9話
「……と、いうことです。その誠意は公爵閣下にも伝えておきますが、お引き取りください。」
「…お、お待ちください。この提案は導師様のご利益にもなるのです。是非ご再考いただければと。」
「そ、そうだ。魔術師二人で出撃することで、こっちは心配したんだぞ。パーティに前衛は必要だろう?」
ネリシアの発言から静寂が漂っていた場で、俺が口火を切ると絶句していた町長と勇者殿が声を上げ始める。二人の言うことはほとんど同じだ。
魔術師は基本的に前衛の援護を得て、始めて魔術を安心して使えるようになる。魔術師としての力量が上がれば、低位の魔物相手なら魔術を放つ準備をしながら魔物への対応を行うことも可能だが、それは魔術を放つ準備をしながら、他のことをする余裕がある状況に限定しての話だ。
相対している魔物が強力であればあるほど、戦士も魔術師も他のことをする余裕などなくなる。戦士が体術を使い、魔術師が魔法を使う。ただそれだけで倒せない魔物も、戦士と魔術師が互いに協力し合い、それでようやく五分に戦えるようになる魔物も多い。
先の魔王討伐パーティも、戦士と騎士の前衛二人に勇者と斥候、魔術師と治癒士の六人パーティだったと聞く。
パーティの最小単位は一般に前衛と後衛、もしくは前衛と遊撃という構成なのだから、それに近い形に落ち着けたい、というのが素人の意見だろう。
ただネリシアが拒んでいる以上、聞き入れるわけにもいかないのが現状だ。
「町長。勇者殿。落ち着いていただきたい。何も報酬が不足していると言っているわけではありません。」
「…はい。」「…あぁ。」
町長と勇者が落ち着くのを待ち、どう説明したものかと思いつつ口を開く。
「まず今回、私が公爵閣下からご依頼いただいた内容は、勇者殿の抱えている問題について、呪い師としての見解を勇者殿に伝えてほしい、というものです。この件に関して、導師殿は直接の関係者ではありません。」
「…じゃ、なんでネルがここにいるんだ?」
「幸い私は導師様の知己としての付き合いがありましたので、勇者殿の説得に力を貸してくれるよう依頼したからです。勇者殿に説明をする際、勇者殿の知人が傍にいれば、私の説明を受け入れやすくなるかもしれない、と考えたのが一つ。勇者殿の意向が叶えられないと勇者殿が知った時、勇者殿が暴れ出しても対応できる戦力を整えたかったのがもう一つです。」
「…俺を抑えるのに、二人で何とかなると思ったのか?」
「何とかなるとは思っていません。ただ衝動的にでも、勇者殿が力ずくで私もしくは周囲の者を傷付けにかかる可能性を考えると、対応できる手段を用意しておきたかったということです。たとえば私一人にカップやスプーンを投げつけられても被害は軽微ですが、衝動的に破壊魔法を撃ちこまれたとして、誰にも傷を負わせずに切り抜けるのは難しいですから。」
「…わかった。でもパーティとして」
「まだ説明が終わっていません。もう少し待ってください。」
勇者殿がまた静かになったところで、一口茶を飲む。長くなりそうだが、落ち着いて説明するためにも、考える時間をこまめに作ることは必要だ。
「とりあえず私が公爵閣下の依頼で、知己に同行を依頼してこの町に来たことは理解してもらえたと思います。そして公爵閣下の依頼を果たした直後、勇者殿はふさぎ込んでしまい、結果私と導師様でこの町の置かれた状況に対応する形となりました。」
「…えぇ、その点に関しては、この町に居を構えるものとして、非常に申し訳なく思っております。」
町長が気付いたように反応を返すが、少しばかり遅い。
「ところでお聞きしますが、今回導師様が対応してくださったのは具体的にどんな魔物だったか、お二方はご存じですか?」
「……魔人族二人と、聞き及んでおります。」
「…あぁ。だから、こんなことを起こさないためにも、パーティとして前衛が必要だろうと思ったんだ。」
「そう思っていただけることはありがたいですが、結果的に前衛が居なくても撃退できました。」
俺が気になったのは、そこなのだ。
実際にあの状況で前衛に勇者がいたとして、何かが変わっていたかと問われると怪しいと感じる部分が多い。俺自身が積極的に敵の魔術を打ち消していたからこそ、罠を少しずつ相手の手札に仕込むことも容易だったという部分もある。
