第6話
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「では、本日の教練はこの程度としましょう。夕刻からクロークス公爵邸にて開催されるパーティには私が同道しますので、準備を整え、正門前に集まってください。」
「「はい、ありがとうございます、ロードネル卿!」」
「…疲れた…」
「まぁ、いつもよりはマシだよなー。…これでいつも通りのトレーニングメニューとかだったら、パーティで立ってられる自信ないぞ俺。」
「大体立食形式だからね。…そういえば、しばらくフラグっぽいの見当たらないけど、特に何もなかったんだっけ?」
「出立まではシナリオ的にスキップされてたからなぁ。特に気になるトコはないと思う。サルビア殿下も国で準備とかしてる頃だし、マルヴァ卿もだろ?基本全員、今は準備期間だと思うけど。」
「まぁ、普通そうだよね。儀式でメンバーが決まって、即出発、って事にはならないか。」
「お前的にはどうなの?マルヴァ卿と会えなくて寂しいー、とかないの?」
「ないって。と言うか、どうしてマルヴァ卿?」
「この前会った時、すっげーレディーファースト的に扱われてたじゃん。まんざらでもなかったんじゃねーの?」
「ニヤニヤすんな。…まぁ、悪くはなかったけど。」
「いーじゃんいーじゃん、どうせシクのキャラ難しそうなんだろ?落とせるところでいいんじゃね?」
「…アンタにもうちょっとマルヴァ卿みたいな思いやりの心があればねぇ…。」
「なんだよ、別にお前には関係ねーだろ。」
「…言っとくけど、高をくくってたら痛い目見るよ?あのサルビア狙ってるんでしょ?」
「…あのって、どういうこと。」
「サルビア、王道ルートの女性プレイヤー目線だと、結構性格悪いからね?ぱっと見フワッとしてるけど、頭も切れれば権勢も振るえるし、かなりの確率で敵対するし。何かあって見捨てられても知らないからね?」
「…え、マジ?」
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「…どうかしました?難しい顔をしていますが。」
「…殿下の想い人って、本当に居たんですね。噂だとばかり。」
「あぁ、噂に留まっていましたよね。まぁ、仕方ない事ではあるんですが。」
「殿下の初恋は、本当に運命的でしたからねぇ?」
「ちょっと!やめてください!」
「でも、仕方ないことだと思いますよ?突然やって来た殿方が、自分の抱えてた問題をあっという間に解決した上、殿下を狙って襲撃してきた悪党どもを鎧袖一触と言わんばかりに蹴散らしてしまったなんて、演劇や物語の世界にしか思えないですから、ね?」
「う…。」
「…そんなことがあったんですか…でもあの方、王族という訳でもありませんよね?市井の魔術士で、そんなに有能な方が無名のままでいるとは思えないんですが。」
「そこは気にしても仕方ないですよ。これから有名になる方かもしれませんし、殿下が見初めた以上は無名のままの方が引き抜きやすいでしょう。」
「…それは、確かに。」
「ちなみに、殿下が恋に落ちた一幕は演劇になってますから、時間が出来たときに見ておくと説明が楽ですよ?」
「…そうですか。参考にさせていただきます。」
「その前に皇国の騎士として正しい振舞いをしてください!姦しく噂話をする近衛の姿なんて、恥ずかしくてウルタムス様に見せられません!」
「「「申し訳ありません、殿下。」」」
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結局、ルリミアーゼ殿下をネルに会わせてからは、あちこちと都合をつけて回ることで時間が過ぎてしまった。
リディに渡した手紙に対しての返事はすぐに走り書きで、「お前に任せた。」と返って来た。ルリミアーゼ殿下からの手紙に書いてあるであろう、交渉の目的や対価などについての追記や概要すらもなかった。あの野郎、と思った俺は悪くないと思う。
クロークス公爵については、「思うところは色々あるが、先んじて伝えてくれたことに感謝する。」と言伝があった。思うところが色々あったらしい点については、最早日常茶飯事なので気にしないことにする。貴族ってのは怖い相手だなぁと改めて思う程度である。
