領が二つ有りその奥地の方の領では麦に重税が課せらせている。
領民は家畜の飼料を食わされているそうだ。大量に取り上げているんだろう。
貴族ってやつは相変わらず平民を家畜としか思っていない!
麦が換金の為輸送されるらしい。しかも輸送する者達は子供を含め30名位しかいないらしい。
大人数でその輸送されるところを襲えば。いけるか?しかし相手は貴族絡みだ。
だがやれば当面は生き延びられるだろう。皆が肯きあう。
本当に少人数だった。こちらが用意した人数は戦えるもの200人だ。数でいけるはず。
襲う地点は疲れかけ、街への到着に希望が持てない。深夜が良い。
打ち合わせ後、山越えの頂上付近が良いのではと山頂に展開した。
山頂から勢いでいけると。数でいけるとその時は思ったんだ。
やっぱり貴族絡みに手を出しちゃいけなかったんだ。
切れない網で捕縛される仲間たち。魔法で足元が動きコケる。滑る。光で見えなくなる。
次々と上がる悲鳴。殺される!
「俺がリーダーだ!降伏する!俺はどうなっても良い!他は見逃してくれ!」
「ハッハッハ。犯罪者に慈悲など不要!全員換金する。奴隷落ちがお似合いでござる!」
奴隷落ち。それならまだ生きていられる。殺されるよりまだ。
「わかった!抵抗はやめる!皆投降しよう!殺されるよりマシだ!」
どうせ俺らにはもう希望がない。次々と縄を打たれ連行される集団。
こうして俺達の盗賊生活が終わった。
この領の領主。ロイ様はおかしい。
死にたくない。仲間の命を助けてくれ。
ただそれだけを訴えていたはずなのだが。
領民だったら助けるんだけどね。領主様がつぶやいてちらりとこちらを見た。
何故か自分達を売り込む方向に話しの流れが変わった。
自分達が襲った地点はこの領の領地で未遂犯。
そこを点いてみる。領民なら領法が適用され軽犯罪らしい。
このままでは盗賊で違法者。国の討伐対象。
やぶれかぶれで暴力とこの顔を主張してみた。
え?家畜の餌?餌だろうがなんだろうがこの際何でも良い。
警備兵ってなんですか?領内の見回りのお仕事。
普通に役人とかがやってるお仕事ですよね?
罪人だったの自分が就いていいんですか?
さっきの盗賊行為は領民なら領法で軽犯罪位だから別に問題ないと。それにまだ領民じゃないしと。
ん?んん?なんか気付いたら役人に就職決定してた。
盗賊から役人、警備兵に転職しました。
良いんですか?領主様!
次々と新しい自分で考えた名前を名乗り誓いを言う仲間たち。
自分は一番最初だった。生まれ変わる。プレートに血を垂らす。
輝く領主の名前と自分の新しい名前。自分の名前。親に付けられた唯一の物を失った。
失ったと同時にホッとした。盗賊バルは死んだのだ。自分はこの領の領民として生まれ変わった。
領主が領主様が貴族様が自分と握手をしてくれた。しっかりとしていて力強い温かい手だった。
迎い入れられた。受け入れられたのだと感じた。
皆もそれが感じられたのだろう。複雑な心境ではある。でも盗賊だった自分達はここで死んだのだ。
そして新たに生を受けた。領民として生まれ認められ迎い入れられたのだ。
ここで仲間達が死んで生まれ変わるところを見届ける。
それがリーダーとしての最後の役目責任だろう?ロイ様の言葉に従う。それが最後の役目。
ただ、ロイ様が針に自分の指を指す瞬間表情が死んでる。
よくよく考えてみればこっちは一人一回で良い。それを200人分行う。
優しい笑顔で握手をする。なんて拷問だ。
「魔法ですぐ治るよ?治るって事はまた痛いってことなんだよ。苦行だよ!」
自分もそう思います。貴族のお仕事は苦行で拷問です。
ロイ様の言葉に貴族も大変なんだなあと思った。
その後食堂では狭いと領主館の庭で早速家畜の餌を与えられた。
説明を聞きながら。匙を入れる。マズイ!臭いが鼻孔を突き上げる。
だが草ほど苦いわけじゃない。この程度ならうちの連中なら耐えていける!
