7話
「…本当にすまない。何も役に立てなくて。」
「…いえ、私でも同じような状態になったでしょうから、気にしないでください。」
「…事態の打開に、何か力になれることがあれば、遠慮なく相談してくれ。」
「ならとりあえず、一緒にエクスの話を聞いてくれると助かります。俺とネルだけでは色々と判断に迷うこともあると思いますし、フォミル議国の伝承も参考になると思いますので。」
「…尽力しよう。」
一夜明け、ローヴァス卿とエクスを寝かせた俺の部屋を訪れると、既にローヴァス卿は目を覚ましていたらしく、丁寧に応対してくれた。
気付けば見知らぬ天井が見えたことからビックリはしたが、すぐに状況は理解できたそうだ。ただ、俺自身の生活が垣間見え、こんなに質素で大丈夫なのかと、少し心配になったそうだが。
「しかし何というか…、年相応の部屋に見えないな。…片付いているというか、言っては悪いが、生活感がないと言うか。」
「物が無いですからね。何分色々と、やりくりがギリギリなもので。」
「…やっぱり、もう少し何か欲張ってみてもいいんじゃないか?」
「…善処しますよ。」
エクスの方は現時点で、まだ眠っている。昨日最初に見た、十代半ばごろの容姿に戻っていた。あどけない寝顔を見せて眠る姿は見た目相応だが、昨日の晩には自身が子供ではないと、見た目相応の年齢を備えていないことを匂わせている。
他にも今日の内にエクスに確認しておきたいことは山のようにあるため、詰められるところは先に色々と詰めておきたい。俺の私室から執務室に移動する傍ら、エクスを抱きかかえて移動するローヴァス卿と進められる話を進めておく。
「ローヴァス卿は、彼女、エクスの年齢について、ご存じですか?」
「…いや、伝承には聖剣の意思、としか残っていないからね。具体的に何年生きているかまでは分からないんだ。…ただ、伝承自体は既に、何百年も語り継がれているはずだ。
そもそも、意思持つ武器が作られていた時代以前に彼女が作られたことは確実だろう。となると衰退期の前、最低でも四百年前には作られていたはずだ。」
本当に気の遠くなる時間である。四百年前とは確か、魔族の国と人族・亜人族の連合国家が、鎬を削って領土争いと言う名の侵略戦争をしていた頃だ。
衰退期を挟んだ今となっては、そのころの最前線など影も形もない。衰退期の直後は魔族の国で魔王が生まれても、侵略戦争を仕掛けてこなかった場合も多かった程だ。今回は流石に望み薄だが、魔族とて戦争ばかりしていては、生きていけないということだろう。
ただ、そんなに昔から彼女が生きているというのであれば、子供じゃないと言い張っていた点も、勇者候補となる人物に聖剣との契約を迫る際に、縁結びを餌にするなどと言うダーティな考え方をしていた点も納得できる。
彼女自身が何歳の頃に武器に宿ったのかは定かでないが、色々な国の、色々な人、色々な面を見てきたということだろう。
「…まぁ、彼女が出るまでもなく、今回勇者は普通に選ばれそうなんですけどね。」
「…そうだな。大罪魔法に目覚めた一人が魔族側の勢力でない以上、よほど味方に恵まれない限りは苦戦しそうな状況でもない。」
「…問題は、その状況下でなぜエクスが俺を勇者に選ぼうとしてるのか、ですけど。」
「…そこは彼女が起きてから聞く方がいいだろうな。元徳の権能の持ち主も、私が見つけられるなら、それ以上の助力が必要になることもないだろうし。」
「…今回の魔王討伐パーティの候補の中に、元徳の権能を持ってそうな人っていますか?」
「今回の、か…。名簿を見せてもらった訳ではないからね。ただ、今回の候補の中で飛び抜けて高い能力を持っているのは、ネリシア君と、サルビア姫くらいだろう?サルビア姫には権能の気配を感じられなかったから、望み薄だろうとは思っているよ。」
