4話
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「あ゛ー…。」
「…ちょっと、辛気臭くなる溜息やめてよ。せっかく明日、勇者選定の儀に参加できるかもってことで、ミカグラ卿やラスティエル卿から色々便宜図ってもらえてるのに。」
「…だってよぉ。結局ニーシャとのフラグ立てれなかったしなぁ。…結局他のフラグも立たなかったし、こんな理不尽な転生あんまりだろ…。」
「だから、そろそろマギア・テイルから離れなって。ここはゲームじゃないって、何度言っても理解しないからでしょ。」
「分かってるよ、分かってるけどさぁ…。もうちょっと希望っぽい何かあってもいいじゃん。…もう王者ルートの方が堅実で安全な気がしてきたよ?俺。」
「…王者ルートってほぼギャルゲーじゃん。ちゃんとフラグ立てられんの?」
「…あ゛ー、そこなんだよなぁ…。結局フラグが立たなきゃ、何もできないんだよなぁ。月二回のクエストきちんとこなさないといけなかったけど、そこが既に不明確と言うかさぁ…。」
「…ホントに全く、同じクエストってないの?」
「…いや、俺が最近受けてるクエストは、ゲームで受けてたクエストと同じ。報酬なんかも同じなんだけどさぁ…誰ともフラグが立たないときに、懐に余裕持たせるために受けるヤツなんだよな。…ミルツはいいよなぁ。もうラスティエルとのフラグ間違いなしじゃん。」
「…それなんだけど、なんか怪しいんだよね。」
「何が?」
「…王者ルートのラスティエルって、武勲はある程度あるけど、本当に指揮だけなんだよね。後方支援と言うか。…私たちが会ってるラスティエルってそんな感じじゃないでしょ。結構前に出て指揮するタイプと言うか。」
「…あー、そうかもな。部下に指示出してるのは見るけど、本陣でずっと座ってるイメージじゃなくて、戦いながら指揮もできる感じと言うか。」
「…なんか、後ろに下がっても、埋もれそうな気がしない?」
「…それもそうだよなぁ…やっぱり勇者ルートの方が安全かもなぁ…。」
「んー…というか、なんか起きてるクエスト的に、モブに転生してる感じしない?」
「え?…あー、そっか。そうだよなぁ。…んー、ってことはコレ、俺らが動いても、キャラとフラグが立つのって誰か別のヤツ?」
「というか、こういうモブ転生ってさ。ゲームのシナリオを利用して色々不測の事態を回避してかないと詰むじゃん?…それこそ、思い入れあるけど死ぬヒロインを庇って助けたりとかさ。」
「…あー、そういうのかー…知ってるシナリオ、ラスティエルとかミカグラとかに打ち明けた方がいいのかなぁ。ミカグラもラスティエルも生きてるシナリオとなると、多分ハードモードだしなぁ…。」
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その後は少し世間話をした後、ローヴァス卿は他の私用を済ませに行った。
なんでも、先代魔王討伐パーティ結成時にネルに感じていた七元徳の権能の素質に、最近変化があったことを感じ取っていたらしい。ネルとも顔合わせをしておきたかったらしく、少し世間話をした後、スルリと立ち去ってしまった。
その後は俺も仕事を済ませ、常のごとくに忙しくなっていたのだが、ローヴァス卿やパーセル財務卿が言っていた、早目に爵位を貰えという言葉が引っ掛かっている。
まぁ、今後俺が生きていくにあたって、爵位というものが優位に働くことは知っている。しかし、俺としてはその爵位が持つ責任を、俺が果たせるものなのか、というのが引っ掛かっている状態だ。
誰でも知っていることだが、爵位には責任が伴う。貴族とは自分で動き、自分でその結果を負い、得た利益を他に与えるからこそ、与えた者に仕えられ、与えた者から敬意を払われるのだ。貴族として敬意を払われたいなら、他の者の規範となるべく、自ら動こうとし、自ら他者の益を生み出さなければならない。
それが古くに言う、貴族の責務。自身が爵位を持ち、なんらかを成すのであれば、それを他者に与えた分だけ敬意を払われる。
自身が誇り高く、気高く気品のある者と目されるために。自身が何かあった時に頼れる、懐の深い者と思われるために。貴族はそう思わせるだけのモノを周囲に与えていく必要がある。
ただこの考え方を、今となってはカビの生えた、古臭い考え方だと評する者も多い。派手な手柄に乏しい今の国の在り方では仕方のないことだが、現状では魔王討伐などの国難の回避の他には、手間と時間をかけてようやく結果の出る辺境の開拓くらいしか、目立つ手柄を挙げる方法がないのが現実である。
