9話
王城の中の一室で行われている、秘密裏の会合。王宮を支える重鎮たる貴族たちが顔を合わせている場で、煌びやかな雰囲気はそのままに可憐に、しかし堂々とリディと言葉を交わすエクス。
俺の部屋では計算高い行動をしていたが、変われば変わるものだ、と思いながら、俺は彼女とリディを視界に収めていた。俺の役目は彼女を含む三人をこの部屋に案内した時点で終わっているのだから気楽なものではあるが、偉い貴族の面々にとっては随分心臓に悪い光景だろうと思う。
現時点で明日に迫った勇者選定の儀。そこで起こる可能性の高い事件のカギを握っているのが、今リディと言葉を交わしている少女なのだから、正直この場の誰であっても、彼女を止めることは破滅につながりかねない。
緊張感すら漂う空気の中で、ネルもローヴァス卿も彼女の近くに居る。万に一つ、誰かがエクスを狙っていても、この状態であれば誰も死ぬことはないであろう。部外者のように平静を装って、念のため虚偽判別の魔法を起動しつつ、俺は事態の推移を見つめる。
「まず、貴方は聖剣に宿る意思として、勇者を選ぶことがあると、先程ローヴァス卿より説明を受けました。なぜ、そのようなことが出来るのでしょう?」
「私は聖剣に宿る前、フォミルにあった王国の姫であり、また占星術士でもありました。今は聖剣の権能の触媒として機能しているために、本来の能力を発揮できる状態にはありませんが、占星術などの魔術を利用することで、元徳の権能や、勇者としての素質を持つ者を、ある程度の精度で選定可能なのです。」
「なるほど。…それが事実であるとして、それを証明することはできますか?」
「…私の言ったことをそのまま信じていただけないのであれば、証明することに意味はありません。」
「…それは、どのような理由でしょう?」
「私が今の時点で持っている、占星術士としての能力は二つ。一つは私自身の魔力との共鳴度合いから、元徳の権能や、勇者としての素質を持つ者を選定すること。これは魔力消費を伴いません。
もう一つは未来視。私自身、すなわち聖剣の魔力を利用して、ある程度の精度で未来の光景を見通すこと。一回で相当量の魔力を消費するため、聖剣としての能力を一時的に失いかねません。証明を行う場合、おそらく誰にとっても分かりやすく、一番効果の高い未来視を使う必要があると思われるのですが、先程お聞きした現状を考えるに、証明のために魔力を使うと、勇者選定の儀の際に聖剣の契約を行えなくなる可能性が高いです。
…具体的にどのような証明であれば、私を信じてくださいますか?」
「…ウルタムス。彼女の今までの言葉は真実か?」
「…はい、真実です。虚偽判別の魔法に、反応はありませんでした。」
ここで突然俺に話が振られ、全員の視線が俺に移るが、すぐさま受け答えする。
彼女がエクスと名乗ったままだと、欠片も彼女に対する情報が集まっていないために信頼できる精度で使えなかった方法だが、先程エクスは自身の名前を正確にリディに伝えた。名前さえ分かればそこそこの精度の魔術でも、大体判別は可能になる。
それに気付いたのか、エクスは驚いたようにこちらを見て、次いで拗ねたような表情を一瞬見せたが、俺は王国の呪い師だ。この程度のやり取りは貴族間では日常茶飯事なのだし、不利な契約を結ばせたわけでもない。平然と彼女の視線を受け流す。
「私はこれでも王家の一員です。貴方を信じるためにも、貴方の言葉に虚偽がないことを確かめる必要がありました。不快に感じたなら申し訳ありません。」
「…いえ、証明が出来たのであれば、望ましい事ですから。」
「ご理解いただきありがとうございます。」
引っ掛けたような形になってしまったことを詫びるリディと、それに応対するエクス。重鎮である貴族たちは、重苦しい表情を見せつつも、状況を見守る姿勢のようだ。今後の方針を早急に決めないといけないのだから仕方ないとは言え、どうしたものかと思いつつ、俺も話の推移を見守る。
「では、ローヴァス卿。エクス様の言葉が事実であると確認できたところで、今後の方針を確認させていただきたい。…明日の勇者選定の儀において、魔王もしくはその手の者が襲撃してくる可能性が高い。それを退けるために、どの程度の戦力が必要だとお考えでしょう?」
「…難しいですな。非常に心苦しくはありますが、魔王の力は強大です。加えて状況から考えると、王都の内部に魔王、もしくは魔人族が侵入してきていることになります。」
「…そうですね。私の手の者にも、声をかけようと思ってはいるのですが。」
「…それでも、勇者契約を先んじて行う訳にもいかない今、死んでしまえばそれまでです。」
「しかし、情報提供によるなら、敵の戦力は三人。何らかの形で一瞬、ひるませるなりすれば、敵の撤退を誘うことも可能なのでは?」
