英雄死亡
3,
何が青年をそこまで、狂乱させているのか共感ができなかった。そもそも、復讐なんて何の価値もない、無駄な愚行である。
二人の周囲近くには人はいない。他の騎士達は少し離れたところで、死んでいった戦友達の亡骸や遺品を荷馬車に詰め、祖国で埋葬する為に運ぶ。その表情は皆暗い。
青年は荒い息を整えながら、貫いた槍を仇の胴体から引き抜き、何事もなかったように冷静になり、死にゆく男の体を目立たないよう隠す。その鉄仮面で帝国騎士団に入団し、殺すべき男の下で命令を受けた顔。だが、その漆黒の瞳には未だ憎しみは消えない。
「あんたが…、もう少し情のある人間なら俺の行動は変わっていたのかもしれない…、けどお前はやはり人間ではない。悪魔に魂を売った化け物だ」
癒えない感情を胸に抱き続けながら、青年はその言葉を残し一瞥した後、仲間の方へと消えた。
栓を抜いた葡萄酒の樽の様に、引き抜かれた傷口から血は勢いよく迸り、紅い滝は地面の色を変える。もう、腕を付いて態勢を起こすことはできない。微かに動くは、鈍く指先のみ。
熱は痛みを飛び越え、やがてその熱は全身を駆け巡る寒さに凌がれてしまう。これが英雄として崇め、恐れられた男の最期なのだとは。あまりにも呆気ない……。
————草木が生い茂る。岩陰に運ばれた彼の体に感覚は既にない。このような場所に移動されれば、もう声も出せない彼の存在がみつかることはない。ただ孤独に死んでいくのだ。
(悪魔…、か。死神とは呼ばれたがまた面白い異名を持ったものだな)
もう残り数分で死ぬというのに、呑気な感想。死への恐怖はなかった。
人は何故、喜ぶ。どうして悲しむ。なぜ怒る。どうして憎む。何の為に戦う。
結果こそすべて、勝利こそすべて。それに至るまでの過程はどんな手段であり、どんな感情を持とうが最終的に勝利すればよい。
(………何が違うというの…だろうか…)
分からない。
(その勝利は、祖国の為になり…お前らが信じる神が求めるままに、従っている………。何が違う)
『—————【記憶情報】開示成功。解析へ移行』
(うるさい……さっきから、誰なんだ…。これから死ぬっていうのに…)
少年とも少女とも捉える事のできる、抑揚のない言葉が死にゆく彼の耳に聞こえる。だがおかしい。戦場となった場所に子供などいるわけがない。ここは高原、近くに村や集落もない。
顔はもう向きを変えることもできない。視力もほぼ失い、周囲を確認することはできない。
すべての感覚が失われる中、その声だけが鮮明に聞こえる。
だがもうじき死ぬ彼にとって、そんなことはどうでも良かった。
特に後悔はない。後悔する程の事柄を彼は持ち合わせていなかった。
————水底に沈む感覚。徐々に光を失っていく。
寒い……寒い……寒い……寒い……暗い……暗い……暗い……暗い……深い……深い……深い……深い……深い…………。
闇の中、最後に浮かんだのはいつかの記憶。…黄昏に佇む“少女”の微笑み……。
燃えるように紅い髪が、砂塵と共に揺れる。
(最後に一つ後悔があるとするなら————————————)
『—————ラーニング完了。これより、肉体成型の為、魂『記憶情報』のデータ上書きを行います』
そんな意味不明な言葉を聞きながら英雄騎士————『磁器人形の死神』レブエルタス=トリュンフォは、孤独の中で死んだ。