2話
「やぁ、はじめまして。君がウルタムス君ですか。私はローヴァスと言います。よろしく。」
「ローヴァス卿ですか。初めまして、ウルタムスです。王宮で、呪い師の職を務めさせていただいております。」
「いやぁ、ネリシア君からよく君の話を聞いていてね。初めて会ったのに、そんな気がしないな。もっと砕けた口調で話してくれて構わないよ?」
「身に余る光栄ですが、砕けた口調と言うのが苦手でして。少しずつ変えていこうと思います。」
「ハッハッハ、それはそうか、構わないよ。公式の場での立ち回りも必要だろうからね。何も問題はないさ。」
ネルの魔道具催促から三日後、治癒師ローヴァス卿が秘密裏に王都に到着。公式には明日にも王家との面談が予定されているとのことで、私用での訪問を先に行っておくらしい。しかし、だからと言って朝一に俺の部屋に来るとは考えていなかった。
ニーシャはしばらく前から魔王討伐パーティ出立までの期間、公爵家令嬢の務めとして一旦実家に戻って色々とやることがあるらしく、ネルの方はと言うと、出立までに終わらせる仕事があるからと、仕事にかかりきりになっている。彼が俺の部屋を訪れた以上、俺が対応する必要があるわけだ。
王宮内の執務室とは言え王宮雇いの平民の部屋を、魔王討伐パーティ参加者が先触れなしに訪れて、完璧な対応をしろと言うのも酷な話というのは、ローヴァス卿も分かっていたのだろう。幾分砕けた口調で、非常にフレンドリーに話しかけてくれたので、気は楽になった。
「随分と早い時間にいらっしゃいましたね。いらっしゃるかもしれない、とは導師様から聞き及んでいたのですが、まさかこんなに早くお会いできるとは思いませんでした。」
「私用としてだが、一度どうしても君と会って話したいと考えていてね。確か、前回の魔王討伐パーティの、魔人族領に踏み込んだ辺りからかな?ネリシア君との話に、君の話が出ることも多かったんだ。あまり公にはしたくなかったらしいが、最近どうにも隠しきれていないようでね。」
「それで私のことを、初めて会った気がしないとおっしゃってたんですね。」
「そうなんだよ。まぁ、最近は他にも気になることが出来たから、今日はそこの確認を早めにしておきたかった、と言う感じかな。」
俺との話を軽快に進めるローヴァス卿だが、どうやらネルとの会話で俺に興味を持ったらしい。変なことを言っていて欲しくはないな、などと思いつつも、ローヴァス卿に事情を聞こうとすると、ローヴァス卿は急に緊迫した空気を漂わせてつつ、唐突に話題を切り出した。
「気になること、とは?」
「…君は、ネリシア君に対して、何かを隠してるね?」
「…そうかもしれません。ただ私としては今の時点で、導師様には真摯に対応させていただいている、とは考えているんですが。」
「…ふむ。妙だな。」
そう言うとローヴァス卿は俺をじっと見つめてくる。疑問に思って聞くと、ローヴァス卿は再度、今度は変わったことをいくつか聞いてくる。
「…何か、お気付きの点でも?」
「…ネリシア君に、何かしら不義理を働いているという訳ではないのだね?」
「…はい。導師様も私に対して、何かしら隠すところがあるわけでもないようですし、私としても真摯に対応するべき相手ですから。」
「…ふむ。…私に対して、何かしら隠すようなものがあるわけでもないと?」
「ローヴァス卿に対してですか?別段、隠すようなところはないはずですが。」
「…そうか、ここか。」
俺の答えに何かしら得心するローヴァス卿。俺が不審に思うと、ローヴァス卿は真剣な顔で、空気を張り詰めさせつつ話し始めた。
「…ローヴァス卿?」
「…ウルタムス君。すまないが、ここからは私に対しても、隠し事を一切せずに答えてくれ。…重要な話だ。」
「…分かりました。」
「…君に隠し事を望んでいないのは、私が、正義の眼という固有魔法を持っているからだ。これは私の知覚内において、私の問いかけや疑問に、絶対的な真贋を判定する魔法で、私の問いかけに対しては、一切の隠し事が出来ない。
