時は流れ
「とまぁ、こんな話があってから……町はずっと廃墟なんだとさ」
「えー! こわーい!」
時に削られた建物が、悲しげに佇む町。入り口でたむろする若い集団の一人が、この場所に伝わる昔話を締めた。日が落ちるまでの暇つぶしに、詳しい語り手が伝承を話し終えたようだ。
「ふーん……それが『金の卵を産むめんどり』の元ネタか。全然知らなかった」
「童話の元の話、グロい事多いからね。子供向けに毒気抜いてるけど、これはなぁ……」
金の卵を産むめんどりを貰い
欲にかられた男は腹を裂いてしまう。
けれど男は欲を捨てきれず、片っ端からめんどりを殺戮。
それでも見つからないが「他にも必ずいるはずだ」と、今度はめんどりどころか、動物の腹を裂き始める。やがて家畜にとどまらず、人の腹も裂くようになった。
町の人は男を恐れ、徐々に町から去っていった。結果廃墟には、腹を裂く男しか残っていないと言う……
「そ、そ、その場所に、今から入るの?」
「平気平気。もうずっと昔の話だし、生きてる訳ないだろ。ま、怖がってくれる方が動画映えするし、その調子で!」
「でもさー! 結構雰囲気あるよねー! どこでネタ拾って来たの?」
「心霊板から。なんでも、ここはヤバめスポットらしい。けど、動画はほとんど上がってねーのよ。なら投稿者として飛び込まねぇとなぁ!?」
ハンドカメラを手にはしゃぐ者たち。とっくに童話の時代は終わり、科学と情報拡散の時代へ移り変わっていた。
彼らは動画投稿者。いいね! のため、チャンネル登録者を増やす為、そして再生回数のため……ホラースポットへ突撃を敢行すべく、この廃墟の町を訪れたのである。
「もうカメラ回ってる?」
「大丈夫大丈夫! バッチリー!」
「へ、へ、変な物、映ってないかなぁ……」
「ばっかおめぇ、それなら取れ高じゃん! 喜べ喜べ!」
弱気な仲間の背を叩いて、動画投稿者グループが廃墟に歩く。ボロボロの町並みが広がり、あまり歓迎される感覚はない。吹き通る風は生暖かく、じっとりと湿っぽく肌を撫でる。
カメラからの光を頼りに、朽ちた町を照らし出す。誰も立たない店舗に、開きっぱなしの住宅が、カーテンを空しく揺らした。
「やべぇ……雰囲気あるなココ」
「中もカメラ回しとけ。後で見直したら映ってそうだ」
「で、で、でも早く帰ろう。嫌な感じが……さっきから獣臭いよ」
「死んだめんどりの臭いじゃね?」
「やめてよ気持ち悪い」
一人だけ怯える娘に構わず、カメラを回す者たち。不気味な町の廃墟を歩いていると、正面から人の影が見えた。
「え? おい、あれ……」
「う、うん」
「マジ!? ヤバイじゃん! はーい! そこの人―っ!!」
「ちょ、待てよ!」
全く怖気つかない、金髪の女性が人影に駆け寄る。カメラ片手に様子を見る投稿者は、その映像に恐ろしいものを映した。
返り血に汚れた古臭い着衣
ぎょろりと欲に汚れた眼球
握った包丁は刃が欠けて錆まみれで
涎を垂らす唇が、不気味に嗤った
「きゃあああああああぁああっ!!」
駆け寄った金髪少女が、悲鳴を上げて尻もちを付く。固まった少女に手を伸ばし、不気味な男が首を絞めた。裂ける程に唇を歪めて、ソイツは嗤う。
「な、何すんのよこのキモオヤジ!」
「ちょっとお前、何してくれちゃってんの!? 晒すぞコラ!! 早く手を離さないと、お巡りさん呼びますよぉ?」
撮影班が強気に詰め寄る。脅し文句もカメラも無視して、ソイツは女性のお腹を突き刺した。
え、と凍り付く面々。突然生じた腹部の痛みに、金髪が呻く。
「あっ!? あ、あが」
何も気にしない、不気味な男が
ぐさっ、ぐさっと刃物を入れる。
ボロボロの刃が衣服ごと腹を破り
開いたお腹の中に、男は手を突っ込んで
内臓をかき分けて、ちぎって、何かを探す。
丹念に見分するソイツは、絶命に向かう女性も、他の人間の目線も気にしない
ただお腹の中身にだけ、興味を持っていた。
「ひっ……!! いやああああぁああっ!!」
一人耐えきれず、何事か叫び声を上げて逃げ出した。無事な二人が戸惑うも、事態の急転に頭が追いつかない。ただ声を上げるだけだ。
「お、おい! 逃げんなよ! それより助け――」
「馬鹿! 取れ高だろ! カメラ止めんな!」
「本気で言ってんのか!? 見殺しにして……」
「相手は不気味なバケモンで武器まで持ってる。オレらは悪くない。仕方なかったんだよ。それよりちゃんと最後まで回せ! この動画は伸びるぞー!」
歪んだ顔は、恐怖からか欲望からか。撮影指示を続ける男に「自分は悪くない」と呟いて、カメラ持ちも目を離さない。哀れな犠牲者の末路が、機械レンズに焼き付いた。
ごりっ
ごりっ
骨と干渉する錆刃
手袋もなく、素手で人の内臓を暴き
引きちぎって、かき分けて、やがて女性が血だまりに倒れ
死後の痙攣で滴る音も、屠殺者の耳に入らない。
生きたまま解体された一人の人間を
誰も人間扱いなど、していなかった。
一部始終を終え、化け物は呟く。
「金がない。こいつにも、金がない。どの腹だ。どこに金が詰まってる……」
明らかな失意。人型は人間を殺しても、そこに罪悪を覚えない。
ただ金が欲しい。金を得たい。何処かに必ずある筈だ。
金を産むめんどりが一匹いたのだ。一匹だけの筈がない。
誰も見つけられないなら、隠れてるソレを、腹を裂いて探すだけだ。
「「「………………」」」
カメラで映像と取り続ける者。
またとないシーンとスプラッタに、興奮を隠せない傍観者。
そして――命を一つ奪って、金のない肉の塊に悪態をつく亡者。
血まみれの手をぬぐい、刃物を握り直して
亡者はぶつくさと文句を垂れて、残りの二人へ顔を向けた。
「お前らだ……お前らの腹になら金が詰まっている。きっとそうだ。そうに違いない……」
「「っ!?」」
血糊が唇を彩り、液体に塗れた歯茎を覗かせ、次のめんどりを見つめた。自分の番を悟った一人が、カメラマンを置いて逃げ出す。
「おい! ちゃんと取っておけよ!」
「は!? ふ、ふざけんな!!」
我先に逃げ出した指示者に遅れ、傍観者は怒り続いて逃走を図る。
自分から逃げる生き物に対し……腹を裂く男は、暗く嗤った。