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目指せ楽隠居!埋火卿の暗闘記  作者: 九良道 千璃
第四章 繋がる手と離れる手
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第四章supplement

 ● ● ● 


 世の中と言うのは、つくづく理不尽だと思う。

 少なくとも私は、これまで生きてきた中で、何十回、何百回となく、そう思ってきた。


 幸運だと思える事がなかったわけではない。むしろ少なくとも現時点では、これ以上もない幸運ばかり、周囲に与えてもらっているという自覚はある。

 例えば、魔王討伐パーティに入り、様々な功績を成し遂げられたこと。例えば、体質を考えると、常では絶対に申し込まれることのないような縁談を、山のように申し込まれていること。例えば、普通に考えれば危険極まりない任務で、これ以上なく自身の身の安全が確保されていると感じられること。積もり積もって、重なって、様々なことを与えて貰えていると思う。


「…了解。動きがあれば、こちらも動く。…ネル、今は待機。何かあったら、遠慮なくぶっ放してもらうから。」

「…分かった。」


 その中でもとびきりの幸運が、今目の前で、また奇跡を起こしている。誰にも知られず、語られることのない一幕の影で、最善の結果を出すために。




 最初は、本当に胡散臭い語り口だったように思う。

 体質の問題から表舞台に立てず、授業にすらあまり出ていなかった私に、授業に出席できるようにするよう、教員から課題を受けた、協力してほしい、と声をかけてきた。普通に考えれば、寝言を言うな、などと切り捨てて終わる話だった。


 それが出来なかったのは、私自身が本当に、袋小路に陥ってしまっていたからだろう。もうどうなってもいい、などと自暴自棄になっていた可能性も、今思えばあったのかもしれない。

 それゆえに、軽い気持ちで協力した。協力を約束した後ふと疑問に思い、そんな課題が教員から本当に出されるのか、と直接聞き、実際に教員の認印が押された課題用紙を差し出されたときには、こんな不公平な課題を出す教員が本当に居るのかと、唖然としたものだ。




 それが引き金となり、様々な紆余曲折があり、時には大喧嘩したときもあったと思う。ただ、気付けば私の近くには友達が増え、親しい人が増え、私に好意を持ってくれる人も増えた。

 様々なことを教わった。様々なことを身に付けた。そして気付けば、並び立つような者など、数えるほどしかいなくなっていた。


 奇跡だ、などと言われたように思う。貴族家の令嬢としての立ち居振る舞いも必死に身に付け、必死に立ち回った結果、これまでの腫れ物に触るようだった父親と母親の態度が、嘘のように華やいだ。

 しかし、そのことを一番に報告したかった人は、いつの間にか近くにはいなくなっていた。




「…ミカグラ卿が来てくれれば、丸投げできるんだけどな。」

「…でもそれ、絶対戦死者出るよね?」

「…出るだろうな。…それに十中八九、到着前に向こうは動くと思う。」

「だよね。」




 何をしているんだろう、と思うことも、何度となくあった。友人経由で無事なのはわかっていたが、今にして思えば寂しかったのだろう。誰といても、満たされないように感じていた。

 その満たされなさから、魔王討伐パーティへの参加へと駆り立てられた。満たされなさを何かで埋めたかったのだと思う。

 結局その旅でも様々なことを学んだ。一番の収穫は、クリスという少女に、私の想いを恋と表現されたことだった。形を与えられた私の想いは、その時ようやく私の中で、どれだけ自分が大きい存在かを主張し始めた。




 最終的に魔王討伐を成し、持て囃される中で、リディアル…現王太子殿下にして、学生時代の友人に、秘密のお茶会に誘われた。気もそぞろな中そのお茶会で、久しぶりに彼と会った。

 彼は随分と窮屈そうに、礼服に身を包んでいたはずだ。私が彼に久しぶりにかけた言葉は、たしか服装をからかうような言葉だったように思う。


 それからはこれまで手紙でしていたやり取りを、直接話すようになった。最初にお忍びで部屋に飛び込んだ時は、変な声を出される程に驚かれたし、彼の近くに侍る小間使いと、変に衝突してしまったこともある。