ともあれ、こちらがルリミアーゼ殿下を連れて行くことを明確にした点に対して、何らかの拒否反応があった訳ではないことは確かだ。拒否するつもりなら、何らかの形で明確にリアクションをとってくれるはずなのだから、今回は連れて行くのを認めてくれたということだろう。
…まぁ、突然とは言え訪問して来た友好国の皇族を歓待することに難色を示すということは、相手の国を軽視している、相手を舐めていると取られてもおかしくない行動なのだから、認めざるを得ない、と言う部分もあるだろうが。
しかし、別の点では嬉しい誤算もあった。ネルをルリミアーゼ殿下に会わせた際、お互いが同じ体質の持ち主であるということからか話が弾み、現在二人は非常に良好な関係を築くに至っている。
最初は最悪、誤解を受けてでも俺が殿下をエスコートする必要が出て来るかもしれない、と考えてはいたのだが、これについては非常に助かった。パーティでも二人の案内役、もしくは付き添いと言う形をとるなら、ルリミアーゼ殿下が誤解を受けるようなことにもならないだろう。
まぁ、ネルとルリミアーゼ殿下の間で女の戦いがあった可能性もあるのだが、正直俺としてはそこまで心配はしていない。そもそもルリミアーゼ殿下にとってネルと言うのは、自分自身が動く切っ掛けとなった人物、憧れの象徴たる存在であったらしいからだ。
それこそ初対面では、俺とは比較にならない程にガチガチに緊張した面持ちで会話を始め、俺がネルと昔馴染みだったという話をそこでようやく実感し、そこからはパーティに到着するのが本当にギリギリになるまで様々な話をするに至っていたため、気にすることもないだろう、とネルに色々と任せられた訳だ。俺としてはルリミアーゼ殿下の要望への対応のみが、目下懸念点として残っているだけである。
「ルリミアーゼ殿下、王国の料理はお気に召しました?」
「大満足です。やはりどの料理も、趣向を凝らしてありますね。大変美味しいです。」
「それは良かったです。クロークス公爵も喜んでくださいますよ。」
「やはりこの辺りは、王国の料理としては定番のものが多いのでしょうか?」
「そうですよ。ルリミアーゼ殿下のお口に合うか分からない料理もありましたので、皇国の料理と近しいものを選んでます。向こう側には、少しだけ趣向の違うものがまとめられていますよ。お持ちしましょうか?」
「はい、是非!…あ、ウルタムス様がよろしければ、ですけど…。」
「私のことはどうぞ気にせず、好きなようにおっしゃってください。このパーティを楽しんでいただけると、私としてもありがたいですから。導師様も、お好みの料理があればお持ちしますよ?」
「うん、ありがと。それじゃ、お肉があれば多めに。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
ネルとルリミアーゼ殿下は、既に終始このような感じである。ルリミアーゼ殿下は俺に対して少し遠慮がちになってしまう程度にはネルに懐いてしまい、最早体質の関係で見た目の雰囲気だけは似通った姉妹のようになってしまった。
ネルの方も、自分と似たような苦労をしてきたルリミアーゼ殿下に対して親近感を抱いているようだし、公の場で俺に対して気を使わない口調を使ってしまう程度には気が緩んでいる様子だ。
まぁ俺は呪い師とはいえ平民なのだから、ネルが俺に使う口調として間違っている訳ではないのだが、親しくもない相手に使うような口調では決してない。
今後、ネルの交友関係から直接俺が引っ掛かる可能性が出てきている程度なのだから、大したことではないだろう。少し注意する必要はありそうだが、結局はその程度。
そんなことを考えつつも二人用の料理をセッセと取りに行くというのが、このパーティでの俺の立ち位置である。もはやどこの給仕だ、と言いたくなるものだが、相手が片や隣国の皇族、片や有事の際には絶大な権力を持つ王宮筆頭魔導師となると、対等に口を聞けるような相手はほとんどいない。
平民たる俺が給仕代わりに動く必要も出て来るというもので、俺の敵であることが現時点で確定している貴族などは俺の姿を見て相当に溜飲を下げている様子だ。誤算ではあるが、嬉しいのやら悲しいのやら。まぁ煩わしくないという一点に関しては確実に良い事ではあるが。
ちなみに、ルリミアーゼ殿下は自身で持ち込んだ荷物の中にあったドレスを身に付け、ネルの方は常のごとく自前で調達したドレスのようだ。どちらも髪飾りに俺の魔道具を身に付けており、煌びやかな装いに誰もが一度は目を奪われるような仕上がりとなっている。
