第9話
「これはニーシャ様。この度はお誕生日おめでとうございます。素晴らしき一年となりますよう、お祈り申し上げます。」
「おめでとうございます。幸多き一年となられますようお祈り申し上げます。」
「おめでとうございます、ニーシャ様。今後のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。」
「皇国の皇女殿下にお祝いされるという望外の幸運を賜り、感激の極みです。ウルタムス様も導師様も、ありがとうございます。これだけで、パーティに招待させていただいた甲斐がありました。」
「こちらこそ、ニーシャ様の訪問を受けられるなど身に余る光栄です。」
「私もです。何分急な訪問をお願いしてしまいましたし。お会いするのも初めてでしたから。」
「大丈夫ですよ。ウルタムス様からお手紙を頂きましたし、皇女殿下のご訪問ともなれば、王国民として歓迎すべき事柄です。精一杯歓待させていただきますから、お気兼ねなくお訪ねください。」
「ありがとうございます、ニーシャ様。」
ニーシャの誕生パーティ中、俺たちはニーシャ自身の訪問を受けていた。表向きの付き合いは公爵閣下自身が行っているため、公爵閣下と離れてご令嬢が訪ねるというのは、ご令嬢自身にとっての優先順位の表れである。まぁ、普通は本当に親しい間柄にしか行われないことなのだが、珍しい事ではないのは事実だ。同じ相手に複数回、祝福の言葉を投げるというのも妙な話だが、先程すれ違いざまに言葉を交わしたのは俺だけなのだし、今回はネルとルリミアーゼ殿下に会いに来たと考えれば、不自然ではない。
ただ、個人的には気が重い。何故なら今回、ルリミアーゼ殿下の突然の訪問を許してほしいという俺のお願いを、公爵閣下に聞いてもらった状態なのだ。対価としてどんな無茶振りを要求されるのかとヒヤヒヤしているのが現状である。
公式の場ともいえるパーティなのだから、ネルもニーシャも表向きの顔で丁寧に応対している。だがネルは元々ニーシャと相性が悪い部分があるからか、にこやかにしつつも応対はほとんど最小限だし、ルリミアーゼ殿下は初対面。俺自身が主に応対する必要があるとは思うのだが、今何かを求められると下手に拒否できない分後ろめたい。
ルリミアーゼ殿下はネルとニーシャの関係を知らない。表向きの付き合い、と言う部分で納得しているのか堅実な応対をしているから、問題は俺である。どうしたものかと思ったのだが、ニーシャは何か思うところがあるのか、こちらに向けた質問を投げかけて来る。
「ときにウルタムス様。先程、変わった話をしていらっしゃいましたね?」
「あぁ、ご覧になっていたのですか。醜態をお見せしてしまって申し訳ありません。」
「いえいえ、たまたま目に入っただけです。しかし、当たってもいない手袋で決闘を申し込まれるとは、災難でしたね。」
「まぁ、決闘ですから。万一のことがあっても死ぬことはないでしょうし、貴族の求めに、平民は応えるのが常です。」
「あら、それでは私の求めにも、ウルタムス様は応えてくださると?」
「不可能なことでなければ、協力させていただきます。」
「ウルタムス様の支えがあるなら、千人の味方よりも心強いです。不可能なお願いは私としても心苦しいですから、御心配には及びませんよ。…それでは、引き続きパーティをお楽しみください。ウルタムス様にはお願いしたいこともありますので、後でお話させてくださいね?」
俺の応対にニーシャがニコリと笑い、少しだけ空気が緩んだように感じたところで、ニーシャは名残惜しそうに声をかけてから、挨拶回りに戻っていった。俺とネルが苦笑しながら一息ついていると、ルリミアーゼ殿下がまた小声で声をかけてくる。
「…なんだか、聞きたいことがたくさんあります。まず、ニーシャ様って、いつもあんなに無表情なのですか?」
「…あぁ、そうですね。初対面だと分かり辛いかと思いますけど、私たちは何度か応対しているうちに、少しだけわかるようになりました。」
「そうなんですね。…随分親しげな様子だったのも?」
「えぇ。私が呪い師として働き始めてすぐの頃から交流があります。」
「…ウルタムス様は、あの魔法を、公にしてはいないのですか?」
「…えぇ。あの魔法は私の切り札ですから。そもそも呪い師は戦いに関わらない役職ですし、あまり強くないと思われている方が、軍の魔術士から煙たがられなくて済むのですよ。」
「…だから、決闘についても、心配していないと?」
「そうです。あまり強くないと思われている以上、よほどの相手でなければ切り札を切ることもありません。さほど強くない平民に決闘を仕掛けて本気で潰しにかかるのは貴族らしくない、と考えられる場合も多いですし、術士として技量負けでもすれば面目は丸潰れですから。」
ルリミアーゼ殿下の小声での質問に、小声で答える。ネルはこの辺りを分かっているので質問こそしなかったが、ルリミアーゼ殿下の質問が止んだ時点で、同じように小声で話しかけてくる。
「…ホントに大丈夫?」
「…問題ない。準男爵が凄腕を担ぎ出す、なんてこともないだろ。」