 いろんな体験が、いろんな想いが、私の心をどんどん埋めていった。




「……さっきの、通信用の魔道具?小さくない?」

「あぁ。刻む術式を工夫すれば、魔石を小型化できるかもって話を、魔道具ギルドの研究者と話した時に聞いたんだ。試しに作ってみて、動作確認中。」

「フーン。…今回の報酬の話、まだしてなかったよね?」

「…コレが欲しいなら、一ヵ月くらいは待ってくれよ?」


「長くない?」

「魔法陣を魔石に刻む道具が、刻みたい魔法陣に対して大きすぎるから、手作業でやるしかないんだ。」

「大きさってどれくらい?」

「…魔道具をどの程度の大きさにするつもりか、による。多分、イヤリングくらいまでは小さくできるとも思うけど、それくらいになると針で魔石を削って魔法陣を描く、くらいしないとダメだろうな。」




 ただ貴族社会と言うのは、想いだけですべてを何とか出来るわけではない。貴族間の勢力争いなど日常茶飯事で、それで地位や爵位を失うこともままある。自身の地位を守るために、自身の想いを犠牲にする必要が出て来る状況なども、珍しくはない。

 最悪、家の爵位を確たるものとするために、私がどこかの貴族家に嫁ぎ、その勢力に庇護してもらう必要が出て来ることすらも、現実的に考えられる。


 彼はなんだかんだ言いつつもしっかりとした後ろ盾があるようだが、私の家が同じ状態にあるとは限らない。

 基本的にそれは爵位を持っている父親が判断することで、私自身が家の爵位を継承しない限り、その辺りの情報に私が干渉するわけにはいかない。干渉などしようものなら、親の仕事に口を出す無作法者、と言うレッテルが私に貼られることとなる。




「うーん…まぁ、急ぐ必要はないかもしれないけど…。」

「言っとくけど、今展開してる軍勢をネルが吹っ飛ばしたら、魔王討伐パーティの魔導師枠、ネル以外に候補が居なくなるからな。」

「…そうなると一ヵ月待ってられないんだけど?」

「だろうな。…まぁ、急ぐ。」

「…お願い。」




 いっそ彼が、普通に爵位を持ってくれていたら。そうすれば正式に結婚を申し込まれても、父親に直談判すれば、何とか出来るかもしれない。彼の二つ名とその功績が、公のものになってくれていたら。そうすれば父親も、彼の取り込みに前向きになってくれるかもしれない。

 貴族家に生まれた娘として、家の発展のために動くべきなのは理解できているが、彼を想うとどうしてもそんな考えが思い浮かんでしまう。


 ただ、そうなると彼に想いを寄せる者も、黙ってはいられなくなるだろうとも思う。彼の傍付きと見られている小間使い、ニーシャ嬢も、血筋を辿れば公爵家の妾の子。ウルが爵位を得るなら、公爵家の伝手を使って取り込みにかかるだろうし、今のままなら私の父親が適当な貴族家に私を嫁に出すだけで、王国内にライバルは居なくなるも同然。

 皇国の皇族、ルリミアーゼ殿下もそうだ。彼女は自身が皇室に携わる者であるのだし、リディアル殿下やミミィ殿下に一声かけ、彼を適当に養子縁組してもらえば、皇国との関係強化の建前で、いつでも彼を皇国に取り込めるほどの立場にいる。個人的に絵姿を送るほどに思いを寄せているのであれば、どう動いても不思議ではない。




 しかし私とて、二人が彼を知るずっと前から交流してきたのだ。

 好きなこと、嫌いなこと。変わってるところ、まともなところ。いろんな顔を見知っているし、いろんな顔を見られて、知られたように思っている。結婚に関しての意見だって、遠回しに確認したこともある。残念ながら結果は芳しくなかったが。

 ただ障害となっているのは意気込みや嗜好ではなく、お互いの身分であることはハッキリした。側室を持つことなどは「無理。女性の扱いを何人もとか、絶対手に余る。」と断言するあたりは彼らしいと思う。


