11話
事の発端は昨日の夕方、魔王襲撃が秘密裏に周知され、対策について話し合った会議の後、ネルからふと確認されたことだ。
「魔人族を魔道具で検出することって、不可能なの?」
「…どうしても他の種族の魔力と区別させることが難しい。亜人族と人族の違いとかも、魔道具だと性能や要求出力的な問題で難しくなる。」
魔術装導器官を他人に説明するときに、よく使う例え。術令帯は魔力を使うための手、というイメージを思い浮かべてもらうと、相手にはわかりやすいのだが。
術令帯で物を感知するときに、術令帯による干渉能力で相手の魔力を測ることは、手で物に触り、その触感から様々な情報を確かめるというプロセスに似ているのだ。物を触った感触で、物の温度や形状、大きさや質感、場合によっては重さという情報を集められるように、術令帯で相手の魔力をある程度測る際、感知能力に長けた者なら干渉した魔力の質から、例えば森人や樹人、犬人や猫人と言うように、相手がどんな種族かを判別することが出来る。
直接会うなどして、どの種族がどんな魔力特性を持っているかを知っていることが前提条件となる以上、王宮など街から離れない者には少ないが、多くの街を渡り歩く探索者にはこの辺りの特性を伸ばしている者も多い。魔人を魔力で感知できるようになることは、この特性によるものだ。
だが、この辺りを魔道具で確かめようとするのは現時点で不可能だ。魔道具で確認できるのは、ある程度以上の魔力を持っているか否か、魔法として魔力を込められているか否かと言う程度で、質感などという性質を魔力的に判別できるほど、現在は魔術的な技術が進んでいない。
「現時点で魔道具で確認できるのは、ある程度定量化した判断基準の元で、決められた枠に入っているかいないか、と言う程度なんだ。魔道具の魔力干渉で種族を判別出来るようにするには、技術力も時間も全然足りない。」
「…そっか。…あれ?でも、それだと王城付近の侵入者感知の魔道具はどうなってるの?」
「あぁ、アレ、実は怪しいヤツの魔力反応を捕らえてる訳じゃない。王城の城壁近くで、意図的に、高速で移動してる魔力反応を検知してるんだ。
王城の城壁を越えようとすると、助走をつけて跳ぶとか、魔術を使うとかして、ある程度以上高速で移動する必要があったり、大規模な魔術を使う必要があるよう、城壁近くの大通りの幅は設計されてるんだ。
だからそれを踏まえて、城壁を越えられる程度の魔術や体術の行使、一定以上での高速移動を検知して障壁を展開して時間を稼ぎつつ、衛兵や騎士団に注意喚起をする、って機能になってる。」
「うわ。なんか面倒くさいね。」
「王城が攻略されないようにするためのコストと思うしかないな。でも、今回は襲撃。闘技場に同じ魔道具を設置したとしても、例えばコッソリ中に入り込まれたりしたら意味がない。
城壁に仕込んでるのと同じ魔道具を闘技場全域に張り巡らせるのに一ヵ月はかかるから、時間も足りないし材料もない。城壁の魔道具を闘技場に移設して、王城を丸裸にするのは現実的じゃないし。」
そんなことを言っている間に俺の執務室に着いたのだが、ネルが自室へ帰りそうになかったので茶を出していると、一息吐いていたネルが、ふと思いついたように口を開く。
「…ウル、ちょっと確認なんだけど。…使い魔みたいな魔道具って、作れたりする?」
「…使い魔?」
「うん。…テイマーや召喚術士でいう召喚獣とか…。」
「…あぁ。自律制御で術者を補助する魔道具を作れるか、って事か。」
「うん。それが出来るなら、闘技場全域を感知できるように配置した後、準備が整った時点で闘技場全域に、召喚獣越しに私の感知能力で干渉すれば、魔人族っぽい魔力は感知できると思って。」
「…それ、ゴーレムに術者の魔法を使わせるってことだぞ?大丈夫なのか?」
「魔法を使わせること自体は大丈夫。英知の権能の一つに、魔石とかを触媒として使って、遠隔地点から自分の魔法を起動または制御できるって言う能力があるから。
でも、テイマーや召喚術士の能力って、権能で言えば信仰の能力だし、私自身も召喚術を正式に学んだわけじゃないし…。」
「…なるほど、そこを魔道具で埋められれば、ある程度対応可能だと。…でもなぁ。」
「何かあるの?」
「…あぁ、いや、魔道具越しにネルの感知能力で干渉させられるなら、闘技場の門に身体検査の名目で制限をかけて、引っかかったヤツを何か理由付けて別室に移動させて拘束、という形にした方が楽だと思うんだよな。」
「あー…うん、確かに楽だと思うけど、魔人族だけピンポイントで移動させられたら、変に思われない?」
「…囮を何人か仕込む必要あるか。」
「最低限でもそれは必要だよね。」
「…とりあえず、どの程度の触媒ならネルの感知能力が起動できるかは分かるか?」
「…結構大きめかな。上級でもなんとか行けるとは思うんだけど、質が悪かったりすると使い捨てにしかならないと思う。」
「…手持ちで対処できるレベルじゃないな。…リディにちょっと掛け合って、王宮の在庫から使わせてもらうか。」
「…ごめんね。」
「気にするな。必要なことだし、リディも分かってくれるだろ。」
この話の後、リディに掛け合って王宮の魔石をいくつか経費として使うことの許可を取り、衛兵隊隊長や門を警備する衛兵に事の次第をまとめた手紙を送ったのが、昨日の日暮れ前。