加えて一刻も早く敵の攻勢を削ぐべきと俺たちが町を出たその時、勇者殿は町を守るでも魔物を狩るでもなく、ただ妻の戦死にショックを受けていただけ。俺たちが町を出た後で前線に出ていたのかもしれないが、先手を打つことが肝要となるであろう状況で、この立ち直りの遅さは致命的だろう。
うがった見方をすれば、町側が勇者殿を差し出そうとしているのはこの辺りが原因。隠棲するとはいえ勇者殿の勇名は轟いているはずだから、密かに町の防衛戦力としても期待していたはず。その戦力が町の危機に立ち上がれない状態になったことを思えば、何かしら理由をつけて手放したくもなるだろう。
勇者殿がネリシアに同行を申し出る動機は不明だが、現時点でネリシアは拒否しているし、付いてきたところで働く先は王城となり、この村に来た目的たる隠棲とは程遠い状態。前衛が必要な事態というのは稀だし、用意できる立場としても名ばかりの護衛程度。妻の死でショックを受けて動けなくなった事態を見るに、護衛として相応しいとも思えない。
今回の失態の全容から判断するに、今後勇者として期待される働きはできないと見ていい。
しかしこれを勇者殿に告げたところで、改めるだの学んだだのと言う形で今後に期待してほしいという要望を訴えられるだけだろう。申し訳ないが別の形で、受け入れることが難しいという意図を伝えることにする。
「説明を続けます。今回は結果的に私と導師様で対応しましたが、これは公爵閣下からの依頼に紐付いて発生した、町側からの依頼です。緊急ゆえに報酬については触れませんでしたが、これについては公爵閣下が一括で報酬を払い、本来町側が負担するはずだった報酬を後程公爵閣下がこの町に対して請求するという内容で、公爵閣下に確認を取っております。」
「えぇ、ですから報酬という形で、勇者殿を付き人としてお使いいただければと…」
「先程おっしゃっていた、町からのお礼という内容と微妙に異なりますね。ですが答えは変わりません。先程も申し上げましたが、今回の件に関する報酬についての話は、公爵閣下から連絡があるはずです。町からのお礼についても、公爵閣下と交渉していただきたい。」
ここで町長は口を閉ざしてしまう。勇者殿を差し出しても報酬の減額という形に出来ないと気付いてしまったのだろう。とりあえず町長にはここで釘を刺しておく。
「また、導師様は王城で勤務しており、付き人なども王城の人間から選抜する権利を持っております。王城の外から付き人を、ましてや秘密裏に解決した事件の報酬として受け取った、などと言う理由で指名することはできません。」
「…これから王城で勤務する、というのは?」
「それについても、公爵閣下と交渉していただきたいです。ただ勇者殿は魔王討伐の任務が成った後、騎士としての働き方を持ち掛けられた際、王城での勤務を嫌って隠棲したと聞き及んでおります。」
「それは…クリスとの約束があったから。」
「約束を守る。それは大事だと思います。ですが、王城で勤務するともなれば、礼節や儀礼など勇者としての才が及ばないところで様々な軋轢があります。それらを学ぶ確固たる意志があるなら、ぜひ公爵閣下を説得してください。」
勇者殿はなおも食い下がるようだったが、勇者殿に対してはこの程度で終わりとする。今回の事の顛末を聞く限りだとこの町で埋もれるくらいしか出来ないだろうが、本当に勇者として自覚があるなら、今後別の形で勝手に名が上がるだろう。
諸々の交渉が終わり、王都ガラトールに帰る馬車の中、俺はネリシアに勇者の人柄についていろいろ話を聞いていた。なんでも勇者殿は魔王討伐パーティとして動いている最中でも、立ち寄った町でかわいい娘を見つけると積極的に関係を持とうとし、奥方に気付かれてはシメられていたのだそうだ。
女性関係については割と誘惑に弱い方だったとのことで、ネリシアが知る限り勇者殿のお金の使い道は、大半が女性関係。今回ネリシアに付いてこようとしたのも、奥方を失った後の生活に絶望を感じていたところで、都合よく元パーティメンバーが目の前に現れたから、あわよくばという希望を持っていたのだろうとのことだ。
