第4話
その日はとりあえず、リディはある程度の事前情報共有が済んだと言い、ネルも明日の準備のためと言って帰り、バタバタと過ぎ去った翌日の朝。
俺は朝一で、ミカグラ卿の訪問を受けていた。俺の執務室の前にミカグラ卿の傍付きが出張っており、なんでも少し相談したいことがあるからと、傍付きが用件を伝えてミカグラ卿を呼びに戻るや、即座にミカグラ卿が押しかけて来たのである。怒涛の展開過ぎて、いったい何時から出張っていたのかなどと口を挟む隙もなかった。
「なんだか、随分久しぶりに顔を見る気がしますね。」
「そうですか?ミカグラ卿の顔だけなら勇者選定の儀の前日に見ていますよ。ギリギリ一週間経っていません。」
「あぁ、そう言えばそうでしたね。でも一週間も会わなければ、久しぶり、と言う感覚にもなりませんか?」
「まぁ、そうですね。例えば毎日顔を合わせていたりしたら、そうなるかもしれませんが。」
「あの時は、確か導師様のお客様がいらしていたのでしたよね?」
「えぇ。隠す必要もないので打ち明けますが、あの時のお客様というのがローヴァス卿です。前日から、勇者の選定についてローヴァス卿から相談を受けていまして。」
「あら、そうだったのですね。ということは、あの日に私たちが相談した内容、実は知っていたということですか?」
「いいえ、ローヴァス卿から相談を受けたのは別件ですよ。勇者選定の儀がどうなることかと、当日は気が気ではありませんでした。ミカグラ卿も含め、皆何事もなくて何よりです。」
「お心遣いありがとう。やっぱり打算も建前も抜きで話せる相手だと、同じ言葉でも随分心地よく聞こえますね。」
ミカグラ卿とそんな世間話をしていると、朝も早くからノッカーが鳴る。ミカグラ卿に黙礼してから応対しようとドアを開けると、そこにいたのはフーデットローブを目深に被ったネルだった。軽く挨拶して一言二言交わすと、ネルはいきなり不穏な雰囲気を発しつつ部屋の中に入って、表面上はにこやかにミカグラ卿と挨拶を交わし始める。
「おはよ。」
「あぁ、おはよう。今ミカグラ卿が来てるんだが、大丈夫か?」
「え?ミカグラ卿が?…何かの用事?」
「いや、心当たりないしな。今は世間話してたところだけど、急ぎの用って訳でもない様子だし。」
「おはようございます、ロードネル卿。」
「あぁ、導師様でしたか。おはようございます。」
「ご歓談中のところ、申し訳ありません。よろしければ、ご用向きなどをお伺いしても?」
「オイ、ネル。それは俺の役目…」
「いえ、大したことではありませんよ?ウルタムス卿に関して少しばかり変わった噂を聞いたもので、心配になって来ただけですから。」
「それは失礼しました。最近、この部屋を訪れて失礼な態度をとる貴族の方が多いもので、友人としてつい心配になってしまって。」
「あらあら、変に心配させてしまってごめんなさい。よろしければ導師様のご用向きをお伺いしても?」
「私は今日行われるパーティについて、少しウルと打ち合わせしておきたかったことがあったんですよ。」
「あぁ、ご令嬢の誕生パーティと言う形で、クロークス公爵が主宰される会ですか。そういえば本日の夕方でしたね。私も楽しみにしていますよ。」
「えぇ。私も父やウルと参加する予定ですから。もちろん、ミカグラ卿とお会いできることも楽しみにしてますよ?」
「あら、それはありがとうございます。楽しみが増えましたよ。」
表面上はにこやかに、しかしお互いの発する空気が剣呑なままネルとミカグラ卿の会話は続く。雰囲気から口を挟めないと思った俺は、とりあえず先にお茶を出そうと魔道具を起動しに向かうと、ネルがミカグラ卿との会話を切り上げてこちらを手伝いに来た。
いまいち状況がつかめないのだが、ネルはミカグラ卿を客としてもてなそうとする態度である。不思議に思ってると、ネルが服をつまんで引っ張ってくる。秘密にしたいのかと思って耳を寄せると、ネルがギリギリ聞こえる程度の小声で話しかけてきた。
「…ミカグラ卿の応対は私がするから、ウルはギリギリまで仕事机に着いてて。」
「…分かった。…来客があったら応対するけど、なんかあったら呼んでくれ。」
「ん。」
そんなことを話してしばし。お茶を出したネルと歓談したミカグラ卿は、今日のパーティでもよろしく、とだけ言い残しておもむろに部屋を去っていった。
というか今気付いたが、こんな時にこんな行動を取るってことは、場合によっては今回のパーティで俺にエスコートをお願いしに来た、とも取れる。ネルのおかげで不発になったが、同じことを考える者が居るなら今日は荒れそうだ。
「女たらしー。」
「呼び方が不本意すぎるわ。…まぁ対応ありがとう。助かった。」
「いや本当、先が思いやられるよね。叙爵の話が広まったりしたら、ウルって結婚相手の申し込みの処理で動けなくなるんじゃない?」
「…出来ればそうなって欲しくはないんだけどな。これまで散々こっちを貶してきたんだから、最後まで敵のままでいてくれた方が楽ではあるんだが。」
「これまではウルの役職と立場が分不相応だったから貶しに来た人たちって言うのもいるはずだし、そういう人を上手く転がして味方につけるのも、貴族としての腕の見せ所だよ?」
「分かってるよ、一応。…リスト化はしてあるから、どの程度が味方に転ぶかってだけだがな。」
