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目指せ楽隠居!埋火卿の暗闘記  作者: 九良道 千璃
第五章 行き交う打算
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13話

「お疲れ様。」

「…ネルもお疲れ。」

 その後、結局事後処理と王宮からの事態の公布、そしてその際の対応などで、バタバタと二日間が過ぎて行った。今はネルが俺の部屋に、息抜きに遊びに来て茶を飲んでいるところだ。

 今回の騒動は、突発的に発生した魔人の襲撃に際して、王城雇いの魔術士“血雨ちさめ”と王宮筆頭魔導師ネリシアが対応。魔人が捨て身の禁術を発動して二人を道連れにしようとした時、魔王討伐パーティ参加候補者ヴァルトおよびミルツの両名が今代の勇者として覚醒し、禁術を浄化して事なきを得た、と言う形で公布することとなった。


 ローヴァス卿とエクスについて公にはなっていないが、エクスの方は戦闘能力自体は皆無、かつ今の時点で聖剣の能力保持および魔力回復のために、一時的に身体を分解して聖剣に戻っているとのことだ。

 ローヴァス卿は騒動の際に他の候補者を保護する方向で動いていたらしく、俺の介入で出番がなくなってしまった、と口にしていた。ネルが俺の介入と同時に攻勢に出たのも、俺の介入の直後にローヴァス卿に、祭壇側の障壁の制御をローヴァス卿に任せられたから、という点が大きかったようだ。

 一緒にマルヴァ卿も抑えてくれていたらしく、変に被害が拡大しなくてよかったように思う。




 そして今回正式に勇者として魔王討伐パーティをまとめることになったヴァルトおよびミルツについては、現在ミカグラ卿が張り切って、特別訓練メニューの下に指導を行っている。

 元々ミルツの方は多少礼儀作法についても教えつつあったらしいが、ヴァルトと同じメニューを叩き込んだ方が、連帯感などから利点が多いとのことで、現在は訓練の真っ最中だ。


 勇者が二人、と言う点に違和感を感じる者も多いだろうが、こういう事態は今回に限った訳ではない。勇者不在でも、元徳の権能などできちんと戦力を揃えれば魔王を討てることは歴史が証明しているし、勇者としての契約も、聖剣としての契約も、実は対象が一人でないと使えない、と言う訳ではない。

 現に、一人だけ、と言う条文がどこかに記載、もしくは記録されている訳でもなかったし、勇者が二人も居れば大丈夫だろう、と市民に安心感を生む要素にもなり得るので、勇者が二人生まれたことは喧伝することとなった。




 事態が起こった際に二人が持っていた武器についてだが、ヴァルトおよびミルツからもたらされた情報によると、聖剣の契約が成立した瞬間から、聖剣は当代の勇者に紐付き、勇者の意思に従って勇者の下に転移する能力や、勇者の意思に従ってその形状や形質を変える能力を持っているらしい。つまり、事態が収まった時ミルツの持っていた杖は、聖剣が形質を変えたものであり、ヴァルトの持つ聖剣と併せて一つの聖剣と扱われる、ということだ。

 聖剣自体がロストテクノロジーの塊と言うこともあり、いまいち理解がおよんでいない所もあるが、例えば勇者が両手に武器を持つスタイルを得意とする場合に、聖剣が形質を変化させて両手に武器を握らせることの派生、と考えると分かりやすいのだろうか。


 つまり、ヴァルトの持つ武器もミルツの持つ武器も、同じ形質を持つ聖剣であり、その能力を使用者が十全に扱える形質を表している、と言うことらしい。

 細かいことについてはまたヴァルトやミルツに聞く必要があるかもしれないが、両方が聖剣の能力を持つ二人専用の武器、と言うことが分かれば、最低限公に出来る情報ではある。この辺りは今後、聖剣の能力に疑問があれば、二人に聞く形を取れば問題ないだろう。