ネリシアは美人だし、何を期待していたのかについては言うまでもないだろう。
ネリシアとしては奥方に、アレはない、と言ったことはあるのだそうだが、幼馴染として変なのに引っかかったりしないか不安で放っておけない、と変に惚気られたそうだ。また勇者殿が実際に変な相手に引っかかった結果奥方に火の粉が降り注ぎ、最終的に勇者殿の尻を奥方が引っ叩きつつ事を収めたという武勇伝もあるそうで、二人の結婚は関係者に言わせれば、収まるところに収まった結果だったらしい。
そうなると公爵閣下には事の仔細を報告したうえで、勇者殿に城での勤務を諦めてもらう方向に舵を切ってもらった方がいいなと思ったところで、ネリシアが唐突に話し始めた。
「ごめんね。」
「何がだ?」
「勇者の事。私あの人、どちらかというと苦手でさ。砕けた口調で、ってパーティ組んだ時に強要されたから話すのは慣れたけど、あまり近くに居たいとも思えなくて。」
「あぁ。まぁ分かる。」
「でも嫌なことを長々と話すと、勇者って荒れたでしょ?それも嫌だったから、嫌なことは先に断言した後、口を利かないようにしないと、どうしても諦めないから。」
「そうだな。奥方は苦労したんだろうなと思う。」
「だよね。クリスは頑張ったと思う。うん。」
そうしてネリシアはしみじみと感じ入り、ふと気付いたように顔を上げた。
「そういえば、王城の付き人に関するルールって、ウル詳しいの?」
「詳しいというか、王城の付き人のルールは難しくないぞ。主側が付き人を指名すればいい。ただし指名する側は貴族かそれに準ずる役職で、指名される側は王城に勤務している人間に限られる。」
ルールとしてはかなり単純化されている方だと思う。小間使いとしてのメイドや執事も、王城周りの騎士たちも、基本的に最大の名誉とされる扱いは貴族の近衛や専属として指名されることである。
貴族の家で仕えることになれば、ただの平民や王城での下働きでは願っても届かないことにも手が届くようになるため、それを夢見るからこそ己の役職に真摯かつ精力的に仕事に取り組むのだ。
付き人を雇う側に求められるのは、王城の働き手を管理している財務卿閣下に付き人を指名した旨を連絡する必要があることと、雇った付き人に俸給を支給する義務が生じる程度。
ただ、王城に仕える者を王城外から雇うことはできるが、王城内で仕える付き人を王城の外から連れてくることは禁じられており、王城でそこそこ長期間貢献しない限り、王城内での付き人として指名すること自体ができないという罠もある。
そのため王城での勤務ができない者は必然的に王城内で付き人の任に就くことはできず、付き人を王城外から雇う場合は、最低でも王都の外にある自身の邸宅、もしくは領地での貢献が主となる。
「それなら、王城で仕事してる人なら付き人に出来る可能性はあるんだ?」
「まぁ、指名して受け入れられればな。」
「…ちなみにウルはどっち?」
「俺は一応、呪い師として付き人を雇う側。貴族ではないから雇われる側でもあるけど、イレギュラーな対応も多いから、付き人としては実質不良債権だな。」
「そっかー。不良債権かー。そっかー。」
「…なんか変に嬉しそうだな。」
「私もねー。裏では行き遅れとか陰口叩かれてるみたいだからねー。まぁ求婚がないわけでもないから結婚相手には事欠かないけど、どうにも年齢的には気後れしちゃうよねー。」
「“天魔の炎精”を讃えたり貶したり、貴族ってのは怖いな。」
「まぁ、そうだよねー。あとウル。」
「なんだ?」
「ネルって呼んで。ずっとネリシア、とか導師様、とかだったけど、もう付き合い長いんだからいいでしょ。」
「…あー、まぁ分かった。」
そのあとは適当な雑談をしていたように思う。どうにも付き人を雇いたいらしいが、かの“天魔の炎精”なら希望者を募れば殺到するだろうし、指名すれば二つ返事だろう。
今回の報酬での魔道具には、何かしら遠距離通信用の魔道具が欲しいとのことらしいので、王城に帰り次第流行りのデザインを物色しないといけないな。
第一章、完!
ここまで書くので気力を使い果たしたので
次の章はもう少しお待ちください。
次の章はもうちょっと進んだ魔導技術を出します。出したいです。
他の設定についても掘り下げたい。