廃校で
この作品は、気分を害するような表現が入っています。読まれる方は自己責任でお願いします。
ある廃校の中でのこと。
僕はさっきから、長い廊下を歩いていた。
因みに僕が今歩いているところは、足元は保証されていない。
いつ崩れてもおかしくなかった。
それを示すかのように、腐った木の床は、所々穴が空いていた。
きっと、今までに来た誰かが、穴を開けてしまったか、或いは落ちてしまったのだろう。
でも、それは僕にとって、関係無かった。
だって僕は、もうこの世界に居てはいけない存在だから。
でも僕の足はしっかりとしているし、身体も透けてなんかいない。
ついでにいうと、人と普通に触れ合ったり話したり、ということも出来る。
ただ、普通の人と違うのが、僕の周りを発光している球体が幾つか飛んでいること。
それらは僕とは違い、人は触れることが出来ない。
つまり、俗にいう「魂」というもの。
ここで話が少しばかり逸れてしまうが、魂達について話させてもらいたい。
それらは増えたり減ったりする。
意思を持つものも居るし、意思を持たず、只ふわふわと漂っているものも居る。
時には擦り寄って来たりするから、結構可愛い奴らだったりする。
僕の側に居ないだけで、この建物内には、こいつらと同じ奴らがたくさん居て、肝だめしに来た人達を驚かして遊んでいる。
肝だめしに来た人達から見れば、火の玉がたくさん飛んでいる光景を目の当たりにするんだから、吃驚程度じゃ済まされないんだろうな、と、この建物内から逃げていく人達を見ながら思ったりするんだけど。
話を元に戻そう。
僕が今歩いて居るのは二階。
現役時代も、廃墟となり朽ち果てるのを只待っている今も、この二階の無駄に長い廊下はある噂があった。
この廊下の別名は『無限廊下』。
その名の通り、夜何時に通るとどんなに頑張っても突き当たりに着けない、とかそういう奴。
まぁ、それは元を辿れば現役時代から此処に住み着いている僕が遊びでやってることなんだけど。
その中には、「着けない」って泣き出す子も居た。
その他には、無理に歌って自分を元気付けている子も居た。
……正直言って煩かったから、窓をがたがた鳴らしたら歌うの止めたけど。
大抵の人は魂を見ただけで逃げ出した。
赤とか青とかあって僕は綺麗だと思うんだけどな。
あ、また誰か来た。
女の子一人と男の子が二人。
少しばかり厄介だ。
少し前も女の子一人と男の子二人が入って来たけど、男の子二人の内一人が女の子に襲いかかってかなり煩かったんだよな。
よくよく見れば、男の子二人はこの前来た二人と同じだった。
別に人間を好いている訳じゃないけど、助けに行こうかな。
荒らされたら困るし。
「おいで、行こう」
廊下を歩いている最中、彼らを見つけて僕が立ち止まっていた前の教室の中で遊んでいた魂達に声をかける。
魂達はすぐに反応を示し、此方に来た。
魂達は五つ程僕の所へ飛んできた。
残りは此処で待ち伏せするらしい。
「後は任せたよ。
僕はこいつらと行くから、その三人が此方に来たら適当におどかしておいて。
あ、三人中二人は此処に来るの二回目だから。
このこと他の奴らにも教えておいて。」
僕はそれを教室に残っている魂に言い、早く、と急かすように僕の周りを飛んでいる魂に目配せした。
それを合図に、四つの魂がばらばらに飛んでいき、一つは下に、一つは上に、一つは正面、一つは後ろ、という風に分かれていった。
「じゃあ、僕らも行こうか」
残った魂に言って、再び僕は歩き出す。
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彼らは案外早く見つかった。
途中で幾らか呼んだのか、彼らの周りはかなりの数の魂が囲んでいた。
僕は、男の子二人の間で震えている女の子を見て、その次に自分に憑いて来た魂を見る。
「あなただけは助けますから。
これについて行って貰えますか?」
「な……っ」
女の子だけ助ける、という言葉に反応したらしい帽子を被った男の子の方が短く声を上げた。
僕はそれににこり、と笑いかける。
魂は半分放心状態の女の子を連れ、三階から降りていった。
「あなた方は二回目、ですか」
「そ、れが何だってんだよ!!」
「二回来ちゃわりぃのかよ!」
僕は静かに一歩、彼らに歩み寄る。
床が、ぎしり、と音を立てる。
「僕の記憶が正しければ、もう来ない、と約束した筈ですが……
はて、違いましたかね」
首を傾げ、彼らに問う。
「約束なんかしてねぇよバーカ!!」
「……そうですか。
では僕の思い違いだったと、あなた方は言いたい訳ですね。」
「……っ!!」
僕が身体に纏った空気の意味が分かったらしい。
眼鏡を掛けている〔男〕が、びくりと肩を震わせる。
「さて、どんな物をあげましょうかね。
まぁ、まずは拘束させていただきますので。
それから考えましょう。」
僕は笑っている顔をそのままに、彼らに言う。
次の瞬間、魂は一つ一つが細い糸状になり、一人ずつ縛り上げる。
「苦しくは、ありませんね?