 私自身だって、彼と会う前、家を捨てることすら考えたことがあるくらいなのだ。最悪私が家を捨て、平民となって彼の傍にいることも、今となっては苦ではないと思っている。

 ただ現在の状況を鑑みると、それはあまりよろしくないことは分かっている。王宮筆頭魔導師ともなってしまった今、その責務や役割は簡単に捨ててしまえるほどに軽くない。既に私自身が貴族の女性当主として、ミカグラ卿と同じように立ち回れるのではないか、とも評されていることも聞き知っている。


 だから、彼の周りはこんなにも平穏なのだ。誰もかもが持つ身分が、彼との身分差を前に足を止めさせる。自分が止めようとしなくても、周りが無理やり止めてくる。

 やりきれない思いも何度も抱いたし、自分の望みと言うのはこんなにも叶えがたいものなのか、と何度も思った。しかし他の人の思惑をくじく原因にもなっている辺り、表現しづらい感想を抱くに至っている。




「……やっぱそんなには上手くいかないか。」

「…動いた?」

「…行軍準備を進めてるのかな。動きが活発になって来た。…奥の手を展開するから、撃つ準備進めてくれ。」

「…さっきと同じだよね?」


「ちょっと違う。怠惰なるレイジーエレ精霊たちメンタラーズで魔力を供給するから、魔力はそっちから思い切り使ってくれ。自分の魔力を使わなくていい。」

「…難しいんだけど。普通、他の人の魔力を使うとか、経験ないよね?」

「あー、そっか。…手、握れるか?」

「…うん。」




 話しかけてくる彼の手を取ると、彼が魔法を使うのが分かる。学生時代は恥ずかしくてなかなか触れられなかったが、今は役得と思える辺り、私も変わったなぁと思う中、彼が説明を始める。


「理論的には、歌唱魔術や舞踏魔術の応用。複数人で魔術を起動して、複数人で魔力を負担する。今回は魔術を起動するのがネルで、魔力を供給するのが俺。」

「…うん。」

「…低級魔法でも何でもいいから、自分の魔力を使わずに、魔法陣から供給される魔力を使う感覚を覚えてくれ。」


「…水球ウォーターボール。…んー?」

「…うん。今の感覚。」

「…かすか過ぎて、分からないかも。」

「……あー。まぁ、最初に一発、デカいのをさっきと同じ感覚で使ってもらった方が、分かりやすいかもな。…一番最初の合図で、あそこの谷合たにあいの少し先目掛けて撃ってくれ。感覚を掴めたら、それを一気に広げる感じで。」

「…遠慮なく?」

「遠慮なく。」


 確認した後、少し彼と繋いだ手を意識しつつ、魔術の展開準備に入った。すぐに魔力越しに彼の魔力展開を感じ取れたが、その魔力の展開範囲が普通ではない程に大きくなっていることも分かった。

 これだけの魔力を、瞬間的にとは言え根こそぎ利用できる彼の凄さを、私だけしか感じ取れないことに、少しだけ優越感を感じる。




「…そろそろ?」

「…感じ取れたか?」

「…少しだけ。」

「…なら、谷合前のあの部隊に、さっきと同じ感じで、自分の魔力を使わずに撃ってくれ。その後、魔力の展開範囲全域に、同じ魔法を撃つ感じで。」


「…ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」

「…なんだ?」

「…本番と言うか、二回目を撃つ時、新開発の魔術を使ってみたい。申し分ない威力を出せるはずなんだけど、魔力消費も展開範囲も大きすぎて、まともな試し撃ちできなかったんだよね。」

「あぁ、いいぞ。失敗したら、同じ範囲に撃ってもらうからな。」

「うん、わかった。」


 刹那、私の展開した広域魔法が、谷合前にいる敵部隊を包む。確かに私の使った魔法だが、私自身の魔力はほとんど消費していない。

 今の感覚を忘れないうちに、攻撃を受けた敵部隊の混乱が収まらぬうちに、次は広い範囲に散在する敵部隊を、灰に帰すべく魔術を準備する。思い切り、全力で、望むままに。貴族と言う立場も、ライバルなどの障害も、今だけは関係ない。彼とともに、奇跡を起こす感触。

