第7話
王都、クロークス公爵邸で開催されている、公爵令嬢ニーシャの誕生パーティ。その会場でクロークス公爵が周囲に挨拶の声をかけている中、俺は唐突に王都を訪れた皇国皇女ルリミアーゼ殿下と、王宮筆頭魔導師ネルの応対に明け暮れていた。
実際、誰かが応対しなければいけないのは事実なのだ。普通はその役を担うのが、ルリミアーゼ殿下なら外務職、ネルならば内務職に当たる人物であるというだけ。たまたまとはいえその役を担うことが出来ているのは光栄、と言うべきなのだが、正直に言えば誰かに代わってもらいたいのも事実だ。
なぜならば、こういう立場を担った上でのやり取りは、国の評判へと直結する。相手を敬うような態度を取れるかどうかという意味で、自分の国が相手に対して敬意を払い、丁重に扱っていると言うことを、相手に意識してもらうための場というのが、外交なのだ。
必然、相手を軽視するような言動をすれば、自国の評判に泥を塗ることにもなりかねないし、相手側が自国を大切にされていないと受け取るようであれば、当然自分の国が相手に軽視されることにも繋がる。
最悪の場合は戦争勃発にも繋がってしまうのだから、この立場の負う責任は非常に重大であるというのは分かってもらえるだろう。
「ルリミアーゼ殿下、いかがですか?」
「たいへん美味しいメニューばかりで、ついつい他の種類が気になってしまいますね。チーズの類が多くて、凄く味付けが印象的なものが多いです。」
「チーズが多いのは、牧畜や酪農が王国で盛んだからですよ。皇国の方の味付けに近いものだと、酸味や辛みが強いものが多くなるとおもいます。」
「そうですね。皇国風と考えてしまうと、刺激が強い味付けは多くなりますね。ネリシア様は皇国のお料理を召し上がったこと、おありなんですよね?」
「そうですね。ただ魔王討伐任務中ということで、貴族はとても入らないような店で食事をすることが多かったんですよ。香辛料を大量に使って、すごく刺激的な料理を作る店もあって、お店にも色々あるんだなぁって実感しましたね。」
「そうなんですか?それなら是非、皇国にいらした際にはおもてなしさせてください。ネリシア様のお口に合う、とびっきりの料理をご用意いたしますよ。」
「それはありがたいです。何かの機会で皇国を訪れたときには、楽しみにしていますね。」
そんな中で公の立場があるネルはともかく、王宮雇いの呪い師などという下っ端職に就く者が、友好国とは言え、隣国の皇族の応対の任を任せられるプレッシャーはお分かりだろうか。いくら相手が自分のことを気に入ってくれているとはいえ、下手をすれば四方八方から怨嗟の念が飛んでくるような状況である。
パーティの主催者であるクロークス公爵もその辺りは分かってくれているようで、実際に先程話をしたのは主にネルとルリミアーゼ殿下の二人。俺と交わしたのは下働きへの接し方と変わらない、端的かつ抽象的な表現の二言三言のみ。
俺のことを密かに目の敵にしている貴族などは、クロークス公爵の俺への扱いを見て、大いに留飲を下げたであろう。
しかし、公爵が俺と交わした言葉の中身は、聞く者が聞けば不穏なものである。おそらくは今回の誕生パーティに合わせ、俺に彼女のエスコートを任せると同時に、俺への叙爵と婚約者としての周知を済ませるつもりだった、と言う内容だからだ。ニーシャとの縁を考慮に入れている輩であれば、即座に俺を呪い殺しに来てもおかしくない程のものであろう。
加えて今回、ルリミアーゼ殿下のパーティ訪問を認め、挨拶にルリミアーゼ殿下の訪問に対する感謝の意を表してもらえるよう手紙で伝えたことを聞き届けてくれている以上、俺の側からは公爵の行動に感謝こそすれ、反感を抱く理由にはならない。
そう、そのことには反感を抱く要素はないのだ。あくまで俺の利害とクロークス公爵の考える利害が完全に一致する関係にないだけで。クロークス公爵の言うことに対しての拒否権がなくなっている状態に、居心地が悪くなっているだけ。
だから。
「こんばんは、ウルタムス様。ご機嫌麗しゅう。」
「これはニーシャ様。この度はお誕生日、おめでとうございます。今後のご健康と、ご多幸をお祈りします。」
「それはありがとうございます。これからもずっと、よろしくお願いしますね。」
ストレートにこっちに来るのは遠慮してくれないだろうか、ニーシャ。別に邪険にしてるわけじゃないんだ。ただ、俺の中で優先度が低いだけで。
「少し困ったことを押し付けられてしまったようですね。」
「ははは、まぁ、頼られているのは理解できますが、急なものでして私では十分な応対が出来なかったのも事実です。満足していただけるよう尽力する所存ですが、ご協力いただければと公爵にすがってしまった次第ですから。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」
