第三話 昔の記憶
この小説には、気分を害するような表現があります。閲覧時ご注意ください。
身長、150センチ程。
こうして見ると、かなり背が小さい。
「背が小さい、なんて失礼な」
その事を言ったらほっぺたを膨らまして拗ねた様な顔をする。
かなり可愛いんだが、こいつ、男だ。
いっそのこと性転換でもすれば良いのに、と思ったことが何度かある。
当然の如く拒否されたけど。
仕草も女っぽくて、同性から襲われたことも何度かある。
俺が全力で止めたけど。
そいつはアリス、っていう名前を持っていた。
ただ、噂によれば、その名前は当の昔に捨ててしまって、今は名無しになっている、らしい。
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今から少しばかり、昔のことだ。
「先輩っ」
がばっ、と後ろから抱きついて来たのは、アリスで。
「うおっ!?」
いきなり抱きつかれたものだから、当然バランスを崩し、床に倒れる。
「先輩だいじょぶですか?」
「大丈夫な訳あるか、この馬鹿」
そう言ってアリスの頭をべしっ、と叩く。
「痛いです!!
後輩が大事じゃないんですか!?」
「普通にお前が抱きついてこなけりゃよかったと思うんだが。」
ぴーぴーと喚くアリスの頭をもう一度叩き、俺は鎌を手にする。
「先輩仕事入ってるんですか?」
「そうだよ
ついでにお前もついてくる」
「ついで、って僕はオマケかなんかですか」
「そうだよ」
きっぱりと言うと、一気に表情が崩れていく。
しまいには泣き出した。
「先輩、ひどいで、すっ
僕、先輩のこと、ぅ、信じてた、のに……っ」
「あーもー悪かったから
ほら、泣き止め。
なんか滅茶苦茶蔑んだ目で見られてるから」
「そ、れは、先輩が、でしょう?」
「うー、ん
……とにかく!
ほら、行くぞ」
「えー」
「えー、じゃない」
嫌がるアリスを無理矢理引っ張って俺は仕事に向かった。
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「先輩の、大きい……」
「……それ言うと違う意味に捉えて過剰に反応する奴いるからやめろ」
俺の鎌を見て、呟いたアリスに、そう突っ込み、俺は建物に向かって歩き出した。
上の話によると、この廃校は現役時代から霊が住み着いているとか何かで前々から依頼が来ていたのだが、何故かみんな嫌がり、誰も引き受けずにここまで来てしまった、らしい。
「雰囲気ありますね」
「無かったら萎える」
「な……!?」
「そういう意味じゃねえ、やる気だ、やる気」
「まさか先輩、この廃校で僕を……!?」
「違うってんだろ」
俺はこいつを一日に何回叩けばいいんだ。
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「蜘蛛の巣がいっぱいありますね
ってうわ、なにあれ」
「ちったー黙れ」
「先輩先輩、あの蜘蛛の色かなりエグいですよ!!」
「一旦蜘蛛から離れろ」
アリスはそこらじゅうに張り巡らされている蜘蛛の巣や、見たことも無い蜘蛛や、虫やらを指差してきゃあきゃあ言っている。
この廃校の中に入ってからずっと、だ。
「あ、そうだアリス
ここにいる奴さ、器が欲しくて現役から居るんだけどさ、獲られない様に注意しろよ」
「何をですか?」
「人の話を聞いてろ。
器を獲られんなって言ってんの」
「身体を、ですか?」
「獲られたらもう帰れなくなる。
俺らの場合は堕ちるな」
「本当ですかそれ」
「自分の命がかかってるってのに何で嘘をつくんだ」
「それもそうですね」
アリスはそういうと、急に鎌を取り出した。
「お前は見るだけなんだぞ?」
「先輩が器獲られたら僕はどうやって身を守るんですか」
それもそうだな、と言おうとしたとき、視界の隅で何かが素早く動いた。
「「!!」」
アリスと俺は身を固くする。
この時間帯に人なんか居るのか?
人だったとしても、あの素早さは出せても、天井を這う、なんてことは流石に出来ないだろう。
だとすれば、かなりでかい蜘蛛、とか?
いや、あの動きは確かに人の動き方だった。
では、残ったのは。
「先輩、」
アリスの声が珍しく緊張している。
「僕の首に何か絡み付いて居るんですけど、どうしましょう」
「!?」
俺はアリスのその声を聞いて、慌てて振り返る。
アリスの首には、手が絡み付いていた。
「っせん、ぱ」
アリスは首を絞められて居るようで、苦しそうな声を出した。
「━━━━━っ!!」
アリスの悲鳴。
ごきん、と、何かが折れた音。
アリスを見ると、首があり得ない方向、真後ろに曲がっていた。
「っ!!」
俺は息がつまるのを感じた。
身体が動かない。
呆然としていると、動かない筈のアリスの首がぎぎぎ、と無理矢理前を向いた。
でも折れているから、すぐにかくん、と右に少しばかり折れた。
「きゃはははは!!」
「あ、りす……?」
「ボクはもうありスじゃナイよ!?
