10話
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「…ちょっと、何ニヤけてんの?」
「ん?…いやぁ、何?ちょっとさっき衛兵隊の職務に励んでたら、サルビアと遭遇してさ?」
「…あー、フラグ?」
「そ。ちょっと不安な部分もあるけど、確定ルートでしか聞けないセリフに似たようなセリフを聞いたんだよな。これは勇者の権能に目覚める時も近いかも。」
「…あのさ?昨日今日でそんなフラグがホイホイ立つと思ってるの?」
「イヤ、流石に思ってねぇよ?でも、俺だってアレからずっと職務に邁進してきたんだしさぁ?怪しいところがあっても、そこに気を付ければイケるって事じゃん?」
「…ホントにイケんの?」
「大丈夫、大丈夫。ゲームでもサルビアって、慣れれば結構ルート構築楽なんだよな。他のキャラとのフラグが分からない以上、魅力抜群のキャラのフラグが立ちかけてるなら、迷う必要ないし。」
「…まぁ、骨も拾わないけど頑張って。」
「酷ぇなぁ。…ミルツの方はルート決まってんの?」
「…一応、シクのキャラにフラグ立ってるっぽいんだけど、どうにも埋もれちゃいそうでさぁ。多分、王者ルート行っても微妙かなぁ。」
「…え?ウソ、シクのキャラと?…マジ?」
「…マジ。次のアプデで追加されるキャラに、“断罪”ってあったじゃん?」
「あー…、アレだ、なんか二つの戦闘スタイルを使い分けて、って先行情報にあったヤツ。」
「それ。…王城で私が捕まった時、先行ムービーで使われてたCGそっくりの立ち姿見たんだけど、今のところルート確定クエストみたいなのもないし、先行情報だったからホントのルートかどうかも分からないし。って言うかそもそもあの人、ネリシアと仲睦まじい感じじゃん?」
「あー、アレか。昨日四人で部屋に押しかけたとき、ネリシアと話してから別室で俺らの話を聞いた、あの人。」
「そうそう。ネリシアとあんな風に話せる間柄なら、普通もう婚約しててもおかしくないかなって。ゲームなら多分、ここで王者ルート行ったらルート確定クエストで好感度稼ぎ、とかだろうけど、婚約してたら狙えてもいいとこ側室だし。」
「そっか。お前、王者ルートだったっけ。ラスティエルとかは?」
「多分、部署と言うか配属が違うからホントに接点ないよ。ミカグラ卿のクエスト受けて、細々(ほそぼそ)やる感じかなぁ。誰かの配下になって進む方針で行くなら、ルート確定クエストがないと目指す方向が分かんないし。」
「そっか、とうとうお前もそんなところまで来てしまったんだね?」
「ウッザ!芝居ウッザ!何その反応!」
「フハハ、精々悩むがいい。俺はサルビアとのフラグ構築に勤しんでおくからなぁ!」
「いっつもそればっかじゃん。ホント胸好きなー。」
「うっせ。で、本命は?」
「保留かなぁ。」
「なんだよ、こっちばっかりじゃねーか。ちょっとはそっちも言えって。」
「よーけーいーなーおーせーわ!ホラ行け!」
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「…あれが、王都か。…人、多いな。」
「はい、アリアーゼ様。あの街に勇者がいるはずです。」
「…父上を討った、あの者か。」
「…協力者によれば、その通りかと存じます、オーレリア様。」
「…アリア、無理してない?」
「…大丈夫。姉さんこそ、無理してない?」
「私はこのくらい平気。…クヴァル、魔力反応で、勇者は感知できる?」
「…いえ、これと分かる反応の中に、勇者はいないかと。人が多い影響か、それとも隠れているのかは分かりませんが。…高い魔力反応であれば、いくつも確認できるのですが。」
「…王都で勇者が隠れる理由というのが分からないよね。今日の催しで勇者が選定されるという話だったし、既に隠れる理由というのはないはず。勇者の仲間もまた集まっているはずだから、最悪勇者を討てなかった場合でも、勇者の仲間を倒せば時間稼ぎはできる。」
「…うん。最悪は勇者を討てなくても、仲間が倒せればよし、と言うことで。」
「…そうですな。私としても、勇者との一対一で後れを取ることはないはずですから。」
「…心苦しいけど、場合によっては、クヴァルに殿を任せるかもしれない。…必ず戻って来て。」
「承りました。必ずや戻ってまいりましょう。」
「で、アリア、どうする?王都の中に入る?勇者を襲撃したいならそっちの方が確実だと思うけど。」
「…うーん…王都に魔族を感知する障壁、みたいなのがあったら別の方向も考えてたんだけど、感じ取れる限りはそう言うのもないんだよね。…空から急速接近した時にどうなるかが読めないけど、多分空を飛べば普通に入れると思う。」
「…しかしアリアーゼ様、オーレリア様。王都に侵入者対策としての障壁の魔法が、備え付けられていないとは考え辛いのでは?」
「…それもそうか。じゃ、田舎から、今回の催しを見に来た、って体で入ろう。姉さん、大丈夫?間違っても変な緊張しないでよ?」
「大丈夫だって。言い募られてもサッと言いくるめてあげるから見てなさい。」
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結局、魔王襲撃の報についての会議では、闘技場に戦力を集める、と言う形でしか話がまとまらず、王都及び闘技場の魔術障壁を即時展開できるよう、各拠点への魔石供給を進め、王国民への被害を最小限とできるよう準備を進めることとなった。
