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MORNING Monster  作者: 天笠愛雅
1/2

前編

カーテンの隙間から漏れる光に瞼をくすぐられて、私は興奮気味に目を覚ました。


今日は私の誕生日。十六歳になった。


自分の部屋から出て、木でできた不安定な階段を小走りに駆け下りる。


一段一段下りるたび、朝ご飯の良い匂いが強くなってくる。



「おはよう、お母さん!」



キッチンに立ち、シチューを煮込んでいる母の背中に挨拶をする。



「おはよう。お誕生日おめでとう!」



「うん!」



母が私の誕生日を祝福してくれた。それから私はダイニングにいる父にも挨拶をする。



「おはよう、お父さん!」



「おぉ、おはよう。誕生日おめでとう」



「ありがとう!」



誕生日だから気持ちはいつもとは違うけれど、こうやって挨拶していくのが私の毎日の流れだ。


朝の日課はまだ続く。


朝ご飯を食べる前に家を出る。


外に出て家を振り返ってみると風車が回っている。


そう、私の家は風車小屋なのだ。


今日も風に吹かれて自慢の風車がゆっくりと回っている。ただこの風は雨が降る前の嫌な風だ。風車小屋に住む私にはそのくらいすぐ分かる。


そして、家の目の前に目を向けると、そこにはお花畑が広がっていて、この星のように無数の花の中から毎朝一輪だけ摘んで家に持って帰るのだ。


今日何の花を摘むかは、昨日ベッドに横になって考えた時に決めていた。


ピンクのチューリップ。私が一番好きな花だ。


それをお花畑が知っていたかのように、私をピンクのチューリップが多く咲いている所まで導く。私はそこまで自然に走って行った。


一番可愛くて綺麗に咲いているチューリップを見つけるために、左右に顔を振って探す。


しばらく歩きながら探していると、隣り合って咲いている二輪のとても綺麗なピンクのチューリップがこちらを見ていた。私はどちらを摘もうか迷った。


でも今日は誕生日。両方摘んじゃえ!


そう思って、私は二輪のチューリップを摘んで手にした。


幼い頃からずっと花を摘んでいるけれど、やはりこの瞬間は気分が高まる。


なんとも言えない幸せが、花から漂ってくるのだ。


…そうだ。もう十六歳なんだし、洞窟に咲く花というものを見に行こう!


私はその花を見たことがない。話では言い伝えのように聞かされているのだけれど、私はその花は必ずあると信じている。


洞窟はここから近い。


ただお母さんには、洞窟には魔族がいるから行ってはいけないと言われている。


でも十六歳になったしな…


魔族というものこそ作り話の言い伝えだろう。


そんなもの小説とかの本でしか見たことない。普通に考えて魔族などあり得ないだろう。


そして私はその花を見てみたい。


親に反抗心がある訳ではない。あるのは冒険心と言ったところだろうか。


こっそりと両親に見つからないように家へと戻り、家の外の物置にある懐中電灯を引っ張り出した。まだ電池は残っている。


私は、右手に懐中電灯、左手に二輪のチューリップを持ち、お花畑を抜けて洞窟へと走って向かった。


洞窟の場所は知っている。昔に一度だけ両親とその入り口まで行き、例の言い伝えを聞いたのだ。


私の中での十六歳というものは、少し大人になって、色々なことを一人でも挑戦できる年齢だと思っている。


もしかしたら、今私がしようとしていることは少し飛躍し過ぎているのかもしれない。


しかし、私の脚はもはや誰にも止めることが出来ない。


私は常に花に導かれているのだろうか。



 小川を越え、背の高い草むらを抜けると、太陽の光は赤から白へと変わり始めていた。


両親は心配しているだろうか。でも、そんなに時間を掛けるつもりはない。すぐ帰れば大丈夫。



「…あった。ここだ!」



その洞窟の入り口は、私が昔に見た時よりも狭く感じた。私が成長した証拠かもしれない。


洞窟に下りるための足場の岩は湿り、まばらに草が生えている。


その周囲には、長く手入れがされていないような枯れかけの広葉樹が数本、私を見下ろしている。


陽の光は入り口までしか届いておらず、奥は真っ暗だ。


私はチューリップを右手に持ち替え、懐中電灯と一緒に持った。


足を滑らせないように左手で岩壁に掴まりながら、注意して岩場を少し下りる。


そして懐中電灯を点け、洞窟の奥を照らしてみる。


直線的に洞窟の内部が照らされたが、中の道は曲がりくねっているため、光はすぐそこの壁に当たった。


太陽の見えない場所に行くのは少し怖い。


でも行くしかないと私は決心して歩みを進めた。


暗闇に咲く花を見てみたい…


その一心だった。


 


 洞窟の曲がった道を進んでいくと、当然すぐに入り口は見えなくなった。


そして、陽の光も一切なくなった。


石がゴロゴロ転がっていたり、水溜りがあったり、かなり足元は状態が悪い。


ぽつっ、ぽつっと水滴が壁面や頭上から滴り、少し湿った匂いもする。


どこか不気味な雰囲気が漂う。


確かに得体の知れないものが存在していそうではある。


ただ、そんな環境に臆せずに私は冒険を楽しんでいた。



 何分歩いたかも分からない。足場に気を取られているうちに開けた場所に出た。



「あれ、ここ…どこ?」



来た道は闇に飲まれ、もはや見たことのない道と化していた。


私はいつの間にか洞窟の中で迷子になっていた。


街で迷子になるのとは訳が違う。


周りには誰もいない。上も下も岩だ。懐中電灯を消せば漆黒に包まれる。


お母さんの言うことを守っていれば…


これまで歩いていたと思われる道を改めて見返した。


しかしそこを本当に歩いてきたのか確証がない。


どこも同じような景色だからだ。


私は、いまだかつて経験したことのない恐怖と孤独感に包まれた。


吹いていないのにどこからか冷え切った風が吹いてきたように感じた。


だけど私は、冒険心だけは忘れていなかった。


もちろんここから脱出することが最優先だ。


でも花も見たい。存在するか確かではないけれど。


私は、勘だけを頼りに回れ右をして再び歩き始めた。


なんとなく見たことあるような石の雰囲気を感じる。


と思えばすぐにその既視感は途絶える。


懐中電灯の光が弱くなってきた。電池がもうすぐなくなりそうだ。


もしこの光がなくなれば永遠に闇の中に取り残される。


洞窟に朝は来ない。


足を石ころで捻りそうになりながらも少し進むスピードを上げる。


光が弱くなっていくのと同時に焦りを感じてきた。


そして私は、不確かな点と点を糸で結ぶような歩みを続けた。



 五分ほど歩いただろうか。私はふと立ち止まり、後ろを振り返った。


嫌な予感がしたのだ。その予感の通りだった。


この開けた空間はさっきいた場所だ。確実に。


私は絶望を感じ、懐中電灯の光を消し、そしてしゃがみ込んだ。


朝起きてから何も飲んでいない。喉が渇いた。


それとは反対に目からは涙が溢れる。


コツン…コツン…


幻聴?


私はそう思った。


どこからか、足音が聞こえてきたのだ。


まさか…!


私は、恐る恐る懐中電灯を点けた。


コツン…コツン…


懐中電灯は、目の前の人の脚を照らした。



「ひぃ!」



私は驚きで変な声が出た。



「大丈夫?泣いてたみたいだけど…」



視線とともに明かりを上げ、その声の主の顔を見上げる。私と同い年くらいの女の子が心配そうに私を見ていた。そして、その彼女の声は優しかった。

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