「まぁ、私としては大満足な結果なんだけどね。」

「俺からしてみればちょっと訳が分からない結果だけどな。」

 そう口にするネルに、返す俺。この騒動での一番訳が分からない結果として公布される情報は、ネルが魔王討伐パーティに選ばれなかったことであろうか。


 元々勇者選定の儀というのは、魔王討伐パーティを編成するに先んじて、ある程度の定型化した幻覚への対処能力を見ることで、候補者同士の相性を確認するために行われるものであり、ある程度相性が良い者から魔王討伐パーティに編成されるのは当たり前のことではある。

 その結果、当代の勇者ミルツとネルの、戦闘能力的な立ち位置が被ってしまい、能力差からミルツが優先された、というのが事の顛末なのだが。


 先んじて魔物の軍勢二万を掃討するほどの実力者が、魔王討伐パーティから外れるというのは誰もが疑問に思うところだろう。今のままだと海国ジルトランから来るはずだった候補者に協力要請を行う方がいい気も、ネルの途中参戦を考える必要性もある気もしてくる。

 ただ、誰をパーティに加えるかなどの判断を行うのは、今の時点ではヴァルトとミルツ、両名の判断次第となっている。両者が魔王討伐任務に赴く際に、情報として提供しておく方がいいだろう。




 現時点で当代の魔王討伐パーティとして名が挙がっているのは、王国から勇者ヴァルト、勇者ミルツの二人。皇国から“勇騎士”マルヴァ卿、森国から“勇聖”ローヴァス卿、フラスタリア連合から“天翔弓”サルビア姫の五人。通常のパーティ編成として足りない部分は、ヴァルトおよびミルツの判断で、今後パーティに加わってくれる者を選んでいく形だ。

 出立直前に正式に勇者としての任命式があるため、その時点から先の五人は魔王討伐パーティとして、公の立場を得ることとなる。現在はヴァルトおよびミルツの訓練が仕上がり次第、と言う形にはなってしまうが、魔王討伐パーティの基本形は出来上がった。実際に魔王を討てるかどうかは、勇者二人の行動次第ということだろう。


 ちなみに、今代の勇者二人に目覚めた元徳の権能だが、ヴァルトの方が慈愛、ミルツの方が希望ということだそうだ。先の闘技場で魔人が起動した禁術を、封じる形で起動したのがヴァルトの起動した魔術、滅する形で起動したのが、ミルツの起動した魔術らしい。

 ただ元徳の権能を使いこなすには程遠い状態だったそうだ。得てしてそうだが、元徳魔法にはその効果が非常に強力なものが多い。それを使いこなすためにも、今後二人には学院への短期編入も考えられているらしい。

 まぁ今後そこを考えていくのは、ミカグラ卿なりその他の権力の強い貴族様たちだろう。ヴァルトやミルツと関係を持ちたい貴族様も多いことだから、俺にまで何かしら影響が及ぶような異常事態にはならないはず。ヴァルトとミルツの奮闘に期待したい。




「…で、結局、あの魔人三人、どうするの?」

「…協力者として勇者に付ける。三人からの聴取はまだ終わってないが、魔王を討つことを目的に活動してることは確実だった。だったら勇者に同行させて、細かい事情はそっちから聞き出す。」

「大丈夫なの?それ。罠とかって可能性は?」

「怪しい魔術や呪術の類は先日まとめて解除したから、罠になる可能性は低いはず。魔王城や他の軍勢についての情報にも詳しいみたいだから、場合によっては勇者の下に置いた方が、有利に働く可能性が高い。」

 この辺りはローヴァス卿の協力の下、三人に事情聴取を行った結果だ。実際、あの三人にはまだ隠していることが多そうだが、ローヴァス卿の正義の眼ジャスティスサイトには、害意のある嘘には見えなかったらしい。


