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目指せ楽隠居!埋火卿の暗闘記  作者: 九良道 千璃
第六章 予想外の火種
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第8話

「これはこれはマルホーゼ卿。ニーシャ様との会談に向かわれたはずでは?」

「なに、少しばかり時間が出来たので、相手でもしてやろうと思っただけだ。」

「そうでしたか。しかし私のようなものが卿のお時間を頂戴しては、卿との繋がりを惜しむ方々から恨まれてしまいます。他の方との歓談にお時間を使われては?」

「なに、気にするな。少しばかりの余興だ。」


「…導師様、少しだけ殿下の応対をお願いします。」

「ん。」


 王都クロークス公爵邸で行われているニーシャの誕生パーティで、準男爵の立場にある貴族が俺に手袋を投げつけて来た。幸い魔術を使って触れることなく手袋を床に落としたのだが、どうやら準男爵は俺に何かしら因縁を付けたい模様。

 丁寧に応対するが、相手は俺を逃したくない様子である。ネルにルリミアーゼ殿下の相手を任せて対応するか、とネルに小声で話しかけると、そのことに文句を言ってくる。



「おやおや、この程度のことで導師殿に助けを求めるとは、役職付きとは言え平民は難儀ですなぁ。」

「これは失礼しました。マルホーゼ卿ともあろうものが、平民の揚げ足を取らなければ体裁を保てない方だとは思いもよらず。」

「…そんな形で貴族に喧嘩を売るとは、器が知れますよ?」

「あぁ、これは重ね重ね失礼しました。普通の方では気にならないような些細な事でも、マルホーゼ卿には気になってしまうのでしたね。流石貴族としてのマナーに詳しいマルホーゼ卿、その細かい指摘に感心するばかりです。」




 敬語を使って大層な事を言っているように見えるが、結局は嫌味に嫌味で返しているだけだ。マルホーゼ卿は俺がルリミアーゼ殿下の応対をネルに任せたことを、使者もしくは応対者がその責任を他の者に負わせようとしていると受け取り、平民は無責任だと皮肉を噛ませた。それに対して俺はマルホーゼ卿に、お前は平民の細かいやり取りを責めなければ貴族としての体裁を取り繕えない小物なんだな、と皮肉を返した。

 そこが勘所に触ったのだろう。貴族()に喧嘩を売るのであれば、貴族社会に居られなくしてやるから覚えておけよ、と言うマルホーゼ卿に俺は表向き謝りつつ、普通の貴族なら気にしない些細な事でも、お前は揚げ足を取るしかないんだろう、流石は準男爵だなぁ、という皮肉を噛ませている。


 俺が言葉に含ませた、マルホーゼ卿が就く準男爵と言う立場。準子爵もそうだが、少なくとも王国の爵位では、騎士爵と同じく比較的扱いが軽視されている爵位である。なぜかというとこの二つの爵位だけは、自身の子供への爵位継承が認められていない爵位だからだ。

 基本的に王国では、貴族家を継ぐ跡継ぎなどは最初、準男爵や準子爵として王宮に招かれて親の仕事を引き継ぐための期間に入る。そこでその才覚を発揮できると認められれば、正式に跡継ぎとして爵位を継承できるよう話が進むのだが、立場に見合う才能を持っていなかった場合は待遇がそのままに、爵位の継承が認められないまま役職を追われてしまうのだ。

 レアケースとしては、お家騒動などが起こって平穏に貴族家を治められないと王宮に判断された場合だろうか。要は役職を割り振った際に問題が起こりそうな者を洗い出してはじくために存在しているのが、この準男爵や準子爵という立場の爵位である。


 まぁ何か問題が起こった時、その指示を出した責任が王国に直接降りかかってしまうと、小さい仕事が滞っただけで王国の仕事全てが一時的に止まりかねない。リスク回避のために確認の人員を複数噛ませ、審議するのは当然である。

 とは言え、大抵の場合貴族はその財力を活かして自身の子供に高い教養を授けるため、子供がきちんと仕事をこなせるようになっていれば、よほどのことがない限り役職は慣例的に子供に引き継がれる。マルホーゼ卿が役職を引き継がれなかった理由は不明だが、それだけのモノがマルホーゼ卿にあると判断された、と取るのが普通だろう。

 つまり俺の皮肉は、王国から役職を割り振られない貴族(役立たず)は暇で良いな、と揶揄するようなものである。




 しかし準男爵とは言え貴族は貴族だ。礼節に欠けた対応をすればそれはそれで問題になってしまう。こういう場合は経緯がどうあれ、貴族の詰問したことに平民が謝る、と言う体裁をとるのが角の立たないやり方である。

 形式的に頭を下げ、スルリと引こうとした俺だったが、マルホーゼ卿にはその姿が癪に障ったのだろう。まだ食って掛かってくるので、とどめを刺しにかかるとする。


「全く嘆かわしい限りだ。こんな礼節に欠ける平民がこのパーティに出席するなど、身分違いだとは思わないのか?」

「いえいえ、私としても招待状が届くだけでも分不相応だとは思っていますよ?ですがマルホーゼ卿のおっしゃっていた通り、貴族の求めに、平民は応えるべきでしょう?公爵閣下のお考えは私には分かりかねますが、マルホーゼ卿は公爵閣下の判断よりも自身の判断が優先されるべきだと?」