「…そうだよね。代理人頼むにしても、先立つものは必要だよね。」
先立つものとはお金のことだ。人を雇えば、経費が掛かる。腕が立つ者を雇うならその分、かかる経費も大きくなる。準男爵と言うことである程度見逃される部分もあるだろうが、目に余るようなら場合によっては王宮から辺境開拓の任に割り当てられて使い潰される可能性もあるのだから、あまり無茶なお金の使い方をしようとはしないだろう。
「それより、後でって話をしてたけど、何かやったの?」
「何もしてない。殿下の件で何かしらあるとは思うけど、そっちは公爵との話だしな。ニーシャ本人から何かしら要望がある程度だとは思うけど。」
「…ホントに?」
「心当たりは全くない。まぁ、無茶振りに近いネタは振ってくるだろうな、とは思う。」
「…それはそっか。ご愁傷様。」
こういう場合でニーシャが我儘を言うなど初めてのことだが、細かいことに文句を言っても始まらない。普段キチンと仕事をしてくれているのだから、多少であれば我儘を聞くのも悪くはないだろう。
誕生パーティへの参加者としてプレゼントは使用人に渡したが、公式に失礼でない程度の無難なものだ。我儘が多少増えたとしても可愛いものだろう。
「…ニーシャ様って、公爵家令嬢なのですよね?婚約者様は、いらっしゃらないのですか?普通だと婚約はもっと早い時期に決まっていると思うのですが…。」
「彼女が公爵家のご令嬢だと分かったのは、意外と最近らしいのですよ。真偽のほどは分かりませんが、公爵家令嬢として迎え入れられたのは、今の殿下の御歳と変わらない頃だったとか。」
「…そうですか。…それなら、今ならば将来有望な勇士を取り込むのにも有用ですね。」
「…そうですね。公爵もそうお考えでしょうし、当然勇士と認められようとしている方も多いと思いますよ。今日のパーティで彼女の気を引こうと、様々なプレゼントを用意しているでしょうね。」
そんな細々としたことを考えていると、ルリミアーゼ殿下がそんなことを言い始める。確かにニーシャとの結婚を考えている者は多いだろう。娘の誕生パーティという、どちらかと言うと身内向きの会に、軍や外務卿など、パッと見公爵の管轄と無関係の役職の者が紛れ込んでいる時点でお察しである。
つまりこういう場での女性へのプレゼントは、自分であれば相手をこのようにもてなせるよ、と言う、自分のアピールの場なのだ。例え貴族でない者、または爵位や継承順位の低い貴族家嫡男でも、ニーシャに気に入ってもらえれば、一緒に公爵を説得して叙爵や昇爵を狙うと言う可能性が出て来る。貴族であればなおのこと、ニーシャを嫁に迎え入れることは公爵の後ろ盾を得るも同然。今後大いに活動を広げるための土台とできる。
だからこそ、無関係でもある程度奮発して自己をアピールする者が出るのも当然なのだ。そして、必ず出るそんな見栄っ張りを見破るのも公爵の役目である。大変だろうとは思うが、ある程度教養のある者からすれば、そういう見栄っ張りはすぐに見破れるものらしい。常日頃の情報収集を絶やさなければ、そう難しい話でもないのだろう。
「…ウルはどんなのプレゼントしたの?」
「…俺の立場に見合った適度な花束。」
「…ウル。それ、相手が伯爵以上の貴族家だと、だいぶ不味いから。不足分はどんなことしてでも埋め合わせしますっていう意思表示にも取られかねないからね?」
「…皇国でも、似たような意思表示がありますね。花束の花言葉に、忠誠や献身の意味を持つ花を入れていると、相手に尽くしますという意味に取られると。」
「……俺の立場に見合った、って言ったろ。役職持ちの平民が貴族に送るプレゼントとしては無難な量だ。相手に失礼のない程度に華やかな、って頼んだし、そこも大丈夫なはず。」
まさか花を買う店に、俺とニーシャの間柄を後押しするような輩がいるはずはない。貴族家へのプレゼントとして、と前置きもしておいたのだから、失礼のない程度のものを用意してくれているはず。
花言葉には疎いが、まさか忠誠や献身などという花言葉の花束が、そんなに簡単にできるはずもないだろう。
「ちなみに、どんな花がメインだった?」
「あー…百合の花だったと思う。黄色とか白とか。」
「他に入ってたのは?」
「……なんだったっけか。確か、純粋とか優雅とかを示す花言葉の花は入ってたと思う。だが、そんなに量はないし、相手に尽くす意味の花は入ってなかったと思うぞ。」
「…ヤバそうなのはないかな?」
「…そうですね。純粋、優雅となると、多分贈る相手を表す花として適切な花を選んでいただいたのだと思います。花言葉に疎い方に、花言葉の深読みを促す花を売らないでしょうから。」
俺の話を聞いて、花束に問題がある訳ではなさそうだと判断するネルとルリミアーゼ殿下。というか、ルリミアーゼ殿下も自然に話に入ってきたが、花言葉と言うのは貴族の教養に入るのだろうか。意味を確認してくれるのはありがたいが。
そんな不穏な空気を漂わせつつもルリミアーゼ殿下を歓待している俺の元へ、ニーシャが話す準備が整ったと使用人が呼びに来たのは、しばらく経った後の事だった。