「いえいえ、謝っていただく必要はありませんよ。私としても、皇国の皇女殿下からお祝いの言葉を頂けるなど、望外の幸運でしたから、とても嬉しく思っています。ただ、ウルタムス様とお話しできる機会が少なくなってしまったことだけ、非常に心苦しく思っていますから、よろしければ後程、お時間をいただけますか?」
「はい、ぜひ。」
二人用の料理を取りに動く中でニーシャの突撃を受けてしまい、なんとか無難に応対する。確か今回、ダンスの披露などという余興もない、ただただ交流を深めるためだけの立食パーティとなってしまってはいるものの、メンバーは重鎮となる貴族に、勇者殿二人、はてはミカグラ卿などと言った、魔王討伐パーティや軍部の中心人物も列席している。
軍部はその特性でほぼ男社会となってしまっているため、公爵家出身の美少女ニーシャは高嶺の花にしか映っていないはず。彼女を嫁に、と思っている者は多いはずで、必然彼女に求婚する者は後を絶たない、という訳だ。
そんな彼女から話しかけられるというのは、おそらくこのパーティ会場ではそれだけで羨ましがられる事態なのではなかろうか。まぁ、ネルやルリミアーゼ殿下、ミカグラ卿と言った女性も列席してはいるものの、ニーシャの誕生パーティと言うことで服装はホスト側のニーシャより幾分地味な服装にならざるを得ない。
当然、会場に現れた彼女に、真っ先に話しかけられることとなった俺には、妬み嫉みの視線が集まるわけだ。というか、なんで毎回こういう形で俺は変な視線を集める羽目になるんだろうな。
「これはこれは呪い師殿。ニーシャ嬢にお声掛けいただくとは、随分な幸運に与ったようではないか。」
訳:自分だけいい思いしてんじゃねぇよ。俺たちにも彼女と話す機会回せよ?
「たまたま彼女の目に留まっただけだと思いますよ。私などの意見など、貴殿の武勇伝に比べれば取るに足らないものですからね。直接お話されてはいかがでしょう?」
訳:俺が彼女に話しかけたら、身の程をわきまえろって言い始めるのはお前たちなんだから、俺からわざわざ話になんて行かないよ。直接行けばいいだろ。
貴族の言葉を流すと、フン、と憎々し気に鼻を鳴らして立ち去る貴族。確か、マルホーゼ卿だったか。たしか勢力としては小身だが、別の意味では有名である。
大なり小なりリスクに踏み込んで功績を得られた者に嫉妬し、揚げ足を取るように陰口を叩いたり噂を流したりと、公には口に出来ない部分で色々と有名な貴族だ。確か今代は準男爵辺りに落ち着いていたような気がしているのだが、どうやら今回は俺を標的にするつもりらしい。
まぁ彼が流す噂程度であれば、俺に関しては特段気にするようなこともない。多かれ少なかれ、陰口と言う意味で似たような言葉が既に複数垂れ流されているからである。
するりと流してネルとルリミアーゼ殿下の居るところに料理を持って戻ると、二人は少し眉をひそめて小声で話しかけてきた。
「…あの、何か剣呑な雰囲気で話していらっしゃったようですが?」
「あぁ、お気になさるようなことではありませんよ。お相手の方の役職上、爵位も持たずに役職を務める私のことが気に入らない者も居るようだ、というだけです。」
「そうなんですか?それでしたら皇国にいらっしゃれば、キチンとした爵位をもって、役職に臨むことが出来ますから、ぜひご一考いただきたいと思いますよ?」
「ははは、お気持ちはありがたいですが、そんな光栄な立場をあやかるような私を、警戒したり敵視したり妬んだり、と言う方が増えるだけですよ。」
「うーん、それもそうですか。なかなか難しいですね。」
「やっぱりウルの事、もうちょっと表に引き摺り出した方がいい?」
「言い方。…導師様は導師様のお仕事に専念してください。」
「でも、万一の時に困らない?」
「困りません。」
小声で俺たち三人はそんなことを言い合う。挑発されたまま放置するような形になってしまっているが、パーティのホスト側であるクロークス公爵とニーシャに話しかけられるのを待つ者が多いのだから、今の時点で俺たちに対して何か仕出かすような輩はいないはず。
そう思った俺は油断していたのであろう。ふと身に付けた魔道具が警報を発した瞬間、後方から何かが飛んでくるのを察知。とっさに風の魔術を使って触れずにフワリと受け流すと、パーティ会場でよく使われる白手袋が、少し離れた所に落ちる。
飛んできた元に視線を移すと、そこには勢いよく物を投げたような体勢のマルホーゼ卿。どうやら手袋を投げたはいいが、予想外の状況に動きが固まっている様子である。
さて、どうしたものか。手袋を投げたってことは、俺に決闘申し込もうとしたとかだよな。…というか、普通こんな場でやるか?変なことにならなきゃいいんだが。




