11.ヴィル
ヴィルハルト・シュバルト、侯爵家5男
側室の息子な上に5男なので継承権が低い。
母の実家の爵位も低いので正室やその子供の兄弟達に睨まれたら生きていけない。
生き延びるの方法としてはその兄弟に奴隷の如く思いっきりすり寄るか、家を出て王都で文官か武官になるかしか方法は無いし、貴族として残る道はない。
7才の時に父に命令された。一年後家臣としてロイナート・イバーナの元へ行けと。
神童の弟として有名だ。だが何故?何故一年後なのか、家臣なのか。
ああ、自分は売られたのだ。端金で。
疑惑が確信に変わったのは一年後の王都での顔合わせという引き渡しだった。
武具一式に馬。そして親が渡す金。ついて来てくれるのは従者2人だけ。
侯爵家なのに!下の貴族のしかも子供に仕えろと!だが父の命令は絶対だ。
絶望しか無い。他の家の者達も似たりよったりの表情。本当に売られたんだ。
なんて思っていたのだが。ロイナートと打ち合わせと称した話は面白い。
前人未到の開発地。魔力の使用方法に新技術。運用方法と非常に為になる。
支度金全てを投資して準備したのも好感が持てる。
これは頑張ってみようかな。
なんて期待を持っていた時期も有りました。
最初は楽しかったんだ。新魔法の使い方。
圧縮した魔力操作によるウインドカッターは簡単に木が切れた。火魔法は生木の幹を粉砕し炎上したのは驚いた。
すぐ魔力枯渇に陥り救急搬送されたが。
土魔法による土固めを利用した治水事業。木造建築には身体強化。
順調過ぎたんだ。
主人となったロイ様は結局飽きた。実験結果が予想通り過ぎておもしろくないと。
次に始めたのが水車作りだ。それにより動力を得られると。基本製粉は人力だ。それが水力で可能となる。
その時は感心していた。面白い事を考え付くと。
結果一ヶ月で完成した。完成はしたのだが。
「で、これ何の役に立つんです?」
そう、現状この領では役に立たないのだ。途中で気付いたが止まらない人なのは聞いていた。
なので完成してから忠言してみる。あ、やっぱり。今気づいたって顔してる。
馬鹿ではない。頭も良い。ただ思いつきでやっているのだ。
しかしここは実験地という建前も存在する。さあ考えてくださいロイ様!
「う、売っちゃおう!」
まさかの技術販売。技術は秘され権益獲得に使うもの。本当に何考えてるのこの人。
「売り先に当てはあるのですか?」
「君等の実家の中に川ある領地無い?部品量産して設計図と共に金の無心しよう!」
まさかの金の無心。大丈夫なのか?無料で寄越せって言ってないだけマシか?
「秘匿しても良いけどさ。態々この領に持ってきて製粉しても輸送費が上乗せになるから意味が無い。」
確かにその通り。輸送にも金がかかるのだ。ならどうもっていく。
「結局技術って使わなきゃ意味ないんだよ。一度作ったんだ。誰かがいつか思い付く。それなら先に実家に恩を売る。その後他領が真似しようとしても開発費に後追い事業で採算合うかの計算。先にやったもん勝ちって事さ。」
なるほど。いけそうな気がする?
なんか難しい事になってきたけど、みんなを集めて打ち合わせの後、売却の決行がきまった。
水車の部品を量産し設計図を持った従者が、貴族子弟従士各々の家に向かっていった。
大丈夫なんだろうか。そんな事で引き出せるのか?
半年も立つと各々の家から続々と金が送られてきた。
価値にして合計大金貨約1000枚。
うん、金額おかしくないか?
手紙には期待通りの仕事してくれた。よくやったと絶賛の褒め言葉。
何か自分には解らない価値を見出せたのだろう。
ロイ様はおかしい。思いついたら即実行。
今度は孤児達を引き連れている。数十名。何する気?
5人位で一組にさせ長い棒を持たせる。大人一人に木の盾を持たせて走らせる。
盾の真ん中には的が書いてある。それを子供たちが集団で突く。戦闘訓練だね。
突いては逃げる。投げつけては逃げる。それを一週間もしただろうか。まさかの森に突入。
一角ウサギを数羽仕留めて来た。仕留めたウサギはそのまま子供たちへ。
子供の次は大人。大人も同じ戦法。武器も同じ長物。先端を尖らせただけの棒を数本持って再び森に突入。
今度はビックボアやオークを数体ずつ仕留めてきた。その日は領全員を集めての焼き肉パーティだった。
村人達も嬉しそうだ。今度どこどこに行こうぜとか言っている。
魔物の逆襲は大丈夫なんだろうか。
「兵隊率いて倒しながら突き進めば血の匂いに誘われた魔物魔獣が寄ってくる。結果大量の魔物に囲まれる。逃げ帰る時に追いかけられれば村まで出てきて逆襲の完成だね。数人で狩りして血抜き、要は浅い層で普通の狩りくらいじゃなんとも無いさ。」
つまり以前の開拓者達は切り拓くための安全確保の魔物討伐を優先し、魔物や魔獣を狩りまくった。
討伐目的で死体はそのままに深層まで行ったのだろう。
しかし死体を放置という事は血とかも放置なのだから匂いにつられた魔物魔獣達が更に寄ってくる。
捌ききれなくなった開拓者達は撤退。そのまま魔物に追いかけられて村が大損害と。
なら普通の狩りで浅い層ならどうなんよと試した結果問題なしと。
そう言えば南方へ向かう街道作りと称した伐採時にもほとんど魔物は見かけなかった。むしろ逃げていったな。
先に木を切り倒した場合はどうか。その先は深層のままなのか。それとも浅い層になるのか。逃げたということは浅い層になったという事か。
従者達も戦闘訓練を受けている。その従者を護衛として引き連れての伐採事業。襲われる頻度はどうか、敵の強さはどうか。
何か有ったとしても護衛がいる。ここでも実験されていたわけか。
子供から先にやったのは?
