第10話
「こんばんは、公爵閣下。お招きいただきありがとうございます。」
「…驚いてはいないようで何よりだ。」
「色々とありましたから。」
「そうだな。怪しまれても困るのだから、手短に言うとしようか。」
公爵邸で行われているニーシャの誕生パーティにおいて、俺はルリミアーゼ殿下とネルの応対をしていたと思えばニーシャに声をかけられ、貴族に決闘を持ちかけられたと思えばニーシャに声をかけられ、という混沌とした状況下に置かれている。
さすがに他の者との応対は最小限で済んでいるが、短い時間に祝われる対象となる公爵家令嬢に二回も声をかけられるなど例外中の例外だ。その上、主催者である公爵閣下に呼ばれて話をしているともなれば、何らかの勘繰りをする者も出て来るだろう。
だからこそ、ニーシャとの話し合い、と言う体裁を取って公爵と話す必要が出てきているのも分かるのだが。正直この状況が非常に重苦しいので、もう今日は勘弁してほしいというのが本音ではある。
しかしルリミアーゼ殿下の話や、俺の叙爵と言う話も今のうちに詰めておかないと、話し合って方針を決めつつ対策を練るという時間が無くなってしまうのだから断るのも得策ではない。
妙な状況になったものだな、と思いつつも公爵の前に出て礼をする。公爵は俺に椅子を勧め、自分も椅子に座った。俺が椅子に座ると、公爵はすぐに本題に入る。
「そもそもの話から確認させてもらおう。ゆくゆくは君に叙爵をと言う話を、王太子殿下から聞いていた。王太子殿下と旧知の仲と言うのは、本当かな?」
「はい。元々は、学院で知り合った仲ですね。学院で学んでいる間、私がネリシア導師とまず知り合い、研究を進める中でネリシア導師を通して、殿下と知り合いました。最終的には殿下との共同研究と言う形で、卒業研究を完成させています。」
「そうか。…それなりに情報は集めているつもりだったが、随分と巧妙に隠しているものだな。」
「普通は気付けません。徹底的に隠蔽しましたから。卒業研究にも、ウル、としか名前を残していませんしね。」
「それは流石に、他の者が気付くのではないかな?」
「王太子殿下の研究ともなれば、隣にある共同研究者の名など、補佐や護衛程度の扱いしか残りませんよ。実際にそうでしたし、卒業時点で姓は名乗っていませんでしたから。」
「そうか。一枚上手だった、と取るべきだな。」
「公爵閣下の目を欺けたなら、私としても満足ですよ。おかげで悠々と影に身を潜めていられました。」
「だが、これからはそうもいかない。」
「…皇国ですね。」
「そうだ。王太子殿下から、君への叙爵を早めたいと話が来た。タイミングとしては、皇国の使者が帰るまでに、君の立場を確立したいと仰せだ。…使者が、留学予定の皇女殿下だとは思いもしなかったが。」
「…王太子殿下宛の手紙には、何と?」
「大まかに言えば、皇女殿下をよろしく、とのことだ。細かい条件もなく、ただ留学させるので面倒を見てくれ、という旨が書いてあったらしい。」
「…全く意図が掴めませんね。」
俺がそう言うと、クロークス公爵は溜息を一つ。
「まぁ、あれだ。平民が、結婚相手を見つけるまで帰ってくるなと、荷物ごと家から出される話は知っているだろう?」
「…まさか。皇女殿下にそんな仕打ちを?」
「…皇国は、自分の道を自分で切り開く気風が強い国家だ。国の規範を示す皇族とて例外ではない。どんな手段を使ってでも、欲しいものは自力で確保せよ、と言うのが国是だ。…おそらくは留学を機に、何かしら得たいものがあるのだろうな。私も半信半疑ではあるが、ミミルーシャ姫殿下が、君をルリミアーゼ殿下の御用聞きに付けようとしている辺り、君に目を付けられていると考えていいと思っている。」
「…そうなりますよね。彼女への応対は、外務卿辺りに任せたいとは思っているんですが。」
「それは無理だろう。ニーシャからは、ルリミアーゼ殿下から君宛に、殿下の絵姿が届けられたと聞くくらいだし、随分と想われている様子だ。今回の手紙から察するに、あわよくば君を皇国に引き抜き、それが無理でも王国への駐留制度をいくらか利用して、ルリミアーゼ殿下の傍に君を留めおくか、殿下を君に嫁がせるか、したいのだろうと思う。」
「…そう来たかぁ…」
「…まぁ、これに関連した良くない感情に晒されるのは仕方がないと覚悟してもらおう。問題はここからだ。」
「…そうですね。」
