第2話
リディから聞くところによると、ルリミアーゼ殿下が王国にいる誰かに執心していることは、既に皇宮で働く者たちに知れ渡っているとのこと。相手の名こそ秘められているが、月に一度は手紙を出し、あまつさえ自身の絵姿すらも渡しているとの話も周知のものとなっており、皇国の蓮華姫が王国の王子に恋をした、などと皇都では密かに噂されるほど。
その者に見合うだけの立場をと、皇宮で皇帝や皇后の補佐として献身的に働く姿は多くの皇国貴族の心を射止め、かつては腫れ物に触るようだった対応が嘘のように、今となっては何件もの縁談を申し込まれ始めているらしい。
まぁ、彼女は体質的な関係で外に出られないだけで、そこが解決すれば問題ない程度には育てられていたのだから、当然の結末だろうとは思う。皇宮で働き始めたということは、てっきり殿下が自身の生き方をそちらに定めたとばかり思っていたのだが。
というか、編入と言うことは殿下、一旦は皇立技術院に籍を置いたのか。基礎知識は共通する部分があるとはいえ、体力強化が基本方針だったはずだぞ、技術院は。あの体質でよく耐えれたな。
「流石にガッツリ体力鍛える方向にはならないぞ。技師適正の女性なんだし、座学がメインだ。」
「あぁ、そりゃまぁそうか。」
「学院側も流石に籍を置くとは言え、無理させて殿下が体を壊すと不味い、って考えたんだろうな。でも殿下自身も体を動かすことに慣れようとはしてたみたいで、今は平均的な学生くらいには体力がついてるらしいぞ。まぁ、運動は相変わらず苦手そうだけど。」
「問題なさそうで何よりだな。でも、それだと普通に皇国で技師として働けそうなところが見つかりそうなもんだけど?」
「そう思ったけど、王国への留学が云々と言う話を聞いて、ルリミアーゼ殿下が食いついたみたいなんだよ。」
要は、皇国の学習が合わないと感じるような場合は、王国で魔法を学べるように学院がサポートするという制度の話が、ルリミアーゼ殿下の耳に入ったらしい。殿下は技術院の関係者に掛け合い、制度を利用して王国への留学を画策した。
それに必要な手順として、技術院への入学が必要となり、一時的に籍を置かせてもらった、と言う話らしい。言い方は悪いが、技術院への入学を王国留学への踏み台にする辺り、強かと言うかなんと言うか。
「…その状況で、なんでルリミアーゼ殿下に付ける御用聞きに俺の名前が上がるんだよ。リディが俺の名を出したようにしか思えないんだが?」
「それは断じて違うぞ、ウル。名前を出したのはミミィだ。」
「姫殿下が?…まさか。」
「そう。前に一度ルリミアーゼ殿下からの手紙について、俺とミミィに相談しに来たろ?その時にミミィが色々と勘付いたらしくてな?王国への留学手段を探してルリミアーゼ殿下に教えたの、ミミィなんだよな。」
「あぁ、ミミィが留学の手続きとか手段とか、私に相談しに来たの、それが原因か…。」
「ネルお前、余計なことを…。」
「ごめん。待って。弁明させて。ミミィに子供が生まれたときのことを考えてると思ってたの。ルリミアーゼ殿下の事とは思いもよらなかったし、私はミミィに頼まれて魔導学院の制度とかを一緒に探しただけだから。」
ネルのまさかの行動に慄きながら目線を向けると、ネルも慌てながら言葉を返してくる。リディは俺たちのそんなやり取りを笑いながら見つつ、いつか聞いたようなふざけた言葉を投下する。
「まぁ、そんなとこに目くじら立てなくても、ルリミアーゼ殿下の留学を阻む手段はないからなぁ。…頑張れウル、未来の皇国との関係はお前の双肩にかかっている。」
「丸投げするなよ。もうちょっと何とか頑張れよ。そもそも今、外務卿とか外務職にいる貴族がいるだろ。他国の皇族の相手を外務職がやらないってどうなんだよ?」
「いやぁ、現時点でルリミアーゼ殿下って、皇国で人気急上昇中の皇族だぞ?そんな人から名指しで手紙をもらってる相手がいるんだから、気分良く王国に滞在してもらうために、ソイツに仕事を振るのは当たり前だろうに。」
「仕事を振るってレベルじゃねぇ。手紙の相手とか会って話す程度ならまだしも、なんで御用聞きなんだよ。絶対皇国にそれっぽい役職の人いる立場じゃねぇか。そういう人を皇国から連れてきてもらうのは?」
「出来なくはないけど、ルリミアーゼ殿下って長い間表に出てなかったから、信頼できる人がほとんどいないんだと。下手に付けて裏切られる危険性を考えるより、交流があって信頼できる関係の人間を一人でも多く、殿下の近くに付けておきたいらしい。」
