5話
「…心当たりは?」
「なし。少なくともヴィストが聖剣持ってた間、あんな子が出て来たことはなかったはず。…ヴィストなら手を出しそうだけど。」
「…身の危険を感じたのかね。まぁそれは置いとくとして。」
エクス、と名乗った少女を俺の執務室に運び込み(結局自分の足で動こうとはしてくれなかった)、道中で行き会った小間使いに、ネルの部屋まで走り書きを届けてもらって、しばし。
飛んできたネルに事情を話し、ネルに同行して来た小間使いには、次にローヴァス卿に手紙を届けてもらうよう頼んだ後。ネルと俺は、お茶を飲みつつ寛いでいるうちに舟を漕ぎ始めた少女に目線をやって、小声で話していた。
「…武器が、意思を持つことって、あるの?」
「…ないこともないんだよな。意思持つ武器って言って、自分や他の者の魂を武器や防具に付与する魔法が、ずいぶん昔にはあったはず。でも術式についての情報が失伝してるから、今使えるヤツは居ないと思う。」
「…あの子みたいに、自分の姿を召喚できるようにするのも?」
「とにかく情報がないんだ。…考えられるのは武器に宿った魂が、自分の魂を一時的にでも宿せる体を、ホムンクルスやゴーレムみたいに作り出す魔法を使えるヤツだった、くらいかな…。」
自分や他の者の魂を、道具に付与するという魔法の発想自体は、当時そう珍しいものではなかったらしい。意思持つ武器という魔法が使われていた当時、例えば死にかけた恋人や仲間を、自分の持つ道具に宿すなど、様々な形で活用されていたようだ。
だが、その時代の末期に、道具に魂を宿した結果トラブルとなる事例も多く発生し、最終的に道具に魂を宿すこと自体を禁止するという流れになったようだ。結果としてその魔法はそれ以上の発展の道を閉ざされ、失伝することとなった。
今となっては昔の話で、特に感慨も湧かないものだが、まさかこんな形でロストテクノロジーに遭遇しようとは。魔法技術に関わる者として少し興味も湧くが、それ以上に奇妙なことを少女は口にした。
権能の持ち主なら分かる、といった言葉だ。権能、と一概に言って一般の者が思い浮かべるのは、おそらく昔の勇者の英雄譚に描かれた、七元徳や七大罪に関するものだ。聖剣の意思、とも口走った以上、七大罪の方とは考えづらいから、おそらくは七元徳の方だろう。
となると、ローヴァス卿の正義の眼なら確実に分かるだろうと踏んだわけだ。生憎ローヴァス卿の宿泊先を知らないので、先にネルに確認してもらい、ネルにローヴァス卿の宿泊先を聞いたのだが。
ネルが少女のことを知らないのに対し、少女は「英知だ!」と驚きつつも飛びつき、驚くネルに事情を説明して、ローヴァス卿の宿泊先を聞く、という展開になってしまった。おそらく少女の方に何かしら感じるところはあったのだろうが、ネルの方はあまり正確にそれを感知できていないようだ。
心当たりについても、先の通りである。ネルの方に心当たりはなく、そんな魔法が存在するのかどうかさえ知らなかった。ローヴァス卿に関して聞くなら、おそらく森国の歴史書や伝承に、こういう事例がなかったかどうかを聞く方が、収穫があると思われる。
素質がある、と少女が俺に対して最初に会った時に口走ったことについて、果たして何の素質なのかと聞きたいこともある訳だが、今言っても詮無いことだ。とにかく少女の身の上を、ハッキリさせる必要がある。
「…一応、念のため確認させて。…ウルがどこかから攫ってきた訳じゃないんだよね?」
「ンな事するか。門兵にも容姿を伝えて、探してる人が来たら俺の部屋によこすよう言ってある。」
「…ならいいんだけど。」
「この年頃の子なら付きっきりになる必要性もないかもしれないが、流石に日が暮れる前には親が迎えに来ると思ってたんだよな。」
少女の体格から考えると、年齢的には十代半ば。そろそろ親の目から離れて動いていてもおかしくはないが、日が暮れても帰ってこないともなれば、王都とは言え流石に親も心配するだろう。今日の夕刻までには、門兵に問い合わせが来ると考えていたのだが。
時は既に夕刻。少ししたら日も完全に沈んで、人探しなどは困難になるだろう。完全に暮れる前にローヴァス卿が来てくれるといいのだが。
「…今日、親元に帰せなかったら、どうするつもりだったの?」
「小間使いに事情を話して、小間使いの宿舎に押し込むしかないかなーとは思ってた。」
「…絶対勘違いされるよね?」
「仕方ないだろ。俺に女の子の扱いは分からん。この子にしても、相手が同性の方が何かしら喋るかもしれないだろ。」
