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16.サバート

サバート・ビルヘラム。20歳。伯爵家3男


夢も希望も特にない。


どうせ適当な家に婿入りするか、代官になりいずれ平民になるか時間の問題だった。









14才の時、父に言われる。学園に行かずイバーナに仕えよと。


どの選択肢でもない、売られるという将来。


流石に考えもしなかった。


適当に学園に行き、女をつかまえ結婚するか。推薦を受けて王宮勤めか。


せいぜい代官辺りだと思っていた。




初めて会った少年は本当にどこから見てもただの子供。


そして道すがら行われる打ち合わせと称した会話は驚くと共に悪童と思った。


領地という実験場。領地運営という名の人間観察。




自分はロイの家臣だ。いやロイ様の家臣になったのだ。


従う。それが当たり前だ。心を殺し、ガキに、否。ロイ様に尽す。


それがここに来た我らの仕事だ。




「そして僕達は木こりと土木工事ですか。」


家臣筆頭候補の侯爵出の少年ヴィルハルト・シュバルト様が不満そうにロイ様に我らの気持ちを代弁してくれる。


「金は有るのだよ。」


話を聞いてて呆れる。施しでは無い無料ではない。貸付だと。我々の分の家も貸付だと。


持参金はロイの物であって建築費は自分で払えと。給料天引きだからしばらく払わないと。


現地に着けば確かに必要無いのは理解したが。










ロイ様は鬼だ。




「労働力足りないってさ。補充よろしく。」


補充ですか。仕事の募集をかければ?


「本当に機密事項が多いって嫌になるよね。生か死かの二択しか無い。」


領民でなけれは情報漏洩の可能性がある。


領法で精米の持ち出し不可。ではどうやって勧誘する?


腹一杯食わせてやる!家畜の餌だがな!


秘密を守るとそれしか言えない。罵詈雑言当たり前です。自分は降りましょう。




じゃんけんという領主考案の勝負方法。単純な動作で勝敗を決める。三すくみのあいこは痺れる。


動体視力勝負をしても出した後に変えれば負け。寸前が勝負となる。


審判と全員が監視する。寸前で変える。それだけなら良い。変わるのだから読めばいいのだ。




だが負けた。ようやく規則や動き、駆け引きを理解し使い始めた自分は間に合わなかった。


まさかの変えると見せ掛けた変えないとい技法。


手の甲の筋肉が動くのが見えた。まさかのフェイントだった。お見事!


そしてまさかの最下位。総当りで誰が何回戦ったか既に判っていたらしい。


やけにロイ様が注目してたはずだよ。




『へいへい!イバーナに来ない?お腹いっぱいになるよ』


それを私に言えと?


『イバーナ領の領都で働けるかもよ?』


そんな怪しいセリフに付いてくる人がいると思いますか?