通常であれば、こんな状態に陥れば勇者選定の儀の延期を考えるものではあるのだが、相手が勇者選定の儀を狙って襲撃をかけてくることが分かっている以上、延期などしても結局魔王襲撃が再度発生するだけだ。民間への被害を最小限に止められるように、王都や闘技場の障壁発生装置の準備を整え、可能な限りの戦力を闘技場に集めて、迎撃態勢を整えるしかない。
幸い直後にネルからの提案もあり、そちらの準備に明け暮れる必要が出てきたために、俺自身が魔王討伐パーティに参加するかどうかについては判断を先送りするしかなくなった。エクスはむくれていたが、仕方がないだろう。
相手がどんな能力を持っているかも分からないが、下手に魔王の前に出て、大罪の権能持ちだと相手に知られてしまうのも不味い。マルヴァ卿も来ることだし、障壁発生装置の準備だけ万端整えれば、俺は後ろから補助の役目だけを果たして終了とするつもりだった。
魔王と言う人族の敵性勢力が襲撃してくる以上、そう簡単に事が進まない場合も出て来るため、ネルやリディの身に危険が及ぶようであれば遠慮も自重もしまい、と考えつつ時を過ごした今、闘技場では勇者選定の儀が進められているはずである。
観客がいるにもかかわらず喧騒が届いてきてはいないが、これは勇者選定の儀の定例だ。勇者選定は、参加者同士で戦う訳ではない。聖剣との契約、勇者としての契約を、キチンと遂行できるかどうかを見定め、かつ魔力的な契約に適合しやすい者を選定するために、参加者が祭壇の前で神聖句を口ずさみ、それである種の儀式を行うことで、適合者を選別するのだ。
ネルに聞いた所によれば、魔王討伐パーティの参加候補者全員で一種の幻覚の中に没入し、互いの戦力をある程度共有しつつ、戦術や戦略、意思疎通などと言う形でのパーティの相性を総合的に判断するというものらしい。俺自身は表舞台に立った戦い方をしないので、本当に今あの場に居なくてよかったと思う。
そしてこの状況下こそが、勇者候補および魔王討伐パーティの参加者を討つ者にとって絶好のチャンスと言うのは間違いない。今この瞬間であれば、勇者として選定される者の候補が儀式に没入してしまっているため、襲撃などの奇襲に非常に弱い。
儀式への参加者は祭壇の張っている結界である程度外界と隔離されているが、祭壇の持つ障壁は人の出入りを最小限にするための物であって、外からの襲撃を完全に防ぐための物ではないのだ。
だからこそ、儀式への参加者以外の戦力が、祭壇の外で起こることに目を光らせる、ことになっていたのだが。
「…と言うか、試してたことがこうハマるとは思わなかったからな。」
「…何それ。私がそんなに間抜けだったということ?」
「姉さん、落ち着いて!」
「相手の思う壺です、冷静に!」
闘技場の一室で、俺は王都の闘技場に人に紛れて忍び込もうとした不審な輩、魔人族である三人を拘束していた。
「…何も言ってないから、大人しくしてくれ、魔人族。」
「特別席を用意するから調査協力をお願いしたいって事だったじゃない!?何、どうやって魔人を洗い出したって断言できるの!?」
「…魔人の魔力の質は、人族の魔力の質と明らかに違うってのは、お前たち自身分かってるだろう。」
「…あれだけの人数ひしめき合ってる中で、魔人だけを洗い出すなんて不可能でしょ!?」
「……まぁ、出来ないんだろうな、魔人族には。」
俺の軽い挑発に苦虫を噛み潰すような表情を向けつつ噛み付いてくる妙齢の女性が一人。その女性をなだめるように言葉をかける、少女が一人と壮年の男性が一人。
普通であれば姉妹とその親、という風にも見える構成と言うことを差し置いても、闘技場に三人でまとまって来て探知に引っかかり、奥の部屋で話をすると案内されたことすら毛ほども疑わずに部屋に入って拘束され終了と言うのは、魔人を探していた側としては正直何とも言い難い。
というか、敵地に来ているのだから、もう少し疑いを持たないものなのだろうか。
「とにかく、お前たちが網に引っかかったのは事実なんだ。もう少しでお前たちの処遇を決められるようになるから、少し待ってもらおうか。」
「…貴方、罪のない市民を拘束しておいて、タダで済むと思ってるの?」
「魔人族は人族共通の敵だ。つい先日も、魔人に唆された先代勇者が、王国への反逆を企てた。王国に仕える者として、反逆の芽は早めに摘まねばならん。」
「……先代勇者、ですか?」
と、ここで少女の方が驚いたようにこちらの言葉に反応した。目線を向けた瞬間に少し体を硬直させるが、怯えている様子ではない。
「…先代勇者だ。公表するのは、おそらくもう少し先になるがな。」
「待ってください!私たちは、その先代勇者に用があったのですが!?」
「…残念だが、既に彼はいない。魔人に唆され、王国への反逆を企てた罪で、処断された。」
俺の言葉に絶句する少女。俺に噛み付いてきていた女性の方も、驚いたように硬直している。壮年の男性も同様だ。
この態度に、俺も流石に違和感を覚える。本当に魔王に連なる者であれば、勇者に関するある程度の情報を握っていてもおかしくない。人族の里に来たのであれば、先代勇者の名を聞くことも珍しくはなかったはず。自発的に勇者を探していたのだとすれば、お粗末に過ぎる。
あまりに微妙な状況に、俺は溜息を吐きつつ内心頭を抱える。
「…とりあえず、お互いの情報のすり合わせから始めようか。誠実な対応を期待する。」
相手は魔人だ。まともな情報を吐くとは思っていないのだが、どうにも厄介事に発展しそうな予感がする。




