8話
「あ!ウル兄さん!」
「…もう、終わったの?」
「…とりあえず切りのいいとこまで。続きは後回しだな。」
勇者選定の儀が明日まで迫った日の日中。ミカグラ卿とラスティエル卿からの、転生者からの情報提供に関する諸々の話が一段落した後、俺は俺の執務室へと戻っていた。
結局、提供された情報の裏付けをする術も時間もなかったため、何かあった時には後手に回りそうな分、現段階ではほとんど出来ることがなかったのだ。
「ローヴァス卿、長々と席を立ってしまって申し訳ありません。」
「いやいや、仕方ないよ。私も一応、私用で来ていることになってしまっているからね。」
「ウル兄さん、結婚する準備出来た?」
「まだできない。…というかネル、なんで俺がエクスの兄扱いなんだ?」
「…えっと…私がウルって呼んでたのを、真似しちゃって。…親しい人に懐く感じで接することにしたんじゃないかな…。」
「呼び方に違和感がありすぎるんだけどな。」
年齢的にもエクスの方が上であろうことは確実。昨日が初対面だったのだから、慣れ親しんでいる訳でも、愛称で呼び合う間柄でもない。体格から推測される年齢から見て適切な範囲、かつ反感を覚えにくい、親し気な呼び方、という所だろうか。計算高い一面をいかんなく発揮するエクスに、溜息を吐きつつ椅子に座り、話を進める。
エクスに聞きたいことが聞けず仕舞いになるが、これについてはもう後回しでいいだろう。これからやることが増えたのには辟易するが、これについては仕方ない。急ぎ次の方針を考える必要がある。
「さて、昨日晩の話の続き、と行きたかったんですが、状況が変わりました。まずローヴァス卿に、秘密裏に相談したいことが出来たと、王太子殿下から言伝を預かりました。案内しますので、ご同行いただけますか?」
「…王太子殿下から?何かあったのかい?」
「エクスが現れたこととは無関係だとは思いますが、厄介な情報が上がってきました。転生者からの情報提供です。」
「…あぁ、マギア・テイル、かな。」
「ご理解いただけて助かります。それについて、フォミル議国議員としての立場から、ご意見を伺いたいと。」
「分かった。同行しよう。…エクス君は、どうする?」
「ローヴァス卿からの説明に必要でしょうから、連れて行ってください。ネル、ローヴァス卿の知己として、同席よろしく。」
「ん。」
「エクス。大人しくしてろよ?」
「分かってるよ。身分にこだわる人に反感を持たれないように、でしょ?」
もっと具体的に指示を出そうかと思ったが、エクスの反応を見て止めておいた。どうやら、こういう事態に陥ることは初めてではないらしい。
いつの時代も、細かい所で少しでも反感を持たれると、いくら有用な情報を持っていても重視されない所は変わらない、ということだろうか。柵というのはいつの時代も面倒だな、と少し思いつつ、ローブを纏って軽く身支度を整え、俺は三人を別室に案内し始めた。
「リディアル殿下。ローヴァス・クラム卿とその付き人、およびネリシア・ラ・マリルターゼ導師をお連れしました。」
「分かった。下がれ。」
財務卿や軍部の司令官などの要職を務める者が複数睨みを利かせる中、リディの威厳を込めた言葉に目礼を返して扉近くに立つ。ローヴァス卿とエクス、そしてネルはそのままリディに一礼すると、リディが二人に席を勧め、話し始めた。
「ローヴァス卿、お休み中の所をお呼び立てしてしまって申し訳ない。お二人ともどうぞ、そちらの席にお座りください」
「いえいえ、私も時間が空いていたことですし、お気になさらないでください、リディアル殿下。では、失礼します。」
「…失礼します。」
「では改めて、この度王国に現れた転生者からの情報提供により想定される事態について、ローヴァス卿に、フォミル議国議員としての立場から、ご意見を賜りたいと考えています。ローヴァス卿にも、ネリシア導師にも関与することですので、経緯も含めて説明します。」
「拝聴します。」
「今回、魔王討伐任務を受ける者を選定するために開催される勇者選定の儀に、魔王、もしくはその手の者による介入がある、という情報提供がありました。」
「…なるほど。介入してくる敵の規模については、どの程度なのでしょうか?」
「情報提供によれば三人。しかしいずれも大罪魔法、およびそれに連なる力を持つ者であるとの事です。」
「…そうですか。…転生者からの情報提供は、他に何かございますか?」