「…いや、そんなことは決してない。だが身分違いだというのならばな…。」

「ならばなおのこと、公爵閣下とのお話を進めていただきたいところですね。私と話せばマルホーゼ卿に役職が与えられる訳でもなし、私としてはマルホーゼ卿よりも、公爵閣下の判断を仰ぎたいところです。マルホーゼ卿が正しいことをおっしゃっているのなら、当然公爵閣下も受け入れてくださいますよ。」


 食ってかかってきたところに、公爵閣下の招き、と言う部分を噛ませて黙らせる。具体的には公爵と言う立場は、伯爵や子爵、男爵と言った爵位の者の業績を管理する職が割り当てられることが多く、その職務の内容を確認し、場合によって問題のある貴族家を王家に報告して貴族社会から放逐する、と言う役割を持つ爵位なのだ。

 当然担う役割も負う責任も、伯爵や子爵、男爵などとは比べ物にならないほど重く、その分与えられる権限も大きい。そこに異論を唱えるのであれば、場合によっては王家への反逆を考えていると取られてもおかしくはない。


 さすがにそんな度胸はなかったのか、俺の提案にマルホーゼ卿は苦虫を噛み潰したような顔をし始める。こちらとしても、マルホーゼ卿と話すよりもネルやルリミアーゼ殿下の応対をする方が重要なのだ。彼が公爵閣下に訴え出るならそれもよし、少なくとも俺と話そうとは思わないだろう。

 しかし、マルホーゼ卿は踵を返そうとした俺に、妙な因縁をつけ始めた。そんな彼の声に、何事かと注意を向けてくる貴族たちも出て来る。


「それでは失礼します。」

「待て!貴族が決闘を申し込んだのを、無下にするつもりかな?」

「決闘?手袋を投げつけられた記憶はありませんが?」

「言い逃れだろう?足元に手袋が転がっているではないか。」


「足元?…あぁ、それですか?その手袋がマルホーゼ卿のもので、それを私に向かって投げたとおっしゃるのでしょうか?」

「貴族の求めに応えるのが平民なのだろう?何か文句でもあるのかね?」

「いえいえ。文句などございませんが、気になることがございまして。」

「…不満など聞き飽きているのだから、さっさと受けた方が醜聞を晒さないで済むぞ?」


 どうやらどうしても決闘を受けてもらいたい様子である。この際少し時間は取られてしまうが、必要経費と受け取るべきだろうか。

 まぁ、少しばかり意趣返しでもさせてもらうか。


「いえいえ、先程マルホーゼ卿のものだとおっしゃった手袋ですが。マルホーゼ卿が私に向けて投げたにしては、見当違いの方向に転がっているなと思った次第でして。」

「……何が言いたい?」


「私としましては、本当にマルホーゼ卿があの手袋を投げたのかを確認させていただきたいのですよ。例えばマルホーゼ卿が私に手袋を投げるとして、後ろ向きには投げないでしょう?」

「そんなことを言っているのか?確かに私が投げたものだが…」

「ですから、その方向が妙だと言っているのです。物を投げるとて、こんなに近くなのですから、私でも狙った相手に当てる自信はあります。貴族の方ならば言わずもがなでしょう。ですが、手袋の転がっている場所から察するに、狙った場所から見当違いの方向に飛んでいるようですから。」


 ここでようやくマルホーゼ卿は自分が恥をかかされようとしていることに気付いたらしい。俺が言葉を発するや否や、俺の言葉に被せるように勢いよく叫び、話を切り上げて去っていった。

「マルホーゼ卿は、こんな近くに居る相手に手袋を狙って当てられないのでしょうか?」

「…失礼する!精々決闘の準備をしておくことだな!」




 マルホーゼ卿が去っていく音を聞きながら、溜息を一つ。結局貴族の道楽に付き合わされることは確定らしい。ともあれ、マルホーゼ卿の財力で雇える相手なら、大した相手でもないだろう。

 俺自身、文官の中では多少腕が立つ程度にしか認識されていないはず。代理人を頼むにしてもそこまで腕利きが出張ってくるとも考えづらい。大抵の武官であれば俺を上回れる、と考える大半の貴族の心証を前提とすると、決闘などと言っても苦労はしないだろう。


 とりあえず後回しになっていたネルとルリミアーゼ殿下の応対に回るか、と考えて振り返ったときに目に入ったのは、その当人二人が急いで近付いてくるところだった。

 何かあったのか、と警戒するも、二人の懸念は別の所だったらしい。ルリミアーゼ殿下の小声での質問の声を聴いて、心中の半分を安堵が占める。


「ウルタムス様、大丈夫なのですか?」

「どうしました、ルリミアーゼ殿下?」

「決闘です。ウルタムス様が申し込まれるなんて、考えていなくて…。」

「あぁ、大丈夫ですよ、殿下。私はこれでも、文官の中では割と腕が立つ方と思われていますから。」

「…えーと…あれ?割と?」


 疑問符を浮かべて首をかしげるルリミアーゼ殿下。そういえば、剣装ソードシュラウドを見られていたとはいえ、彼女は俺の二つ名のことを知らない。皇国の人間に俺の実力をひけらかすのは止めるべきだが、説明なしにはルリミアーゼ殿下の懸念は晴れないだろう。


「こんばんは、ウルタムス様、ルリミアーゼ殿下、導師様。」


 公言すべき内容でもないし、注目されかけている状態で話すことでもない。隅の方、話を聞かれない場所に移動して説明しようか、と思ったところで、予期せぬ訪問客が再度現れた。パーティの主役、ニーシャである。

 さっき会って二言三言話した割には、来るタイミングが異常に早い気はするが、とりあえずは応対だな。ルリミアーゼ殿下の懸念は後でゆっくり晴らすか。

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