「アレも駄目コレも駄目。否定するって事はより良いセリフを持ってるんだね。なら勧誘の言葉任せるわ。」


無いから聞いたのだが。




「方法としては、そうだなあ狙い目はあの臭い肥溜めの王都かな。」


は?今王都を臭い肥溜めと。


「あそこに更に臭くてボロくて、死にそうな連中がいるじゃん?」


なるほど貧民街か。追い詰められた人間は明日食う物もなく常に目を光らせ、


「治安が悪くなりませんか?なんと言いますか手癖がひじょうに」


悪いのだ。物取り強奪。強姦やら私刑なぞ当たり前の集団だ。




「うちの領でスリって何盗るの?金持ってんの俺だけだし。買い物出来るのも俺だけ。」


そう言えばそうだった。流石に貴族相手にはしない。役人にも逆らわない。


つまり金を持っていそうな自分らではあるが。命の危険までは侵さないのが彼等なのだ。


貴族による復讐ほど怖いものはない。自分だけではなく周囲全てを巻き込む




過去にお忍びの貴族が襲われた事件が有った。


その貴族の家は報復とばかりに貧民街を囲み火を放った。


関係無い者が多数だろうが構わない。


犯人探しのつもりもなく、ただそういう事件があった地が貴族家にとって不名誉の地であるので消す。


そこにいる人間はその地の記憶。全て消してしまおう。




悲鳴に怒号、肉の焼ける匂い。


貧民だけでなく平民中に如何に貴族が危険であるか解った事件だった。


貴族家にお咎め?むしろ清掃活動として褒美まで出されたらしい。


貴族家は王城より誇らしげに褒美を見せびらかしながら家へと凱旋した。それが決定付けたのだ。


貴族に逆らってはいけない。貴族に手を出してはいけないと。




問題は。貴族は避けられる。話を聞いてもらえないかも知れない。


どうやって話をすれば良いのだ。そんな過去の事情もあり基本的に逃げられるのだ。


貴族の特徴?身綺麗。汚れればなんとかなる?


いや肌ツヤ張り具合で見抜くと聞く。歯も見ているらしい。


言葉?変えれば良いだけ。なのだが粗暴な言葉が続けられるか。


ボロが出た瞬間逃げられ情報が拡散される可能性がある。




だめだ。確実に逃げられる。ならば


「炊き出しでも」


「はあ?何言ってんの。せっかくの有利な点を自分で打ち消してどうするのさ」


炊き出しをやって人を集め話を聞かせる。話が出来なければ、きっかけが無ければ意味がない。


どうしろってんだ!




「腹減っているから物食いたい。じゃあ満たされれば?」


人は来ませんね。食べ物で釣って来るつもりが餌の食われ損ですか。


「そんなのは教会とか聖女って言われたい貴族とか商会の娘に任せとけばいい。」




でもそうなると本当に手がありません


「力ずくで行け。」


「は?力ずくですか。力で従わせると。武力ですか?暴力でですか?」




頭おかしいんじゃなかこの人。そんな盗賊じみた行為。


「身体強化して追いかければ貧民程度造作も無いだろう?捕まえて話をする。断られそうになった時に捕まえた手に力が入るのは仕方ないよね。うんて言うまで抑えれば良い。」


人はそれを脅迫という。倫理的に受け付けたくない。


こっちに来て連れてきた奴らが逃げ出す可能性だって。


「簡単なのは痩せてるやつとか欠損とかある奴?子供とか。狙い目だね。」


奴隷狩りと変わらんではないか。


「忠誠心に問題が。逃げ出したりしたら」




「なあ、サバート君。人間飢えたことのあるやつってのは。腹一杯になれる場所から逃げると思うかい?」


米というものがある。うん米万歳。お米の力は偉大です。


「まあ、それも含めて実験だ。飢えた者が幸運を施された時。どう変わっていくのか。」


結局実験だった。


ロイ様は悪魔だ。米、米が食いたい。









ロイ様は天才だ。




全て従っていればうまくいく。一見失敗に見せかけて多くの道筋を見出す。


そういうお方なのだ。


先ず米美味い!米酒美味い!借金は給金一年で直ぐに返済完了。


個室3つに家事場付食堂にリビング応接室にトイレと風呂付で更に庭付き一軒家。


ヴィル殿と同程度の屋敷にロイ様の屋敷まで同程度の距離だ。


間違いなく2番手的!