何故か二杯目を貰う。こっちが本来の領民の食事?同じ物?同じだが違うと。
先程の茶色い粥とは違う白い粥。恐る恐る匙を入れ口に入れてみる。
「美味しい!甘い!」
仲間達が叫ぶ。俺は言葉が出なかった。優しい味だ。
数回しか食べたことなかったが子供の時に食べたあのパン粥の感情を思い出す。
え?これは病人や身体の弱った人用?牢屋内ではしばらくこの粥が出されると。
こっちの炊いた物が領民の食事、主食。よく噛んで食べてみろと。
もちもちしていて慣れないが無味ではなく若干甘みがある。それに、肉!
魔物魔獣の肉?食えるんですか?、、、うまい!
こんな美味いものが主食で食えるんですか?給料も家も貰える?
ただしばらくは領主様ロイ様への借金だから給料は返済に当てられるから現金は貰えない。
それだけですか?
「領主様は神様です!」
俺は思わず叫んだ。仲間達も頷くと器を置いて跪いて手を組み頭を下げ祈りを捧げる。
自分も同じ姿勢を取り感謝を捧げる。
「な、何でござるこの光景は?」
おや、自分達を捕縛した、いや昔の自分達はいないからこれからは上司の方だな。
それがかつての仲間達を捕縛(保護)してきてくれた。
皆不安そうにしているが戦え無い者達だ。むざむざ殺されるくらいなら皆一緒にとでも思ったのだろう。
もしかしたら助けに来たのかも知れない。
だが今の私達は仲間ではない。元仲間だ。
「「「「「おかえりなさいませ救世主様!」」」」」
我々を神の身元へ引き連れてきてくれた方だ。救世主様に違いない!
呆気に取られた表情の救世主様と絶望した表情の神様。
そうか神様には言い忘れていた。あと300人ほど仲間が居ることを。
プスプス作業をあと300回ほど。ええ。自分も見届けます。
深夜までかかるからここまで来るのに疲れているだろうし明日にしないかと?
ようやく安住の地を得られるのです。まだ領民で無いことへの不安のほうが大きい筈です。
領民になれさえすれば哀れな仔羊は生き延びられるのです。お願いします神様!
強面が警備兵。盗賊でも再就職可。
最近盗賊が捕まりに我らの領へ来ているっぽい。
理由は同じ情報なのだろう。大量の麦、贅を求める領主への商品。そのあたりか。
嬉々として捕まえ仲間に引き入れようとする部下達。
新手の宗教団体のような活動が繰り広げられる。
言えない事が多すぎて疑われるだけじゃないのかって?
マズイものでも口に入り腹一杯食えれば良い。腹が満ちるってのは存外幸せ。
この領ではパンは確かに高級品だが給料貯めて買えばいい。マズイものだって慣れれば平気さ。
あ?家畜の如き扱い?貴族が?普通じゃないのか?貴族が平民を人として見てるって?
それってどこの貴族様?俺そんな貴族様この領以外で実際に見たことねえぞ?
じゃあお前らはその貴族様探しに行けば良いじゃないか。助けてくれるかは知らんが。
ここの領主様が領民が盗賊になるのは貴族の職務怠慢の所為。追い詰めた貴族の責任とおっしゃられていたぞ?
それにここの領ではまだ、犯罪を犯していないんだろう?ここの領民になれば後は知らぬ存ぜぬ。
たかが平民の話など知らん。ここで領民として生まれるのだそうだ。
そうだ、名前変える。私怨?それは知らんだそうだ。領外に出て刺されたら?
出なきゃ良いじゃんって言ってたぞ?過去の自分は死んだんだ。
この領に来られても死んだ人間はいないとしか答えようがないじゃないか。
奴隷にされないかって?他の領での暮らしだって平民なんて貴族の奴隷と変わらんじゃないか?
な?そう思うだろう?そんな怖い面してんだ。仕事に困っただろう?
イバーナではそれが役に立つ職業がある。衣食住困らん!
部下の殺し文句が炸裂している。希望を得たのかぞろぞろと仲間を引き連れ我が領にやってくる。
信者増産だ。労働力の確保。
これで救世主様のフェイ様も喜ばれるはずだ。