「…まぁ、そうだろうな。…他の皇族やその側近が出張ってきたりとかは?」
「ミミィが確認したけど、なさそうだぞ。元々皇国って、自分の道は自分で切り開けー、っていう気風が強いだろ?皇族と言っても、基本的に最低限度の護衛くらいしか連れてこないことが多いからなぁ。」
「…ルリミアーゼ殿下に戦闘能力は皆無だぞ?最低限ってどのくらいだよ?」
「流石に戦闘能力皆無の人間を、護衛なしで派遣するほど警戒してない訳じゃないと思うけどなぁ。常時ついてるのが三人くらいとして…全部で七、八人くらいか?」
「…サルビア殿下も同程度だったんだぞ。もう普通の賓客待遇だろ、それ。」
「バレたか。」
悪びれもせず笑うリディに頭が痛くなる。この状況で一番頭が痛いのは、皇国の皇帝陛下のご令嬢の相手を、王宮雇いの役職持ちとはいえ、平民が任じられることである。
そもそも皇国は、勇者を任ずるための契約魔術を結ぶために機能する国家間同盟、勇者条約の同盟国内で、王国に比肩するほどの貢献度、つまり国力を持つ国だ。そんな国を治める皇帝のご令嬢が王国に留学に来るとなると、当然それに見合った格式での応対が求められる。
礼を失するようなことなどすれば、自分のことを軽視している、あるいは敵視している、と思われかねず、それは後々の戦争の引き金になるかもしれないからだ。
それゆえに普通であれば、案内役一つとっても、それ相応の教養があり、相応の礼節を知り、相手が不快でない対応ができる人物が選ばれることが多いのだ。この道の専門家として真っ先に挙げられるのが、それぞれの国の風習や礼儀を熟知する、外務卿などの外務を担当する職である。その次に挙げられるのが、最低でも王国内での貴族の応対など、礼節をもった応対に長ける王宮内の内務職にある人物など。
要は相手が応対する者を見たとき、自分が丁寧に応対されている、と感じられるような振舞いができる者が任じられるのだ。その度合いは、応対を任される者の立場が高ければ高いほど簡単に、そこを相手に印象付けられる。
つまり、そういう役職の者を差し置いて俺がそんな光栄な立場に任じられれば。外務職や内務職にある人物にとっては、お前程度に任せてなどいられない、などと言われるようなものなのだ。貴族とは国の政を任される者なのだから、自分の立場が軽視されているような言動に対して、不満を抱かない訳がない。
したがって内務職や外務職にある、立場が比較的低くて根回しなどの事前情報共有を受けられない小身の者が、俺という身分不相応の好待遇を受ける成り上がり者を妬み嫉み恨みなどする訳だ。
これまでは影に隠れるようにこっそりと一部の者の恨みを買う程度で済んでいたはずなのだが、今回ばかりは恨みを買う範囲が広すぎる。下手をすれば本当に今の職を追われるかもしれない。
「リディ。今回ばかりは無理言ってでも外務卿にやってもらえ。俺が恨みを買う範囲が広すぎる。外務職や内務職にある貴族を差し置いてこんな事やったら、下手すれば暗殺されるしな。」
「いや、死なないでしょ。俺とお前のどっちが狙われても、ウルなら返り討ちに出来るし、俺にはアレあるんだし。」
「アレがあっても、俺が職を追われたら元も子もないんだよ。」
「追われないぞ。近々、お前も貴族入りするしな。」
「…ちょい待てリディ。情報が飽和してきたぞ。何企んでやがる。」
「企むとは人聞きの悪い。これまでお前が成してきた功績を、少しだけお前に還元しようとしてるだけだぞ?」
「具体的に、最初から言え。」
「話の発端となったのは、ルリミアーゼ殿下の留学が決まった時、ルリミアーゼ殿下の御用聞きとしてウルを付けようってミミィが提案した事。姫様の話を無下にも出来ないけど、貴族でない者がルリミアーゼ殿下の応対を任せられるのは分不相応だろう、って話が出た。
結果として、勇者殿に教えた俺たちの卒業研究にクロークス公爵が目をつけ、パーセル財務卿お抱えの文官に爵位を与えて手勢に引き込んだ、という体裁を取って、お前に騎士爵の叙爵を行う事が確定した。
近いうちに公爵から、それに関しての話があると思うよ。公爵はニーシャ嬢をウルの嫁にするかどうかまでは明言しなかったけど、とりあえず騎士爵でも爵位があれば、ネルとの関係としては十分だろ?」
「…それで勇者殿二人の教練って話が出て来たのか。まぁ普通に考えれば今のご時世、魔王討伐以外に使い所ないよな、限定不死なんて。」
「魔王が出なければ、戦争しないに越したことはないしな。」