まあ一番年上だったからというのも有るとは思う。すごく呼ばれる。


実家の中で男で一番年が近かっただけというのは内緒だ。本当は妹でロイ様やヴィル殿の同い年がいる。


最近の便りでその妹達が剣の道を目指し始めたとあった。


女性にとって茨の道だ。冒険者になるしか剣の道は無いだろう。


危なかった。ここイバーナ領は辺境故に武道にある程度精通している必要がある。


もっと前から妹達が武道に精通していたらここには兼嫁候補として来れたのだ。


しかもロイ様は仕事さえ出来れば性別など気にしないお方だろう。








公僕。公務員という名の職業が出来た。ある程度の賃金である程度のスキルが有れば誰でも成れる。


性別問わずだ。事実女性の方が多い。


我らの家を持ち回りで掃除し食事を作り洗濯をしてくれる。荷物の移動に買付などもする。


なる為には色々条件は有る。だがロイ様と領の法令に忠実というのが大前提だけの職業だ。


使用人ですそれ。とは言わない。ロイ様が公務員という職業といった。それで決定だ。


「使用人と公務員ではどちらが上ですか?」


家臣の一人が尋ねる。


「使用人は僕に仕える。公務員は領に仕える。で判る?」


ロイ様が領の頭だ。どちらも変わらない気がするが。




だが現場でそれが直ぐに判った。揉めたのだ公務員と使用人が。


方やロイ様の屋敷で働く使用人。そしてもう一方は我々がよく見かける公務員。


「ロイ様が望まれています。諦めなさい。」


「しかし、この買付は領の仕事で決まった量を買わないと」


内容はくだらない。


米酒の買付で来た使用人の求める米酒の量を全て買われると、仕事上公務員が買わなければならない米酒の量が足りなくなる。


主に我々の晩酌用なんだけど。




公務員が泣きかけだ。気まずい。自分達の晩酌用の酒が理由で公務員が困っている。


「皆が言う黒い色をした鳥を見て黒い鳥だと言っても、ロイ様が一言赤だと言えばこの領では赤い鳥となります。」


止めに入ろうとして、その気が覚める。領主の意向を民に告げるもの。


領主の次が家臣。そう俺達が2番手なのだ。その次が領主とよく会話する使用人達。


公務員は衛兵や警備兵レベルなのだ。いつでも領主と直接話しを出来る訳ではない。


彼等の仕事は領主はもちろん俺達家臣や使用人による要望や命令で動かされている。




「御安心なさい。私が一筆したためておきます。」


その一言でその場は完全に収まった。


何度も出て行こうとした。その度に目は鋭くなり、手で散れ散れと振られていた。


「あなたは彼女を殺す気ですか!」


騒ぎの後、使用人の女性にすごい剣幕で迫られた。


彼女曰く。家臣とは領主の直接の目と耳同然。私達なら見間違い聞き間違いで済む。


ロイの耳に届く前に業務修正する。それが仕事でもあるのだ。信頼度の順番上許される。


ですが家臣ではそうはいかないと。




彼女は一度領の仕事を優先しようとした。という事実を周りに見られている。


それを家臣が出ていって収めれば公然の事実となる。


どちらかの仕事が達成されない。家臣がその事実を知っている事になる。


確実にそういう仕事があったことになる。修正が効かなくなるのだ。




結果、領に指示された仕事であっても領主の命令の前では意味を成さなくなる可能性がある。


領の仕事指示してる大本は領主だからだ。


いつの間にか命令が撤回され。領主の言っている事が命令だったなんて当たり前なのだ。


そうなれば彼女の命令はいつの間にか撤回され、領主に対する謀反として処理される。


「単純に言えばサバート様がやろうとしたことは。自分の権限の追いつかない相手に仲良いからとりなしてあげるよと自慢げに言ったあげく。それどころか告口して相手を陥れるところだった。が正解かと」


処刑だ。平民対貴族ではありえる事なのだ。


だがロイ様だ。許してくれるのでは?


「あの方は国が認めた貴族。そして寛大では有りますが計算高い。前例という名目を使う。」


名目として普段は軽い罪でも重罪にまで引き上げてしまう。


恐怖を植え付け従わせる。貴族らしい貴族だ。だがあのロイ様が本当にするだろうか?


「事あるごとに処する奴いないかな。人間どの位血を抜いたら死ぬんだろう?切ったあと繋いだら動くのかな?毒ってどの位で死ぬのかなと。ひじょうに人体実験を求められております。」


名目上何をしても良い罪人を求めているのだ。貴族出だと調査が入る。しかし平民ならば。


そういう事らしい。彼等の次は自分。必死に自分達を守っているのだ。




考えてみる。ロイ様ならやる。


そういう御人だ。実験の為なら関係ないのだ。


実験の為に人命を求める。だが領主として貴族としての建前が止めてくれているのだ。








あれ?建前で止まれるなら良心的じゃないか?


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