まぁ俺が大罪の権能、怠惰の保持者である以上、俺が魔人側に寝返ってようやく勢力的に対等だ。俺自身が前線に出ないことを考えあわせれば、権能の持ち主の数で人族側が不利になることはないだろう。ただ、相手側が上手く権能の持ち主を見つけ出せていればひっくり返る差でもある以上、油断は禁物だが。
そんなことを考えながら細かい点についてローヴァス卿に確認しつつ、俺の執務室に着いた後。ローヴァス卿が寝ているエクスを昨日座っていた椅子に座らせ、俺が茶を出す準備をしていると部屋のノッカーが鳴る。
俺が応対に出た先には、ネル、ミカグラ卿、ミルツ、ラスティエル卿、ヴァルトの五人が並んでいた。小声でネルと相談し、即座に状況を確認しようと応対すると、こちらも厄介事の様子で内心頭を抱える。
「…ネル、どういうこと。」
「内密に話があるから、少し場所を貸してくれって。」
「…昨日のアレがあるんだから、急に場所って言われても困るんだけどな。」
「そうなんだけど、こっちも緊急みたいで…。」
「…城の応接室をちょっと借りるか。」
「…うん。お願い。」
「おはようございます、ミカグラ卿、ラスティエル卿。申し訳ありませんが、部屋に入るのは少々待っていただけますか?執務室に来て早々で、部屋の準備が整っていませんので、すぐに部屋をご用意いたします。」
「そうだな。そっちの方がありがたい。…ところで、ウルタムス卿は意外と、導師殿と仲がいいのだな?」
「えぇ、少々縁がありまして。ところでラスティエル卿のご用向きについて、先に大まかにお聞きしても?」
「先日の話と大体同じだ。報告が上がったので、詳しい話を聞こうと思う。」
「…ミカグラ卿のご用向きも、同じですか?」
「えぇ。詳しい話を、これから二人にしてもらうつもり。内容次第では、ウルタムス卿にも協力をお願いするかもしれなくてね。」
正直、面倒なタイミングで起こったものだと思う。ローヴァス卿の話の方が重要そうに思えるのだが…エクスも目覚めていないのだし、ローヴァス卿はネルに任せて、一旦こちらを片付けるか。
そう考えて応対し、ネルに小声で話してから、俺を含めた五人で移動を始めると、ミカグラ卿が不思議に思ったように口を出し、ラスティエル卿が茶化してくる。
「…分かりました。一旦お話を伺います。…ネル、エクスは寝てる。湯は沸かしてるから、適当に茶でも飲んでてくれ。終わったら戻ってくる。」
「うん。」
「…どなたか、お客人でもいたの?対応を導師様にお願いしていたようだけど。」
「…えぇ、私的にということですので公にはできませんが、導師様の知人です。」
「小間使いは…、そう言えば少し忙しいのでしたね?」
「そうですね、実家から声がかかったようで、少しの間、基本的には私が応対しています。まさかこんなに忙しくなるとは、思ってもいませんでしたよ。」
「ウルタムス卿、そんなに忙しいなら、早めに小間使いを指名した方がいいんじゃないか?」
「そんなに簡単にはいきませんよ、ラスティエル卿。私の懐にも限りがあるので、軽々しく人を雇えません。」
軽く応対しながら移動し、行き会った小間使いに応接室を一つ押さえる旨、伝えてもらう。応接室に入ると、なぜか気合を入れているラスティエル卿、ミルツ、ヴァルト、既にリラックスしているミカグラ卿とそれぞれだが、とりあえず情報漏洩対策にいくつか魔法を使い、準備が整ったと声をかけるとラスティエル卿が話し始めた。
「…ラスティエル卿、ミカグラ卿。準備が整いました。」
「分かった。私からでいいか、ミカグラ卿?」
「えぇ。ミルツ、発言を許可します。ラスティエル卿を補佐してあげて。」
「かしこまりました、ミカグラ卿。」
「ヴァルト、発言を許す。詳細についての補足を頼む。」
「かしこまりました。」
