第五話 真相(深層)
噂、といっても、可愛いものだと思う。
僕がしていたことと比べれば。
先輩たちは話し声が聞こえるとか、後ろから肩を叩かれた、とか。
僕は耳元で「殺す」と何回も囁いたり、後ろから首を絞めたり、とか。
先輩たちはかなり可愛い悪戯だ。
やられた方は先輩の方に当たった場合はまだ良いけど、僕とクロの場合は、つまりは呪いみたいなものをかけてる訳だから、された側は精神崩壊すると思う。
実際、発狂した人居たし。
後ろから首を絞められてしまったら窒息じゃなく心臓麻痺でも死ねるだろう。
いきなり首を絞められたらたとえその手に慣れている人間でも一瞬は息が止まるだろう。
ましてや僕の手はかなり冷たいから。
先輩の手は暖かいのに。
それは先輩が堕ちたてであることを示していた。
「先輩、一つ聞いて良いですか」
「なんだよ」
「……どうして此処に?」
その質問に先輩はいとも容易く答えた。
「お前に逢いたくて」
それだけの理由でこの人は禁忌を犯したのか。
「下手すれば二度と逢えませんでしたよ」
「知ってる
けど、お前が居ない広い部屋に居るのは死ぬほど辛かった
あんな部屋に居るくらいなら、いっそのこと堕ちても良いからお前に逢いたいと思った」
人が一人居なくなるだけで世界ってかなり変わるんだな、と先輩は笑って言った。
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「馬鹿ですか貴方は」
僕はあの後眠ってしまった先輩の頭を膝に乗せ、眠っている先輩に言った。
無理に堕ちてしまえば、当然その分の代償を払わなきゃいけないし、下手すれば地面に足をついた時点で消滅する。
僕は身体を払った。
取り返したけど。
一体この人は、何を失ったんだろう。
僕との思い出話をしているから、記憶は失っていない。
大体が僕に逢いに来たのに記憶を渡したら意味が無いだろう。
では、身体の一部か。
でもこの人は五体満足だ。
本当に何を失ったんだ。
ねぇ、先輩。
僕はあなたの心の奥に何があるのか知りたい。
でもあなたはそれを隠す。
どうして?
隠す必要なんか無いでしょう?
隠してもいずれはバレてしまう、悟られてしまう、感づかれてしまう。
あなたにいいことなんかひとつもないのに。
あなたの深層が分からない。
僕に知られたくない理由は一体何?
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先輩が流した噂は時が経つにつれて、消えていった。
ねぇ、あなたもいつかは消えてしまうの?