魔道具作成に着手し、なんとか予備を含めて四つの魔道具が完成したのが、空が明るくなる少し前。少しだけ仮眠を取った上で、ネルと一緒に魔道具の最終的な動作確認を終わらせたのが、闘技場の入り口が解放される少し前。
本当にギリギリのタイミングで闘技場の門に網をかけることに成功し、さて監視だと意気込んだところで、網を張ったネルが魔人族の反応を感知。
急ぎ現場に向かい、魔道具の試験に協力をという適当な名目で、三人集まっている魔人族をひとまとめに適当な部屋に押し込め、即座に拘束、と言うのが、昨日の夕方から現在に至るまでに起こった出来事である。
さて、それを踏まえた上で、目の前の魔人三人への対応をしなければならないのだが…正直、相手が魔王とその部下、しかも大罪の権能持ちであるという条件を考えあわせると、まともに話し合うよりさっさと処分してしまった方が早いように感じている。
しかしながら魔王と言う存在の出現の報が、二年も経たないうちに二回も出るなど前代未聞だ。ここで処分した結果、三回目が発生しても困るのだから、今聞ける情報は今のうちに聞き出しておきたい。流石に魔王の出現条件が分かる訳もないだろうが、今後の参考にはなるだろう。
「…とりあえず、お互いの情報のすり合わせから始めようか。誠実な対応を期待する。」
「…その前に一つ確認させてください。…先代の勇者が、処断されたというのは、確かなのですか?」
内心で頭を抱えつつ口を開くと、先程こちらの言葉に噛み付いてきた妙齢の女性ではなく、少女の方が確認の言葉を口にした。想定外のことだが、相手の戦意を削げるなら損ではないだろう。今行われている勇者選定の儀について触れないように意識しつつ、返答する。
「…確かだ。反逆を企て、王宮筆頭魔導師をも引き込もうとしたことから、その場で導師様の手で処断された。」
「…そう、ですか…。」
「…報告によれば、魔人と連絡を取り合っていたらしきことが確認されている。お前たちの元にその報告が上がっていないのは不自然だと思うが?」
「…私の手元に挙がった報告には、協力者としか言及されていませんでした。報告者の素性の詳細は、アリア様には伝わらなかったものかと。」
俺の質問には、壮年の男性魔人の方が答えた。言っていることが真実なら、どこかで情報が抜け落ちたか、意図的に削り落とされたという所だろうか。
まぁ、先代勇者ヴィストの情報が、表に出ないまま消えてくれるのは悪い事ではないだろう。そう考えていると、少女の方が必死に言葉を投げかけて来た。
「…不躾で申し訳ないのですが、お聞きしたいことがあります!先代魔王を討ったパーティの方と、お話をさせていただくことは可能でしょうか!?」
「不可能ではないかもしれないが、その必要があるとは思えないな。魔王の討伐がこれから行われることから、今は人族も亜人族も魔王討伐のために協力する風潮が強まってる。魔人族の話を聞く意味はない。」
「私たちには今代の勇者やその仲間の協力が、どうしても必要なのです!拘束されたままでも構いませんから、ぜひお願いします!」
「人族の重要な催事の現場に忍び込むような魔人の企みに、わざわざこちらから協力する必要もなければ、具体的な利点も見えないな。お前たちは、何を考えてこの場に居るんだ?」
転生者二人からの報告では、今頃この三人が闘技場で暴れるはずだったのだから、と考えながら声に出してふと気付く。襲撃者が三人、というのは聞いた。しかし、襲撃者がこの三人かと言う点は不明だし、例えば俺が敵の指揮官だったとして、潜入工作を一組のみに任せるかと問われると否だ。
手札が潤沢でないならまだしも、確実に実行させたい作戦であれば、潜入させる部隊は全滅への備えとして複数に分ける。闘技場に入ろうとした魔人が俺の目の前で三人捕まっていても、何か起こる可能性がゼロになった訳ではない。
「…私たちには、既に時間がないのです!どうか!」
「…時間がない?」
急いで闘技場の方に戻る必要があるか、と考え始めたときに、少女の魔人の方が切羽詰まったような言葉を発する。また厄介事か、と考えながら言葉を返した矢先、少女を含む三人の魔人の首を中心に、濃く暗い紫色の魔力光が漂い始めていることに気付く。
その魔力光に気付いたのは、俺だけではなかったのだろう。三人の魔人は覚悟を秘めた表情でこちらを見つめていた。
「…あぁ、まったく。」
厄介事というものは、なぜこうも重なるものなのか。
まぁ、相手が尻尾を出してくれたのだから、遠慮なく掴んで引き摺り出すとしよう。
「三人ともそこを動くな。…解魔。」
刹那、パキン、と言う軽い破砕音と共に、周囲に漂っていた紫色の魔力が掻き消える。響いた音と自身の周囲の変化に気付いたのであろう三人は驚愕の表情を浮かべているが、正直その対応をしている猶予も惜しい。
「…今のままでも動けはしないだろうが、状況が変わった。お前たちの話は後で聞く。」
「…え?……はい……え、あの?」
驚愕と動揺を表情に浮かべ、次に発する言葉に窮していた魔人の少女と、驚愕と共に絶句している残り二人の魔人を置いて俺は部屋を出て鍵をかけると、魔法で身体能力を強化して通路を走り始めた。
さっきの魔力光は、敵の呪術だ。時間経過、もしくは作戦行動を取っていないことを引き金に起動する呪術と言うことは、先の三人の他に最低でもあと一人、三人に指示を出す立場にある敵が、闘技場内にいる。
敵がまだ動かないことに期待しつつ、俺は闘技場の中を駆けた。