あリスのカラダはボクがモらった」
ひどく不自然な言い方で、アリスが言う。
いや、違う。
これはアリスじゃない。
「あタり
ソうだヨ、ボクはもうアリスじゃナイ
ボクのナマエはモうないヨ……?」
傾いていた首がぎぎ、と音を立てて、元の位置に戻る。
真っ直ぐにたった首はもう傾いたりすることは無いようだ。
俺を見て、アリスの落とした鎌を拾い、にたり、と笑う。
「サヨナラ、先輩」
ひゅっ、と風がなる。
あぁ、俺、死ぬのかな、って。
そんな考えが頭をよぎる。
「この馬鹿!!」
急に後ろから聞こえた声にびくり、と肩を震わせた。
その影は、俺の横を通りすぎて、俺に当たる寸前だった鎌を蹴りあげ、ケタケタ笑っているアリスだったそれに、刃を刺す。
血飛沫が飛び散って、その影は、帽子屋は血をモロに被る。
「アリス、」
「こいつはアリスじゃねぇよ
よく見やがれ、馬鹿が」
アリスだったそれは、かなりの血を出しているのに、未だケタケタと笑っている。
俺はぽかん、とその光景を見ていた。
「おら、逃げんぞ」
「でも、アリス、が」
「アリスはもう存在しない。」
俺はその言葉を聞いて、アリスが器を獲られ、堕ちてしまった、というのを理解した。
アリスは、アリスだったものは血を流しながら砂になっていく。
アリスが、消える?
「い、やだ、放せ……」
「おい、チェシャ?」
「嫌だ、アリス……っ」
「行くぞ、ほら、」
半ば無理矢理に俺は帽子屋と一緒にそこから離れた。
崩れ落ちていくアリスを見ながら。
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「言っただろ、呑まれたら、食われちまったら、器を獲られたら、もう戻れないって
アリスはお前より小柄だからな、奪いやすかったんだろう。俺の推測だけどな
とりあえず、俺らの知ってるアリスには、もう会えない。
アリスはここに残り続けて、魂潰しになる。
俺らが『生かす死神』と言えるなら、あいつは『殺す死神』になる」
アリスが、人殺しになる……?
嫌だ、そんなこと。
「とにかく、ここから離れるぞ
俺らもここにいたら危ないんだからな」
俺の腕を引っ張ろうとした帽子屋の腕を払う。
「……嫌だ…………」
「嫌だ、じゃねえ
いい先輩なら、後輩に付きまとわないぞ?」
「アリスは生きてるかも知れない」
「無理だ」
「どうして……?」
「アリスの魂が消えた」
俺も薄々感じていた。
でもそれがアリスの魂だなんて信じたく無かった。
「上に報告しに行くぞ
……チェシャ?」
「…………」
俺は、頬を伝う水を、指で拭うこともせず、地面に落ちるまで見ていた。
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結局、アリスは事故、ということで、話がまとまった。
事故じゃないのに。
俺がもう少しアリスに気を配っていたら最悪の事態は避けられただろうに。
「アリス……」
ぽつん、と呟いた言葉は誰にも届かず、無駄に広くなった部屋に静かに響いた。
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「ぅ、ぐ……っ」
僕はまた、人を殺した。
誰だったか忘れたけど、僕のことを殺す死神とかなんとか呼んだ人がいた。
首を絞めあげたその人の身体から魂が抜け、それがクロに食われるのを見ながらぼんやりと僕は考えていた。
その他にも、僕には「先輩」と呼べる人がいた気がする。
かなり昔のことだから、もう忘れてしまったけど。
どちらにせよ、その時の僕は回収した魂を勝手に持っていて、近々追放される予定だったから、この時にあの霊に捕まって殺されたのは、僕にとっては運がいいと思った。
死神に殺されて、跡形もなく消えてしまうよりは、霊に捕まり殺された方がマシだ。
だとしたら僕はこの世界に残りたかったのだろうか。
僕は考えながら呟く。
「アリス……」
誰もいない空間に向かって。
昔捨てた、自分の名前を。
クロは黙って、僕を見ていた。
僕の手違いで一度消してしまいました。ご迷惑をお掛けしてすいません。