「…転生者によると、今回のイベントは負けイベントとのことで、どうやら防ぐ手立てがなく、対処法も具体的な情報が何一つない、とのことです。現在は念のため、闘技場の防衛機構を起動する方向で準備を進めていますが、襲撃者の持つ大罪魔法に対してどの程度有効なのかが分かりません。」
「…そうですか。では、勇者となる素質を持つ者を出来る限り多く、闘技場に集めた方がいいでしょうね。」
「…どういうことでしょうか?」
「これはあくまで伝承の範囲内での情報なのですが、転生者が負けイベントと呼ぶ事態が発生する場合、事態が発生した直後に勇者もしくはその仲間が、何らかのハプニングで聖剣や勇者としての契約が成立したり、元徳魔法の権能に目覚めたりすることで、その目覚めた権能と能力を持って事態を打開する場合があるのです。
ただ、具体的に何が起こるのかまでは分からないですし、転生者殿からの情報が確かであるなら、事態の打開についても情報提供があるはずなのですが。」
「そうですか。…ロードネル卿。彼女たちからの情報提供に、事態の打開についての話はなかったのかな?」
「えぇ、ありませんでした。しかし彼女たち自身が懐疑的な話し方をしていましたので、確信が持てなかった、などの理由で、報告するに至らなかった可能性はあると愚考いたします。」
「そうか、わかった。場合によっては彼女たち自身が、もうこの世界とマギア・テイルとを、別物と考えているのかもしれないな。ロードネル卿は転生者に、事態の打開についての情報を確認してみてくれ。」
「かしこまりました。」
リディの質問に答えたミカグラ卿に、リディは新たに指示を出す。考えてみればそうだろう。我々の世界、マギアの出来事というのは、地球という世界にあるマギア・テイルという物語の中の出来事なのだから、物語の中で何があったかが、この世界マギアにもたらされることで、我々の世界の利益となる。
だからこそ、マギア・テイルを知る者としての働きが認められれば転生者は優遇されるし、その恩恵を受けた者は転生者を抱え込もうとする。そうでなくてもマギアより発展した世界に生きていた者の考え方が、この世界に影響を及ぼさない例は少ない。名を上げられなかった転生者については仕方がないにしても、手厚く保護される転生者にも色々と理由があるということだ。
そしてミカグラ卿への指示を終えたリディは、次の話を始める。話を振られたローヴァス卿だが、やはりというべきか話の中心はエクスについてとなった。
「ローヴァス卿、貴重なご意見をありがとうございます。もう少しお聞きしたいのですが、構いませんか?」
「えぇ、どうぞ。」
「話をする限りだと、どうやら今回の事態の打開について、現時点で何かしら決定的な情報が得られている訳でもありません。可能であればフォミル議国に残る伝承で、現在のような事態に対し、どのような方針で、どのような施策を行っていたか、ご存じであればお教えいただきたいのですが、難しいでしょうか?」
「いえ、構いません。勇者が討たれるような事態は、避けたいですからね。」
「ありがとうございます。」
「…フォミル議国では、転生者の知見によって決定的な情報が得られていない場合、占星術などによって勇者契約の対象者を選んでいくのですが、今回は例外的な処置をとることが可能ですので、まずはそちらから確認した後、勇者契約の候補が絞られないようであれば、議国の教会で候補を選定させていただきたいと考えております。」
「…その、例外的な処置、というのは、どのようなものでしょう?」
「聖剣本人に、候補者を選んでいただきます。」
「…聖剣、本人?…聖剣が、人であるかのような表現ですが?」
「正しくは、聖剣に備わっている意思に干渉するのです。伝承にある限り聖剣は、意思持つ武器という古の武器に分類され、その名の通り武器に魂が宿っています。
本来聖剣の意思に干渉することは、議国に伝わる術式によってのみ可能なのですが、今回はその中でも特に異例で、聖剣に宿る意思が自らを召喚し、現在顕現しております。…それが、この子です。」
重鎮が黙る中、リディがローヴァス卿に頷き、ローヴァス卿がエクスに発言を促すようジェスチャーすると、エクスが優雅に一礼して話し始めた。
「…お初にお目にかかります、殿下。聖剣に宿る意思、エクシリア・ラーミラ・フォミルと申します。…今の私は国家に連なる者ではありませんので、エクスとお呼びください。」
「…初めまして、エクス様。エグゼス聖王国王太子、リディアル・クリストーリア・エグゼスです。少しお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「何なりとお申し付けください、殿下。」