「…そのお気持ちは理解できますが、大罪魔法を使う者が三人もいるとなると、一概に可能と断言できません。私を含めて最低でも三人、元徳魔法、もしくはそれと同等の魔術を使える者を揃えたいですね。」
「…ローヴァス卿と、ネリシア導師を数えるにしても、最低でもあと一人、ですか…。」
「えぇ、そうなります。」
「…明日、王都につくとの連絡が入っているマルヴァ卿は、戦力に数えても問題ありませんか?」
「…そうですね。腕利きという意味では数えたいところです。可能であれば転生者を候補に入れていただければ、何らかの形で権能に目覚めるかもしれない、とは思うのですが。」
「なるほど、ありがとうございます。マルヴァ卿と転生者を加えるとして、もう一人私から声をかけて、“断罪”にも闘技場内に詰めてもらいます。」
「…あの“断罪”を?…動かせるのですか?」
「幸いなことに私に仕えてくれる、信頼のおける仲間ですから。」
「…並々ならぬご尽力、誠にありがとうございます。」
リディとローヴァス卿が、闘技場に集める戦力について相談するのを、固唾を飲んで見守る他の面々。結局俺自身も闘技場に詰める方向になりそうなことに溜息が出かかるが、魔王の襲撃ともなれば人族全体の危機である。
“断罪”の表の顔を知るローヴァス卿が白々しく振舞う中で流石に不満など漏らせはしないが、内心で溜息を吐くくらいは許されるだろうと思ったところで、エクスが意趣返しのように口を挟み始めた。
「…リディアル殿下、少々よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ。」
「闘技場に集める戦力として、一人推挙したい方がいるのですが、その方を戦力として数えることは可能でしょうか?」
「…流石に、どなたかをお教えいただけないままに、許可を出すのは躊躇われますね。…どなたを招きたいとお考えでしょう?」
「そこにいらっしゃるウルタムス様を、闘技場に招きたいと考えています。先程説明した私自身の能力による干渉の結果、元徳の権能を目覚めさせる素質をお持ちのようですので。」
「…ウル?」
「…真偽で言えば真実です。…信じ難い事ですが。」
「そうじゃない。」
俺の返答を訂正したリディは、右手の親指と人差し指で円を描くように指を回すジェスチャーをする。俺が“血雨”、もしくは“断罪”として動く時のジェスチャーをするということは、そちらの意見を求めているということだろう。
いったん息を吐き、少し躊躇いつつも言葉にする。
「どちらの顔で?」
「“断罪”としての顔でいいよ、ウル。」
「…了解しました。」
「…まぁ、いいか。ローヴァス卿も、エクス様もいるしな。…と、そう言うことです、エクス様。彼を闘技場に配置することは可能ですが、それで戦力が加算されることはありません。彼は私からお願いして、“断罪”として闘技場に詰めてもらいます。」
この一連の流れで、俺の“断罪”としての顔を知らなかった者の顔が驚愕一色に染まる。当然だろう、今までコネで役職の片隅に引っかかっていたような平民が、名高き王国最強の隠密の名を裏で名乗っていたのだから。
驚いていないのはパーセル財務卿、クロークス公爵、ローヴァス卿にネル、後はミカグラ卿くらいのものだ。エクスはと言えば驚愕に目を見開いてこちらを見つめている。そう言えば、エクスには“断罪”の名を明かしていなかったか、と少し認識を改めている間に、リディの言葉は続く。
「…彼は元々私の学友でして、数少ない私個人に仕えてくれている者です。“断罪”の名については、内密にお願いしますね。」
「…かしこまりました。…差し出がましいお願いで恐縮なのですが、元徳の権能を開花させうる方が魔王討伐パーティに参加してくださるのであれば、非常に心強いのです。彼にも、魔王討伐パーティに参加していただきたいと考えております。」
「…それについては、個人で相談していただけますか?私個人としては万一を考えると手放したくはないのですが、今の王国は平和です。よほどのことが起こらない限り、彼でなければ解決できない問題はないであろうと思っていますから。」
「…ご配慮、ありがとうございます。では後程、個別に交渉させていただきます。」
リディの言葉に言い募るエクスと、それを躱すリディ。というか、問題丸ごと俺に投げやがったな、とチラリと視線をやると、ニヤリと笑い返される。
周囲の貴族はと言えば、困惑一色だ。魔王の襲撃という一大事に、鍵を握ると言われ白羽の矢が立ったのが、表立った成果に乏しい平民。かと言って安易に反対すれば、王太子の子飼いと判明した“断罪”を信用できないと言うようなものだ。
しかしそんな貴族たちを尻目に、なんとか俺を魔王討伐パーティに引き摺り込もうとするエクス。多分、これが終わったらまた色々と面倒なことになるんだろうな、とふと思いつつ、話が進むのを見るでもなく眺める俺だった。