苦しい、という演技をしても無駄というものですが。
あ、いいこと思い付きました。」
僕は一人で話を押し進める。
「勝手だとは思いますが、あなた方を磔にしようと思います。
此処にはあまり人を寄せ付けたく無いので。
此処に来た人間はこうなる、といういい示しになりますしね。
なに、磔と言ってもそんな酷いことをするわけではありませんよ。
只、どちらか一人は今すぐ消えて貰うことになりますがね。
反論は、ありませんね?」
彼らは無言でこくり、と頷く。
その身体は恐怖に染まりきっていた。
がたがたと震え、先程の威勢など当に消え失せている。
「了承いただけましたし、そろそろ始めましょうか。
おいで、クロ」
僕が言うと、教室からのそりと黒いものが顔を出す。
口以外は真っ黒で、だからクロと名付けたんだけど。
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クロは普通は靄状だが、今日は人形の気分らしい。
おあずけを食らって居るような犬の様に静かにそこに立っていた。
「いいよ、食べて。
でも、魂は残してね。」
食べたくてうずうずしているクロに向かって言うと、僕をすり抜け、まずは眼鏡の方に噛みついた。
「っ!!」
恐怖に染まっていた顔が一気に苦痛に染まる。
血は、出ない。
帽子の方は、目の当たりにしている光景が信じられない、という風に僕とクロを交互に見ている。
噛みつかれた眼鏡の方は段々と顔が青白くなっていく。
絡み付いていた魂が離れる頃には、彼は「しぼんで」いた。
つまり、骨と皮だけ、という感じだ。
「クロは吸血鬼みたいなものなんです。
吸うのは血だけじゃないですけどね。
骨と皮以外全て吸い尽くします。
良かったですね、クロがあなたを選ばなくて」
僕は残っている男に笑いかけて、吸われ尽くされた男を外に運ぶように目配せした。
「……さて」
僕は残った魂をちら、と見て、球状に戻っている幾つかに小声で指示を出した。
あるものを持って来るように、と。
「ふふ、どうしますか?
何で手足を繋ぎ止めます?
針金?糸?釘?小刀?
色々ありますよ。
此処は学校でしたから鋏も探せば有るかも知れませんね。
あなたに決めて貰いましょうか。
あ、十分以内でお願いします。」
男は暫く迷っていたが、僕が時間切れであることを告げた途端、一瞬にして表情が無くなった。
うまく言えば、顔面蒼白、だ。
「じゃあ、小刀にしますね。」
「な、」
「一人は痛みをさほど感じなかったんですから、いいですよね。
では、持ってきます。
あ、動いたらなおさら痛みを与えますよ」
僕が脅迫すれば、男は喉をひくり、と鳴らせた。
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「押さえつけて。
そう、そういう風に。」
僕は今、二人目を磔にしている。
魂に男を押さえているように指示をして、持ってきた小刀を手首に刺す準備をする。
「や、やめっ」
「やめる気なんかさらさらないですよ」
「許してくれ……!!」 「イヤです」
拒絶を示した瞬間、男は魂が抜けた様な顔をした。
実際抜けたのかも知れないけど。
「じきに魂を抜きますから。
痛みは少しだけ、だと思います。
まぁ、人各々ですから。」
僕は笑顔を絶さず、大鎌を取り出す。
床に磔にされた男に向かって、勢いをつけ大鎌を振り下ろす。
飛び散る血飛沫。
幾つかは顔や服についてしまった。
男は絶命し、身体から淡く光る球体がふわりと浮かび上がる。
僕はそれですら大鎌で切り裂いた。
魂は一瞬で消えた。
外にいる男の方はどうなったのだろうか。
死んでいるのは間違いないが、まだ魂を潰していない。
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外に出ると、雨がぱらついていた。
この分ならすぐに血は落ちるだろう。
干からびた男の側に行くと、魂は男の身体に引っ掛かっていた。
一応外に出ようとしているのか、前に進みたい、という気持ちが感じられた。
「…………」
僕はそれを無言で見つめた。
本当は今にでも潰したくて仕様がなかったんだけど。
僕がそうした理由は、この男の魂が苦しんだ挙げ句に消える、その瞬間が見たかったから、そうだったのかも知れない。
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暫くして、男の魂は身体から抜けずに消えた。
僕は息をついた。
これ以上こいつらに鎌を汚されたく無かったし。
第一に、この二人は強姦魔で、この前の女の子もその被害者だった。
僕が今日の女の子を逃がしたのは、二人がそういう奴らだったから、かもしれない。
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「クロは温かいね」
僕が薄れていく意識の中、ぼんやりとそういうと、クロは口角を上げた。
つられて僕も笑う。
「今日は特に嫌だったな。
クロはそう思わない?」
呟くと、クロはこくり、と頷いた。
意識が黒く染まっていく。
それはクロが僕の身体を包んだから、なんだけど、そうされると尚更クロがいとおしく思えた。
「おやすみ、僕の鎌」
クロに抱かれながらそう言って、やがて僕は眠りに落ちた。