先程、君は私の問いに対して、真摯に答えてくれたことは分かった。ネリシア君に対して、君が誠実に接していることも分かった。ただ、君は私に対して何かしらを隠しつつ、それに触れない限りで真摯に対応してくれているのも分かった。…この手口は、ある種の詐欺師に共通のものだ。君を信じたいために、私に隠し事をしてほしくないんだ。」
ローヴァス卿の、このカミングアウトには驚かされた。絶対的な真贋を判定するなど、普通の魔法では不可能だ。正義、と付いているからには、色々と事情のある魔法だろう。
「…分かりました。では、改めて自己紹介からやり直した方がいいですね。できれば、あまり喧伝したくないことですので、内密にお願いします。」
「…あぁ、分かった。私も隠し事は一切しないと誓おう。」
「では改めて。王宮雇いの呪い師にして、王国隠密“断罪”の名を名乗らせていただいております。隠密“血雨”、ウルタムス・レッドレイニーです。」
「…森国、フォミル議国にて、最高議会の議長を務めさせていただいております。ローヴァス・クラム・フォミルです。ちなみに、議長と言うのは公には存在しない地位ですので、内密にお願いしますよ?」
「…議国は、複数人の議員で全てを審議したうえで政策を決定するため、唯一絶対の権力を持つ者はいないはずでは?」
「普段は必要のない役職ですが、民が求めている保護を、提供できない為政者に意味はありませんよ。議会と言うものが複数人で行われる必要があるからこそ、民の求めに本当に応えられているかどうかを、判断するのが私です。例えば、正義の眼などでね。」
なんとも大物が出張ってきたものだ。魔王討伐パーティメンバーにして、フォミル議国の議長とは。というか、そんな身空でよく魔王討伐パーティに参加できたな、この人。
「そうでしたか。…私の立場については、ご理解いただけましたか?」
「…まぁ、そうだな。隠密と言うのは予想外だった。色々と隠し事が多そうだな。」
「そうですね。導師様には最近、色々と話す機会がありまして。」
「…導師様、という呼び方に、少し違和感があるかな?」
「…そんなところまで分かるんですね。できればネルとの関係も、公にはしたくないところだったんですが。」
「愛称で呼んでいるんだね。…もしかして、彼女のことはまんざらでもないのかな?」
「…えぇ、まぁ。愛称を呼び始めたのはつい最近ですし、今後については色々と事情があって、どうしようかと考えているところではありますが。」
「そうか。そちらについては、またの機会に聞くとしよう。彼女との関係について、何かあったら私にも相談してくれて構わないよ。魔王討伐パーティのメンバーとしても、娘を持つ身としても、相談に乗ろう。」
「ありがとうございます。」
どうやら、ある程度の信頼は得られたようだ。しかし何やら言葉遣いから察するに、何かしら別の目的がありそうな気がする。…そちらについても、水を向けてみようか。
「いや、本当に良かったよ。ネリシア君が何やら想いを寄せている相手に関して聞いてみた後、君のことを正義の眼で見たら詐欺師のようにしか見えなかったからね。もしや悪い相手に入れ込んでしまってるんじゃないかと思ったんだ。どうやら取り越し苦労だったみたいだね。」
「それはご迷惑をおかけしました。呪い師という職業柄、死霊術や錬金術にも精通していまして、隠し事などには困らない立場ですので、誤解されやすいのかもしれませんね。」
「そうだな。彼女に、自分の立場については教えているのかな?」
「えぇ。先日、打ち明ける機会がありまして。」
「そうか。僕が聞いたタイミングが悪かったというのもありそうだね。」
「まぁ、打ち明けてから、そこまで時間が経っているわけでもありませんしね。…ローヴァス卿がお聞きしたかったのは、その辺りですか?」
「…うーん、理由の一つでもあったが、もう一つは少し深刻ではあるかな。でもこちらは、先程の確認である程度の疑念は晴れてるから、そう構えずに聞いてくれ。」
「…はい。」
「…君が持っている魔法に、大罪魔法の気配を感じている。…呪い師と言うことは、ある程度自身の権能についても、魔法についても知っているんだろう?」
「…はい。私の権能は、怠惰。怠惰なる精霊たちという大罪魔法を、固有魔法として保持しています。」




