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目指せ楽隠居!埋火卿の暗闘記  作者: 九良道 千璃
第六章 予想外の火種
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第3話

 貴族とは何か。


 ある者は、国力を表に示す者の代表だと言うだろう。貴族の振る舞いを見て、他の国はその国がどれだけ豊かかを知る。つまり貴族が優雅に、豪勢に振舞うことは、自国の威信を外に示すためなのだと。

 ある者は、国の名誉を掲げる者だと言うだろう。貴族とは国のまつりごとを行う者なのだから、貴族を馬鹿にすることは、その国を馬鹿にすることに等しい。つまり、貴族とは国の顔そのものなのだと。


 その辺りについては、千差万別の解釈があるから置いておく。しかしどの国でも基本的に共通する事柄として、貴族は国の政を取り仕切る権限を持つ。

 要は、国の仕事を行う義務を持っているのが、貴族と言う立場の者だ。国が行うべき仕事を自身の責任で取り仕切り、得たものを国に献上する。その代わりに国は貴族に対して、貢献した分だけ俸給を支給する。


 国に属する者として、国を治める血筋の者から直々に役職を賜ることは非常に得難いもので、だからこそ貴族は自身の務める役職に誇りをもって従事する。

 そしてその貢献の度合いが高ければ高いほど、国はその者の重要度を示す意味合いとして高い地位、つまり爵位を渡すことで国に貢献した者が公に敬われるようにし、その者の働きに多くの俸給を渡して報いようとする。


 爵位は最高位を王族や皇族と言った国のトップ。次以降は第一位から順に、大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。そして例外的に、貴族の中でも一段低い扱いとなる、第五位である準子爵、第六位の準男爵、第七位の騎士爵が存在する。

 一段低い扱いを受ける準子爵、準男爵、騎士爵以外の貴族は基本的に自分の子供への爵位継承が認められていて、家名を多少なりとも知っている者であれば、家名を聞けばその者の役職や爵位も見当がつく。この辺りの基本構造は、大体どこの国でも同じだ。




 そして貴族の爵位の中でも一段低い位とされる三つの爵位の内、騎士爵と呼ばれる爵位だが。例えば警邏を担う衛兵や、細々こまごまとした軽作業を担う小間使いといった技師職、個人の魔力に関する素質に大部分を依存する術士職などが任じられることが多い。

 要は雑用を担う者でも、それをある程度自身の裁量で責任を負って処理し、多大な貢献を行っている場合に認められる爵位だ。俺の呪いまじない師という職も、騎士爵を任じられる場合の多い職の一つ。魔術や錬金術などの幅広い知見を活かし、王城に持ち込まれ、また持ち出される物資の管理に責任を負う。


 そしてこの騎士爵という爵位。基本的に公にされていない情報ではあるのだが、実は王国では唯一、平民が得ることのできる爵位であるらしい。叙爵の権利を持っているのは王族ではなく、第一位から第三位の貴族。

 当然、叙爵を行う貴族に信頼されなければ叙爵の機会すらもないのだから、決して軽い立場ではない。しかし正式な貴族である他の爵位と比べれば、任される役職の重要度も責任の重さも段違いに軽い。

 だが貴族からの扱いが軽かろうと、騎士爵と言う立場が貴族であることは確か。平民からしてみれば騎士爵を叙爵するということは、王国に自身の貢献を認められたことの証である。




 リディの話を聞いて、とりあえず俺がどんな状況に置かれているかについては理解した。俺とリディの卒業研究の成果を表に出して実証すれば、並の貴族家が挙げられる功績など霞んでくる。

 それを元手にして俺に爵位を与え、皇族の相手をするに相応しい功績を持つと周知するのであれば、ルリミアーゼ殿下の相手を俺に任せる、と言うミミルーシャ姫殿下の提案も現実味を帯びてくるということだ。


 しかし普通に考えれば、平民が爵位を得るようなことにはならないのが常識。通常は平民と言う身分にある者が、貴族家として必要な教養や礼節といったものを身に付ける機会がないのだから当たり前である。

 王侯貴族の誰かのお墨付きが出来たからと言って、そう簡単に認められるとは思えないのだが。


「リディ。確認なんだが、平民が貴族に叙されるって、普通ありえないことだよな?」

「まぁ、普通はありえないな。だから平民が貴族家から騎士爵に任じられるときは、その前に叙爵を行う貴族家に、お抱えとか養子縁組って形で迎え入れられるんだ。そこで礼節と教養を学んで、今後のさらなる貢献が見込めそうなら、家を分けてもらう形で叙爵、それ以外なら貴族家のお抱えとして余生を過ごすって言うのが定番かな。」


「あー、そういうことか。貴族家に迎え入れられることをゴールと考えてたな、俺。」

「ウルからしたら間違ってはないと思うけどね。というか、この辺りは歌劇や演劇でもパターンがあるから、割と普及してる知識だと思うんだけど?」

「歌劇や演劇なんて、まともに見ないぞ。せいぜい吟遊詩人が歌うのを遠巻きに聞くくらいだ。」

「あー、それはそうか。必要な知識になるから、身に付けろよ。」


「ちょっと待て。まず貴族家に迎え入れられるならともかく、俺は誰かの家に迎え入れられたことなんてないぞ。どこで礼節を学ぶんだよ?」

「学院を卒業することで、礼節や教養をある程度身に付けた、って認識されるんだよ。だから学院卒業後に、姓を名乗るよう勧められただろ?あの時点でパーセル財務卿の息のかかった人間として扱われてるからな。」