誰もに讃えられる装いを彩るのが自身の魔道具と言う部分は魔道具職人として誇らしいものの、そんな二人の隣に立つのが俺と言う部分で気後れしてしまうが、最早仕方のない事だろうと諦めかけてしまっているのが現状である。
「わぁ、いろんな料理があるんですね。この三角形の料理は何ですか?」
「それはキッシュと言います。過去の転生者殿がフラスタリア連合で広め始めた料理ですよ。今は王国の者の口に合いやすいよう、具材が王国産のものになっていますけど、作る地域によって様々な具材が中に入れられることが多いようです。」
「おそらく皇国では馴染みのない料理だと思いますよ。少なくとも魔王討伐任務中に皇国を訪れていた期間に、食べたことはありませんでした。工夫次第では皇国でも食べられるかもしれませんけどね。」
「そうなんですね。初めて見ました。いただきますね。」
「どうぞ。導師様はこちらを。」
「うん、ありがと。」
ネルとルリミアーゼ殿下に料理を渡しつつそんな会話をしていると、このパーティの主催者であるクロークス公爵がこちらにやってきた。まぁルリミアーゼ殿下にネルがいれば、優先度も上がるか、と少し引いた立ち位置で待っていると、定例通りの挨拶をクロークス公爵は二人に行う。
「ルリミアーゼ殿下、ネリシア導師。この度のパーティは楽しんでいただけていますか?」
「クロークス公爵閣下、この度は父共々お招きいただき、ありがとうございます。大変楽しませていただいております。」
「突然のご訪問で、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません。おかげさまで、楽しい一時になりそうです。」
「いえいえ、突然のお話でしたので、どこか至らぬ点がないかと恐縮していたところです。満足していただけているようで安堵いたしました。改めて、この度は娘の誕生パーティにご出席いただきまして、ありがとうございます。」
「こちらこそ改めて、お祝いの言葉を述べさせてください。ニーシャ様のお誕生日、おめでとうございます。幸多き一年となられますようお祈り申し上げます。」
「おめでとうございます。ご令嬢のご健康とご多幸を、心よりお祈り申し上げます。」
「ありがとうございます。お二人に祝われるという望外の幸運を与り、ニーシャも喜んでいるでしょう。引き続き、パーティをお楽しみください。」
流石クロークス公爵と言う所だろうか。ネルとルリミアーゼ殿下の息の合った話し方に、一歩も気遅れることなく挨拶を済ませる。そこでチラリと俺の方を見たが、俺は二人のオマケだ、と言うように俺が目礼をすると、近寄って来て話し始めた。
「…私のお抱えに、叙爵を受ける者が居る、と言う話は?」
訳:お前、自分が叙爵するって話、聞いてるのか?
「…大筋だけ。しばらくは先ですよね?」
訳:大まかに聞いてますけど、そんな急がないですよね?
「うむ。今日は彼女のエスコートを頼む予定だったのだが、潰れてしまったのが残念だ。」
訳:今日ニーシャのエスコートを頼むことで、お前の叙爵についても触れる予定だったんだぞ?
「そうでしたか。素敵な光景を目に出来なくて残念です。しばらく私は、殿下の御用聞きとして忙殺されそうですから。」
訳:殿下の御用聞きに付けられるって話もあるんだから、急かさないでくださいよ。
「そうだな。それに関連して呪い師殿にも頼みたいことがあるので、近いうちにその力を借りたい。問題ないかな?」
訳:そうもいかないから、色々手伝えよ?拒否は許さん。
「かしこまりました。可能な限りご助力いたします。」
訳:出来る限り協力しますけど、無理なことは無理って言いますからね。
そこまで話すと、クロークス公爵は立ち去ってしまう。俺が詰めていた息をこっそり吐いていると、入れ替わりにネルとルリミアーゼ殿下が俺に近寄り、小声で話しかけて来た。
「何話してたの?」
「まぁ、今回の埋め合わせだな。…詳しくはニーシャと会って話してからだけど。」
「ニーシャ様と言うのは、公爵閣下のご令嬢ですよね?お知り合いなのですか?」
「そうですね。導師様共々、頻繁に会って話す程度には面識があります。今回は少し相談したいことがあるそうで。」
正直、まだニーシャと顔を合わせてないのが不気味なのだ。この流れで行くと、多分後からニーシャにアレコレ言い募られるんだろうな。仕方ないこととはいえ、すごく気が重い。