 なら、魔王の軍勢がどうのと言う詳しい情報を持つ者に付けた首輪を王城に縛り付けるよりは、軍勢の情報に的確に対処でき、要所の急襲、奇襲を行える魔王討伐パーティに手綱を握らせておいた方が上手く使えるというものだろう。

 世間体的におそらく三人には、奴隷契約なりと言う形で契約魔術を締結してもらうことになると思うが、俺が解除した妙な呪いや、先日の魔人が起動した禁術のようにはならない予定である。この三人がどのように扱われるかも、当代勇者の判断次第だ。




「…そうなると、しばらくウルは手が空きそう?」

「うーん…今溜まってる仕事が片付いたら、後は魔道具作成ぐらいかなとは思ってるけど、多分しばらくは空きそうにないな。」

 今回の出来事については一旦一区切り、と言いたかったところではあるが、現時点で俺の下に溜まった仕事が、ここ数日ほとんど進んでいない事実と、そろそろ向き合わないといけない。さらに言うなら現時点で引っかかっている点もいくつかあるのは事実だ。


 まず、エクスが俺に言った、素質があるという点について。結局今回、ヴァルトとミルツという勇者が生まれ、その後エクスは勇者付きの聖剣となったために触れられないままとなってしまったが、元徳の権能の素質が俺にあるらしい、と言う点について、現時点で全く突き詰められないまま物事が終了してしまっている。

 加えて英知の権能を持つネルが魔王討伐パーティに加入していないという状況から見ると、それぞれ七つの権能の内、元徳の権能は二つ、大罪の権能が一つ、それぞれ戦線から外れているという状態だ。


 先日エクスが行った、謙譲という権能の譲渡を行うにしても、具体的に何をすればその権能を渡せるかについての情報がない。当面はローヴァス卿から森国の伝承について聞くか、エクスから情報を聞き出すかしなければ動けない。

 つまり戦線に出ている権能の数で言えば、現時点で人族に不利な状況となっている可能性が高い。あまり悠長に構えていると、手痛いしっぺ返しを食らうだろう。勇者の教育を受け持った、ミカグラ卿の手腕に期待したい。


 次に、勇者選定の儀の直前に秘密裏に行われた会合で、俺に元徳の権能を開花させる素質があるとエクスが発言した事。俺の持つ二つ名、“断罪”についても一定数が知ることとなった以上、俺に対して明確に敵意を持つような輩は今後少なくなってくるとは思う。

 しかしそれは、俺自身がそこそこの戦闘能力を持つこと、および敵意を持つ輩に対して相手を処断するだけの権力を持つことが公に出たということだ。

 王宮雇いの呪いまじない師や本来影に潜むべき暗部“血雨ちさめ”としては、隠し事を見抜かれてはいけない相手と言う形で、ある程度の数の貴族に周知されたという点から見れば厄介事である。今後俺自身が直接動くことを、快く思わない輩が増えて来るだろう。


 現時点で明確に引っかかっているのが以上の二つだ。気になることはもう一つあるにはあるのだが、こちらは今後の動きでどうとでもなる。魔王討伐は勇者に任せる、という基本方針は変わっていないが、細かいところで気を付けなければいけない点が増えてきているのも事実だ。

 今回勇者の育成期間を設けると言う形で勇者の出立を遅らせ、その間に魔導学院への短期編入も考えるという方針も秘密裏に根回しされつつあるところである。勇者の育成については何とかなるだろうが、人族不利の情勢のまま数ヵ月を過ごすことがどう転ぶかに不安が残るという所だろうか。




