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目指せ楽隠居!埋火卿の暗闘記  作者: 九良道 千璃
第六章 予想外の火種
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第12話

 その後、ニーシャの誕生パーティは特に騒ぎもなく終了した。

 ニーシャとクロークス公爵の挨拶回りの結果、マルホーゼ準男爵が俺に決闘を申し込んだことは周知の事実になっていたが、同時に彼が俺に手袋を当てられなかったことも広まってしまい、彼は手袋も当てられない平民相手に決闘を無理矢理押し付けた無作法者、という噂が流れるに至った。

 マルホーゼ準男爵は火消しに回ったのだろうが、やはりパーティに参加する者たち全員に口止めを頼むくらいしないとどうしようもなかったのだろう。あっという間に準男爵の無様さは広まってしまっており、今はほとんど身動きが取れなくなってしまっている様子だ。


 そして俺の方はと言うと、妙な決闘をマルホーゼ準男爵と行うことになったという噂が独り歩きしていたところに、決闘自体がクロークス公爵の課した試練、と言う噂が広まるにつれ、段々と敵が増えてきた。

 噂では、俺への叙爵とニーシャとの縁談をクロークス公爵が思案していることがマルホーゼ準男爵の耳に入り、嫉妬に駆られたマルホーゼ準男爵がその立場を奪わんと俺に無理矢理決闘を申し込んだ、と言う流れになっているらしい。クロークス公爵は俺が娘を預けるに足る実力を持っているのかを判断するいい機会と考えているという噂も流れ、ついには娘が欲しければ決闘の百や二百はこなして見せろとクロークス公爵が啖呵を切ったというデマも囁かれているとのことだ。


 当然、ニーシャを狙っている輩が次々と、マルホーゼ準男爵の次は俺の番だ、精々首を洗って待っていろ、などという意味合いの手紙を俺に向けて送ってくる流れになってしまっている。この類の手紙だけで二十を超えた時点で俺は数えるのを止めた。一々いちいち数え始めると、王都中の憎しみを一身に背負っているように思えてくる。




 この噂で不機嫌になったのはネルとルリミアーゼ殿下である。結局、俺が公爵の仕向けた決闘を受けることも、俺がニーシャ目当てに決闘を受けるように扱われていることも気に入らなかったらしい。まぁ、自分以外の異性目当てに俺が決闘を受けるのだという噂が流れれば、ネルも不機嫌になるだろうなと俺も理解はできる。

 ただ、ルリミアーゼ殿下が予想以上にへそを曲げてしまっていたのは意外だった。まぁ場合によっては皇国に引き抜けるかも、と思っていたところでこんな噂が流れればそうなるか、と思わないでもないが。


 ただ、ルリミアーゼ殿下とネルの親しさは変わっていないらしく、一緒にお茶を飲みながら話をするくらいには仲がいい様子である。和気藹々わきあいあい、と言っていいのかどうか。親しいことに文句はないのだが。

 なぜそれを俺が知っているのかと言うと、二人がそんな姿を繰り広げるのが、俺の執務室だからだ。ルリミアーゼ殿下は学院への編入に先駆けて学院の寮に入り、従者たちがルリミアーゼ殿下の荷物を寮に運び込んでいたことも確認しているのだが、パーティが終わってからの二日間、朝早くから俺の部屋に押しかけては、同じく俺の部屋を訪れるネルと話し込むというのが日常の風景となってしまっている。


 そして、そんな光景が俺の執務室で繰り広げられていることが小間使い経由で密かに広まった結果、俺へのねたそねみ恨みが溜まりに溜まってきているという訳だ。最終的に俺へのヘイトが高まる辺り、随分と厄介な事態になってしまっている感触はある。

 クロークス公爵が将来の王宮の安定のため、王宮に仕える者を実力と言うふるいに掛けようとしていることは徐々に広まっており、下手をすれば百人を超える相手を決闘で退けねば、俺は今の職を追われかねない事態になってしまっている。




「勘弁してほしいんだけどなぁ。」

「浮気するウルタムス様が悪いです。」

「そうそう。なんでニーシャ目当てに決闘受けるみたいな流れになってるの。」

「不本意すぎる偶然の結果だ。というか、なんで浮気扱い。」


「他の女性を口説くなんて外聞の悪いことをしないでください。」

「口説いてない。断じて口説いてないぞ、殿下。不本意な噂だ。」

「…せっかく皇国で貴族として働ける段取りを整えたのに、水の泡ではないですか。」

「王国を裏切るような真似はできません。誘いに乗ったら、王国も含めて八方敵ではないですか。役職を預かる者として無責任なことはできません。」

「…むぅ。」


 ルリミアーゼ殿下は納得できていない様子だが、俺の立ち位置を理解はしている様子。その証拠に、俺の行動に文句は言いつつも、権力を使った無理押しはしてきていない。今の時点で無理押ししても、王国との仲が険悪化するだけと言うのが分かっているのであろう。