「…さて、大まかな内容についてだが。転生者ヴァルトおよびミルツから、マギア・テイルについての情報提供があった。具体的には、今回の勇者選定の儀において魔王、もしくはその側近の介入が起こる可能性が高い、とのことだ。
詳細については、ヴァルト・ミルツ両名から話してもらおうと思うが、ウルタムス卿には二人の話を聞き、過去のクエストとの整合性や共通項などという形で、二人の情報の裏付けをお願いしたい。」
「ラスティエル卿、裏付けと一概に言っても、今の時点で出来ることは多くありませんよ。具体的にどのような報告なのか、教えていただいていいですか?」
「そうだな。ヴァルト、詳細を話してもらっていいか?」
「はい。…えーと、私の知っている、マギア・テイルのクエストに限りますが、魔王の攻勢、というか襲撃は結構、えっと…」
「失礼、ヴァルト殿。…もう少し砕けた口調で構わないですよ。今の時点で公式に報告することはありませんから、出来る限り喋りやすい話し方でいいです。ミカグラ卿、ラスティエル卿、構いませんね?」
「…えぇ、問題ありません。」
「…そうだな。堅苦しい口調はなしで行こう。」
「…ありがとうございます。えっと、クエストについてですが、俺の知ってる限りだと、魔王側が結構攻めてくるタイプというか、積極的にこちらの主要拠点を潰しに来ることが多いんです。例えば先日起こった、大軍を率いての奇襲とか。」
「…その攻めてくる切っ掛けや兆候というのは、ヴァルト殿やミルツ殿には分かるのでしょうか?」
「いえ、分からないです。俺たちは、次にどんなクエストが発生していたかと、今どんなフラグが立ってるかをうっすらと思い出せるだけですね。」
「私も同じです。次にどんな問題が発生するのか、この先大雑把にどんなことが起こるのかは何となく覚えてるんですが、プレイしていた頃から時間が経ってしまっているので、シナリオの詳細や、物語の裏で何が起こっていたのかを確認する手段がありません。
加えて、私の知っているシナリオと、ヴァルトの知っているシナリオは、キャラの視点が違うので、シナリオ自体が明確に一致しないこともあるんですよね。」
「シナリオが、一致しない?一つの物語で、そんなことが起こり得るんですか?」
「…私たちの知っているマギア・テイルは、勇者として魔王を倒す、英雄譚のようなシナリオと、貴族として世直しに励む、成功譚のようなシナリオに分かれているんです。
物語の流れや発生する事件は概ね同一なんですが、キャラのフラグ立て、というか、どの国、どの組織に所属して、誰と仲良くしているかで、自分の立ち位置や、どんなキャラがどんなことをするのかが細かく変わるんです。」
「なるほど、先日ミルツがミカグラ卿に報告をあげ、ヴァルトが報告をあげられなかったのは、その辺りのズレが関係しているのか。」
「いえ、そこはヴァルトが女の子を口説こうとして報告を疎かにしただけです。」
「ちょっ!ミルツ、そこはちょっとさぁ…。」
「いや、事実でしょ!」
「まぁ、状況は分かりました。ヴァルト殿のことは後にして、次のクエストについて、話していただけますか?」
俺の質問に対するヴァルトとミルツの説明。その途中で入ったラスティエル卿の反応とミルツの即座の訂正に、ヴァルトが慌て、ミルツが呆れたように口を出す。ミカグラ卿は微笑ましそうに一幕を見ており、ラスティエル卿は薄っすらと笑いながら頭に手を当てている。
まぁ、部下が異性を口説くのに現を抜かして報告を上げ損ね、厚遇を受け損ねているのだ。自業自得かつ、既に問題にするには遅すぎるとは言え、上に立つ者としては物申したくもなるだろう。
しかし、事が事だけにのんびりし続ける訳にもいかない。既に勇者選定の儀は、明日に迫っているのだ。聞けるだけのことは聞いておかないと、と俺は二人に先を促した。




