103.止める
食の都、植の都、職の都
大陸の果てバーナ。
その地に辿りつけば食うに困らず。
住に、職に困らない。
今日も狂とて信仰の祈りは捧げられる。
汚泥を啜ってでも生き延びる覚悟を持ち、様々な形の苦行を乗り越えた者のみが辿りつく地。
悪逆の王が治める地。彼の者にとって住人は種族問わず等しく平民でありそれ以上でもそれ以下でもない。
俗世の者は彼を悪逆の王と呼ぶ。禁忌を恐れず人は家畜同然に扱われる。餌を与えられ仕事を与えられ彼のために働かされ生かされる。
バーナに導かれし者達よ。
一日健やかに働ける事に感謝なさい。俗世では働くことすらままならず糧を得る術すら与えられぬのです。
一日の糧を美味しく頂ける事に感謝なさい。俗世が言う食など食に非ず。あのような食事が食事として喜べる彼らはよほど舌がおかしいのでしょう。
日々の生活に感謝なさい。食うに困らず、職に困らず、寝るに困らない生活。俗世ではそれが欠けない生活を幸せと言うそうです。愚かな事です。
この地バーナでは美味しい物を食べ、新しい仕事、頑張りたい事を頑張る。やりたい事を研究し、快適な暮らしを求めてこそ幸せになれる地なのです。
その日々を与えしロイナート様、、、使徒様に感謝を捧げなさい。俗世の愚かな者達が呼ぶ忌避の呼び名等捨ておきなさい。現実から目を逸らし他者を乏しめ自分が不幸だと思わない為の愚かな行為なのです。
現に使徒様は俗世から汚名をかぶせられようと一蹴し、耳を傾けれれぬほど下らぬ事と捨て置き我らを守ってくださっているではないか。
バーナの仲間を信じなさい。困っている者に手を差し伸べなさい。我らが救われたように使徒様の行動に倣いなさい。使徒様の意思を広めるのです。
生きる意志を求める者に試練を。試練を乗り越えし者に笑顔を。全ての迷える子羊に福音を。
説法終わりに私室でのティータイム。テーブルには自作のクッキー。対面には何故かお偉いさん。枢機卿。王都にいるはずの方なのだが。
「使徒様はお変わりなく?」
「はい。恥ずかしいらしいです。邪教狩りと称してお一人で我らを監視しております。ですがお忙しいらしく中々お越し願いません。」
そういう事です。枢機卿も何処から聞きつけたのかこちら側となっておりました。色々な情報を持っておいでのようで、先日の件の確認でしょうか。
「先日教国の暗部が動いたらしいという情報は既に伝えたと思うが。うむ、やり過ぎという言葉を知っておりますか?」
なんの事でしょう?お茶に口をつける。ゆっくりと周りを見渡す。
「貴女の周りにいる方達は暗部の者ですよね?」
控えている彼等の事を言っているのか。なるほど。
「使徒様を見て膝を折らぬ者などいない。ただそれだけでしょう。それと彼等は暗部の者ではありません。元暗部なだけの普通の修道士です。」
「なるほど。では、暗部が帰らないのが原因で光の女神教の教皇が王国に訪れる事になったと言ったらどうですか。」
「あらあら、ようやく使徒様に挨拶ですか。遅すぎて反吐がでますわ。」
「聖女と呼ばれたあなたがなんて言葉遣いを、、、その件はもう良いです。」
枢機卿が苦虫を嚙みつぶしたような表情をする。
「いいえ良くありません。たかが人に選ばれた教皇ごときが本物の神に選ばれし使徒様に導かれてバーナにやってこない。その時点で光の女神教の教皇失格です。むしろ何年も使徒様と接触をしている私こそが教皇にふさわしい気がします。」
何故だろう。バーナの人間は何故こうも頭がおかしいのだろうか。領都の大司教も似たような事を言っていた。枢機卿が眉間を揉みながら遠い目になる。
バーナ領主。彼は間違いなく使徒様である事は確信できた。降り立った姿。天を割り光の道を見せた偉業。領民を導く逸話の数々。使徒様は新教典をこじつけが過ぎると禁書として焚書令を出したが取り締まりの者達がこちら側なので使徒様とのイタチごっこ状態。
教皇様と使徒様のどちらに膝を折るか。当然使徒様だ。が、使徒様と御会いした時使徒様は彼女達を迷惑がっている節が見て取れた。『お前は狂信者か?いや、光教新教徒か?』頷きそうになって、思いとどまりただの光教だと伝えれば満足そうに頷いていた。
感が働いて良かったと思う。自分の胸元に下げられた福音の証。バーナ領民証明カード。使徒様は狂信者は制御が効かないから好かないようだ。使徒様には安寧に過ごしていただきたい。では彼女たちの言う使命。使徒様の導きたる新教典を広める事は間違いなのか。
新教典の布教は世界の転換期である今は必要な事だと思う。なので彼女たちの行いも間違いではない。
なら自分はどうするか。教会の像の造り。入れ替わりの仕組み。これをそのまま光教の各教会にそのまま取り入れる。堂々と行いたいものだが光の女神教としては良いのだろうか。
狂信者。本当に好き勝手にやっているな。微調整など一切気にしていない。だから使徒様に迷惑がられているのだ。
なんというか。使徒様が言っていた意味が分かる。目が逝ってるのだ。元暗部の者達も彼女の言う通りまるで私がおかしいかの様な目で見ている。
教皇如きが何するものぞ。使徒様の教えを広めてこそ教会の役目ではないかと。
狂ったら楽だろうなあ。私は使徒様の教えを守って理性を保つけどな。人は感情を理性を制御する者。殉職推奨とか頭がおかしいわ。
「今回は使徒様の命にて禁術指定、禁術書の制作。制限。それらの協力の為にやってきたはずだが。君らを見ると参加に疑問を持ってしまいます。禁術が禁術でなくなる可能性がある。」
「おかしな事をおっしゃいますのね。今回の会合では聖魔法も関わっていると聞いております。というか既に学術書も研究中の書物も読ませていただいておりますからね。どこまで話しても良いのか、使徒様にお会いできるこの機会に確認しなくては。」
違う。どう考えても会う事を目的としている。研究中の書物はきっと愛人様に頼んだのだろう。その中には禁術になり得るものもあると。
狂信者共め。関わる為には手段を選ばんな。使徒様の安寧を保つにはどうしたら良いのだろう。気持ちは分かるが。しかし。
私が窓口になるよう手を回すか?引きずり下ろされる可能性が高いな。高いというか確実にそうなる。
ん?引きずり下ろされる。公務員として雇ってもらう。教会対策窓口に回してもらう。教会のかなり良いポジションだった者だからそれを主張したらいけるんじゃないか?
より使徒様に近い仕事に就けるかもしれん。
良いねえ。棄教しよう。そうしよう。