「…この子が、本当に聖剣に宿ってる意思とかだったりしたら?」
「…本当にそんなことが起こり得るのかも含めて、ローヴァス卿次第だな。…ローヴァス卿の権能、知ってるだろ?」
「…うん。ローヴァスなら、まず間違いなく真偽は分かると思う。」
「ついでに、森国にこんな事例に関する伝承があるのかも聞きたい。これまでに事例があるなら参考にしたいし、前代未聞なら森国に連れて帰ってもらった方が安全だ。」
結局、ローヴァス卿が俺の部屋を訪れたのは、日が沈んですぐの頃だった。ローヴァス卿とて暇ではないだろうから、仕方ないと言えば仕方ないが、もう少し早めに来てくれれば、と思わないでもない。
既に宿も、ほとんどは客の受け入れを止める頃合いだ。門兵から連絡がこない以上、小間使いを捕まえて事情を話し、泊められるところを探すしかない。
しかしローヴァス卿は、俺の部屋に来るや否や、眠る少女を見て硬直。少女の世話をネルに任せて、俺を連れて部屋から出た。不思議に思う俺に、ローヴァス卿は緊張感もあらわに話しかける。
「あの少女について、知っていることを教えてくれ。」
「…何か、ご存じなんですか?」
「…念のため確認したい。…森国の伝承通りなら、少し厄介だ。」
「…エクス、と名乗っていました。人探しをしていると。本人曰く、聖剣の意思、だそうです。」
「聖剣…そうか、やはりか。」
「…何か、ご存じなんですか?」
「…森国の伝承で、魔王が生まれたにも拘わらず、勇者として相応しいものが現れていない場合、聖剣が意思を持って降臨し、勇者を直接選定するとあるんだ。」
「…と言うことは、今の時点で勇者に相応しい者が、現れていないと?」
「…おそらく、そうなるだろうな。」
「…念のため確認なんですが、現れていないというのは、具体的にどういう状態を指すんです?魔王が現れてから勇者が選定されること自体、慣例通りですよね?」
「…それが不明なんだ。なにせ伝承だしね、内容が正確に伝わっていなくてもおかしくはない。戦闘に寄与しない勇者が現れたことだってあるだろう?…正直に言って、全く予想ができない。」
厄介なものだ、とローヴァス卿は口にして溜息を吐く。心情的には俺も似たようなものだ。予想が出来ないということは、対策を練っても場合によっては無駄に終わる可能性も高いということだ。ある程度起きる事態の方向性が見えてこないと、対策と一概に言っても何を指すのかが分からない。
ローヴァス卿の言う伝承通りならば、これからあの子が勇者を選ぶということだろうか。現時点で魔王討伐パーティ候補者が集まっているだけで、誰が勇者だ、と決まった訳でないのが不幸中の幸いだとは思うのだが。
「…先に来たネルには、あの子の事、少し話してます。部屋に戻ってネルと話して、可能であればあの子とも話しましょう。」
「…そうか、分かった。こんなことなら、早めに来ればよかったな。遅くなってすまない。」
「いえ、こちらこそお忙しい中無理を言ってすみません。」
そうローヴァス卿と言葉を交わし、再度部屋の中に入る。ネルが俺たちの方に目線を向けたちょうどそのとき、エクスと名乗った子が目を覚ましたらしい。目をこすりながらその子が身を起こし、俺たちの方に目線を向けた。
途端にその子はローヴァス卿を指さして声を出し、ローヴァス卿がその子の前に跪いて挨拶する。
「あ、正義!」
「初めまして。ローヴァス・クラムです。…お会いできたこと、光栄に思います、聖剣様。」
「うん。勇者って、まだいないの?」
「えぇ。二日後に、勇者選定の儀が行われる予定です。」
「…本物なの?」
「…伝承にあるらしいけど、厄介事っぽい。」
「…そうだよね。」
言葉を交わすローヴァス卿を視界に置きつつ、こっそりと俺に近付いたネルは、俺と小声でやり取りした後、困惑の気配を見せる。
まぁ、さっきのローヴァス卿の態度を見るに、厄介事の気配は感じ取れたのだろう。滅多にないことだから仕方ない事ではあるか、と思っていた矢先。ローヴァス卿とのやり取りで何か考え込んでいた女の子は、突然俺の近くに走り寄って叫んだ。
「お兄さん!私と結婚してください!」
「ダメです!」
は?
ちなみに、エクスの言葉に反射的に叫び返したのはネルだった。…いや、状況に頭が追いつかなかったというか。ちなみにネルはネルで叫び返した直後、驚愕と困惑を態度に表しながら慌てて取り繕おうとしている。
どういうことか説明が欲しいので、ちょっと落ち着いて話をしようか。