「そういうことな。…ルリミアーゼ殿下の御用聞き任命は、これだけやるんだから断るなよ、と?」

「まぁ、そんなところだな。俺たちにとっても、信頼できる優秀な人間を身近に置けることが利益になるし、皇国に対しても最大限のもてなしをしているアピールになる。お前にとっても悪い話じゃないはずだろ?」


「まぁな。…クロークス公爵が俺みたいな昼行燈ひるあんどんに注意を払ってたってことは、結構前からこの話進めてたな?」

「そうそう。俺がウルにほぼお抱えみたいな形で役職を与えたときに、将来的に“断罪”として動いても不自然でないような爵位を叙爵したいって話を、クロークス公爵には通してたんだ。クロークス公爵は王宮内にいる役職貴族の監査みたいなこともしてるから、お前が貴族として相応しいかをクロークス公爵に確認してもらってた。

 でも、ウルがこれまで自分の功績を散々さんざん煙に巻いてくれたおかげでクロークス公爵が俺の言うことを信じてくれなくて、なかなか進まなかったんだよな。けど前回の魔族襲撃での立ち回りで、クロークス公爵も多少なり信じてくれたみたいで、言質が取れて少し前進ってところだ。」




「…そうか。城に詰め始めたときに、早い時期からニーシャが俺に小間使いとして付いてたのって、クロークス公爵が俺のことを探ろうとしてたからか。」

「多分な。“断罪”の事はニーシャ嬢も気付けてなかったみたいだけど、王城内にある魔道具の整備改修とか普段の仕事とか、結構な量をきちんとこなしてたって辺りは、クロークス公爵も評価してたぞ。まぁ、時々不明な理由で外出はするけど下働きとしては優秀、程度だったかな。」


 リディの説明で、ある程度納得が出来た。ニーシャがかなり積極的に俺に絡んできてたのは、別に婚姻がどうのという訳ではなく、色仕掛けというか、情報を聞き出しやすくするための親密さをアピールする技術だった可能性もあるのか。女性は怖いな、と改めて思いつつ、ふとローヴァス卿に言われた言葉を思い出した。

 早い段階でしっかりした身分を手に入れておいた方がいい、今のままだといざ切羽詰まった時、君は身内を裏切ってしまうことになる、という言葉だ。つまり俺が呪い師として働いている期間に功績を人に譲ったり誤魔化したりとしてきたことで、クロークス公爵がリディの言葉を信じるのに今の今まで時間がかかってしまった訳だ。


「悪いなリディ。知らずに顔に泥塗っちゃったみたいで。」

「まぁ気にするなよ。ウルの性格考えると仕方ないから。それにニーシャ嬢についても言えるけど、ウルの勘ってそんなに鈍くないってことが分かって安心したし。」

「は?勘?ニーシャに?」

「…あれ?ニーシャ嬢との結婚の話が進んじゃうかもしれないから、うかつに手柄立てるの警戒してたんだろ?」


「…あぁ……まさか、あながち間違ってなかったのか?」

「そりゃそうでしょ。ニーシャ嬢って結局妾の子だし、最悪平民として王城勤めに従事して独身で終わる女性だよ?今は持て囃されてるからそれはないとも思うけど、五年も経てばそんな話はどうなるか分からないしね。保険として同じ平民出身のウルに近付こうとするのも、間違いじゃないと思うし。」

「リディアル。多分保険って訳じゃないと思うよ。私から見たらウルに首ったけだよ?つい三日前も、パーティへの招待状を直接持ってくるくらいには入れ込んでるよ?」

「え、マジで?大胆だなぁ。」


「ちょっと待て。さっきのリディの説明で、ニーシャの親密さは俺から情報を聞き出すための演技だったのか、って思ったところ、だったんだが…。」

「あぁ、うん。その可能性もあるとは思うけど…。」

「…私から見たら、それも込みでの親密さアピールだと思う。情報を聞き出したい相手が、仲良くしてて損はない程度有望って相手なら、勘違いされても問題はない程度には距離を詰めようとすると思うし。」

「…女性って怖いわ。」

「まぁ、今後山ほど直面する状況だから、キチンと立ち回れよ?」


 頭を抱えた俺のぼやきに、カラカラと笑いながら無責任に言葉を返すリディ。ネルは困ったように笑いつつ、俺の頭に手を置いてくる。

 正直ネルの心遣いはありがたいが、そういう話を聞いてしまった以上、可能であればニーシャとの仲の進展についてクロークス公爵が手を打ってくる前に、ある程度こちらの行動指針を固めておかなければいけない。

 目標はネルとの縁談を前提として、他の貴族家からの干渉を可能な限り避けつつ、キチンとした立場を確保すること。縁談を申し込まれるような立場から、外れられるなら最良であろうか。


「…ネル。悪いが頼みがある。明日のクロークス公爵主催のパーティで、ある程度婚約者の存在をチラつかせるような行動が出来れば、今後俺に縁談を持ってくるような輩が減ると思うんだ。…えーと、迷惑でなければ、お前をエスコートさせてもらえると、非常に助かる。」

「…もちろん、って返したいけど。…リディアル?」

「うん。悪い手じゃないとは思うけど、お前に結婚を決めた相手がいるって公になってる訳じゃないから、クロークス公爵がどう出るか、だよな。最悪、明日のパーティの開催直前に、いきなり公爵からニーシャをエスコートしろって命令来たら、お前断れないからな?」

 慈悲ねーな、ホント。

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