クロークス公爵がこんな言い方をする以上、さらに厄介事があると考えた方がいい。だが、貴族家の勢力争いとか、その辺りに明るくない俺としては、相談できる相手に相談して状況を確認し、方針を明確にしないと妙なことになりかねない。
今回は相談を持ちかける相手が公爵だったという話だ。まぁ、仕方がないだろう。リディは今回ろくな情報を寄こしてこないし、ネルだけでは発言力が足りない。必然、クロークス公爵の策略を取り入れさせてもらうしかない。
「君は王国を裏切る気はないのだろう?」
「そうですね。友人も王宮に複数居るんですから、裏切りなんてしたら寝覚めも悪い。八方敵に囲まれることが分かってる皇国に、わざわざ行くなんてこともしたくないですから。」
「そうだな。そうなると王宮を管理する者としては、君が重用されるように事を運ばないと、君よりも私の方が、と言い張る者を野放しにせざるを得なくなるという訳だ。」
「…その程度であれば、慣れてますけどね。」
「しかし、ルリミアーゼ殿下の行動は、すぐに大勢の耳に入るだろうからな。君のことはすぐに流布するだろうと考えている。何せ、数ヵ月で皇都の噂に乗るくらいだ。王都でも、同じような噂はすぐ流れるだろう。」
「…あぁ、敵が増えるんですね。」
「そうだ。だから、君の表向きの能力を、分かりやすく示す必要が出て来る。それを根拠に叙爵でもすれば、若い才能が王国で芽吹き、いち早くそれに皇国が勘付いた、という流れを示せる。」
「………公爵閣下?まさかとは思いますが…。」
俺の考えた嫌な予感は、公爵に肯定された。
「適当な身分で役職のない貴族が、近々君に決闘を申し込んでくると思う。それに勝って欲しい。もちろん、君の能力が見せかけだけではないことを十分に誇示しつつ、だ。」
「…マルホーゼ準男爵から、妙な決闘を申し込まれましたね、そういえば。」
「…一応、見所のある者にはニーシャとの縁談も、役職の割り当ても考えると伝えてあるから、彼も必死になって代理人を探すだろう。私としても、次代の王宮を護る者を探すためなら、彼女を差し出すのも吝かではない。」
「…なんか、あちこちに特大の火種がばら撒かれた気がしますね。」
「王宮を護る者を実力で確保できる良い機会だし、いずれ必要な争いだ。どんな立場の者であれ、実力がある者が王宮を護るなら、殿下も安心して政務に取り組めるだろう。」
「…そうですね。…代理人が勝ったとして、それでもいいんですか?」
「代理人が勝ったとしても、その立場を狙う者なら結婚成立前に決闘を申し込むだろうな。それが繰り返されるだけだ。代理人を雇えなくなった時点で候補は代替わりして、最終的に次代の王宮を護る者が実力で選ばれる。それだけの話だ。」
「…まぁ、それなら…」
「ただ、君がもし一度でも負ければ。王太子殿下は当然悲しむだろう。君の腕を買って、役職まで与え、ゆくゆくは爵位をと便宜を図っていた殿下は、見る目のない王族と君が負けたその日からずっと蔑まれ続けることになる。…私としてもそれは不本意だ。」
「……逃げ道ないですね。分かりました。」
「逃げ道があるなら、逃げるつもりだったのかな?」
からかうように質問を投げかけてくるクロークス公爵。俺としては諸手を挙げたい心境だ。
「逃げ道があるなら逃げますよ。勝ちたい訳じゃない。…リディの敵を殺すのが、俺の仕事です。手段を選べるほど、偉くもないので。」
「そうか。…まぁ、その決意が聞ければ十分かな。」
「こういう話、ニーシャにする訳にもいきませんからね。」
「それはそうだ。まぁ、ニーシャが君を気に入る理由も分かったよ。婚約の話は進めておくけど…。」
そこで公爵は厳しい目になってこちらを睨む。
「娘をないがしろにしたら、許さないからな?」
「…努力はします。ですが、私よりもしっかりしている貴族家との政略結婚を考えるのも手では?」
「………私を殺そうというのか!?」
「そこまでは言ってない!」
「君以外を押し付けられるなら、舌を噛んで死ぬと脅されたんだぞ!?娘のいない人生など耐えられん!!」
「溺愛もいいとこだなオイ!?貴族の責務どこ行った!?」
公爵の協力は得られた。得られた、と思いたい。
だが、その代わりにあちらこちらに、山ほど火種がばら撒かれたようだ。これは、決闘でそれなりに実力を見せつけないと、厄介事が後から降りかかってくるだろうな。…はぁ。
「…帰る前に、ニーシャと話していってくれ。部屋にいる。」
「…分かりました。」
精神的に疲労困憊してしまっていたのは、許してもらおう。




