5話
「魔力、澱んでるね。」
「数が多いんだろうな。ここまで澱んでれば、群が発展してる可能性もあるか。」
「キングは、居そう?」
「洞窟があるなら、キングは居ると思う。ジェネラルやシャーマンは確定だろうな。」
山歩きの中、俺とネリシアはそんな会話をする。ゴブリンやコボルトの一番の武器は、その繁殖力だ。ゴブリンは生殖可能な他種族の雌を孕ませることで有名だが、コボルトを繁殖対象とした場合、その危険度が非常に高くなる。
なぜならコボルトは、コボルト単体の群れだと目立たないが、繁殖サイクルが半年程度と非常に短い部類に入る。ある程度数が増えると群の長の資質をもつ者が複数生まれるため、基本的に一つの群としての員数が少ないのだが、ゴブリンリーダーやゴブリンジェネラル、ゴブリンシャーマンのような、従える魔物の数が多い長をもつ場合、その魔物の部下にふさわしい数まで増えるという習性がある。
必然的に、コボルトの群の員数が増えている場合は、周囲に上位の魔物が存在する可能性が高い。コボルトというだけで舐めてかかってはいけない、と探索者ギルドで言い聞かされる原因となっている。
だが、魔法技術が進んだ今となってはそういう事例に遭遇する機会も少なくなっているため、本当に切羽詰まった状態にしか遭遇しないケースと認識されているのも事実だ。
加えてゴブリンやコボルトは、討伐の報酬が極めて安い。キングともなればそこそこの値もつくが、同じ程度の危険度で、もっと稼げる魔物は多い。
ゴブリンやコボルトに関する依頼の内、ゴブリンやコボルトの上位種が絡んでくる依頼は、危険度の割に報酬が安い依頼の代表例として挙げられる依頼の一つなのだ。町や村としても依頼に対する負担の部分が大きく、探索者としても実入りが少なく危険度のみ高い、不人気依頼。当事者たる俺とネリシアは、ただただ己が不運を嘆くのみである。
ちなみに、今回は戦闘を前提としているため、二人とも武装している。俺は自前の灰色のローブにミスリル製のメイス、道中の障害物対策用として腰に短刀、ネリシアはいつもの真っ赤なローブに目深に被ったつば広帽子、先端に上質な魔石があしらわれた長めのロッドを構えている。
山歩きの道中で俺が探索を担当しているのは、攻撃面での貢献を主にネリシアに担当してほしいことと、単純に探知系の魔法の精度と範囲が、俺の方が広範囲かつ詳細に調べられるということが理由だ。
俺の場合は探知と言っても複数種を同時に使って詳細なことを調べている分、燃費という意味ではネリシアの方が上なので、そういう意味でも王宮筆頭魔導師の立場は伊達ではない。
ただ、俺としてもさすがに探知魔法の範囲外のことを探知できるほど万能ではない。一番の懸念が、俺の探知魔法をすり抜けて町に向かわれることだったのだが、その懸念は早めに解消された。
「発見。五匹。動物を担いでる。二時方向、少し歩く。」
「…うん。」
狩りの成果なのか、獲物を担いで運んでいるゴブリンを発見。周囲に他の魔物の影はなく、遠くから尾行した結果、巣であると思われる洞穴に入っていくのを確認した。
巣の周囲には見張りと思われるゴブリンとコボルトが多数。ギリギリまで近付くことには成功したため、一旦様子を見ようとした瞬間、ネリシアの放った炎の矢が数多降り注ぎ、見張り全てが一瞬で事切れた。
ネリシア、やるなら早めに言え。びっくりしたぞ。
「さて、ここまで来ると、さすがにキングは確実だな。」
「かなり厄介な依頼になったよね。早めに終わらせたいんだけど。」
「今の時点で外に出てる数が分からないからな。ここを潰しても、外に出てるのが居れば、時間が経てば元通りだし。」
内心驚いたことを隠し、洞窟内を探知の魔術で探りながら、対処策についてネリシアと話してみるが、結局らちが明かないのは事実だ。例えこの洞穴を潰したとしても、周囲に哨戒や狩りという形で出ている魔物がいた場合、事が済んだ後にこの洞穴に改めて住み着いてしまえば、同じことの繰り返しとなる。
加えて、この場所の入り口を潰して生き埋めにしようとしたところで、他の場所に出口があったり中にいる魔物が外に向けて穴を掘ったりすることで、外に出てくる可能性もあるだろう。俺とネリシアは周辺の警戒を続けながら、確実に終わらせられる方法について相談し始めた。
しばらく探知の魔法である程度中を探り終えた結果、さすがに数キロという単位で洞穴があるわけでもなく、洞穴としての出口が別の場所にあるわけでもないことは分かった。それでも洞穴としてはそこそこ長いし、中に潜んでいるのは最低でも百は下回らない数ということもあり、ネリシアも少し緊張気味だ。