孤児だからね。守る親がいない。文句言うやついないだろ。一応当主が護衛としてついていったしね。肉を餌に狩りをさせた。
現に子供だけでゴブリンも狩れたよ。死体は魔石取って焼いたけど。
子供が出来て大人が出来ない訳ないよね。って事で囮役やってた大人たちが
もっとでかいの狩ろうぜって突っ込んだ。結果が焼き肉パーティ。
うん、この人おかしい。
領民を守るのが領主であり兵士だろ。
孤児なんて守る対象じゃないかって言いたいんだけど。
彼等は孤児ではない。
子供ではあるが仕事をして糧を得ている。独立した立派な領民だと言い切った。
それに狩猟は兵士の仕事じゃないだろ?
そう言われれば否定できない。貴族の狩は娯楽なのだ。魔物退治は訓練であり任務なのだ。
理屈大事。建前大事。色々な理由をこじつけて実行させ。名目を得て建前を作り。手柄を持ち去る。
貴族とはそういうものなのだという。納得したくないけど否定出来ない。正義とは矜持とはどこに。
そんなもの家畜に食わせてしまえ?ひどくないですかロイ様。
この人はおかしいを通り越して狂人なのかもしれない。
水路を用いて家畜の飼料であるザザの実を泥まみれになって生産したかと思えば収穫後それをこの領の主食にすると言い出した。
わざわざその辺に生えている実を集約して泥の畑を作り増産する。
この時点でまず頭がおかしい。
生産量は増えたが家畜の餌を増やしてどうするんだ。輸出するのかと思えばまさかの自分が食う。
茹でて食べては吹き出し。炊くとかいう調理法で食べては吐き出す。
その実験には自分達も志願して付き合った。
この領地は実験地。
自分達も貴族に返り咲く為には貴族の仕事を放棄してはならない。
ロイ様に付き従うのだ。と勢いでの行動だった。正直どの位不味いんだろうという興味があった。
ロイ様が吹き出し吐くほどの不味い食い物。
食えたもんじゃなかった。臭くて吐き気が喉からこみ上げる。自分達も吹き出し吐き出す結果に終わった。
慣れればいけるのかも知れないなあ。
なんて残りの物を家畜に与えそれを喜んで食べる家畜を見て、ボソリと呟いているのを聞いた時は恐怖を覚えた。
自分達が食えないからって領民に食べさせるか?慣れさせる実験か?
本当に正気を疑った。狂人じゃないか。
ロイに付いて来いと言われ皆と共に付いていくと。まず水車小屋。その中で棒がグルグルと円を描いている。
粉?にしては粉が出来ていない。ただかき混ぜているだけだ。
ロイが実を全て取り出すと底の方には薄茶色の粉。
彼曰くこの粉が悪臭の原因らしい。確かに独特の香りがする。
そして半透明になった実を使って炊くという調理法で出来上がった物。
ロイ様命名ご飯というらしい。を試食してみる。
若干臭いが食えなくもない。むしろよく噛めば甘い。んん?と皆が思案する。いけるか?
いや、いけるなこれ。ロイ様が焼いた肉に塩を振ったものを持って来てそれぞれのご飯の上にのせる。
お、美味しい。なんだかわからいけど美味しい気がする。
気付けば全て平らげていた。硬いパンなんか目じゃない。
麦の粥なんかより美味しい。至急村長を招集する為に人を遣わせる。
「では今後はザザの増産で?」
「米な米。領内では米で統一。泥の畑は田んぼ。麦も今まで通り。ただし税率を変える。」
またとんでもない事を言いだした。
国の固定税率が2割。以降は領主の差配で決定だがせいぜい3割。それを麦の実物か金で納める。
献金という名の税を国に納めるとしてもどんなに酷い領主でも4割。農民にはある程度残されるのだ。
ただ、酷い領主だと本当に雀の涙ほどしか残らない場合もある。
「6割いくよ。」
おかしい。気が狂っている。そう思った。
「基本、国の法律が定めるのは麦による税収だよね。後は売買。畜産飼料自体の価値は低い。家畜は卸さなきゃ税対象外。」
何を言ってるんだこの人。
「規定以上の税金を数年納めると爵位が上がる。君らも欲しいでしょ?爵位。」
なるほど、そういった流れの計算か。でもそれって脱税って言うんじゃ。
「国の法律では主食のパンを作るための麦が税の対象なの。主食になるものが税の対象じゃない。ついでに家畜の餌は税の対象外。領民は主食が変わって腹も膨れる。法律上では規定以上の税収。僕の爵位が上がれば君等は貴族になれて喜ぶ。」
合法だから黙れと。みんな幸せになるんだからと。良いのか?本当に良いのか?
まあ良いか。
こうしてヴィル達はロイに付き従う者となっていく。