「うっわ、怖ー。」
俺の言葉を、ネルはクスクスと笑いながらからかう。どの道今の状態では俺自身が貴族ではないのだから、例えば先程のミカグラ卿のように、貴族本人からストレートに要望を伝えてくるような状況に陥ってしまうと、俺がその要望に従う他なくなってしまう。
それを回避するためには、俺自身が貴族への対応をする機会と言うのを極力削っていく他ない。今はネルと言う王宮筆頭魔導師にして男爵家令嬢という立場の者が運良くカバーに入ってくれたが、今後も同じようにカバーに入れる状態にあるとは限らない。
「…今日からしばらく、書類仕事は後回しにするか。溜まってる仕事だけを軒並み片付ける方向で行こう。そっちの方が搬入口での関係者との応対だけで済むし。」
「まぁ、そうするのが一番平和だよね。」
「ネルも帰っていいぞ?ここ数日ここに入り浸ってた分、先に片付けた方がいい仕事もあるだろ?」
「んー、今日はぎりぎりまで居るよ。ニーシャとか来ても、断り切れないでしょ?」
「…無理はするなよ?俺の方は最悪、隠蔽で済むことだしな。」
「…まぁ、魔術師ならそうだよね。」
そんなことを言いながら困ったような笑いを見せるネル。まぁ、ネルの心配も善意も分かるが、今回話題に上るのはネルではなくて俺なのだから、結局自力で何とかする技術を、俺自身が身に付けなければいけないのは事実だ。何かしら話題を振られてもしっかりと躱せるように、俺も準備を整えておく必要がある。
しかし、そんな状態でも現実は非常であった。そんな空気を壊すかのように、執務室のノッカーが鳴ったのだ。俺が応対に出ると、そこにいたのは王城で働く小間使いの一人。
「お疲れ様です。呪い師様にお客様がいらっしゃいました。現在応接室にご案内しておりますので、お部屋に案内するか裁可に参りました。」
「ありがとう。すぐに向かうから、案内してくれ。…ネル、部屋は自動で施錠されるから、適当に部屋を離れていいからな?」
「分かった、ありがと。」
そんなことをネルに言い置いて、小間使いの案内に従う。しかし、俺を訪ねて来たという割に、直接俺の部屋に来なかったということは、王城になじみのない人間だろうか。
しかし誰かが訪問に来るという事前連絡もなく、王城以外で俺に用がある人間の見当がつかない。先に誰なのかを聞いた方がいいだろうな。
「訪ねてきたのは、誰なんだ?」
「…ルリミアーゼ・ロクテア・ガードラント様とお聞きしています。」
「…ルリミアーゼ殿下が?本物なのか?」
「皇室からの証明のお手紙と、王太子殿下や姫殿下方へのお手紙もご持参いただきました。お手紙には皇室の印篭が押されていましたので、間違いはないかと。後程ご確認をお願いしたいと思っております。」
「…ルリミアーゼ殿下だが、魔道具を身に付けていたか?髪留めと、首飾りのようなものを。」
「…魔道具かどうかは存じ上げませんが、おっしゃる通り後頭部と首周りに、蓮の花を模った大きめの装身具をお召しでした。」
「そうか。ありがとう。」
驚いたことにルリミアーゼ殿下らしい。殿下に渡した体質改善用の魔道具のことを、事前情報なしにそれと気付くことは術士でなければ難しいであろうが、蓮の花を模った装身具を身に付けていると言う時点で、ルリミアーゼ殿下である可能性は高い。
流石に戦闘能力を持たない皇族一人で来ることはないであろうから、護衛の二人や三人はついているだろうが、先触れもなしにそんな少人数で訪ねてくるとなると、よほど急ぎの用事があったと見るべきだろうか。
そんなことを考えつつ、小間使いの案内に従って部屋に着くと、中に居たのは前に会った時よりも随分と健康的な顔色をしているルリミアーゼ殿下だった。
俺が部屋に入ってくることに気付くと、ルリミアーゼ殿下はあふれんばかりの笑みを浮かべつつこちらに近寄って挨拶をしてきたので、それに応対する。部屋の中にいる護衛は三人。いずれも女性で、二人に見覚えはあるが一人は初めて見る顔だ。
「お久しぶりです、ウルタムス様。」
「お久しぶりです、ルリミアーゼ殿下。お元気そうで何よりです。…最初に会った頃と比べると、随分と明るくなられましたね。」
「そうかもしれません。魔道具を頂いてから、以前まで出来なかったことにも、自分から取り組めるようになりましたから、ずっと背中を支えていただいているような感じがしています。」
「それは何よりです。殿下ご自身がやってみたいと思えるものはまだまだあるでしょうから、殿下のご活躍の一助となれるなら魔道具の作成者として鼻が高いですよ。」
「ありがとうございます。」
「ところで、本日王国にいらっしゃったご用向きをお伺いして構いませんか?何分、先触れの方にお会いする前にルリミアーゼ殿下とお会いしてしまった次第でして。」
「あぁ、すみません。気ばかり急いてしまいましたが、今日は手紙をお渡ししたいのと、可能であればウルタムス様と直接お話をさせていただこうと思っていたのです。」
「直接お話を、ですか?」
「はい。我がガードラント皇国にて、ウルタムス様を貴族として迎える準備が整いました。ウルタムス様がよろしければ、皇国にてその手腕を発揮していただきたいと考えております。」
無理です。…てか、普通に本命をぶつけて来たな。強かだなぁ。