加えて中に探知を通して分かったが、洞穴の奥深くに人族か亜人族に近い反応が二つある。囚われている者がいる可能性がある以上、さすがに洞穴ごと吹き飛ばすことはできない。
そしてゴブリンの習性を考える限り、囚われているのは確実に女性だ。ネリシアも一言聞くだけで、すぐさま事情を理解した。この場合に取れる手段は、消去法的に内部侵攻しかなくなる。中に囚われている者が人族か亜人族かは不明だが、その者の安否を確認する必要もある。
ここで一つの問題が発生した。この状況で一番楽な手段としては、洞穴全体に眠りや麻痺など、一様に動けなくする魔術をかけることなのだが、生憎こんな面倒極まる事態に陥るとは予想していなかった影響で、魔術的な触媒というものをあまり持ってきていない。
これについてはネリシアも同様で、普通の戦闘を行うだけならば問題ないのだが、百を超えるような数の魔物を討伐することを前提に持ち物を準備していなかった。まぁ、顔見知りの説得に付いてきてくれと言われて、大規模戦闘に巻き込まれる可能性を考慮できるとは思わないのだが。
ネリシア曰く、魔力でごり押しができるから、ある程度であれば雷の魔術で麻痺させることは可能とのことだが、探知魔法が巣の奥まで届かないということもあり、全体を一気に処理する、という作戦は望み薄だ。
加えて魔物の上位種ともなれば、ある程度魔法に対する耐性を持っている場合もあり、眠りや麻痺などと言う搦め手を使うより、正面から倒した方が手っ取り早い。
そうなると有効な作戦というのも見えてくるため、俺たちは行動を開始した。
ドォン、という大きな炸裂音と共に、洞穴の入り口が吹っ飛ぶ。すぐに何事かと慌てて出てきたゴブリンとコボルトは、即座に氷の矢と炎の矢、複数に貫かれて息絶えた。
敵襲と気付いたゴブリンとコボルトは、すぐに戦闘準備を整えたのであろう。しばらく経ってから、粗末な武器を構えたゴブリンやコボルトが巣穴から出てくる。当然、再度放たれた氷の矢と炎の矢がその体を貫き、骸へと変えた。
俺たちの取る作戦というのはシンプルなものだ。ゴブリンもコボルトも、上位種ともなればある程度の知恵が働く。必然、襲撃されたと考えられれば、襲撃してきた相手を迎え撃つ準備を整え、場合によっては返り討ちにしようと戦闘を仕掛けてくる。
俺たちはそこを狙うだけだ。まずは出入り口で騒ぎを起こし、敵を引き付ける。戦闘と気付いた上位種が配下を引き連れて出てくるのであれば、そこで配下を麻痺させる。配下と共に奥に引っ込んで出てこなくなれば、巣の中にある程度侵攻し、奥まで探知が届くようになった時点で配下を麻痺させる。配下を麻痺させてしまえば、あとは上位種を倒すだけ。戦うのが洞穴の外になるか、中になるかというだけである。
今回はそこまで難しいことをする必要もないが、懸念点は洞穴の中にいる人族か亜人族かの気配だ。さすがに麻痺させるわけにもいかないが、奥の方にいることから麻痺の範囲に入ってしまう可能性も高い。
さすがに密着状態で雷の魔法を使えば、麻痺の効果範囲を指定しようと結局麻痺してしまうため、その場合は俺が代わりの魔法を使うことになる。作戦としては即席ではあるが、そこまで綱渡りとなる部分が多いわけでもない。
言ってしまえば基本的に俺とネリシアの魔力でごり押し、という単純な作戦だ。高位の魔術師二人という豪華な編成を見れば、どれだけ恵まれているかがよく分かるだろう。
ただし、普通の状況では一人でも高位の魔術師を抱えるパーティであれば、ゴブリン討伐と言う任務に携わるかと聞かれると、確実にNOと答えるだろうが。
そんなことを考えているうちに、どうやらゴブリンの群は戦闘態勢を整えたらしい。探知の魔法で感知できる上位種と思しき魔力の塊が、出入り口に向かって移動してくるのが感じ取れた。
ちなみに、上位種と思しき魔力の塊は、移動してくるものも合わせて三つ感じ取れる。
「出てくる。上位種一体。残存二体。」
「オッケー。最初は私ね。一体は最低でもよろしく。」
「わかった。」
ネリシアの言葉にそう返すと、ネリシアは即座に複数の魔術の構築を始め、その隙を突こうとしたゴブリンやコボルトが、俺の操る氷の矢の餌食となる。
数秒後に出てきたゴブリンジェネラルは、配下と共にネリシアの展開した火炎魔術で消し炭となった。