例えば俺の得意分野である魔法の研究などだが、それが手柄となるかどうかは、その技術が普及して利益を出すことで、ようやっと手柄として認識される部類となる。こういう技術は一度世に出ても、様々な抵抗や軋轢に晒されてようやく普及するのだから、よほどその利益が公に分かりやすくなければ、生きているうちにその開発者や提供者として、恩恵にあやかれる状態にはならない。
さてこの状況で、俺に手柄を挙げろ、爵位を貰えるよう動けと、話を振ることの無茶さ、無謀さが分かるだろうか。
普通は手柄を挙げればいいだろうと思うのだが、普段王城に籠りきりの出不精呪い師が手柄を挙げるというのは、非常に難しいものなのだ。王城に籠りきりの者が例え何かの手柄を挙げたにしても、例えば他の者がそれを担当しても同じ結果に出来るのなら、関係ない貴族が「自分がやった」と先に言い張ってしまえば、それを証明することが非常に困難になる。
例えば他の魔術士に真偽判定の魔術をかけてもらうにしても、金で先に抱き込み、証言を捏造するということも出来る。先に他の貴族に根回しし、自分に味方してくれれば恩恵を共有するなどと言って味方につけ、手柄を挙げた側が周囲から孤立するよう圧力をかけることも可能だ。
こういう場合に俺のような、王家の雇う呪い師や占い師、魔術師が役に立つのだが、こういう輩は立場上、普段の風当たりが非常に強い。多少の派閥闘争などは見過ごされる場合が多いにしても、立場上貴族に対しては異常に強い干渉力を持っているがゆえに、後ろ暗いことに手を染める者からは疎まれやすいのだ。
だからこそ、何とかして蹴落とし、自分がその役に就きたい、などと考える者も多いのだが、俺の場合はリディとのコネでこの職に就いているようなものなので、ある意味安心と言えば安心ではあるのだが。
そのおかげで、下手な手柄を立てようものなら、保身に走る小心者、と噂を流されやすい状態にある。 “断罪”や“血雨”として王家への忠誠を、などと言って手柄を立てたとしても、ある程度安定した身の上で手柄を求めるなど、小物のやることだ、などと批判を受けやすい状態でもあるのだ。
そもそも俺自身が爵位を持っていないのだから、爵位を得るために手柄を挙げたと言っても、おそらく変な言いがかりをつける者は減らないだろう。
なぜなら言いがかりをつける者が、実際にその手柄を自発的に挙げられるかどうかについては怪しい場合が多く、基本的にそういう言いがかりの大本は、自分がその手柄を挙げた者となりたいだけの場合が多いからだ。
貴族の責務と一概に言っても、言葉の意味を理解している者など一握りにも満たず、他者に利益を分け与えるのは意外と難しいもので、他人の手柄を他人の手柄として評価するのは、それに輪をかけて難しいものなのだから。
つくづく厄介なものだと思いながら、俺は俺自身の仕事を進める。勇者選定の儀まで、残り二日。今日残っている目立つ仕事は、先日武闘大会の会場として使われた闘技場まで、王城に一時的に保管されていたポーションなどの魔法薬を移すくらいだ。数と種類をチェックし、問題がないかどうかだけ魔道具で確認して、移送を行う衛兵隊の人間に、検品の札と共に薬品の入った箱を預ける。
あとは王城内の在庫との照合確認のみ、となった時点で、奇妙なことに気付く。王城の荷物搬出口近くに、少女が立っているのだ。服装は簡素な貫頭衣だが煌びやかな雰囲気を持っており、どことなく神具を連想させる、金髪に金の眼の少女だ。ゆっくりと視線を移しながら、ゆっくりと歩いている。
荷運びの際に紛れ込んだのだろうか。いや、流石に門兵とてそこまで仕事をしないわけではないだろう。ともあれ部外者なら、門の外で親が探している可能性もある。門兵と一緒に外に出す方がいいだろう、と思いながら近付くと、少女はビックリしたようにこちらに視線を固定させる。
「こんにちは。…誰かを探してる?」
「…うん。勇者さんって、誰か知ってる?」
「勇者さん?あぁ、二日後に、闘技場で決まると思うよ。今は決まってない。」
「…そっか。でも、お兄さんも素質あるね。」
「そうかい?ありがとう。でも、今日はもう帰った方がいいよ。親御さんが心配するだろう?お父さんやお母さんは?」
「…ちょっと待って。私、人探しに来たの。お父さんもお母さんも居ないよ。」
「そっか。じゃ、ちょっと座って休めるところに行こう。冷たいお水をごちそうするよ。」
「そうじゃないの、待って。」
門兵の所に連れて行こうとするも、座り込んで頑なにその場を動こうとしない少女。別に急ぐ用事もないのだから今は良いが、他の連中に見られて変な噂を立てられても困る。どうしようか、と思ったところで、少女が気になることを口にした。
「私は、エクス。聖剣の意思。権能の持ち主なら、分かるでしょ?」
分からん。…権能か。一応、ローヴァス卿かネルを呼んだ方がいいだろうな。