 その点に関してはルリミアーゼ殿下もちゃんとした教養を身に付けているんだなと感心する場面ではあるが、結局文句だけは受け止めなければならないのは変わらない。


「…早めに表に引き摺り出しておくんだったかなぁ?」

「言い方。引き摺り出すとか物騒すぎるわ。」

「だって、私の恩人で実は将来を約束しあった仲だって言ってたら、絶対一発で今くらいには人気が出てたでしょ。普通の魔道具職人に出来ないこと出来てるんだし。」

「俺自身が二つ名に振り回されてる状態でそんなこと言ってたら、クロークス公爵ごと敵に回してたろ。絶対今以上に混沌とするぞ。」

「それはそうだけど、思わずにはいられないこの気持ち。」

「それは分かるが。」


 ネルの方は相変わらずである。まぁ、ネルとしても思うところはあるのだろうが、俺自身隠密としてしっかり動けるようになってきたのはごく最近の話なのだ。“断罪”の名も“血雨ちさめ”の名も、今の世の中には物騒すぎる。

 ただ、隠し誤魔化しはぐらかし、という今までのやり方で対応しきれなくなってきている以上、今後平穏に仕事をこなしていくためにも、ここは超えるべき壁ともなってくる。爵位を得ればネルとの関係をきちんと考えられるようにもなるのだから、しっかりと糧にする必要のある場だ。




 しかし、このタイミングでルリミアーゼ殿下が、何かに気が付いたように口を挟んだ。

「…お二人は将来を誓い合っているんですか?」

「…………いや。約束はしてないけど。」

「…私としては、そうなれればいいなと、考えている間柄です。」


「……ウルタムス様、是非皇国にいらしてくださいね?」

「待ってくれ殿下。それ絶対帰れなくなるヤツ。」

「安心してください。導師様共々、キチンともてなさせていただきますから。」

「殿下。それを聞いて素直に安心はできないんですが。」

「と言うか共々って何、殿下!?私も一緒に連れ去られる気がするんだけど!?」

「大丈夫ですよ。ずっとずっと幸せにします。」

「その表現が怖いわ。」


 唐突に笑みを浮かべて俺に話しかけてくるルリミアーゼ殿下。というか、何一つ不穏な言葉を使っていないのに背筋が凍るこの話し方。権力を握ってる人間は怖いな、と改めて思う。


「ネリシア導師様もウルタムス様も、私にとっては大事な方ですから。一緒に過ごせる時間はとても大事だと思うのです。」

「だからと言って素直に訪れると大変なことになりそうですね。」

「大丈夫ですよ。しっかり保護させていただきます。」

「首輪と足枷が付きそうなので、延期したいところですね。予定は決まり次第、追ってご連絡差し上げますので。」


「………ウルタムス様は私がお嫌いですか?」

「少なくとも嫌いではありませんが、私を含む他の者の利害を考慮していただけないのは非常に残念だと思っております。」

「…いい案だと思いましたのに。」

「世の中は一人の意思のみで動いているのではありませんよ、殿下。」


 例を挙げるならクロークス公爵とかマルホーゼ準男爵とかな。マルホーゼ準男爵も俺も、今はクロークス公爵の掌の上で踊っている駒に過ぎない。俺はそこを意識させられたものの、マルホーゼ準男爵の方は気付く機会も与えられないまま使い潰されるのが目に見えている。

 そして最終的なゴールとして見えているクロークス公爵の利害が、俺の利害と似通っている部分があるだけ。そこにルリミアーゼ殿下の我儘が入ったからと言って、物事は簡単にルリミアーゼ殿下にとって都合のいい方向へ進まない。


 俺だって、本当はネルと二人で過ごしていければそれで十分ではあるのだが、状況がそれを許してくれない。平穏に生きるためには所属する国が平和でなければならない。リディを含む数少ない友人の手助けができる立場として、王宮で働くという道は悪くない。いろんな思惑が重なる中で、どうしても避けて通れない貴族との付き合いとして、ニーシャとの縁談が進んでいる。

 大変ではあるのだが、それをクロークス公爵もリディも悪くないと思っているからこそ、俺の扱いで王宮が割れるなどと言う事態にならず、対抗勢力が俺を妬み嫉み恨みなどするだけで済んでいる。俺自身への対抗勢力は、俺の能力が表に大々的に示されれば鳴りを潜めるように段取りが組まれている。


 王国の王宮一つ取り上げても、これだけの思惑が行き交いながら国は運営されているのだ。皇国とて同じことが起こっていないとは限らない。ルリミアーゼ殿下も今後、こういう世界に身を投じることがあるのだろうから、今回の留学できちんと自分の要望を通せるかというのはいい勉強になるだろう。




 ともあれパーティから二日経ち、申し込まれた決闘が明後日に迫っている現状、俺としては二人の応対をある程度こなしてからいつも通り溜まっている仕事を先に片付ける以外のことはできない。早めに仕事を処理しておかないと、決闘にかまけている間にまた仕事が溜まって行ってしまう。


「…ネル、あと少しで部屋から出るから、必要なら自分の部屋に殿下を案内してくれ。」

「ん、分かった。…そう言えば、相手ってもう決まってるの?」

「相手?」

「決闘の代理人。」

「あぁ。勇者殿だそうだ。」


 これも俺の気が重くなる原因の一つだ。なぜこの状況下で、勇者と戦わなければならないのかと言う意味で。

 というか、先代と言い今代と言い、つくづく俺は勇者と相性が悪いな。

第六章、完!


補足部分で決闘描写。しかし決闘は始まらずに終わる。

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