「で、手が空きそうか確認して来たってことは、何かあるのか?」

「あぁ…うん。ちょっとね。…今の時点で、他の貴族家から粉かけられてない?」

「粉?…あぁ、そっちか。今のところは特にないな。」

「なら、一度うちのお茶会に参加できる?お父様が今度お茶会を開くらしいんだけど、ウルと話すにはちょうどいい機会だからって打診してきて。」


「…まぁ、参加自体は良いんだけどなぁ…。」

「…何か引っかかってる?」

「…いや。“断罪”の名が広まって早々にコレとなると、今後が思いやられるなぁ、ってな。」

「まぁ、仕方ないよ。貴族家の付き合いだし、これがないと仕事が進まないことも出て来るし。」

「そうだよなぁ。…貴族の相手って、手間も金もかかるわ。」


 結局、俺自身が貴族でなかったからこの手の誘いが来なかったということではあるが、貴族家の付き合いというのは、例えば相手がこういう節目を迎えた、では祝おう、贈り物をして、こちらの覚えを良くしてもらおう。例えばお茶会を開いてこういう贈り物をしてもらった。ではお返しとしてこんなことをしよう、こういう便宜を図ろう。といった、言葉を交わさない戦いが繰り広げられる場でもあるのだ。

 これまで関わりがなかったので気にして来なかったが、今後はこういった場も戦場とする必要があるという事実に直面して気が重くなる。ネルは貴族家令嬢としてきちんと受け入れているようだが、俺自身もこういう所には慣れていかないと今後何もできなくなるだろう。


 そんなことを考えつつネルとお茶をしていると、不意に部屋のノッカーが鳴った。応対のためにドアを開けると、貴族然とした服装の美少女が部屋の前に立っている。

 一瞬誰か分からなかったが、表情とその雰囲気はニーシャの物だ。小間使いとして仕えてくれている間はピッシリと髪をまとめていたのが、貴族然とした煌びやかな髪形や装いに変わっているだけでここまで印象が変わるということに驚く。

 貴族然とした服装をしているということは、貴族家令嬢としての用向きだろうか。驚きながらも貴族家向きの応対を行うと、ニーシャは微笑みながら話し始めた。


「…ニーシャ様でしょうか?」

「お久しぶりです、ウルタムス様。少しだけ急ぎの用事がありましたので、私の我儘を通させてもらいました。突然の訪問をお許しください。」

「いえいえ、いつもお世話になっておりますから、そのようにお気遣いなさらないでください。失礼ながら、どのようなご用向きなのか、お教えいただけますか?」


「今日から四日後、クロークス公爵閣下の王都別邸で、私の誕生パーティが行われる予定なのです。よろしければウルタムス様も、是非ご参加いただきたいとの旨を、公爵閣下より伝言を承りました。招待状もお持ちしましたので、お返事をお願いしたいと思っておりまして。」

「残念ですがニーシャ様、その日ウルは、私の家のお茶会に参加することになっていまして。」


 突如として後ろから顔を出したネルに驚いて諫めようとするが、ニーシャの口の方が早かった。二人の目線の間で、バチバチと火花が飛び交うように見えたのは、錯覚だと信じたい。

「ちょっと、ネル?」

「あら、マリルターゼ男爵にも招待状は既にお送りして、お返事はいただいておりますよ?ぜひ参加してくださるとのことですから、その日お茶会を開催されるというのは不自然ですよね?」

「なっ!?」


「ひょっとして、どうしてもウルタムス様をお茶会に参加させたくなかったのでしょうか?宮廷に勤める者と貴族家の交流を妨げるのは、貴族家令嬢としてあまり外聞がよろしくありませんね?」

「ニーシャ?ちょっと待ってくれ。返事は急いで書く。さっきのは俺の私的な客人の言葉だから、気にしないでくれると助かる。」

「あら、それは失礼致しました。」

 とりあえず、発する雰囲気が貴族家令嬢ではなく、俺付きの小間使いの時のものに戻っていたため、急いでネルをフォローするように声をかけると、クスクスと笑いながら応えるニーシャ。ネルの方は不機嫌そうに俺に隠れるが、なぜか腰の辺りの服を掴んでくる。

 そうか。こういう戦いがこれから増えるんだな。そんなことを考えつつ、俺は今後の事を考えて溜息をいた。


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