 何でもできるという感覚は、こんな感覚を言うんだと、私は断言できる。


英知の原罪ウィズダムシン。」


 次の瞬間、光に押し潰されるかのように、山合に広がるなだらかな斜面いっぱいに広がっていた、総勢二万を超える部隊が、溶けるように消え去った。




「…大丈夫か?」

「…あー、魔力使いきっちゃったかもなー。ちょっと体がだるいなー。」

「…嘘だろ。明らかに。」

「…てへ?」

「………はぁ。」


 光が収まった後の彼の言葉に、少しだけ甘えてみる。指摘も受けたが、溜息を吐きつつ渋々ながらも背中を差し出してくれたので、背負われる形でその場を離れる。たまにこういうことで甘えられるのも、役得の内に入るだろう。今だけは、余人の邪魔も入らない。

 今後起こるであろう騒動も、今だけは関係ない。彼…ウルタムスの体に回す手に少しだけ力を込めて、私は一時を過ごした。


「……はぁ……はぁ……」

「…出発、明日でいいからね?」

「……そうして……くれると……助かる…。」

 少し甘えすぎてしまっただろうか。律儀に魔法をあまり使わず背負ってくれた彼が、疲労困憊してしまって出発が一日遅れてしまったことは、本当に申し訳ないと思う。


 ● ● ● 




◆探索者

 魔力が原因となり発生する、魔物の討伐もしくは駆除など、

 人の暮らしに害をなす存在についての対処を主とする職。

 

 魔王の侵攻や魔物の大量発生などについての対処を行うため

 ギルドとして国際的な連携・互助機構をもち、

 軽犯罪についての対処や騒動の鎮圧・抑制など、

 各国の治安機関とも繋がりをもつ。

 多くの支所は依頼の受注機能および情報伝達機能を持つだけだが、

 各国の本部にはその情報を集積、管理する機能も持たされている。




◆歌唱魔術・舞踏魔術

 魔術の発動プロセスとなる詠唱などの手順を

 複数人で同時に行い、全員で魔力を供出することで

 一つの魔術を発現する手法。

 

 利点としては、一つの魔術を起動するにあたり

 供出する魔力が人数分軽減されるため、

 本来その魔術を単独で起動し得ない場合でも

 複数人で協力して魔力を供出することで、

 最終的に必要魔力量を満たせば

 魔術の行使を行えること。

 本来単独で起動し得ない大規模魔術も、

 複数の術士によって魔力供給を十全に行うことで

 様々な魔術を起動可能となるなど、

 多数による協力体制を敷く場合において有用な手法。

 

 魔術の起動プロセスを複数人で行い、

 同じ手順を同じタイミングで行うという難しさから

 考案された当初は机上の空論と揶揄されたが、

 楽士や吟遊詩人などから着想を得て、

 鼓笛や鐘、指揮者や旗手の合図などを目安に

 同時に歌唱や舞踏などを行うと言う形で

 起動プロセスをなぞることで技術として確立。

 現在は軍による大規模補助魔術の運用や

 教会の主導する勇者契約に関する契約魔術など、

 単独による大規模展開が難しい魔術の行使や、

 大規模契約魔術の締結に使われる手法となっている。

 

 本来は同時に同様のプロセスを踏めばいいだけなので

 同じ呪文を同じ速度で詠唱すれば起動条件は満たせる。

 しかし戦闘音などの影響が大きい戦場など、

 タイミングを計ることが困難な状態であっても、

 歌う、踊る等の見聞きで分かる技法であれば、

 確実に手順を踏むタイミングを把握できること、

 普段は軍と協力する機会の少ない探索者でも

 一定の早さで決まった文言を唱える、歌を歌うなど

 簡便かつ意思疎通の容易な手法で

 軍の指揮に沿った行動を

 取れることなどから評価されている。


第四章、完!


更新が遅れて申し訳ない。

コロナとか関係なく出社する立場ですが、最近環境が少し変わりまして、ちょっと慣れない状況にバタついてしまっていました。


小説の投稿については当面変えたくないとは思ってるので、一章分出来上がりかけてから投稿していくのは変わらないと思いますが、色々詰め込んで、盛り込んで、楽しみながら行きたいと考えています。

何卒よろしくお願いいたします。



さー誤字脱字チェックだ。

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